241話 夏服と暗雲と
ルーシーとの疑似結婚式を終え、しばらくは変な感覚は続いたが、それでも学校はやってくる。
学校では六月も中旬に差し掛かり気温が上がり始めたところで、ちらちらと夏服に衣替えする生徒が出始めた。
俺もルーシーからのメッセージで明日から夏服で通うという話を受けたため、同じく夏服に着替えようと半袖のシャツをクローゼットから取り出した。
まだ夏服のシャツは一度も着ていなかったのと母が洗濯とアイロンをかけ直してくれたお陰もあり、新品の輝きを放っていた。
夜は少し肌寒いかもしれないが、日中はブレザーを着ていると歩いているだけで暑い。
下旬になればもっと気温が上がってくるので、寒さは気にしないことにした。
そうして、翌朝。
ピンポーンとチャイムが鳴り、玄関へ。
扉を開けると、そこには三人の女子がいた。
入学式の朝と同じ三人である。
さすがに俺の部屋で着替えるというとんでもないことはもうなかったが、その三人は夏服で俺の家までやってきていた。
「おはよう。ルーシー、真空、しずは」
「光流、おはよ!」
「光流くんおはよー!」
「おはよ」
三者三様の返事と共に、似合いすぎている夏服姿が目に入った。
冬服とは違いブレザーとベストがなく、白シャツと濃いグレーに白いラインが入ったスカート。
胸元には変わらずの赤いリボンがつけられていた。
俺同様に半袖シャツであるため、肘から先が露出しているが、それだけでどこかグッとくる。
女子は一枚何かを脱ぐだけで、ドキっとしてしまう。
今になってやっと理解できてきたが、中学校の時の文化祭の時、ブレザーを脱いだだけのしずはに歓声が上がったことを思い出した。
「みんな、とっても似合ってるよ」
「ありがと。光流だって似合ってる」
「うん、ありがとう。——じゃあ行こっか」
ルーシーに夏服を褒められると、少し恥ずかしさの混じった感謝を告げた。
そうしてカバンを持ち、皆と一緒に学校へと向かった。
…………
途中冬矢とも合流して学校に到着。
校門を潜ると生活指導の教師が元気に挨拶した。それに対し俺たちも挨拶を返していった。
そんな時、どこからか視線を感じたような気がした。
ただ、どこから視線を送られているかわからず、視線が送られた元がわからなかった。
ルーシーたちが注目されるのはいつものことだが、それでも、どこか嫌な感じがした。
「————」
「光流? どうかした?」
「ううん。なんでもないよ」
俺の異変を感じ取ったのか、ルーシーがそう聞いてくる。
ただ、答えようのない質問だったため、俺は何もなかったと伝えることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
光流たちが幸せな日々を過ごすなか、暗雲というものは唐突にやってくるのである。
教室の窓から校門を通って登校してくる生徒たちを見下ろす二つの影。
目を細めながら、瞳を左右へと動かし誰かを探していた。
「あれか……宝条、凛奈……」
金色の美しい髪を靡かせながら、数人の男女と共に登校してきた、一年生の中でも一番有名な女子生徒。
入学当初はまだ話題には上がっていなかったが、一ヶ月もすればその美貌は一学年全てに知れ渡るには十分な期間だった。
そんなルーシーたちを見下ろしながら呟く一人の男子。
「まさか、あの包帯女があんな顔だったなんてなぁ」
もう一人、同じく窓から校庭を見下ろしていた男子が呟く。
ルーシーのことを見知っているような発言だった。
「名前だけじゃ気づかなかったからな。るりかに言われて初めて気づいたよ」
「ああ。でもあの髪だ。忘れるわけもないよな」
彼らには古い記憶がある。
それは、約五年前。それまで同じ小学校のクラスにいた特異な存在。
毎日、顔中を包帯で隠していた気持ちの悪い女。
いくら病気だからといって、毎日あのような姿で学校に通うなど正気の沙汰ではない。
人と違うというのはそれだけで注目を浴びてしまう。さらにはよく目立つ金色の髪だ。
つまらない授業が毎日行われる学校生活のなか、ターゲットにされたのは元々歪んでいた彼らの中では自然の流れだった。
初めは小さなことだった。消しゴムを飛ばしたり、変なあだ名をつけたり。
それが徐々にエスカレートしていくと、歯止めが効かなくなり、物を隠したり酷い暴言を吐きまくった。
しかし、彼女は一度も涙を見せなかった。否、包帯で表情がよくわからなかったから、涙が見えなかったのかもしれない。
ただ、その態度が彼らの嗜虐心を刺激したことにより、いじめが加速することとなった。
長い間苦しめてきたにも関わらず、不登校になることはなかった。
だから今度はクラス中を巻き込んで、関係ない生徒にまで彼女をいじめるよう強制した。
他の生徒は、次は自分がターゲットにされるのではないかという恐怖から、彼らのことを恐れ従うしかなかったのだ。
それは人間として自分の身を守るための防御本能。
仕方のないことだと自分に言い聞かせながらしたことではあったかもしれないが、誰一人として彼女に手を差し伸べなかったことは事実だった。
しかし、そんなある時、突然彼女は転校した。
誰もが理由はいじめによるものが原因だと考えていた。
彼らは遊び道具を失ったものの、クラスでの立場を確立する悪い方法を知ってしまった。
中学に上がってからというもの、似たようなことを行い、不登校に追いやった生徒もいた。
父親の仕事の繋がりから権力すらも振りかざし別の方面からも追い込む方法も知ることになった。
そんな腐った人間であっても、勉強さえすれば学校には合格する。
この秋皇学園に入学したのはたまたまだった。
まさかこの学校で、忘れかけていたオモチャと再会するなんて。
そして、そのオモチャが美少女になって現れるとは思いもせず——。
「んで、あいつが九藤光流か」
「来馬さんからの情報だと、あれで間違いないね」
そしてルーシーの隣を歩く人物。
なぜか名前を知っている九藤光流を見やる。
「……前に肩がぶつかったやつだよな」
「そうそう。托真が骨折れたなんて言ってね。ぎゃはは」
少し前の出来事を思い出し、笑い合う二人。
その笑い方は下品で声が大きく、うるさい。しかしクラスの生徒たちは誰もそれを指摘することはなかった。
「包帯女の顔を歪ませる前に先にやるのはあいつだ」
「来馬さんにはお世話になってるもんね」
「そういうことだ。まずは、るりかたちにやってもらうか」
男子の一人がスマホを操作し『るりか』と画面に表示された相手にメッセージを送った。
そこに打ち込まれた内容。
『明日、電車で————』。
「さて、明日はどうなるかな。楽しみだ」
その男子はスマホをズボンのポケットにしまい、教室の窓の外を眺めながらニヤリと笑った。
◇ ◇ ◇
「もうすぐ……もうすぐだ……」
屋敷とも思えるような豪華な造りの一軒家。
その中の一つの部屋で電気をつけないままに椅子に座り、どすどすと地団駄を踏んでいる人物がいた。
足の動きは貧乏揺すりではあったが、あまりにも力が入りすぎて、それはもう地団駄になっていた。
「九藤光流、九藤光流、九藤光流、九藤光流、九藤光流!!」
ただ一つ明かりがついていた場所。
それは机の上に開かれたノートPC。そこには九藤光流の顔写真が映し出されていた。
「俺に恥をかかせた代償……必ず払ってもらう……!」
恨み言を呟きながらその人物は九藤光流の写真を見つめる。
見つめて見つめて見つめて……バタンとPCを思い切り閉じた。
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