一年の初めは?
朝香るか
第1話駅伝
ウチではあけましておめでとうを言う習慣がある。
親しい中にも礼儀ありということで皆朝起きていると自然と頭を下げる。
「やっぱりあいさつしないとなんか落ち着かないんだよね」
「そうだろう。ウチの儀式みたいなもんだからな」
「落ち着かないわよね。ねぇ。チビ。チビも今年一年よろしくね」
チビとはうちで飼い始めたチワワだ。
今年で4年目になる。
リビングでくつろぐ家族3人と1匹。
父はおせち料理を完食するなりテレビのチャンネルを変える。
「やっぱり新年といえば駅伝だよな」
「お父さん、ジジクサイよ」
「お、始まるぞ」
サン、ニー、イチ。スタート。
「とうさんの出身校もあるんだ。今年は何位になるかな、シード取れるかな」
父親は子供が生まれたときからその話題だった。同じ話題で盛り上がれるあたり本当に時が止まっているのかもしれない。
「生まれてからずっーーとそれ。去年私だって受験したんだよ」
「ああ、K大な。俺はK大工業だから敵同士だな。今年は負けないぞ」
「ウチの学校は駅伝の常連校。お父さんのは時たま入ってくる学校でしょ」
飼っている犬のチビもよってきた。
用意している人間たちや走っている人間に興味があるらしい。
「テレビで応援するならウチの方が楽しくない?」
「いやいやいや。何年たとうと愛着はあるもんだ。お前も卒業したらわかるようになるさ」
「そんなもんかね」
今現在は取れる授業はリモート化していて友達もできにくければ行事も順次取りやめになっている。楽しい生活とはとても思えないが、何十年も先輩の父が言うのだからそうなのかもしれない。
「お母さんはどう思うの?」
「私は高卒でだからなぁ。どの大学がすごいとかわからないし」
「そっかぁ。じゃあ、私の大学を応援しよ。常連校だから安心して見られるよ」
陽子の出身校は今2位につけている。父親の学校はまだトップの勢力の中にいるがそれほど目立つ動きはない。
「よーし。その調子でおねがいね。よく知らない先輩。このままトップ取るわよ」
「そうはいくか。これからが巻き返しだ」
お茶の間は完全に父親のペースだ。
「まぁまぁ。陽子もお父さんもずっとテレビを見ていないでね。部屋の掃除と車の洗車頼みましたよ」
「はぁーい」
「おー」
似たような返事をするが、二人の目線はテレビに釘付けだ。
「まったくもう。今はラジオでも似たような中継をしているじゃないの」
「テレビで見るほうが臨場感があっていいんだ」
「どうでもいいけど、駅伝ずっとやっているんだよ。どこかでラジオに切り替えないとお母さんがおこるよ」
「私じゃないわよ。チビがおこるのよ。散歩にも行ってくれないお父さんは嫌みたいだわ」
チビはさっきからリードを収納しているケースの前から動こうとはしていない。
「しかたないなぁ。私が散歩してくるよ。帰ってくるまでにお父さんは洗車を終わらせておいてね。あと車の中も綺麗にしておいてね」
車の中は雑誌やコンビニの袋が落ちていてとても汚らしい。
チビが具合の悪い時には車で病院に行くからチビのためにもきれいな車を維持していなければならない。
「じゃ、いってきまーす」
寒い朝だが、チビはいつも通り元気いっぱいだ。このままどこまででも駆けていきそうだ。
「そんなに走らないでね。できれば今日はゆっくりしていきたいのよ」
健康のために散歩しているご老人に出会うかもしれないし、近くにいる友人たちにあうかもしれない。その場合には挨拶もしたい。
そんな陽子の思惑を知らず、元気いっぱいでかけていくチビ。
(こんなに走っていたら汗かきそう。さっさと体力が尽きる前に家に帰りたいな)
陽子がへとへとになって帰ったときには父親が洗車を終えて車庫に入れるところだった。
「綺麗になった?」
「ああ。中も外もピカピカだ。チビのためだものな」
「そうね。かわいいチビのために部屋の掃除も頑張らないとね。その前にシャワー浴びたい。汗でべとべとだわ」
「ああ。母さんに言って追い炊きしてもらうといい」
「うん。そうする」
風呂場は寒いので追い炊きしてもらえるとありがたい。
「じゃ、お風呂入るからね。チビ」
母に言ったら準備してくれるそうだ。とても嬉しい。
「チビもお風呂に入りたいの?」
問いかけると陽子の周りをぐるぐると回ってお手をする。
「入りたいのね。私が終わったら、次はチビの番だよ」
部屋の掃除の前にすることが一つ二つと増えていく。
(今日部屋の掃除できるかな。まだ宿題しないといけないのよねぇ)
とりあえずべとついた身体を綺麗にする陽子だった。
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