それでも世界は……

ロゼ

第1話

 この世界は、時間はどこか退屈で、それでも馬鹿みたいに笑って、皆と同じように過ぎていくのだと思っていた。


 だけどそれは幻想で、私の世界は人よりも短く、残酷なのだと知った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 異変を感じたのは些細なことだった。


───傷が治らない


 傷が出来ると元々少し治りが遅かったのだが、たまたま少し深めに切ってしまった傷が一ヶ月経っても治らず、心配した母に検査を勧められ、様々な検査を受けた。


 免疫力などが低下しているのだろうと言う医者の言葉を疑った母は、より詳しい検査を希望し、遺伝子検査の結果、私の病気は発覚した。


 病名はここでは明記しないでおこう。


 難病指定もされているその病気は、治療法も確立されていない病で、説明を受けた私は、医者の言葉を受け止めるのに数日を要した。


 それでも、そこからしばらくは大きく発症することもなく過ごせていたので、仕事や友達と遊ぶ楽しさなどで日々を忙しく過ごすうちに忘れかけていた。


 しかし病は突然進行し、私の生活は一変することになる。


 変わっていく容姿、ありえないほど抜け始めた髪。

 鏡を見ることも、姿が何かに映ることも嫌なほど、私の全ては変わり始めた。


「え? ……うわぁ、化け物じゃん」


 急速な変化は周囲の目をも変化させ、私はついに「化け物」になった。


 外に出ることが怖かった。

 自分の容姿が人目に晒されるのが恐ろしく、また、皆が私について何か言っているのではないかという疑心暗鬼にも苛まれ、私は部屋に閉じこもった。


 鏡を壊し、隠し、親兄弟が部屋に入ることも拒み、窓は締め切り、カーテンを閉ざし、部屋には鍵を付けた。


 自分の不幸をひたすら嘆き悲しみ、ドア越しに呼びかけてくる両親には汚い言葉を投げかけ、きっとあの時の私こそが本当の化け物だったのだと、今になっては思う。


───自分が世界一不幸で、醜い


 嘆いて嘆いて、涙も枯れ果てるほど泣いたのに、ふとした瞬間にまた溢れ出す涙。

 もう涙なんて一生止まらないのではないかと思い、また絶望を繰り返す日々。


 鏡などなくても、触れる感触で分かる明らかな変化に深く打ちひしがられ、もうここから抜け出すことも出来ずに朽ち果てていくのだろうと思った。


 そんな日々を半年ほど過ごしていた。


 そんなある日、外から鳥のさえずりが聞こえてきた。

 陽気で愛くるしい鳥の鳴き声で、私は久しぶりにカーテンを開いた。


 飛び込んできたのは眩しい光。

 目を開けていられないほど明るい太陽光は、最初こそ痛みを伴ったが、慣れてくるととても優しく、暖かく、自然と涙がこぼれた。


 衝動的に窓を開けると、風が優しく肌を撫でた。


───どうして、こんな世界を忘れていたんだろう?


 陽に照らされた木々は柔らかい色をし、優しく風に揺れている。

 さえずる鳥の声はどこまでも愛らしく、街の喧騒もまた色鮮やかに響き渡っている。


───世界はこんなにも綺麗だったんだ


 澱み、濁った私の世界に、光が差し込んだ瞬間だったのかもしれない。


 半年ぶりに部屋から出てきた私に、家族はどこまでも優しかった。


 クシャクシャの顔をして涙目で笑う父。

 肩を震わせながら背を向ける母。

 部屋から出てきたと聞いて、仕事を早退してまで駆けつけてきて、私の頭をグシャグシャになるまで撫で回した兄。

「やっとかよ」とぶっきらぼうに言いながらも、目を真っ赤にしていた弟。


 私の取り巻く世界は辛いことばかりではなく、こんなにも温かいものがあるのだと気付いた。


「ご迷惑をお掛けしました」


 半年間も出社しなかったのに、私を待っていてくれた職場の人達も、皆優しかった。


 相変わらず私は、他の同年代の人達から見たら「化け物」に変わりないが、それが私なのだと受け入れて生きていく。


 傷付き、心がえぐられ、全てから逃げ出したくなる瞬間は、この先何度でも訪れるだろう。


 だけどその度にまた前を向き、限られた時間を精一杯生きていく。生きている限り何度でも立ち上がってみせる。


 これは私の第二の人生が幕を開けた時の話。


 


 



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それでも世界は…… ロゼ @manmaruman

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