259話 体育祭 その3
「——君塚くん、か……」
ルーシーが他クラスの男子に連絡先の交換を持ちかけられ、拒否したところ、俺とのリレーでの勝負を提案され、勝つことで連絡先を渡すという約束に乗ってしまった。
そういった内容をルーシーや真空、しずはから説明された。
「光流……勝手に決めちゃってごめんっ」
「大丈夫だよ。ちなみにその人ってどんな人だったの?」
気になったのは、君塚という生徒がどういった人物なのか。
ルーシーには嫌な思いをさせたくない。だから、君塚という人がどんな人なのか知りたかった。
「言動とかパッと見は、良い人そうというか、誠実そうに見えたよ」
真空の印象。
それに対し、何も言わないことからも、ルーシーやしずはも同意見だったらしい。
ただ、俺には引っ掛かりがあった。
誠実とは、なんだろうと。
直接話しに来て、連絡先の交換をお願いするところまでは、まっすぐで良いとは思う。
けど、リレーで勝負を持ち出したことについてはどうだろう。
俺への承諾はルーシーたちに任せ、さらに自分のためにクラスの他の走者まで巻き込んで俺と勝負すること。それは、本当に誠実と言えるのだろうか。
俺は今の話を聞いて、怒っていた。
真空はただ面白がってそうしたかもしれない。ルーシーも真空の言動に流されてしまう傾向もあるため、まだ理解はできる。思い上がりかもしれないけど、しずはも俺の名前を出されてムキになったのだろう。
しかし、その君塚くんはどうだろう。
——ルーシーの連絡先を勝負事の景品として祭り上げることは、本当に誠実だと言えるのだろうか。
表面的なことだけでは人柄はわからない。でも、中学で色々な男子から言い寄られていたしずはなら人を見る目があると思っている。そのしずはがそう思ったのであれば、多分、根は良い人なんだろう。
つまり、君塚くんは今回の提案を微塵も悪いことだとは思わず、純粋な気持ちで勝負を持ちかけてきているということになる。
だから、誠実だと勘違いされてしまったのかもしれない。
ルーシーの表情が優れないことを見ても、何か引っ掛かりを感じていることは見て取れた。
でも、ルーシーがやると決めて挑んだ勝負。
ここで俺が勝負をしないなんてこと、言えるわけがないし、ルーシーの為に頑張りたい。
なら、やることは一つ。絶対に君塚くんに勝って、ルーシーの連絡先は渡さないことだ。
「ルーシー、大丈夫。絶対に勝つから。安心して」
「光流……っ」
彼の足がどれくらい速いかなど知らない。けど、どんな速さだとしても、負けることは許されない。
俺がルーシーの大切な人であり続ける限り、今回の勝負には負けちゃいけないんだ。
そうして、しばらく休憩すると、ルーシーの出場する競技の時間となった。
出場するのは200m走。一方の真空は1000m走だそうだ。男子とは違い、1500mではなく、1000mに短くされてある。
いつの間にか200m走を終えていた冬矢とも合流。首には金メダルをかけていた。さすがである。
横には深月もいて、一緒にルーシーの走りを見に行くことになった。
◇ ◇ ◇
「宝条・ルーシー・凛奈! 勝負ですわ!」
「まさか一緒の組になるなんてね。負けないよ、玲亜ちゃん」
私が出場する競技である200m走で同じ組になったのは、なんと倉菱玲亜ちゃん。アーサー兄の婚約者だ。
社交界でのことがあってからは、彼女とは良い関係だ。
ただ、それであっても玲亜ちゃんの高飛車な態度は相変わらずだった。
「次、三組目行きます!」
運営を担当する教師の声がして、出場する七人が準備をする。
200mという少し長い距離のためか、どこで光流や真空たちが見ているかわからない。
多分、中間地点かもっと先だろう。
200m走のスタート位置は直線の100m走とは違い、カーブから始まる。
私たちはレーンごとにスタート場所が違う白線の前でスタンバイをした。
「よーーーい」
教師が掲げたピストル。そこから号砲が鳴り響き、私たちは一斉にスタートした。
整えたフォームと強く地面を蹴り上げる足。前後に手を振りながら、必死に走る。
距離の長さを考えると、光流同様に前半で体力を使い切るわけにはいかない。
少し前から筋トレやランニングマシンでの体力作りを始めた成果が出ているからか、前よりも体が随分と軽い。
いや、体が軽いのは、それだけではないのかもしれない。
『ルーシー、大丈夫。絶対に勝つから。安心して』
光流に君塚くんの話をした時、少し驚いてはいたが、あまり表情の変化はなく、何を思ったのかは読み取れなかった。
でも、こんな勝手なお願いなのに、彼がくれた言葉にどうしようもなく嬉しくなってしまった。
勝つか負けるかもわからない勝負。だけど光流は絶対に勝つって言ってくれた。
なら私だって、勝って光流に良いところを見せるんだ。
100mを過ぎると、急に声援が多くなった。
「ルーシー!! 行けーっ!!」
ちらりと視界の端に捉えた黒髪と緑色のハチマキ。
それは、私が一番声援をもらいたい相手からの声だった。
クリスマスにした初めての外デートで、青の洞窟の中ではぐれてしまった時。あの時は人目も気にせず、大きな声を出して私を探してくれた。ふと、その時のことを思い出した。
息が上がり、苦しくなってきた心臓。
しかし、光流の声を聞いた瞬間、疲れが吹っ飛び、力を取り戻したかのように足が軽くなった。
「ルーシー走れー! 行ける! このまま!」
「そのまま!」
「ルーシーちゃんあと少し! ファイトー!」
続いて真空としずはと冬矢くんの声。
力が湧き上がるような声援に、私はどこか顔がニヤけてしまっているような気がした。
応援って、凄い。好きな人たちに応援されるだけで、こんなにも力が湧いてくるんだ。
そのことを初めて知った。
長く友達がいなかった私。
光流と出会ったことで、増えていった友達。——ああ、私は幸せなんだ。
「宝条〜! 行けー!」
「ルーシーちゃん、ラストスパート!」
さらに火恋ちゃんと千彩都ちゃんの声まで聞こえた。
ゴールまであとほんの少し。
私は息が切れるまで必死になって、本気で走りきった。
そうして私はゴールテープを最初に切った。
その感覚が示していたもの、それは——、
——一位だ!
「はあっ……はあっ……」
苦しいけど、嬉しい。
皆の応援の期待に応えられてとっても嬉しい。
息を整えていると順位を示す係員がやってきて、一位だと再度認識した。
ただ、少し不思議だった。ゴールしたのにまだ周囲が静かすぎる。
膝に手をつきながらも、ふと後方を振り返ってみた。
「あ…………」
私が振り返った時、やっと二位となった女の子がゴールしていた。
そうして今気づく。私は二位と十秒近くも差をつけて勝っていたことに。
「死ぬっ……死にますわ私……っ!」
するとかなり遅れて玲亜ちゃんがゴール。私に寄りかかるようにして突っ込んできた。
その言葉から、本当にしんどい思いをしたのだとわかる。
「玲亜ちゃん、お疲れ様」
「あ、あなた……速すぎますわ……」
「ふふ。ありがとっ」
玲亜ちゃんはビリだった。
社交界出みせたようなダンスは踊れるけど、スポーツ競技には向いていないようだ。
「玲亜様〜」
「玲亜様、お疲れ様です」
するとゴール近くにいたのか、玲亜ちゃんといつも一緒にいる舞羅ちゃんと妃咲ちゃんがやってきた。
「あ、あなた方……わたくしの勇姿……見てらしたの?」
勇姿……聞き間違いだろうか。
「もちろん。でも、アーサー様が見たら幻滅するかも〜」
「そ、それはっ!!」
「玲亜様の走り、バッチリカメラに収めておいたから、今度見てもらお〜」
「妃咲、あなた〜〜っ!!」
いつものやりとりだ。
走り終わってしんどそうだったのに、怒りはそれを忘れさせるらしい。
「ルーシー様、おめでとうございます」
「ルーシーちゃん、玲亜様と違ってとっても速かったねー!」
「あはは……二人ともありがとう」
玲亜ちゃんは二人に任せるとして、私は景品である金メダルを受け取りにいった。
◇ ◇ ◇
俺たちは戻ってきたルーシーを盛大に祝い、そのまま真空の応援をしにいった。
1000m走に出場した真空は圧倒的な一位だった。とんでもない体力の持ち主らしい。あの走りを見せられると、正直、俺でも勝てるかどうかは微妙なところだ。
ただ、彼女の美貌と大きな胸に注目が集まりすぎて、男子たちがこぞって真空の走りを見つめていた。
ルーシーとしずはから真空の胸を見るなと圧力をかけられたが、男子は揺れるものを見てしまう生き物なんだ。許してくれ。
その後、昼休憩になると、お弁当を持ち寄り皆で一緒にご飯を食べた。
するとそのタイミングでどこにいっていたかわからなかった麻悠と守谷さんが一緒に戻ってきた。
二人は仲が良いとかいう前に、つい先日会話する機会があったばかりのはずなのに、一緒に行動とはどんな変化なのか。
でも、なんとなくだが、二人の雰囲気は似ているというか、合っている気がした。
聞けば、一応俺の競技は見ていてくれたらしい。
昼休憩が終わり、少ししてから、ついにやってきたリレー競技。
先に男子のリレーがあり、そのあとで女子のリレーが行われる。
リレーのメンバーである俺は、冬矢と今原と家永と一緒に、軽く準備運動をすべく待機場所から出ていった。
お昼の後ということは事前にわかっていたため、ご飯もそれほどお腹に入れなかった。入れると絶対に走れないと思ったから。他の三人も一緒だったようだ。
「ついに俺に注目が集まる時がやってきたか……」
キザなセリフが似合わない家永がそんなことを言う。
坊主頭にハチマキだと、いつずり落ちるか心配になってくるが、今日は一度も落ちなかったらしい。
「修。準備はできてるか?」
「もち! 絶対一位とろう!」
既に名前呼びしている冬矢。
二人は気が合うのか、ある程度仲が良さそうに話している。
やはりどこかでサッカーが好きという共通点で通じているのかもしれない。
「おい光流……さっきの件。絶対に負けるわけにはいかねーぞ」
「うん、わかってるよ」
「なんだなんだ? さっきの件って」
冬矢が君塚くんの話を持ち出すと俺を鼓舞するように肩をバシンと叩いた。
一方でその話が気になった家永が首を突っ込んできた。
別に話しても良いことなので、家永と今原に説明した所、思った以上の反応をしてくれた。
「君塚!? イケメンのあいつか! うぜー!! なんだようちのクラスの女神・宝条さんを勝手に! ……クソが!」
「九藤、そりゃあ冬矢の言うとおり負けるわけにはいかないな!」
家永は君塚くんのことを知っているようで、かなり敵意をむき出しにした。
そこまでイケメンが嫌いなのだろうか。
一方の今原は、俺にエールを送ってくれた。
短距離走だと、今のところ一番足が速いのは冬矢だ。今原は俺と同じくらいの速さで、家永がこの中では四番手になる。
走る順番は、家永、今原、冬矢、俺という順番だ。
君塚くんも俺に合わせるらしく、アンカーになるようだ。
「じゃあ、円陣でも組んどくかっ」
冬矢の声で、俺たちは肩を組んだ。
「絶対勝つぞ!」
「「「おーーーっ!!」」」
俺たちは気合いを入れて、リレーの集合場所へと向かった。
◇ ◇ ◇
光流たちがリレーの準備のためにクラスの待機場所から離れると、私たちも応援するため、光流たちが走るゴール近くまで移動することにした。
そうして移動が完了すると、疲れから回復していた開渡くんがぽつりと話しはじめた。
「なあ、ルーシーちゃんたちは本当に君塚って男子のこと、誠実だと思ってる?」
「えっ」
突然の質問に驚いてしまった。
「見てくれはね! でも、特に嫌なやつには見えなかったけどなぁ」
「…………」
真空はそう言ったが、私は今ではもう頷くことができなくなっていた。
「聞く限りは見た目と話し方はそうなんだろうね。無理やりじゃなくて、条件付きで連絡先を聞こうとしている姿勢も確かに真面目っぽい印象だね」
「開渡くんもそう思ってるんじゃないの?」
今の説明だけだと誠実に聞こえる。真空もそう思ったようで、聞き返した。
しかし、次の開渡くんの言葉で全てが裏返しになってしまった。
「それ、一番大事にするべき相手のこと、蔑ろにしてないか? 勝手に巻き込んだ光流のことじゃない——ルーシーちゃんのことだ」
「…………ど、どういうこと?」
徐々に理解してくる、君塚くんが提示した条件。
もっとはっきり開渡くんから言ってもらいたくて、私は聞き返した。
「ルーシーちゃんの連絡先は景品にするようなものなのかな。一目惚れだかなんだか知らないけど、大切に想う相手にして良いことなのかな。……俺には到底そうは思えない。それって、人じゃなくて物として見られてるように思っちゃうな俺は」
「————」
開渡くんの言葉で、私も真空もしずはも顔を見合わせた。
「俺さ、光流と接した時間は冬矢やしずは、ちーよりも少ないと思う。けど、それでも五年間仲良くしてきたつもりだ。だから今の光流の気持ち、わかるよ」
「光流の気持ちって……」
さっきは光流の表情からは読み取れなかった心情。
けど、開渡くんにはそれがわかるという。
「怒ってんだよ。ルーシーちゃんの連絡先を物のように、景品として持ち出してきたことに」
ハッとした。
私は、なんてことをしてしまったんだろうと。光流に対してじゃない。自分に対してだ。
真空に流され、しずはにも流されたとはいえ、光流なら絶対に勝ってくれると考え、君塚くんの提案に乗った。
でも、今開渡くんが言ったことが本当であるなら、自分から物として景品に成り下がっていたことになる。
「今回その君塚ってやつがしたようなこと、光流はすると思うか? 五年見てきた俺からすれば、光流なら絶対にしないやり方だ。誠実って言葉を使うなら、俺から見れば光流の方が百倍誠実だね」
光流に助けられてから、私は自分の本当の人生を歩みはじめ、そして自分を大切にできるようになったと思っていた。
けど、全然そうじゃなかった。
自分の連絡先を景品にするようなこと、全く持って自分を大切にしてないじゃないか。
なら、光流が怒ったというのは、勝手に勝負を持ちかけられたことに対してではない。私がそんな扱いを受けたことに怒ったんだ。
「その表情を見ればわかる。やっと理解したみたいだな。——しずはなら、もっと早く気づくと思ったんだけどな。でも、もしかしたら、男子目線と女子目線では、その君塚ってやつの言動が違って見えたかもしれない」
つまり、こういうことになる。
君塚くんが私のことを景品にしたことに真空もしずはも賛同してしまっていたということだ。
「ルーシー……そんなつもりじゃなかったんだけど……ごめん。光流のこと持ち出されて、黙っていられなくて」
「私もごめん。ルーシーとは親友のはずなのに、開渡くんみたいな考えに至らなかった」
しずはも真空も、申し訳無さそうな表情で謝ってくれた。
「ううん。私だってそのことに気づいてなかったから。同罪だよ。自分のこと大切にしないで何してるんだって感じだよね」
二人には非はない。気づかなかった私がいけないんだ。
その選択をしたばかりに、光流に背負わせることになって——。
「かいちゃんってば、たまに喋ったかと思えば、良いことを言うんだもんね。いつかのしーちゃんを焚き付けた時みたいにさ」
「え……なにそれ」
開渡くんの隣にいた千彩都ちゃんが、ふと過去の話をしはじめる。
とっても気になったので、聞き返してしまった。
「今だから話しちゃうけど、小学生の時だったかな。最初からずっとルーシーちゃんのことが光流の中にはあったんだよ。けど、しーちゃんはそれに対してどうしていいかわからなくて。そんな時にかいちゃんがアドバイスしたの。そこからピアノだけだったしーちゃんがやっと見た目に気を使い出して、一気に綺麗になっていったんだ」
「ちょっと、いつの話してんのよ……」
開渡くんの以外な一面を見た。
光流の友達って、皆こうなのかな。やっぱり光流が光流だから、開渡くんみたいな人も一緒にいるんだ。
それにしても、しずはを焚き付けたのは開渡くんだったなんて。
でも、光流以外の人から光流がずっと私を想ってたと聞けるとは思っていなかった。
というかそれ、本当に言って良かった話なんだろうか。
「とにかくだ。光流のこと、君塚のこと、わかったと思う。ルーシーちゃんが勝負の賭けをどうするかはわからないけど、光流たちのこといっぱい応援してやろうぜ」
「うんっ!!」
良かった。開渡くんから話を聞けて良かった。
私も君塚くんとの勝負のこと、どうするのか、一度約束したことを反故にしちゃっても良いのかわからない。
でも、まずは光流たちを応援したい。
周囲を見ると、リレーは競技の中でも注目イベントなのか、続々とレーンの外側に観客が集まりだした。
私たちのC組の生徒も皆が前に立って応援してくれるようだ。
光流……勝って。勝つこと、信じてるから。
両手を重ね、祈るようにしたポーズで100m✕4リレーが始まるのを待った。
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