幕末のエイリアン

アポロBB

プロローグ エイリアンのミイラ

「デカッ!」


テレビディレクターの稲田亮一が声を漏らしてしまったのも、無理はない。

ガラスケースに入ったそれは高さ三メートルを優に超えて立っている。



4本の脚に2本の腕、上半身は人間に似ていなくもないが目が異様に大きく、顎がほとんどない。一見、ケンタウロスのように見えるが、下半身は馬のそれではなく、虫の腹部のように節くれだって、尻尾のように先は尖っている。


「なんですか、これ!?」


「これが当家に伝わる“鬼のミイラ”ですよ。どうです? 鬼に見えますか?」

この巨大な蔵まで案内してくれた矢野忠雄は稲田のリアクションを楽しんでいるように見える。


「鬼というよりも……なんでしょう。悪魔?」


「ハハハ、悪魔と言ったり、妖怪と言ったり、ミュータントと言った人もいましたね。表現は人それぞれ……私はね、エイリアンだと思っていますよ」


天井の高い蔵の中で、反響したその声は少し不気味な色を帯びていた。


稲田はお笑いタレントが出演する旅番組のロケハンのために、九州にある創業180年の老舗温泉旅館に来ていた。裏手には渓流があり、崖の上に建てられた古民家という感じで見た目のインパクトはなかなかのものだった。稲田はタレントたちのリアクションを想像して上機嫌になった。


矢野は支配人で、ロビー、内風呂のある部屋、大浴場、調理場と案内してくれた。そして、最後に「テレビに映すわけにはいかないが」と前置きした上で“面白いもの”を見せてくれたのだ。


「エイリアン? 確かに見えなくもないけど……いつごろのものなんです?」


「幕末です。慶應二年、1866年に退治されたそうです。ほら、ここに書いてあるでしょう?」矢野が指差したのはそのミイラの足元に立てられている時代を感じさせる古い木札だ。


──慶應二年六月二十五日 亀瓦宿にて成敗し候


「えらく具体的な日取りがわかってるんですねえ」稲田の言葉には少し小馬鹿にしたようなニュアンスがあった。


稲田は別の番組でカッパのミイラや人魚の骨などを取材したことがあるが、全てニセモノだった。猿の頭蓋骨と猫の骨をつなぎ合わせるなど、江戸末期の職人たちがこしらえた土産ものだ。当時は、日本を訪れた欧米人が珍しがって買い求めたという。


(どうせ、これもその類だろうが。まあ、バラエティのネタにはいいか。うまくすりゃワンコーナーつくれるかもな)


稲田はテレビ屋らしい打算を始めた。「テレビに映すわけにはいかない」と矢野は言ったが、それが本当ならばわざわざ自分に見せたりはしないはずだ。価値を高めるためにもったいぶっているだけだろう。おそらく客にも、「本当は見せられないものだが」とかなんとか前置きをして希少価値を高めているのだろう。顔出しNGのミュージシャンのような売り方だ。少しうさんくさい矢野の雰囲気とあいまってエンターテイメントとして成立している。なかなか商売上手なのかもしれない。


そんな思考を巡らせながらも、自分の心の底がざわついているのを稲田は気づいた。そのミイラは、じっと見ていると恐怖に飲み込まれそうな異様な迫力があったのだ。


(今にも動きだしそうじゃねえか……)


ふと視線を感じた。振り向くと矢野が真横に立っている。ずっと薄笑いを浮かべているのが気持ち悪い。


「ここいらは江戸時代に整備された宿場町だったんです。郷土史の本にね、その宿場町で1866年にある事件が起きたことが書いてあるんですよ」


「へえ、どんな事件なんです?」


「人が一気にいなくなったそうです。町から忽然とね。神隠しと言われたそうですよ。当時は50軒を超える宿が立ち並んでいたそうですから、それなりに栄えた宿場ではあったみたいですね。温泉地ですし、大層な賑わいだったそうですよ。ほら、こんな感じでねえ」


矢野はガラスケースの横に飾ってある掛け軸を指した。往時の街の様子が生き生きと描かれていた。立ち並ぶ宿、行き交う旅客、呼び込みの女たち──


「なんで人々は消えてしまったんです?」


「郷土史の本ではね、疫病が広がったと。この街で何やら恐ろしい病気が流行ったらしいと。藩の役人の日記に記述がありましてね、まあ、一応それが郷土史家の中でまかり通っておる“歴史”ですよ」


「では、矢野さんは違うと?」


「そうです。このエイリアンが街を襲ったんですよ。だから、人々はこの街を捨てた。旅籠が商売をそっちのけで逃げ出すんですよ。それがどれだけ異常なことか。疫病くらいじゃそんな風にはならない。私には分かりますよ」


「そうなんですか……」


「信じられないって顔をしてますね」矢野は稲田を見て笑った。


「い、いえ、そんなことは……」


「あはは、無理もない。かくいう私だって10年前までは信じちゃいなかった。先代も同じでしたよ。どうせ、どこかの剥製をつくる職人なんかに頼んで、こういう見せ物をこしらえて客を集めようとしたんだろうと。ただね、信じないわけにはいかないんですよ、アレを見つけてしまったからにはね」


「矢野さん……詳しく教えてもらえますか?」


「フフフ、では母屋の方に戻りましょうか」


矢野家に伝わるのは、ある剣豪と謎の生き物が戦った“忘れ去られた物語”だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る