塩素臭い。
羽川明
第1話 視点「プールの職員」
忘れもしない八月。
私は痴漢を捕まえた。
リーダーが不在の今、彼はタオルケットを肩に着せられ、事務所の奥へと連れられてきた。
偉い立場になるるというのは誇り高いことばかりじゃない。
痴漢はほっそりとした肌の白い青年だった。
小、中学生の多い25mプールでうろついていたところを監視員が捕まえたのだという。
捕まった痴漢は大抵寒そうに肩を抱きながらキョロキョロあたりを見回すか、終始俯いているものだが、彼はどちらでもなかった。
俯くでも訝しむでもなく、青年はただ無表情で、固く口を閉ざしていた。
だんまりを決め込むつもりなのかもしれないと思ったが、話しかけると彼はあっさりと口を開いた。
歳は十八で、高校生だという。
小柄なせいかそうは見えなかった。
とはいえ、嘘をつく理由もないだろう。
「君はプールで何をしていたんだい?」
言いながらさりげなく腕につけたロッカーの鍵番を確認。
バイトの新人に財布を取りに行ってもらう。戻ってきた新人の手にあったのは、ごくありきたりな藍色の革財布だった。
「……」
返事がない。
罪を認めたがらない痴漢は多いので、これに関しては普通の反応だ。
断らずに財布を開けた。
見つかったのは学生証。学校名を確認するため、引き抜いて調べる。
「−−−−は?」
いたって普通の学生証。
なんてことはない高校。
文字が並ぶ無機質な身分。
見るなり、言葉を失った。
頭が真っ白になる。
『
当たり前のようにそう書かれていた。
慌てて学生証の写真と見比べる。
中性的で、黒髪短髪のどこか生気のない色白の肌。
輝きのない丸い瞳。
間違いない。
「双子なのか?」
「いいえ」
平然と口にする青年の水着は男物のトランクスタイプ。
上半身は裸だ。
タオルケットの隙間からはあたりまえのように乳房がのぞいている。
見ると乳首がたっている。
女だ。
間違いなく、女だった。
それからどうなったのか、あまりよく覚えていない。
どこも見つめていないかのようなあの淀んだ目と、自分の、異様に高ぶる鳥肌だけを、今でも覚えている。
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