第17話 番外編~美しい人

 タケルはアメリカの番組からオファーを受け、ニューヨークへ飛んだ。アメリカの滞在期間は3日と短い。それでも、タケルにはどうしても会いたい人がいた。

 ニューヨークでの仕事を終えたタケルは、翌朝早くボストンへ向かった。ボストンには、語学留学中のシンがいるのだ。

 タケルはシンと連絡を取った。外国とはいえ、ある程度顔の知れた二人。そこら辺で会うわけにはいかない。外にいるとSPやマネージャーを伴わなければならないのだ。そんな風に会うのではなく、もっと普段みたいに、気の置けない感じで会いたい。タケルはそう思い、宿泊するホテルにシンを呼ぶ事にした。

 授業を終えたシンが、タケルの待つホテルへやってきた。部屋に入ればもう、付き人は必要ない。

「シン兄さん!」

「よう、タケル。元気か?」

タケルは、入ってきたシンに両手を広げて近づいて行った。久しぶりに会うのだ。感動の再開だ。タケルはシンにハグをした。いつも以上に、ギューッと抱きしめた。

「おいおい、どうしたんだ?まだ離れてから三ヶ月しか経ってないぞ。」

シンが少しおどけて言い、タケルの背中をポンポンと叩いた。

「あ、そっか。ははは。そうですね。」

タケルは急に照れて、シンから離れた。

「まあ、座ってください。久しぶりに飲みましょうよ。」

窓際に置かれたテーブルには、既にシャンパングラスが二つ並んでいた。タケルは冷蔵庫からシャンパンを取り出し、布巾をコルク栓に被せ、捻った。

ポン!

「うわっ、びっくりした。」

相変わらず過剰に驚くシンの様子に、思わず笑みがこぼれるタケル。笑顔のまま、シャンパンをグラスに注いだ。

「さ、俺たちの再会に乾杯しましょう。」

タケルはいそいそと椅子に腰かけ、既に座っていたシンにそう言った。シンはちょっと破顔したが、グラスを持ち、カチンと合わせた。

「はい、乾杯。」

シンもそう言って、二人でシャンパンを飲んだ。何か賞を取った時など、特別な日にはメンバーみんなでシャンパンを飲むのが恒例だった。

 外はだいぶ暗くなり始め、高層階からの夕景は見事なものだった。沈みゆく夕日と、ネオンの輝くビル群。シンは立ち上がり、窓辺に立って外を眺めながらシャンパンを飲んだ。そんなシンの姿を、タケルはじっと見つめた。そして、密かにため息をつく。

「ん?どうした?」

シンが振り返った。

「なんて綺麗なんだろうって思って。」

タケルが言うと、

「ん?ああ、そうだな。ボストンは綺麗だな。」

シンはそう言って、また視線を外に戻した。

「そういえばお前、マサトには会ったのか?」

シンが思い出したように言った。マサトはニューヨークにダンス留学中である。

「え?ああ、マサトは……忙しいって言ってました。」

タケルはニューヨークへ行く直前に、マサトに連絡を入れた。最近どう?と聞くと、おかげさまで忙しくしてるよ、と返って来た。ただ、それだけ。だが、うそは言ってない。マサトは忙しいと言っていたのだ。

 シンは一度テーブルにグラスを置き、タケルの後ろの方へ回った。そして窓の外を見ながら、

「あ、俺の通ってる大学が見える。」

と言った。タケルは首を回してその様子を見たが、またシャンパンを飲もうと前を向き、グラスに手を掛けた。

 そこへ、シンがタケルの背中越しに自分のグラスを取ろうとした。タケルの腕のすぐ横に手を置き、ぐっとタケルの背中に乗っかって、グラスに手を伸ばす。

 タケルの顔がカーっと熱くなった。さっきハグしたばかりだと言うのに。でも、不意打ちには勝てない。

 グラスを取ってシャンパンを飲むシン。何食わぬ顔でまたテーブルに座り、タケルの顔を見る。

「あ、あの、シン兄さん。」

「何?」

「今夜、ここに泊まっていきませんか?」

タケルは赤面ついでに一気に言った。

「は?いや、聞いてないよ。着替え持ってきてないし。」

こちらも不意打ち。シンは早口にそう言った。

「でも、シン兄さんともっとたくさん話したいし。俺、新しいパンツたくさん持ってるんで、一つあげますから。ね、いいでしょ?」

珍しくわがままを言うタケルに、嫌とは言えないシン。

 食事はルームサービスで済ませ、大きなベッドで二人、横になった。他愛のない話をし続け、酔いも回って寝落ちした二人。それでもタケルは、寝ている間もシンの腕を掴んで離さなかった。


 翌朝、タケルはもうアメリカを立たなければならない。シンも授業に行かなければならない。

「じゃあな。」

昨日の服を着て、シンがそう言った。

「シン兄さん、あの……。」

何か言いたいのに、何を言えばいいのか分からないタケル。一度背を向けたシンは、黙っているタケルを、おもむろに振り返った。

「離れたく、ない……。」

タケルがそう、呟いた。すると、シンの目に光る物が。

「俺の方こそ……寂しいよ。不安だよ。お前がいてくれたら、どんなに心強いか。でも、それじゃダメなんだ。お前がいたら、何にも変わらない。俺は、お前なしで頑張らないと。」

シンは唇を噛んだ。涙をこらえた。そして、踵を返し、部屋の出口へと歩いて行った。

 タケルはそのシンを追いかけた。シンがドアを開ける前に、後ろから抱きしめた。

「シン兄さん、頑張って。また会いに来るから。」

タケルがそう言うと、シンは腰に回されたタケルの手の甲に両手を重ねた。そして、ギュッとその手を握った。目を閉じ、一つ大きな深呼吸をしたシン。

「お前の為に、頑張るよ。」

タケルの手を剥がし、振り返ったシン。目にうっすら涙を浮かべるタケルを見て、にっこり笑ったシンは、改めてタケルの首に腕を回してハグをし、タケルの頬にチュッとキスをした。

 そして、ドアを開けて去ったシン。ドアが閉まっても、しばらくそのドアを見つめ続けるタケル。頬に手をそっと当て、時間差で赤面する。心拍数が爆上がり。

「シン兄さん、好きだよ……やっぱり言えなかったけど。」

何年か前、バラエティ番組の罰ゲームで、シンがタケルの頬にキスした事があった。すごく嫌がっていたシン。嫌がる振りをしたタケル。いや、シンも嫌がる振りをしていただけだったのか?

 いつまでも動けずにいたタケル。飛行機の時間が刻々と迫る中、外でマネージャーがヤキモキしている事も知らず、いつまでも余韻に浸るタケルであった。

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