第64話




「気が付いたら、全てが終わっていた感じです」

 戸惑いを顔にのせ、クラウディアは首を傾げた。


 拘束され連行される時にカミラは、クラウディアを罵倒して行った。それはもう、とても貴族女性の口から出たとは思えない酷い言葉だった。

「アンタさえ居なければ!」

 そして、最後に捨て台詞としてそう言い捨てたのだ。


 そう言われても、今回の人生では交流の無いカミラに恨まれる筋合いは、クラウディアには無かった。

「まぁ、第一王子がディディに執着してたからねぇ。八つ当たり?」

 ニコラウスの言葉に、理不尽だわ、とクラウディアは膨れる。



「第二王子も可哀想にねぇ」

 マティアスが珈琲の香りを楽しんでから、一口飲み息を吐き出す。

「彼こそ、本当の被害者だね」

 ニコラウスもマティアスに同意する。

 意味の理解出来ないクラウディアがニコラウスを見上げると、笑顔が返ってきた。


「前に乳母で叔母のイーリスの話をしていただろう?」

 ニコラウスに問われ、クラウディアは頷く。第二王子は、イーリスが言う事は全て正しいと、心酔していた。

「そのイーリスは、前回の記憶持ちだよ」

 そのような者が常に傍に居て、未来を言い当てていれば、幼い子供ならば心酔しても当然だろう。何せイーリスは第二王子の乳母で叔母だ。



「神様はなぜ、私達に記憶を持ったまま人生のやり直しをさせたのかしら」

 クラウディアがポツリと呟く。

「幸せになる為……だと良いね」

 ニコラウスがクラウディアへと笑みを向ける。

「私は、幸せですよ」

 クラウディアが微笑み返すと、僕も、とニコラウスの笑みが深くなった。


「はいはい、ご馳走様。私も幸せです」

 マティアスが呆れたように言うが、言葉に嘘は無い。

 クラウディアの幸せ、ルードルフの幸せ、ニコラウスの幸せ。全て前回には得られなかったものだ。

 そしてマティアスは、前回以上に幸せだと感じていた。




 カミラと第二王子の捕縛事件があり、しばらく休みだった学園が再開した。

 当然だが第二王子の姿は無い。

 王族の籍からも抜かれ、平民になったと正式に発表された。

 当然カミラも離縁され、平民に落ちた。

 驚いた事に、第一王子までが自主的に王籍を抜け、平民になったという。


「王子二人とも居なくなったけど、一応後継者は居るから良いのかしら?」

 イサベレが茶請けの小さなクッキーを口に入れる。

 話題に出したけれど、大して興味は無いのかもしれない。


「元婚約者なのに、興味無しか」

 ニコラウスが見たままを口にする。

「他国に嫁ぐイサベレ様には関係ありませんものね」

 揶揄からかうようにクラウディアが言うと、イサベレは頬を染めた。



 あの後、イサベレとクラウディアの遥か遠い親戚でメッツァラ王国の王弟であるレーヴィの婚約が決まった。

 カルロッタが飛び跳ねそうな勢いで喜んで、マティアスに止められていたのが記憶に新しい。


「結婚式には呼んでくださいね」

 クラウディアが言うと、イサベレが驚いた顔をする。

「私の前にクラウディア様の結婚式でしょう?」

 勿論こちらはお呼びしますけど、と付け足すのがイサベレらしい。

「結婚式、面倒ですね」

 クラウディアがニコラウスを見上げると、憮然とした表情をされた。


「僕はクラウディアを着飾って、自慢するつもりだけど?」

 愛称のディディではなく、クラウディアと呼ぶ事で本気度を表しているのかもしれない。

 普通は花嫁側がやる気満々になるものなのだが、なぜか花婿がやる気になっている。しかも花嫁を着飾る事に。


「何にしても、まだ学生ですもの。学生らしいデートを楽しみたいです」

 クラウディアが告げると、ニコラウスの顔が仕方が無いな、という風に変わる。

「式は後からでも出来るからね」

 公爵家と侯爵家の結婚である。

 準備期間は最低でも1年は必要だろう。


 特にアッペルマン公爵家側の招待客には、他国の公爵家や下手をすれば王族を招く事になるかもしれない。

 そうなると招待状を送り、返事が来てからの席次を決め……そもそも他国からの移動時間を鑑みて日程を決めるとなると、準備期間1年ではきかない。


 ニコラウスは先に籍だけを入れるつもりなのかもしれない。

 クラウディアは前回の結婚式は、学生時代から準備をしていたな、と思い出していた。

 王宮から痩せても良いが太るな、と食事制限をされていた嫌な思い出までよみがえる。


 まだ前回の呪縛から完全に逃れたわけでは無いが、これからは思い出す事も減るだろう、とクラウディアはニコラウスに笑顔を向けた。




 この後、クラウディア達が学園を卒業する頃に、イーリスによる例の虐殺事件が起こるのだが、ひっそりと処理された為、人の口にのぼる事もなく静かに終わった。



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