いじめっ子の話

水城ナオヤ

第1話

中学のとき、同じクラスだった小沢君はいじめられていました。


小沢君は悪い生徒ではありませんでした。明るく活発で、友達も多いタイプの学生でした。


中学生の頃の私は本当に内気な学生で、自分からクラスメイトに話しかけたりすることができない生徒でしたが、そんな私にも小沢君はよく話しかけてくれていました。


活発なところが多少行き過ぎて、地味な学生に対する「いじり」が「いじめ」に近くなることはあったかもしれませんが、決してそこまで感じの悪いクラスメイトではありませんでした。


しかし、ある事件を境に小沢君はクラスの全員から無視されるようになりました。


小沢君は基本的に誰とでも仲良くなれるタイプの学生でした。成績の良い子とも、成績の悪い子とも、活発な子とも、内気な子とも、男の子とも女の子とも。


そして、”悪い人たち”とも、分け隔てなく仲良くできる学生でした。


***


「小沢君居ますか」


ある日の歴史の授業中、いきなりクラスの扉を開け、不良の先輩数人が教室に乱入して来ました。


この先輩たちは学校でも有名な不良グループの生徒たちで、リーダー格の黒崎先輩は親が地元でも有名な暴力団員で、先生たちも手が負えなくなっていました。登校しても授業には出席せず、校舎を練り歩き教室に乱入しては授業を妨害するという、やりたい放題の連中でした。


クラスの皆は突然の出来事にとても戸惑っていました。


「ちょっと君たち、今授業中だから出て行ってくれ」


教担の先生が不良の先輩たちに言いましたが、先輩たちは出ていく素振りを見せませんでした。


「俺たち今から遊びに行くから、小沢君も一緒に来て欲しいんだけど」


「授業中だから出てけって言ってんだろ!」


いつもは温厚な先生でしたが、腹から声を出して怒鳴りました。先生は大学時代ラグビー部に所属しており巨漢でしたから、さすがの先輩たちもたじろいで一旦教室から出ていきました。


教室を後にした先輩たちは、扉や壁をドンドンと叩きなにかよくわからないことを叫びながら去っていきました。


その後先生は何事もなかったかのように授業を再開しましたが、私たち生徒側は何事もなかったかのように過ごすことはできませんでした。


その日以来、小沢君に話しかける生徒はいなくなりました。


***


小沢君以外にもクラスの中に不良っぽい生徒は居ましたが、制服の第一ボタンを開けるとか、些細な抵抗でした。


黒崎先輩のグループはレベルが違いました。酒やタバコはもちろん、”薬”に手を出してるメンバーもいるという噂でした。なにより親がヤクザです。


そんな黒崎先輩のグループの一員と見做された小沢君は、完全にクラスの中で孤立しました。休み時間に小沢君に話しかける生徒はいなくなりました。体育の授業で2人ペアを作る際、小沢君と一緒にやる生徒はいなくなりました。


クラス全員からのボイコットに耐えられなくなった小沢君は、学校を飛び出して黒崎先輩のグループと行動を共にするようになりました。


私は、決して小沢君のことが嫌いではありませんでしたが、小沢君、というより黒崎先輩たちが怖くて、小沢君に話しかける勇気が出ませんでした。


事態を重く見た担任は小沢君と仲良くするようクラス全員に訴えました。


クラスの全員から無視される状況は変わりませんでしたが、担任の説得で小沢君は授業には出席するようになりました。


小沢君は確かにそこに存在はするけど、クラス全員が「居ないもの」として扱う息苦しい状態が続きました。


***


そんなある時、黒崎先輩のグループで異変が起きました。リーダーである黒崎先輩と仲間の数名が、校外で問題を起こし拘留されてしまったのです。


黒崎先輩らは放課後、コンビニに停車中だった車を盗み、市中を暴走して最終的に事故を起こしました。そしてしばらくして、黒崎先輩は少年院へ入ることになりました。


黒崎先輩が居なくなった後も、先輩以外の不良グループはそれまでと同じように過ごして居ましたが、ある時


「ニート」


不良グループに向かって、一般の生徒がボソッと呟きました。


それを聞いていた他の生徒もクスクスと「ニートだってw」と笑い始めました。


それ以来、黒崎先輩という後ろ盾を失った不良グループのあだ名は「ニート」になりました。


それまでやりたい放題だった黒崎グループのメンバーは嘘のように大人しくなり、次第に離脱し教室に戻って行きましたが、教室に彼らの居場所はありませんでした。


彼らを待っていたのは他の生徒からの軽蔑の眼差しと、イジメでした。


それまで散々授業妨害や暴力行為を繰り返してきたことに対する鬱憤、そして単純な憂さ晴らしのための標的として、リーダーを失った彼らは格好の餌食でした。


所有物を汚される、捨てられるなどのことはもちろん、集団で暴行を加えることも当たり前のようにありましたが、もはや先生たちも彼らを庇うことはなく、ヒエラルキーの最下層としての生活を送ることになりました。


もちろん、元黒崎グループである小沢君も同様です。


それまで「居ないもの」としてただ無視されるだけだった小沢君はそれ以降、積極的に「虐げられるもの」に変わりました。


上述のようなイジメはもちろん、トイレで上から水をかけられる、給食にチョークの粉を混ぜられるといった、もはや傷害罪ともいえるような行為にまで、イジメはエスカレートしていきました。


中でも小沢君を積極的にいじめていたのは松本君という生徒でした。


松本君は卓球部に所属していて、内気でも外交的でもないけど、どちらかと言えば地味、という感じの生徒でした。


「松本ってさ、走り方変じゃね?」


ある体育の授業中、小沢君がまだクラスの一員としてハブられていなかった頃、50メートル走を走る松本君を見ていた他のクラスメイトに言いました。


「なんかさ、体が左に傾きながら走ってるよね、じわるw」


小沢君はただ、本当に思ったことを口に出しただけだったのでしょう。


確かに松本君の走る姿は左右非対称で、身体が斜めに傾いた走り方でした。松本君は、奇形とまではいきませんが生まれつき左右の足の長さが異なり、全力で走ろうとするとどうしても身体が傾いてしまうのでした。


体育の授業のあと、松本君の友達が軽い気持ちで、さっき小沢君が松本君の走り方が変だと言ってたと伝えました。


松本君は顔を真っ赤にして、小沢君の方に走っていくと勢いよく飛び蹴りを食らわせ、倒れこんだ小沢君に馬乗りになり拳を握りしめて何度も何度も顔を殴りました。周りの生徒が慌てて取り押さえるまで、何度も何度もなぐりました。


「こいつ頭おかしいんじゃねえの!」


ようやく松本君が引き離されると、小沢君は大声で松本君に向かって叫びました。


左右の足の長さが非対称であるということは、松本君の最大のコンプレックスだったのです。


こんな事件があったので、小沢君と松本君は元々非常に仲が悪く口をきいていませんでしたが、小沢君がクラスで孤立するようになると、松本君は水を得た魚のようにウキウキしながら、先頭に立って小沢君をいじめるようになりました。


***


しかし、天下を取ったつもりでいた松本君が、地獄に叩きつけられる日が来ます。


ある日、松本君は教室にライターを持ち込みこれで小沢君を炙ろうと言い出しました。一緒になって小沢君をいじめていた生徒たちも、これにはさすがにドン引きしました。


「お前さ、なんか勘違いしてね?」


斉藤という生徒が松本君に言いました。斉藤君はサッカー部に所属しており、クラスでは学級委員長もしておりリーダー的な生徒でした。


うっきうきでライターを取り出した松本君は、斎藤君の言葉を聞いた途端笑顔が消え、戸惑ったような表情で回りを見渡しました。


それまで一緒になって小沢君をいじめていたクラスメイトたちが、無表情で松本君を見つめていました。


画して次のいじめの標的は松本君になりました。









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