始まりの町
オカメ颯記
始まりの町
扉につけたベルが鳴った。
「おっちゃん、こんにちは」
元気な挨拶とともに、黒い髪の少年が飛び込んでくる。彼は15才、冒険者になったばかりのまだ子供だ。
「ああ、いらっしゃい。なにかな? 回復薬? それとも、毒消し?」
「どっちもお願い。明日、沼地に行く予定だから」
私は毒消しを多めに用意した。沼地では毒を吐く魔獣が多いから。
「お、新しい剣にかえたのか」
少年が腰に差しているのはピカピカの剣だ。
「本物だよ。まだ、銅の剣だけどね」
恥ずかしそうに、誇らしげに少年は剣を見せびらかす。
どこかで見た光景。いつも繰り返される光景だ。
この町は小さい。宿屋と道具屋と武器屋、町の規模に不釣り合いな城と呼ばれる場所。
冒険者たちはいつも城から町にやってくる。ぴかぴかの金貨を握りしめて。
始まりの町、とこの町は呼ばれているらしい。冒険のスタート地点、ここからよその町にすべての冒険者が旅立っていく始まりの町。
私は何人もの冒険者を見送ってきた。この子で何人目だろうか。
今回の冒険者はこの子ただ一人だった。経験上、人数が少ないと旅立ちが遅くなる。ひょっとしたら、新しい冒険者がまた現れて、一緒に旅をすることになるのかもしれない。
次の日、ボロボロになった少年は服を買い替えた。もっとお金をためて防具を買わないと、とつぶやいている。私は黙って、魔物の体を引き取った。魔物の体の代わりに金を渡す。これも決まりだ。
冒険者は魔物を狩って、私たちは金を渡す。その金を使って、冒険者は装備を整える。そうしてこの町は回っていく。
「今日も店を手伝ってもいい?」
少年の言葉に私はうなずく。
「いいとも。その薬を棚に並べてくれ」
この子は賢い。文字も読めるし、算術も得意だ。
「なぁ、こういう作業、好きか?」
「うん。冒険よりもいいかな」
少年は笑う。
「本当は僕はね、ゆーちゅーぶでげーむじっきょうをしたかったんだ」
家にいるほうが好きだったと彼はいう。
「でも、ここにはこんぴゅーたーもないし、そもそもねっとかいせんもないでしょう。やることといったら、げーむみたいに狩りをすることだけ。なんだかね」
「そうか」
少年の語る話のほとんどは、ただの音にしか聞こえなかったけれど、私はうなずく。
もし、彼がこの町に残ったら。残ってくれるなら。
何か月か経つうちに少年は少しずつたくましくなってきた。もう少年とは言えないかもしれない。宿屋の娘と話をしている彼はここに来たときよりも頭一つ背が伸びている。
「おじさん、アクセサリーとか売っていないかな」
ある日少年はそう尋ねた。
「あるにはあるが、高いぞ。力の指輪とか、速さの指輪とか……」
「そういうのじゃなくて、女性用の、きれいなものはないかな」
少年は顔を赤くしている。
「女の子が喜びそうななにか。冒険用じゃなくて」
私は少年にきらきら光る石の付いた腕輪を渡す。
「これはどうかな?」
「きれいなうでわ、120G、効果なし」
少年は宙をにらむようにして読み上げた。
「これで、喜ぶだろうか?」
「ああ。女性ならきっと喜ぶと思う」
私は彼が宿屋の娘に腕輪を贈るところを陰で見守った。ひょっとしたらという期待が膨らむ。若い二人は仲がよさそうで、周りは静かにそれを見守っていた。
だが、私の夢は儚かった。
「おっさん。この町を出ようと思う」
大きくなった少年は私にそう告げた。
「次の町に行けるだけの薬草や毒消しが欲しい」
彼らはいつもこうして去っていく。この町で揃えられるだけの高級な装備と道具を身につけて。
「戻ってくる。必ずだ」
そう、彼は宿屋の娘にささやく。
でも、誰一人として戻ってこなかった。
私は少年が旅立つのを見送りながら思う。
多くの冒険者が去っていったが、戻ってきたものは誰もいない。成功してこの町のことを忘れてしまったか、それともどこかで倒れてしまったか。この町から移動できない私には知るすべもない。
そもそも彼らの目指す次の町は存在するのだろうか。
冒険者の背中が小さくなって消えるまで、私たちはじっと見送った。
始まりの町 オカメ颯記 @okamekana001
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