第19話 七月の線路と、羊のチーズと、青い黄昏

JRと私鉄が乗り入れる駅ビルの


エスカレーターを上がって二階に


小さなスペイン料理店がある。


赤いスツールの並ぶ狭いカウンターの


奥から二つ目の椅子に座って


「ひよこ豆といわしのマリネ」と「羊のチーズ」と言った。


それから一番安い赤ワインと。


正面に開いた小さな窓からは


メロンのしわみたいに入り組んだ線路が


夕方の鈍い光に反射して続いてるのが見える。


線路は東へ西へ続いている。


もしかしたら


過去にも未来にも続いているかもしれない。


この場所に、この時に


縫い付けられているジブンという存在が


ひどく曖昧な気がして


一人の人間が


ふといなくなってしまうのって


こんな瞬間なのかもしれない。


赤ワインのぬるい酸味を味わううちに


小さな四角い風景は


七月の黄昏の中に沈んでいく。

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