生徒会長は完璧に

一条深月

第1話

 いつからだろう。

 完璧にこれほど憧れたのは。

 幼い頃にテレビで見たヒーロー?

 いや、幼い頃には分かっていなかったが、今考えれば彼等には彼等なりの悩みや未熟さがあった。きっかけの1つではあるのかもしれないが、これほど強い憧憬の原因にはならない。

 世界大会で見事勝利を収めた日本のスポーツ選手達?

 それも違う。彼らのそれは人生のほとんどをそのスポーツに捧げたからこそ得たものだ。非常に素晴らしく尊いものだが、それは言い換えれば何かを犠牲にしたとも言えてしまう。それは俺の憧れた完璧像とは異なってしまう。

 そこまで考えて俺は、これらが全て言い訳探しに過ぎないということを理解した。

 そうだ、事実はもっと単純だ。

 周囲から完璧と言われ続けた俺がただの井の中の蛙であったと、心の底から思い知らされた。

 たったそれだけのことでしかないのだから。


 私立征明学園。

 古くから分野を問わずに数多くの天才を世に放ってきた国内トップの偏差値を誇る名門校である。

 そんな由緒正しい学園から与えられた広々とした高等部生徒会室では現在、7人の生徒会メンバーが黙々と仕事をしていた。

 だがそのうちの一人の女子生徒が、自分に与えられた作業デスクから離れ、この部屋で一番豪華な椅子に座った男子生徒のもとへと向かった。


「橘会長、不明な個所が一点あるのですが、今よろしいでしょうか?」


 だがその問いに対する返事は少し時間を空けて返された。

 話しかけられた男子生徒、高等部生徒会長である橘春馬の意識がここにはなかったことが原因である。

 

「冬峰さん......すみません、少し考え事をしていました」

「それは、別に構わないのですが......」


 このような作業に身が入っていない会長を見るのは、冬峰美咲にとっては初めてだった。

 学業においては校内順位1位を逃したことはなく、スポーツにおいてはまさに万能という言葉がふさわしく、人当たりも良い。顔立ちも整っており、まさに完璧を体現したような男だというのがこの学園における橘春馬への評価だった。

 高等部1年から生徒会の仲間として仕事をするようになり、それまでより近い位置で接するようになっても美咲の中でその評価は変わらなかった。

 体調不良という言葉が一瞬美咲の頭をよぎったが、そういえば最近春馬が空き時間で考えに耽っていることが多いことを思い出す。

 

「もしかして、悩み事ですか?」

「いや、そういうわけでは......」


 途中で言い淀んだ春馬を見て、美咲が首を傾げる。

 暫くして、春馬は覚悟を決めたような顔をして美咲の目を見て、重い口を開いた。


「生徒会長を......やめます」

「......はい⁉」

 


 その後、生徒会メンバー全員から全力で引き止められ、俺は考えを変えた。

 そもそも生徒会長を辞めようと思ったのは、自分がとても小さな存在だと感じたからだ。

 社会に出たこともないただの学生である俺が、同じ閉鎖空間で育った者達から完璧だと言われ続ける。

 俺は自分から完璧を自称したことはないし、頭では自分がそんな人間ではないと思ってもいた。だが、どこかでそう呼ばれていい気になっていた自分も間違いなくいたのだ。

 そんな自分を変えようと思った。

 

 だから、生徒会長を辞めて、色んなことを経験しようと思った。学校生活に影響がない範囲でバイト、したことのないスポーツ、様々な本を読んだり、楽器などの挑戦したことのない分野にも挑戦しようと。そうすれば、少なくとも今よりは完璧に近づけると感じたのだ。

 だが、自分のことしか考えていなかったことに、引き留められた時に気づいた。

 自分の浅慮を恥じるばかりだ。

 既に自分の理想の完璧像から外れてしまっているということに気づくと、嫌になる。


 だが悪いことばかりではなかった。

 完璧になるためと言うと、「ついにイカれましたか先輩」とかほざきそうな後輩がいたため、完璧になりたいとは言わずに、自分の知らないことを知りたいと言ったのだが、言って暫くすると後輩の一人がより良い提案をしてくれたのだ。

 

 様々な人達が新たに始めること、もしくは行き詰ってしまったことをお手伝いする生徒会の新業務。

 人々をサポートすることで、自分の視点にはないことを経験すると共に、悩みを解決することが業務の目的だ。

 

 その名を『スタート』


 人々の始まりをサポートする俺の新たな生活が始まった。

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