第19話




「大人達の会話を盗み聞きして、許可も取らずに突撃した……という感じか?」

 マティアスが視線を令嬢から手元の紅茶へと移す。

傍迷惑はためいわくな」

 ニコラウスも視線を落とした。

 ルードルフはまだポカンと令嬢を見ていたが、クラウディアに腕を引かれて視線を逸らした。


「ニコラウス卿、それでそのお菓子は?」

 クラウディアが令嬢を居ないものとして、四人でのお茶会を再開する。

「これは僕の瞳のような赤いゼリーを、クラウディア嬢の髪のような白い砂糖で包んだお菓子です。ゼリーの水分を減らして、日持ちを良くしたのだとか」

 ニコラウスの手から、小さい菓子箱がクラウディアへと渡される。


「綺麗ですわね」

 9つに仕切られた箱の中には、形違いの赤いゼリーが並んでいた。

「はい。これは違う色」

 今度は大きめの箱がルードルフに渡された。

「わぁ!」

 15に仕切られた箱の中は、赤も含めた多彩なゼリーが入っていた。



「自分の色だけ別に持って来るとか……」

 呆れた顔を隠しもせず、マティアスが言う。

「クラウディア嬢を楽しませるのは、常に僕だけで良いですから」

「いえ。他の色も食べますよ。これ、模した果物の味がするゼリーですよね」

 にこやかに会話しているが、そこはかとなく怖い。


「美味しそう! 食べて良い?」

 箱の中から紫葡萄を模したゼリーを摘んだルードルフが言う。

 マティアスが笑顔で頷く。

「では私はこれを」

 緑葡萄型のゼリーを摘まもうと伸ばしたクラウディアの手はニコラウスに掴まれ、反転させられたと思ったら掌の上には苺の形のゼリーが載せられていた。


「せめて1個目くらいは赤にしてください」

 真剣な表情のニコラウスに苦笑し、クラウディアは大人しく赤いゼリーを受け取った。

「では僕も、赤をしっかりと噛みしめるとしようかな」

 林檎型のゼリーを摘みながら、マティアスが言った。




 和やかな雰囲気の四人を見ながら、令嬢は体の横で拳を握りしめ、体をワナワナと震わせていた。

 今まで侯爵令嬢として生きてきて、これ程までに無下に扱われた事などあるわけもなく。

「どうか本日はお引取りを」

 静かに声を掛けてきた、公爵家の執事を睨み付けた。


「うるさいわね! 私を誰だと思ってるの?! 早く席を用意しなさい!」

 令嬢が執事を突き飛ばすようにして怒鳴る。

 誰だも何も、ここは公爵家であり、一緒に居るのは侯爵家の令息である。

 どう考えても、ここに居る子供の中で1番身分が低いのは令嬢本人だ。

 しかし今までの経験が、令嬢の愚かで悲しい勘違いを加速させていた。



「街の衛兵を呼んで来るのと、うちの私兵に拘束させるのと、どちらの方が良いか」

 軽く折り曲げた指を顎に当てながら、マティアスが考えるをする。

 そもそも考えを口に出すような愚行は起こさない。これは令嬢に対しての威嚇行動だ。

 それに対して正しい対応をすれば問題無い。


「何を馬鹿な事を! この私を捕まえる? あははははは。出来るわけ無いじゃない」

 令嬢は間違えた。完璧に。

 1番最悪な態度を取ってしまった。


 衛兵を呼ぶでも、私兵に拘束させるでも無い、第3の選択肢。

「ヘルストランド卿、後はお任せしますね」

 マティアスがニコラウスへ笑顔を向ける。

「それは、への依頼と考えても?」

 ニコラウスが笑う。


「いやいや。それでは川に浮かんでしまうでしょう? あくまでもディアの兄としてのお願いですよ」

 マティアスの言葉に、ニコラウスの視線がクラウディアへと向く。

「そうね。私、あのような方がお義姉様になるのは絶対に嫌だわ」

 クラウディアが赤いゼリーを口に入れた。




 令嬢のあまりの蛮行にルードルフが怯え始めた頃、公爵家の私兵がお茶会の席の周りを囲んだ。

 完全に拒否されたのを実感したのは、令嬢本人よりも付き従っていた侍女達だった。


「お嬢様、帰りましょう」

「公爵家から正式に抗議されてしまうと、婚約に支障が出ます」

「後日、こちらがお茶会を開催して招待すればよろしいかと」

 必死に令嬢を説得している。

 残念ながらこの令嬢と共に行動してきた侍女である。主人をいさめる事をせず、助長させた者達。


「ふん、しょうがないわね」

 令嬢がきびすを返し、去って行く。

 執事の横を通る時に「私が主人になったら、アンタは1番にクビにしてやるわ」と言っていたのを、他の使用人は困惑した表情で見つめた。


 公爵家では、この令嬢を婚約者として迎える予定は無いし、おそらくこの先も無いからだ。

 今日、ヒルデガルドが侯爵家のお茶会に参加したのは、令嬢との婚約は絶対に無いと宣言する為だった。

 それほど、この令嬢は公爵家で嫌悪されていた。



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