電脳妖精御伽噺(サイバーフェアリー・フェアリーテイル)
小鷹 纏
第一話:イミテーション・アース
電脳世界に生きる、人ならざる存在【
これは、そんな電脳妖精が生まれる少し前のお話。
────
透き通る青い海と、どこまでも澄んだ空。弓なりに伸びる白い砂浜を輝かせる、眩しい太陽。国内屈指の観光エリア【シララハマビーチ】には、夏の休暇を楽しもうと多くの海水浴客が詰めかけている。
相当な
「何回リクエストさせる気だ?! もう五分以上待ってるぞ!?」
堤防上のどこかから、不機嫌さをにじませる男の声。短パンにアロハシャツ姿の瘦せぎす男が、砂浜へ降りるための階段に張られた規制線を、恨めしそうに睨んでいた。似たような人は大勢おり、いたるところで苦情の声が上がっている。
しかしどれだけ不満が噴出しても、規制線が解かれる気配はない。それからさらに五分ほど経過したが、その間で砂浜に入れたのは十数人。年齢はまちまちだが、皆、肌つやが良く身繕いがされていた。
見通せない待機時間と後回しにされる感覚から、先の男はついに我慢の限界をむかえて口を尖らせる。
「これなら【
水着姿の女性客をいやらしい視線で追いかけて、ポツリ。他人に聞こえない設定にしているのは、男なりのネチケットだったが。
突然、女の甘い囁きが男の鼓膜を揺らした。
「──ご指名いただき、誠にありがとうございまぁす。ご要望の通り、【
可憐ながら、妖艶。蕩ける声に男が視線を向けると、そこには女人の白い細腕が伸びている。
「VAMP竜宮サーバーを司る【
手を差し出していたのは、天女の如き出で立ちをした妙齢の淑女。絹の艶やかさの黒髪を
誘う眼差しで見つめてくる丸目に、男はたじろいた。
「お、乙姫……!?」
現実離れした美しさと、容量度外視の最上級
*****
名を乙姫。クラスター型仮想現実ネットワーク【
超高度な学習機能を有し、管理者を持たずしてI・Eへの不正侵入及び攻撃、電子通貨やNFT(非代替性トークン)商品の詐取・奪取、マルウェア拡散など、ネットワーク上のあらゆる犯罪行為をこなす。
匿名ダークネットワーク【
*****
「だ、誰か! VAMPが出たぞ!!」
男は声を荒げるが、周りの人々は呆けた顔。それぞれどこかを見て、口をぽっかり開けている。それもそのはず、この堤防上──シララハマビーチ入場待機サーバー──はすでに、乙姫に乗っ取られていた。
「宣伝してくださるなんてお優しい。ですが、皆様にはご案内済みでございます」
「通報は……、できない?! アンチウイルスソフトも止まって……。こうなったら、ログアウトするしか──」
手元に半透明のバーチャルコンソールを表示、通報の操作をするも不通。それならとスタンガン型のアンチウイルスソフトを出すが、起動せず。いよいよ打つ手がなくなった男は、サーバーからの切断を試みた。
「──お支払いはお済みですのに、帰ってしまうのですかぁ?」
「えっ……?」
乙姫が袖で口元を隠して、ケラケラと笑う。焦った男は、バーチャルコンソールで銀行口座にアクセス。預金情報を調べた。
「??? 何も変わってない???」
内容に不審点なし。預金額にも変化はない。不思議に思って乙姫を見る。
「……
「!」
「乙が申し上げるのは差し出がましいですが、セキュリティ意識が欠如していらっしゃるようですね。人間様のその脆弱性、早めにご修正された方がよろしいでしょう」
「あ、あ……」
男はみるみる顔を青くした。送金を示すアニメーションが再生され、バーチャルコンソールから金貨が飛び出し、乙姫の袖の下に吸い込まれていく。連動して預金額が激減した。
「ま、たとえ銀行であろうと、乙なら余裕でクラッキングできますが。何にせよ、ご利用、誠にありがとうございます♪」
隠しきれないほど笑みを零し、乙姫は軽やかに空へと浮かび上がった。
「お、俺の金! 返してくれ!!」
「ご安心ください。初回サービスとして、半分しかいただいておりません」
「は、半分??? 預金の半分か??!! あんまりだ、そんな……」
目に涙を浮かべて、乙姫に縋りつこうとする男。残念ながらその手はすり抜け、触れることすらできなかった。I・E内全てのデータにあるはずの、接触判定がなくなっている。
「はーい、皆様。大変お待たせいたしましたぁ」
見上げるほどの高さで、乙姫は両手をひと打ち。待機サーバーに施していた秘匿化工作(映像偽装・消音等)を解除する。
──「助けて! お金を盗まれたの!」「金返せ!」「ガーディアンは何をやってるんだ!?」──
途端に飛び交う悲鳴や怒号。乙姫はどこ吹く風でそれらを聞き流し、堤防と砂浜を隔てる見えない壁に右手を触れた。
「テクスチャの出来は良いのに、貧弱なリソースねぇ。ええと、セキュリティスコアの高い人と警官なんかは弾いちゃって……」
左手で摘まみ捨てる動作をし、砂浜サーバーにいる人の一部を強制排除。気が済んだところで右手を押し込む。
「……ガセだったら嫌だし、お土産くらい欲しいわよねぇ」
壁に無数の亀裂が走り、ガラスが砕けるように崩壊。堤防上と砂浜を分けるパーティションが解かれた。
驚く砂浜の人々を見下ろし、乙姫は海上へ浮遊。振り返って、控え目な仕草で袖を振る。
「休暇をお楽しみの皆様、ご機嫌よう。竜宮サーバーの乙でございます。本日は皆様を、乙の城へご招待しに参りました」
浮遊する
「まぁまぁ、そう慌てずとも。代金はいただいておりますので、安心してご利用ください。I・Eでは味わえない、無修正の快感をお届けいたしましょう。……さぁ。ゲートをお
光の輪が中央から左右に開き、生暖かい風を吹き出した。竜宮サーバーへと繋がる真っ暗闇が、ぽっかりと大きな口を開ける。
「何を遠慮しているのです? はやくこちらへどうぞ」
セキュリティ意識の差こそあれ、さすがに自ら飛び込む者はいない。しかし乙姫の手招きで、ビーチ全ての人々の仮想空間用
輪の先で待つのは、無分別・無秩序のダークネットワーク。多少視認しづらく(できなく)された転送スクリプト程度を察知できない一般ユーザーが、被害を受けずに過ごせる場所ではない。
「……認識した時には、
目を細めて、乙姫が静かに言う。阿鼻叫喚の人々を捕らえる不可視の蜘蛛糸は、転送と同時並行で端末へマルウェアを送り込んだ。強制シャットダウン等で強引に逃げた人からは、無理な切断により残った端末情報を回収。
鮮やかな手際。現時点で、盗み出された金額は数千万~億ほどに。このまま転送される人が出れば、被害は計り知れない。
紛れもない犯罪行為。で、あるならば。
秩序あるネットワークとして、それを取り締まる存在も現れる。
「【I・Eノード隔離】実行! 【戦闘用隔離
砂浜に響く、凛とした少女の声。瞬時に、上空と目視範囲遠くの四方に灰色の壁が展開された。マルウェアを包囲する隔離領域。作り出したのは、堤防上空に現れた小柄な武者。
漆黒の大鎧と兜に、夜叉のごとく厳めしい
「攻撃用プログラム【
武者は腰に
「今なら安全に切断できます! 切断後は必ず診断を受けてください!」
乙姫に手繰り寄せられていた人々が止まり、自由が戻る。銀の太刀筋は試し振りのようでいて、コードを断ち切る斬撃を飛ばし、転送スクリプトを無力化。
端末コントロールを取り戻した人々が次々に切断し、その場から消えていく。
「次はあれを……! 【蓬莱玉枝ノ弓・
太刀を納めて鞘ごと消して、金色の弓と白銀の矢を生成。矢を番えて引き絞る武者を見て、乙姫は数歩分ほど光の輪から離れた。
「……猛々しいわねぇ」
目を細めて両手をひと打ち、輪が閉じる。瞬間、白銀の矢が乙姫の顔のそばを通過。
激しいスパークが起き、輪は跡形もなく消滅した。
「乙姫! 今日こそアンタを消去する!」
「言ってくれるわぁ。これはどうかしら? 【
二射目を構える武者に対し、乙姫は余裕の笑み。ゆるゆるとした言葉と動きで、海水を腕ほどの細さの紐状に成形。軟体生物の触手のごとく動かして、未だ切断途中の人々に巻き付け。処理を停止させ海へと引き摺った。
「させない! 攻撃用アルゴリズム【
すぐさま武者は、弓を消し太刀を右手に。逆手にして左手を添え、突き刺す動作で剣先を下ろす。刀身は空中で弾けるように枝分かれ。落雷の如き激しさで海水の触手を破壊した。
拘束が解けた人々は今度こそ切断。人でごった返していた砂浜は完全な無人となった。
──
「あーあ、逃げられちゃった。さすが、高名なエンジニアに無理難題ふっかけて作らせただけはあるわぁ。乙もそういうの欲しーい」
乙姫は口では残念そうにしながらも、右手に上に海水を集める。人の何倍かまで巨大化させたそれを、軽々とした動作で武者へと放り投げた。
「こんな攻撃、通用すると思ってんの?!」
迫りくる水の塊を、武者は素手の左一振りで粉砕。籠手には傷一つないが、乙姫は面白そうに笑った。
「堅ったいものね、それ。だけどそんな高負荷プログラム、戦闘補助もなしに動かせると思っているの?」
「……ッ!」
「言葉も出ないなんて図星? それとも処理落ちだったりして。せっかく高性能なのに、リソースを渋られてるなんてかわいそう」
哀れむ態度で言葉を放ち、乙姫が海上に降りる。そして滑らかに、素早く、自在に、水しぶきを上げて海面を滑走。
武者は目と首を動かして追うが、明らかに遅れた。
「ほうら、言ったでしょう?」
「……こんなもの!」
武者が唇を噛む。兜の緒を緩めて外し、鎧・面頬も同様に解除。空中に落とされた漆黒の鎧兜は霧散し、若竹色の
「うんうん。可愛い顔が見える方が、人間様も悦んでくれるわよぉ。【カグヤ】ちゃん」
露わになった素顔を見て、乙姫はニヤリと満足そうに笑う。
武者の顔立ちは、少しあどけなさこそあるものの、可憐な少女のそれ。ハッキリとした黒のややツリ目に、朱色の紐で品良く下げ髪に束ねられた黒髪。細身の体躯ながら、立ち居は鋭く威勢が良い。
外見だけなら、十五~十八の年頃の少女。しかしこの少女──【カグヤ】──は、国家最高性能のスーパーコンピュータ【心月】で運用される、I・E防衛用人工知能。非常に高い自律学習・判断能力を持ち、I・E加盟国内での格付けは二十位。【ガーディアン】と呼ばれる特別な地位と役割を担っている。
しかし。
「竹に油で素敵ねぇ。乙にそっくり──」
「──無駄話をする気はない!」
「おてんばなお姫さまねぇ……!」
防御プログラムのほとんどを停止。戦闘用思考モデルやサーバーリソースへの負荷を下げたことで、カグヤの処理速度は急激に上昇した。動きから硬さがなくなり、跳ねる回って空を駆ける。
一息に乙姫との距離を詰め、首を狙って太刀を振るった。
「わぁ、あぶなぁい」
「……ッ! 6:4でこっちがリソース握ってるのに、なんでそんな戦闘演算が……!」
「無い袖をアルゴリズムと思考モデルで工夫するのが、
「それを動かすにもリソースが要るでしょ!!」
乙姫の動きはさながら、風に靡く柳。揺らめいて刃をかわしていく。攻防はしばらく続いたが、結局、カグヤの攻撃は一度も命中せず。太刀筋が完全に
*****
I・E防衛には、いくつかの段階がある。
第一段階は、侵入前の阻止。I・Eは認証制であり、未許可端末からの接続やデータ送信が禁止されている。この段階での阻止が理想だが、今回は失敗。侵入され、乙姫というマルウェアを構成する巨大データの送信を許してしまった。
第二段階は、隔離。被害を受けたノード(I・Eを構成するクラスターサーバー)のI・Eネットワークからの通信隔離及び、マルウェアの隔離領域への封じ込め。送信されたマルウェアが他のI・E領域やI・E外と通信するのを防ぎ、被害の拡大を食い止める。
端末操作による攻撃であれば、隔離時点でほとんど無力化でき、自律型マルウェアであっても弱体化(データ送信中断による構成データ完成防止・管理者等の戦闘補助阻止等)を狙える。乙姫はサーバー内のカグヤと一対一の状況のため、こちらには成功した様子。
※隔離領域には副次的機能として、データ送信やプログラム動作を遅延させる効果がある。人間の肉眼で状況把握・処置を可能にするためだが、実際はそれでもカグヤ達人工知能の方が圧倒的に速い。
第三段階は、直接戦闘。攻撃者及びマルウェアを無力化もしくは消去する。隔離により防衛側もデータ送受信に制約が発生するため、戦闘は人工知能にほぼ委ねられる。隔離領域内のサーバーリソースの奪い合いに始まり、攻撃・防御プログラムの使用及びリアルタイムでの解析など、攻防は多岐に渡る。
防衛の成否は、攻防両者の構成データの状態、プログラム使用・行動を選択する戦闘用アルゴリズム・思考モデルの完成度、そして、管理者等の戦闘補助で決まってくる。
*****
「どうして当たんないの??!!」
もどかしい状況に
「あははっ! ちょっと答えがでないからって、天下のガーディアン様がそんな短気で良いのぉ? ……って、仕方ないか。万年二十位【
「二十位になってからは、まだ五年と十三日!! ワタシは弱くない、軽量化が足りないならっ!」
煽られたカグヤは籠手と脇楯まで停止。直垂のみの軽装に。防御プログラムを完全に捨て負荷を下げた分、太刀や体捌きは瞬きの速度に達した。
「そこまで捨て身だと、避けるだけじゃ分が悪いわねぇ。……と、言うことで。お願いね、【
「!」
嫌な気配を感じ取りバックステップ。カグヤの眼前に、渦巻く太い海水の柱が立ち上がった。柱は高く伸びるうちに先端を東洋龍の形に変え、見下ろし。大きく吠えて威圧してくる。
「水系オブジェクトは改竄し易くて好きよぉ」
「?! こうも易々と……! だけど、今のワタシなら──」
「──倒せる、とか? 試してみましょうか。やっちゃえ、【海神】~!」
いつの間にか遠い海上に離れていた乙姫が、右手を上から下に動かした。連動して海神は口を大きく開き、牙を剥いて飛び込み。
「遅い!」
嚙みつかれる寸前の超至近距離で、カグヤは空中を蹴り小さく横移動。同時に右手で太刀を振る。
「こんな脆いプログラム!!」
体の横を通り過ぎた海神は、頭から尻尾まで真っ二つに。海神が崩れ海水に戻るのを待たず、カグヤは勢いのまま、乙姫へと急速接近し斬りかかった。
「これで終わりっ! 【
回転しながら、横薙ぎに太刀を振るう。
乙姫は一切防御姿勢を取らず、太刀が首に迫るのを見ながらカグヤに言った。
「こんな短絡的な予測で済ませるしかないなんて、ホント、カワイソウ」
「なっ……!」
鈍い金属音。太刀は乙姫の首筋でピタリと止まった。
見えない何かに阻まれ、刃が進まない。カグヤの表情がこわばる。
「秘匿された防御プログラム?! ワタシの攻撃を防ぎながら、最適なタイミングで?? まさか本当にリソース差を覆して──」
「──素直過ぎるわぁ。乙とカグヤちゃんの性能は互角。ズルするに決まってるでしょう? ガーディアン相手に無策で隔離領域に捕まるなんて、ね?」
口角を上げた乙姫を見て、カグヤは通信ログを分析。不審な動きを発見した。電脳庁端末から、覚えのない通信が行われた形跡が数回。
「
「やっと気づいたのぉ?」
I・Eノード隔離を実行する際、カグヤは自身に有利なよう、特定対象のみを通信可能とする設定をしている。電脳庁端末はそのうちの一つだったのだが、乙姫はそれを見抜いた上、対象端末の一つをどういうわけか操って、外部との通信の踏み台に。戦闘補助データの送受信を行っていた。
「なんでウチの端末にアンタの裏口が……って、今はそうじゃない! 【
一度太刀を離し、あらゆる角度から何度も振り下ろすも。上下左右全ての斬撃が、見えない防御プログラムに阻まれてしまった。
乙姫が溜息をつく。
「はぁ。攻撃は当てられない、仕掛けに気づけない、裏口を先に壊す判断もできない。……【心月】を使わせてもらえないとなると、仕方ないんでしょうけど。乙の【竜宮城】、貸してあげてもよくてよ?」
「誰が、マルウェアの根城なんかっ!」
何もしていないようで、乙姫は斬撃の都度、ピンポイントに防御プログラムを使用している。これはカグヤが最初に疑ったように、乙姫が掌握しているサーバーリソースだけでは不可能なこと。
不可視(検知妨害)かつ攻撃を確実に防ぐ防御プログラムを用意したり、カグヤの思考モデルが選ぶ攻撃を予測したりするには、膨大な戦闘演算を行うリソース(ハードパワー)が必要になる。
それを乙姫は、竜宮城なる本体で演算。裏口を使った通信で結果を送信し実現していた。
*****
強力なハードに戦闘補助(演算)させる戦法は本来、ガーディアン側の常套手段。普通、マルウェアはそれほどまでに強力なハードを持たず、対するガーディアンは強力なハードを使えるからこそガーディアンである。
*****
「このままじゃ……! 『グループ長! 心月開放を要求します! 電脳庁端末に裏口があり、戦況が悪化していて──』」
「──あら。応えるのか待ってみるのも楽しそうだけど……。【そろそろ】だから終わりにするわね。【海神】!」
乙姫は斬撃からスルリと抜け出て、右手をゆっくりと右から左へ。その動きをカグヤは視認していながら、狙いに思考を到達させられない。
カグヤの脇腹を強い衝撃が襲った。
「うっ、ぐぅ……」
乙姫の姿が遠のく。胴体のプログラムが、小さなキューブとなって崩れている。噛みついてきた海神によって、海中へと引きこまれようとしていた。
「このっ、はなせ!」
表情を歪めながらも、太刀を逆手に海神の頭を突く。牙が緩み、体は空へ。海神が海に潜っていくのが見えた。ダメージは少なくなかったが、身を翻して海面を蹴り、乙姫へと向かう。
「逃がさない!」
「待ってるだけで、逃げてないけどぉ。……【海神・
「?!」
突如として、前後左右全ての視界が海水で埋まった。先の海神が八体に増え、カグヤを完全包囲。これでは乙姫に接近することはおろか、脱出も難しい。
「こんな、ものっ!」
果敢に太刀を振り、海神の胴を横一線。しかし、無力化には至らず。切断面は即座に修復され、何度斬っても海神にダメージを与えることができない。
「修復に追いつけない……! 『グループ長! 攻撃プログラムが対応していません! 心月での緊急修正を──」
「──あんな
包囲の外から、乙姫の声。多分に憐れみを含んだ、そんな声色だった。言われていることは、カグヤも良く理解している。
「(……そんなの。そんなの、知ってる。ワタシの要求で心月が使えたことなんてない。それでもなんとかしてきた、けど──)」
一斉に動いた八体の海神の牙が、頭上に迫る。
戦闘記録だけでも保護しようと、カグヤは太刀を納めて体を丸めた。
「(──今回は無理みたい。別のワタシ、後は任せるね)」
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