第51話:※センシティブな内容が含まれます




「失礼致します、ヘルストランド侯爵閣下。侵入していた賊は全て捕らえました」

 扉を開けて入って来た男は、敬礼しながら大きな声で報告する。

 その服装は、憲兵隊のものだった。


「え?」

 女は胸を隠す事も忘れ、憲兵隊員とニコラウスの間を何度も視線を往復させる。

 その憲兵隊員の後ろから、下卑げびた笑いを浮かべた男が姿を現した。

「えぇと、依頼の女はこちらですかね?」

 その視線が自慢の胸に向いた時、女はやっと体を縮めてうずくまった。


伯爵令嬢で、王宮侍女の経験もあるらしいから、きっと人気者になるだろうね」

 ニコラウスが珈琲を飲みながら言う。マティアスも自分の前の珈琲カップを手に取り、その香りを吸い込む。

 二人の関心は今、目の前の珈琲である。



「はいはい、失礼しますよ」

 少し小太りの男は蹲った女の腋の下に手を入れると、部屋の隅まで引き摺って行く。

「嫌! 止めてよ! な、何で動けるのよ!?」

 慣れた様子で女の四肢を拘束した男は、体の隅々まで調べる。

 それはまで及び、女は悲鳴を上げた。


 気の済むまで女を調べた男は、うんうんと満足そうに頷く。

「妊娠もしてないし、確かにまだ純潔でした。まぁ、これが初めてを貰っちまいましたがね」

 がっはっはと笑った男の手には、いつぞやにニコラウスが使ったのとよく似た張り型が握られている。


 微妙な嫌悪を浮かべるニコラウスとマティアスに、男は慌てて言い訳をする。

「これはですね、娼館で使われる妊娠検査魔導具なんですよ! そりゃ、王宮とかで使われるのより大分大きいですがね、それは娼婦達の希望でですね」

 焦る男に、ニコラウスは追い払うように手を振った。




 その日の夕方、マティアスと一緒にアッペルマン公爵家を訪れたニコラウスは、クラウディアを見付けた途端に抱き着いた。

 憲兵隊への対応や、拘束されていた使用人達の怪我の有無や健康確認。あの女の売買契約や、その実家への対処を終わらせ、体に染み込んだこうの匂いを落とす為に念入りに湯浴みをしてからの来訪となった。


 クラウディアが学園から戻ってもまだ帰って来ないマティアスをカルロッタが心配し、ルードルフが見に行こうかと話し合っていた時に執事が呼びに来たのだ。

「マティアス様がご帰宅なされました。ニコラウス様もご一緒です」

 その言葉を聞き、クラウディアは駆け出した。


 エントランスへ飛び出したクラウディアを、ニコラウスは同じように駆け寄り抱き締めた。

「無事で良かった」

 クラウディアが涙声で言うのに、ニコラウスの腕の力が強くなる。


「ごめんね、ディディ。ちょっと慢心してた」

 暗殺者だった頃の記憶と、魔法が有るから何が起きても対処出来ると、高を括っていたのだ。

 まさか魔法の力が反発するとは知らなかったし、その影響で薬に対しての拒絶反応で動けなくなるなど、誰も予想出来なかっただろう。



 場所を移して皆で夕食を取り少し話をした後、カルロッタと息子は夜遅くなったからと、ルードルフとパウリーナは結婚式の準備をするようにと、それぞれに理由を付けて自室へと追いやった。

 残ったのは、前回の記憶の有る五人である。


 五人の視線の先には、桃色の宝石の付いたペンダント。例の魅了魔法が込められた物である。

「魅了魔法持ちの話など、今まで聞いた事が無い」

 イェスタフが神妙なおもちで語る。


 魅了等の危険な魔法が発見された場合、高位貴族間で情報共有される。

 もしもじょうほういんぺいをしていて、後でその事実が明るみに出た場合、降爵どころか爵位を取り上げられる可能性が高い。

 その為、意図的に隠している貴族は居ないだろう。



「あの令嬢は、王宮の侍女だった」

 クラウディアを腕の中へ抱え込んだニコラウスが報告する。

 クラウディアは今、ニコラウスの膝の上に座っていた。

 前向きに座っているクラウディアの背中には、ニコラウスの額が当てられている。


「話をした事も無かったが、身上書が送られて来た事があったらしい。執事が顔を覚えていたよ」

 額と言うか頭をグリグリとクラウディアに擦り付けているニコラウスは、まるで動物の匂い付けマーキング中のようである。



「そういえば、今日は第二王子が変でしたわ」

 王宮という言葉で思い出したのだろう。クラウディアが小さく手を上げる。

「いつもなら鬱陶しいくらいに私とイサベレ様にまとわりつくのに、心ここらずな状態で、いつにも増してこう……頭が緩そうと言うか、弱そうと言うか……」

 言葉を濁しているが、あまり意味は無い。


 ヨエル王太子は、イサベレとの婚約が決まっても、クラウディアとの婚約を諦めていなかった。「それが運命だから」と執拗しつこく付きまとっていたのだ。

 それなのに……。

「魅了の持ち主は、誰なのだろうね」

 マティアスの視線が、桃色の宝石へと向いた。



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