偏食家 神結あきらの劣情

あきかん

書評家 榊原大和のお仕事

 最近は電子書籍やオーディブルといった紙の本以外にも小説を読む手段はありますが、読書家を自称すらのならばページを捲る感触が恋しくなってしまうものです。

 この男、榊原大和もその例にもれず手にしている文庫本を1ページまた1ページと、それはもう愛おしいそうに捲っています。

 さて、この男にはどの噺がオススメだろうか。と榊原は両の手を麻縄で縛られ吊るされた男を目の前にしながら思案していました。

 吊るされた男はかなりの美形でした。良く手入れされた黒髪が緩やかな曲線を描き肩に触れています。切れ目の一重ではあるが、その目を囲む睫毛は長く妖艶さを醸し出しています。

 美しい男にはやはり太宰が似合う。と、榊原は抵抗する力もつきた美しい男の伏し目を見つめながら確信しました。それからの榊原の動きは無駄がなく、まずは仕事道具の詰まったカバンを開けて、太宰治の『斜陽』と手持ちの石頭ハンマーを取り出しました。文庫はポケットに、ハンマーは手に持ち吊るされた男の前に立ちました。

 榊原は男の鼻を摘まみます。男がかろうじて行っていた呼吸が途絶えて意識が回復しました。

「殺してやる」

 と、男は僅かに残った力で呟きました。榊原はそれに意も返さず、たんたんと男の頬骨に触れます。ハンマーを握り直し、左手で男の顔を固定して、慣れた手つきで男の顎を砕きました。

 あがぁぁ、と声に成らない叫び声を上げた男は、顎の支えが無くなり、口を左に片寄る形で大きく開けました。

 榊原はそれを見て満足し、ポケットに入れた『斜陽』を取り出して

「朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」と幽かすかな叫び声をお挙げになった。

「髪の毛?」

スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。

「いいえ」

お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。」

 榊原は『斜陽』の冒頭を読み上げて納得したように頷き、そのページをビリビリと破きました。そして、その紙をくしゃくしゃと丸めて男の口に押し込みました。

 男は痛みを堪えながら丸められた紙くずを吐き出していたのですが、榊原は黙々と『斜陽』のページを破いては男の口に押し込みました。

 数分間そのやり取りが続き、男の唾に濡れた紙くずが床に幾つか転がった頃には、男の意識は無くなっていたのですが、榊原は気にも止めずに『斜陽』のページを破いては丸めて男の口に詰め込んでいきました。

 『斜陽』の本文が全て破かれ、ブックカバーのようにペラペラとなって、漸く榊原は満足して頷き、自身が特定されるような証拠(男に詰め込んだ『斜陽』の紙くず以外)を片付けました。そして、一仕事終えた爽快感を抱きながらその場から立ち去りました。

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