子取り

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子取り

 太陽が明るく輝く昼下がり、公園の広場は活気に満ちていた。

 色とりどりの花が風に揺れ、遠くからは子供たちの楽しい笑い声が聞こえる。

 公園の砂場では、小さな子供たちが元気いっぱいに砂で城を作ったり、トンネルを掘ったりしていた。幼い子供たちは笑顔で手を伸ばし、砂をすくっては楽しそうにばら撒く。

 穏やかな日差しの下、子供たちの笑い声が響き渡っていた。

 母親たちは微笑みながら子供たちを見守り、楽しそうに笑っている。

 この公園は、最近になって作られたものだ。

 元は工事関係の業者が占有する土地で、フェンスを張り巡らせていた。

 だが、住宅が立ち並ぶ場所での騒音や大型車両の出入りによって、通学路の安全が脅かされた。

 地域の住民が迷惑に感じており、それを市議会が問題視。その結果、市が工事業者と交渉し、移転を命じることになった。

 工事業者の土地は、地域の人々の要望によって公共の土地となり、公園が作られた。

 子供たちの笑い声と、笑顔が溢れている公園。

 その場所は誰もが自由に訪れることができる場所だ。

 小林真紀は、6歳になった息子の友春と一緒に、穏やかな休日を楽しんでいた。

 隣に座っている4歳の美香は、小さな手を懸命に伸ばして花に触れている。

 美香は、花を見ながら笑顔を作った。

 その表情は愛らしく、見ているだけで心が温まる。

 真紀は小春を見守りながら、平和なひと時を過ごしていた。 

「お母さん、このお花きれいだね」

 美香はそう言って、小さな指で花びらを優しく触る。

 その隣には夫・秀樹が座り、美香と同じように花を見つめている。

 まるで絵画のような光景に、真紀は思わず微笑んだ。

 公園には平和な空気が漂っている。

 とても幸せで穏やかな時間だ。

 友春は咲いていた花を手に、真紀に向かって走ろうとした。

 その瞬間、突然、子供たちの悲鳴が響いた。

 それはすぐ近くから聞こえた。

 驚いて真紀が見ると、ブランコの近くにいた女の子が転んだようだった。すぐに、その娘の母親が駆け寄るが、奇妙なことに女の子はピクリとも動かなかった。

 普通、泣くなり痛がるなりするはずだ。

 しかし、女の子はうつ伏せになったまま、何の反応も見せなかった。

 まるで、人形のように。

 真紀はその光景に息を吞む。

 女の子を抱き起こした母親は、娘の口から血が出ていることに気が付いた。女の子は口から血を流し、微動だにしない。

 母親は娘の名前を叫び、身体を揺さぶるが、娘は反応しない。

 近くにいた友人らしい女性が駆け寄り、すぐにスマホを取り出し救急車を呼ぶ。

 その時だった。

 女の子を抱き支えている母親が、口から大量の血が噴き出した。

 それと同時に、周囲の人々の悲鳴と怒声が響く。

 真紀は恐怖を感じた時は、夫の秀樹が友春を迎えに行き、慌てて子供の身体を強く抱いた。

 美香の小さな手が真紀の腕にしがみついた。美香も何が起きたのかわからず怯えているのがわかる。

 さっきまで平和で楽しいひと時だったはずだ。

 それなのに── 気が付けば周囲は大騒ぎになっていた。

「美香」

 真紀は美香を抱きしめるが、すぐに違和感を覚え。なぜなら娘の身体に力が無かったからだ。見れば美香は首を項垂れ、口の端からは血がヨダレとともに糸を引いていた。

 それに気が付いた真紀は、慌てて美香の身体を揺さぶる。だが、美香は何の反応も示さなかった。

 小さな手はだらんと垂れさがり、目は虚ろになっている。

「──まさか……そんな……」

 真紀は恐ろしい想像がよぎり、秀樹に向かって助けを叫ぶ。

 だが、そこで見たのは、またも恐ろしい光景だった。

 息子の友春もまた、秀樹の腕の中で口から大量の血を流し倒れていた。子供たちは口と鼻から血を噴き出しており、身体はぐったりしている。

 その瞬間、真紀は口を手で抑えた。

 内臓が絞られるような感覚は吐き気ではなく、とてつもない恐怖だった。

 真紀は咳き込む。

 掌に、真っ赤な血の花が咲いた。

 いったい何が起きたのか。

 理解が追い付かないまま、真紀は大量の血を吐き出した。子供たちと同じように、口と鼻から赤い血が流れ出ているのがわかる。そして身体が恐ろしくだるく、力が入らないことにも気が付いた。

 既に公園の惨劇は始まっており、平穏な光景は完全に崩れ去っていた。


 ◆


 公園で起こった集団吐血事件は、メディアを通じて全国的に報道された。

 子供15人を含む20人が、わずか数分で大量吐血。そして全員が意識不明の状態になっていると、瞬く間にニュースが駆け巡った。

 この出来事に専門家たちは驚きを隠せなかった。

 症状は重篤な消化器疾患による吐血で間違いなかったからだ。

 これに対し、警察庁のNBC対テロ対応専門部隊の出動にまで至り、周囲1kmを閉鎖しての大規模調査が実行される。

 もちろん、一連の出来事は公安と情報機関の監視下に置かれている。それは毒物テロなどを警戒してのことで、意図して行ったことだった。

 調査の結果、公園には有害なガスや化学物質などは検出されず、周辺地域でも事件発生から猛毒性の細菌などは発見できなかった。

 この原因不明の吐血事件に専門家は、様々な可能性を示唆するものの、いずれも確証は得られなかった。

 なぜなら無症状の者が居たからだ。

 小林秀樹、田中拓也、大西聡、前川学の4人。

 それに、畑山千代子、内藤文代の2人。

 それぞれ子供を連れての保護者であったが、妻や子供が吐血し意識を無くしたにもかかわらず、秀樹ら4人と高齢女性の2人は無事で健康な状態を保っていた。

 全員に共通する点としては中年、高齢の成人ではあるが、この6人にそれ以上の共通項が見られず、理由が判然としなかった。

 小林秀樹は、川沿いの遊歩道で座り込んでいた。

 妻の美香、友春、美香を含む4人の子供たちには、いまだ命の危険があるということで厳重な監視が続けられた。

 医師は尽くせるあらゆる手段を尽くし、まだ生きてはいる。

 しかし子供たちの脳は明らかに機能していないし、急速に肉体から生気が抜けだしていた。吐血の原因を特定できない以上、治療も出来ないまま時間が過ぎていくことに焦りを感じた。

 そして今、妻たちが生きていることは奇跡的であり、生命維持装置が停止すれば最期であるということが分かっていた。

 秀樹にとって心苦しい状況は続いたままでいた。

 そこに一人の若者が立った。

 一見して、頼りなさそうな童顔の若者。

 ヨレヨレになった白いジャケットに、所々がほつれたジーンズを履いている。

 肩のあたりまで伸びた髪を束ねていたが、オシャレを狙って伸ばしている印象はなく、単に散髪に行くのが面倒で伸びた髪を邪魔にならない方法で対処しているといった様子だ。束ねているのも輪ゴムという有様だ。

 だが、薄汚れていても若者には、さわやかさがあった。

 快晴ではないが、雲と青空が作り出すさわやかな風。

 目には見えなくとも、気持ちで感じるものが若者にはあった。

 年齢にして、20歳前後。

 名前を、飛鳥あすか孔音くおんと言った。

「小林さんですね」

 孔音は、座ったままの秀樹に向かって声を掛ける。秀樹は立ち上がって孔音を迎えた。

「神通師の飛鳥さんですか。今回は、お世話になります」

 孔音は軽く会釈した。

 

【神通力】

 それは、仏が持つ人智を超えた無礙自在な能力のこと。霊妙で計り知れず、自由自在にどんなこともなしうる働きや力。

 天眼通てんがんつう

 天耳通てんにつう

 他心通たしんつう

 宿命通しゅくみょうつう

 神足通じんそくつう

 の五つの能力で、これを五神通と呼ぶ。


 秀樹は世間で騒がれている、公園での吐血事件に関することで、孔音に相談をしていた。

 神通力を使える人という話を聞いてから、藁にもすがる思いで連絡をしたのだった。

 秀樹は事情を説明した。

「そうですか。奥様とお子さんが……」

 孔音は言葉を詰まらせ、神妙な表情になる。すると彼は手を使い虫を払うような仕草で、周囲を窺った。

 秀樹には見ることも感じることもできなかったが、孔音は彼の周囲に漂う瘴気を感じ見ることができた。

 それは死者の怨念が生み出した、生者に悪影響を及ぼすものだ。

 孔音は秀樹の身体全体を見る。それから羽虫を追い払うように手を振ると、瞬時に黒い瘴気は霧散するが消えることはない。

 そして、孔音の周辺に漂う負のエネルギーを取り払いながら、ゆっくりと口を開いた。

「……恐ろしく強力な毒ですね。しかも、ずっと続いている」

 孔音の言葉に秀樹は驚愕し、顔色が青ざめる。

「毒って……。私には何もないのですが……」

 秀樹は戸惑うように答えると、孔音は険しい表情になった。

「毒と言っても、科学的な毒ではありません。おそらくは、呪いに近い強力な力です。なぜか、小林さんには影響は出ていない。今の様子からも間違いないでしょう。

 でも、奥様とお子さんだけには影響が起こっている……」

 孔音は考えると共に、まずは秀樹の妻子を救う為に病院へと向かうことにした。

 秀樹が運転する車に、孔音は乗り込む。

 病院へ行くと、妻の真紀と子供たちが居る集中治療室に入った。医師たちが必死で治療に当たっているが、助かる見込みは殆どないという話だった。秀樹は妻と我が子が生死の境をさ迷っているのに、何も出来ない自分の無力さに絶望するしかなかった。

 妻の真紀と子供たちの姿は変わり果てていた。

 彼女たちは目を閉じ、意識を失っていたが呼吸はしていた。それは辛うじて生きているという感じだった。生命を維持するために必要な栄養補給が行われているといった状態だ。

 そんな状態の真紀の傍らで、孔音は立ったまま目を閉じていた。彼は額には汗を滲ませ、何やら呼吸も荒い。

 孔音には見えていた。

 瘴気が気体のような漂う存在ではなく、濃密な液体となって真紀や子供たちの体内に侵入している様子。しかもそれは、不定形な形のゲル状の物体で、一見しただけでは理解することができない。

 孔音は手を使い、瘴気を消し去ろうとするが、その濃度が尋常ではない。一時的に消えようともすぐに元の状態に戻り、さらに力を増して増殖していた。

 孔音は両手を合わせ、百人一首・坂上是則さかのうえのこれのりの和歌を詠み上げる。

 和歌には不思議な力が宿るとされた。これを言霊のはたらきと捉えてもよい。その不思議な力は、歌の向かう対象に作用を及ぼし、陀羅尼だらにと同じ功徳があるとされる。

「朝ぼらけ 有明の月と みるまでに

 吉野の里に ふれる白雪」

 孔音が両手を広げると手から、淡い光を放つ雪のようなものが部屋中に充満する。それは瞬時に広がり、瘴気を包み込んだ。

 瘴気はゲル状に成りながらも、消えようとしない。

 孔音は気を集中させ、瘴気を素手で握りつぶした。すると潰れた瘴気は液体のようになって飛び散り、床や壁に付着する。孔音は思わず目を閉じてしまう。

 孔音が片目を開けると、室内に充満していた瘴気が徐々に消えていった。

 手を開いてみると、べっとりとした黒い粘液が残っている。

 これですべてが終わったかに思えたが、瘴気は再結集し、元の姿へと戻ろうと増殖を始めた。瘴気は蛇のような姿を象り、真紀と子供たちにまとわりつき再び取り憑いた。

 孔音は冷や汗をかきながら、瘴気の塊である蛇を睨みつけた。

 そして今度は百人一首・大中臣能宣おおなかとみのよしのぶの和歌を詠み上げる。

御垣守みかきもり 衛士ゑじの焚く火の 夜は燃え

 昼は消えつつ ものをこそ思へ」

 すると黒い粘液は赤く光る炎に包まれた。

 真紀や子供たちが包まれているゲル状の塊に向かって、孔音は掌から爆発的な霊力の波動を送る。その力によって浄化が始まったかのように思われたが、結局は失敗に終わりゆっくりと元の状態へと戻っていった。それどころか次第に数が増え始めている始末だ。

(なんて強力な力なんだ……)

 孔音は自身の力が通用せず、瘴気の力に恐怖心を抱いた。

 秀樹は孔音が何をしているのか理解できなかったが、目に見えないに抗う姿を感じ取ることができた。

「孔音さん……」

 孔音が疲労困憊している様子を見て取った秀樹は呼びかける。

 すると孔音は首を横に振りながら、首に流れた汗を拭った。

「ご家族の命を蝕む瘴気を解呪しようとしましたが、失敗しました。今もなお、強力な力で浸食を続けています」

 孔音は気力を振り絞り、秀樹に向かって続けた。

「根本となる原因から叩くしかありません。小林さん、奥様とお子さんを助ける方法は一つです」

 孔音はそう切り出すと、自分が行くべき場所を口にした。


 ◆


 昼間であるにも関わらず、公園は深夜のように暗かった。

 明度ではない何かが、辺り一面を陰鬱な雰囲気に変えていた。

 公園に到着すると、孔音は立ち止まり周辺の空気の異変を感じ取った。

 あの事件以来、公園入口には警察官こそ居ないがロープが張られ立入禁止の看板が立てられている。

 孔音は周辺を見渡すと、そこはただならぬ空気に包まれていた。

 禍々しい瘴気が立ち込めていると感じた孔音は、周囲一帯を包み込む瘴気に手をかざした。

 そう。こここそが瘴気の元凶。

 直後、大きな物音と共に公園内に異変が起きた。

 静かだった公園は一転して騒がしくなり、進入禁止のロープが風に揺れて騒ぎ始める。どこからともなく異様な物音や姿なき人々の声が聞こえるような気がした。

 鳥たちが一斉に羽ばたき、不気味な鳴き声を発しながら飛び立つ様子も確認できた。更にカラスの鳴き声とは違う何かに、人が不気味さを感じる鳴き声が響くなど異常事態から阿鼻叫喚とも言えるような状態に陥る。

 公園内に侵入した孔音は、深呼吸をして心を落ち着かせた。

 そこで宿命通を使う。

 宿命通とは、自他の過去の出来事や生活などを知る通力のことで、孔音はその力でここがなぜ荒れ果てた場所になったかを理解しようとする。

 孔音は目を閉じ、心が過去の出来事に繋がっていくと、彼の周囲で、ここで起こった過去が流れる。

 幾人もの警察官、刑事、鑑識官たちの姿の映像が浮かび上がる。

 まるで時を逆行するかのように、各人の動きや出来事が逆戻しで再生されていくのを感じた。

 過去から過去へと遡るので、救急隊が担架に乗せた人々を公園に放置していくという奇妙な光景。

 やがて人々は、吐いた血を飲み込む光景へと至る。子供や女性が苦しむ姿は、血生臭い匂いまで感じるものとなる。

(まだだ。もっと先を……)

 孔音は心で願う。それは映像を早送りにさせるように、速さを増していく。膨大な情報量に目が回るような感覚に襲われながらも、更に過去の出来事を遡る。

 そして答えを見つけた。

「そういうことか……」

 孔音は玩具のバケツやシャベルが転がった砂場を見て、瞬時に理解する。


 ◆


 一人の男がパチンコ店から退店していた。

 50代と推定できる、頭髪が乏しい男は若いころの威勢はすでになく、落ちぶれた雰囲気を醸し出していた。

 朝から5時間も打ったにも関わらず当たらなかった。苛立っていた男の目の前を猫が横切る。

 野良猫だ。

 男が悪態をつくと、猫は不意を衝くように走りだした。男はコケにされたと思い、猫の後を追うように走り出す。

 サッカーボールのように猫を蹴り飛ばしてやろうと思ったのだ。

 意味なんて無い。

 自分より弱い者への暴行は、自分の強さを実感できる。

 ただの憂さ晴らしのためだけに猫を追いかける。

 路地へと入っていくが、すぐにゴミで溢れた120Lのポリバケツに足をもつれさせて転倒した。その拍子でゴミが散乱し男は、頭からゴミを被った。

 男は起き上がるが、猫の姿はもうなかった。

「クソ!」

 男は怒りに任せて、ポリバケツを蹴る。ポリバケツは大音量を立てながら、さらにゴミを散乱させ悪臭を放つ。

 男は蹴ることに飽きると、帰ろうと歩き出すが、3m先に一人の若者が立っているのを見た。

 飛鳥孔音だ。

「金丸雅史ですね」

 孔音は冷たい視線を送る。

(なぜ俺の名前を……)

 自分が見知った者ならいざしらず、見知らぬ者が一方的に自分のことを知っているというのは気持ちの悪い感覚だ。

 雅史は孔音が何者か分からなかったが、彼が小さな木箱を手にしているのを見て突然、喉に物が詰まったように驚く。

「その様子ですと、これが何か、ご存じのようですね」

 孔音は表情を変えずに言う。

「し、知らねえよ」

 雅史は否定するが、嘘なのは明白だ。

 雅史は木箱が何であるか、すぐに理解していた。

「公園の砂場に、コトリバコを埋めたのは、お前だ。人を苦しめる呪いの箱を埋め、女性や子供たちの命を危険にさらした」

 孔音は冷静を保ちながら問い詰めた。


【コトリバコ】

 隠岐おき騒動(慶応4年(1868年))で落伍した者から島根県の部落に伝承されたとされる呪いの箱。

 コトリバコとは、「子取り箱」。

 つまり、子どもを取る(犠牲にする)箱という意味。妊娠可能な女性や子供に強力な呪いが降りかかるとされている。

 その作り方は、複雑に木の組み合わさった木箱の中に、動物のメスの血で満たして一週間待つ。血が乾ききらないうちに、間引いた子供の体の一部を入れる。決して開けられないよう厳重な封をし、呪いたい相手の家に箱を置くだけで取り殺す。

 この呪いは「呪う対象の一族を根絶やしにする」事を目的としているらしく、呪いを受けるのは「幼い子供」と「子供を産むことができる女性」に限られる。

 ある程度以上の年齢の男性と、高齢で閉経している女性には効果が無い。

 その呪いは凄まじく、触れるどころか周囲に居るだけで、もっとも苦しみ抜く形で徐々に内臓が千切れ、血反吐を吐いて死に至る。

 伝承では、最初に作られたコトリバコは、わずか2週間足らずで、差別を行う庄屋の家の女が1人と子供が15人、血反吐を吐いて苦しみ抜いて死んだ。

 この殺戮劇をもって、部落は周囲の全ての地域に伝えた。

 こうして13年にわたってコトリバコは作られ、使われ、最終的に失敗せず完成した物だけでも16個の箱が作られたという。

 だが、ある時、部落の中で、子供が知らずに持ち出してしまい、家に持ち帰ったその子を含めた家中の女と子供が、その日の内に全員死亡する惨劇が起きた。

 ひとつ間違えれば自分自身でも制御できない諸刃の剣である事を改めて思い知った部落の人々は、箱の処分を試みるために、近くの地域の神社に持ち込んだ。

 しかし、呪いはあまりに強すぎた。

 その場で祓う事ができないと判断した当時の神主は、箱1つごとに担当グループを設定し、一定年数ごとに持ち回りで保管して呪いを薄める事を提案した。

 現代までに大多数の箱は解体が完了しているという。

 なお、何人の水子の死体を使用するかによって呪いの強さが大きく変化するらしく、一人から順に「イッポウ」「ニホウ」「サンポウ」「シホウ」「ゴホウ」「ロッポウ」「チッポウ(シッポウ)」「ハッカイ」という順番で名前が変わっていき、呪いも強力になっていく。

 特に「ハッカイ」は非常に危険な代物であり、呪う側も命を落とす危険がある。呪詛を伝えた人物が二度と作ってはならないと念を押した。


 孔音は、宿命通で公園にコトリバコが埋められるのを目撃すると、それを掘り起こした。

 更に、埋めた人物を、遠い所の出来事や物を探し通す通力・天眼通で探し出したのだ。

 それが、金丸雅史だった。

「なぜ、こんな危険な物を公園に埋めたんですか?」

 孔音は感情的になることなく、冷静に問いただす。

 すると雅史は、地にツバを吐いて答えた。

「あの地域の奴に恨みが有るからだ。俺は、以前あそこに住んでいたんだがよ、やれゴミの捨て方が悪いだの、生活音がうるさいだの、挙句の果てには変質者が住んでるだなんて言いふらしやがって。そんな悪い噂を流されたらどうなるか、わかんだろうよ」

 雅史はそう主張するが、孔音に同情や理解は一切ない。

「金丸雅史、52歳。高校を中退し就職するも1年で退職。その後は犯罪行為を繰り返し、暴力的行為による逮捕歴は12回。地域における不審者情報にも名が挙げられる人物で、子供への付きまといなども起こしていますね。そんな人間が、人から好かれる訳ないだろ」

 孔音は雅史の過去を明かす。単なる事実を述べているに過ぎないが、それは雅史を激昂させた。

「テメエ!」

 雅史はポケットからナイフを取り出して、孔音に向かって刃を突き立てようとするが、孔音は手にしていたコトリバコの蓋を開いた。

 すると瘴気が目に見える濃度と動きで広がり、雅史を包み込んだ。

 その様子は何本もの触手を持った蛸が雅史を包み込み、締め上げているようにも見える。

 孔音の表情から笑顔が消えると、静かに告げた。

「本来、コトリバコは男には効果がないそうですが、そこは僕なりに改良させて貰い、返りの風を吹かせました」

 雅史は力なく座り込むと、持っていたナイフを手放して鼻血を噴き吐血をする。


【返りの風を吹かす】

 「返りの風」は日本の言葉や表現の一つ。

 これは、何かを悪く言ったり悪い行動をした結果、それが自分に悪い影響をもたらすことを指す。言い換えれば、自分が他人に対して行った言動や行為が、後になって自分に向けて悪い結果や影響をもたらすことを指摘する表現だが、陰陽道でも用いられ呪術や呪いをかけられた際に、相手に呪いを返すというもの。

 強い風は悪霊や疫病などの邪を運んでくると考えられ、この風に対する防衛策として寺院にある梵鐘を小さくして風になびく短冊を付けた風鐸が作られ、その風鐸をさらに小さくしたものが風鈴となる。

 風鐸や風鈴が鳴らす音には、その音が聞こえる範囲を浄化する働きがあると言われている。


 孔音は、コトリバコの蓋を開けると同時に、自分の持つ通力を一気に開放し瘴気を吹き飛ばした。

 瘴気に触れた雅史は苦しみ始め、自身の内臓がちぎれ、血反吐を吐いて倒れこんだ。

 すると雅史を殺した瘴気は時間を巻き戻すかのように、元あった場所に戻るように戻っていく。

 孔音はその様子を見届けると、コトリバコの蓋を閉めた。

 その上で孔音は和歌を詠み上げる。

 するとコトリバコが炎に包まれ、燃え上がる。

 忌まわしい呪具は、孔音の手の上で灰となって散った。

「返りの風、償いの炎。地に埋める罪、空に帰す」

 孔音はそう呟き、一つの儀式を終えた。彼の目には、冷徹なまでの冷静さが宿っていた。

 コトリバコが引き起こした呪いを無力化し、それを浄化するのだった。

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