183話 サプライズソング

 ついにやってきたホワイトデー。


 数日前から準備してきたものがついに配られる日。

 ちなみにルーシーには真空の分も含めてアメリカへと発送済みだ。


 二つの紙袋で持ち運ばないと持っていけないくらい大量に作った。

 一応しずはや仲の良い人には、少しだけ他のチョコと違うものにした。


 今回のチョコは本当に大変だった。


 大変だったのはやはり量だ。腕が折れると思った。

 母と姉にも手伝ってもらって、やっと人数分作ることができた。


 今回作ったものにチョコはほとんど使わなかったが、一応お菓子ではある。




 ◇ ◇ ◇




 学校に到着すると、いつもは俺より遅いはずのしずはが登校しており、俺の隣の席に座り千彩都と会話していた。


「おはよっ」

「おはよー光流」


 しずはと千彩都に朝の挨拶されると、俺はぜえぜえと息を切らしながら「おはよう」となんとか返した。


 そして二人はすぐに俺の持っている紙袋へと視線を移した。


「ちゃんと作ってきたんだ」

「まぁね。なんとか」


 千彩都にそう聞かれながら俺は紙袋をごそごそして、二人の為に作ったものを取り出す。

 そうして、簡単に包装した透明な袋を渡した。


「あ、これって」

「ノワちゃん?」


 透明なので袋の中身がそのまま見える。

 どんなものなのか二人にはすぐにわかったようだった。


 今回作ったのは、うちの家の黒豆柴であるノワちゃんをモチーフにしたアイシングクッキーだ。

 犬の顔、全身、前面、肉球、尻尾、耳などの形のクッキーを小分けにして袋に入れた。


 ルーシーやしずはたちに渡すものだけはイラストや形を他のものとは変えてあり、量も多くした。



「凄い可愛いじゃんっ」

「しーちゃんのとは少し違うね。私のやつには肉球入ってない」



 そう感想を言いながら、二人はすぐに袋を開けて一つパクっと口に入れた。


「おおっ。美味しい……男子からの手作りはやっぱり良いね」

「光流やるじゃんっ」


 一応満足してくれたみたいだ。

 良かった……。



「じゃあ他の女子にも渡してくるよ」

「頑張って〜」

「ほんとに律儀だねぇ」


 二人に見送られながら、まずはチョコをもらったクラスメイトの女子にお返しを渡していくことにした。


 初めて俺のお返しを受け取った女子は、目を見開いて喜んでくれた。

 クッキーのデザインがかなり好評だった。


 犬というのが可愛かったようで、それぞれに写真を撮っていた。




 …………




 昼休み。俺は紙袋を二つ持って、チョコを渡して歩くことにした。


 三年生ならまだしも、一・二年生の教室に行って渡すことはかなり気が引けた。


『俺にチョコ渡してくれた人〜!』なんて大声にして言えるわけもない。

 そんなことを他の教室で言うものなら、その場の男子全員に殺されてしまう。


 なので、その緩和のためにもしずはを同行させた。


 まずは三年生の教室を回った。

 予想通り、しずはと一緒に行くとしずはがやってきたことで男女共にガヤガヤした。

 それに乗じて、扉近くにいた生徒に俺にクッキーを渡してくれた女子にお返ししたいからと話し、それを伝えてもらった。


 しかも大声で言ってもらうのではなく、女子生徒一人一人に聞いて回るようお願いした。

 話しを聞いてくれた女子もこちらの意図を汲んでくれたようで、面倒事にはならなかった。


 正直誰がどのクラスかというのは俺には覚えきれなかったので、全てのクラスを回ることになった。

 陸や冬矢のクラスでは、彼らを通して女子に直接聞いてもらうことで、しずはが来ているという騒ぎにすらならずに済んだ。


「――深月のチョコには到底叶わないけど、良かったら」

「別に。くれるならもらっておく」


 深月は放課後に渡してくれたが、冬矢が深月を呼んでくれたので、そのまま廊下で渡した。


「冬矢、深月には何渡したんだ?」


 教室の中に戻っていった冬矢。

 できるだけ他の人に聞こえないようにこそこそと耳打ちして聞いた。


「まだ渡してない。放課後に渡すつもりだ。まぁ……何を渡すかは内緒にさせてくれ」

「わかったよ。とりあえず頑張れ」


 冬矢も色々と考えたんだろう。

 未だになかなか心を開かない深月を振り向かせるには大変だろうけど、応援はしてる。


 三年生を回ると次は二年生だ。

 まずは鞠也ちゃんがいるクラス。奏ちゃんと志波さんもいる。


「ひかるー! ありがとうっ! これすっごい可愛い!」

「光流先輩ありがとうございますっ!」

「九藤先輩、ありがとうございます」


 それぞれ喜んでクッキーを受け取ってくれた。

 ちなみに二年生では、このクラスが一番配る人が多かった。


 その理由はもちろん鞠也ちゃん効果だ。

 文化祭のバンドでもかなり集客してくれたようだし、今回のチョコのお返しの話も鞠也ちゃんが広げたようだった。


 その後は鞠也ちゃんがついてきてくれて、他のクラスとの仲介役をしてくれた。


 最後に一年生。

 一年生の知り合いは少ない。


 なので、今度こそしずはに頼った。

 扉近くの生徒に話しかけるのもしずはにお願いし、伝言を頼んだ。


 その後、廊下まで来てもらい、お返しのクッキーを渡していった。


 バンドのファンである春瑠ちゃんたちにも渡し、最後には双葉さんと千波さんにも渡した。


 千波さんは俺が手作りチョコを持ってきたことについて驚いていた。

 彼女的には本当に手作りのものを持ってくるとは思っていなかったらしい。

 

 こうして、なんとか全員にお返しをすることができた。



「光流……休み時間残り十五分なんだけど」

「マジか……もうヘトヘトだよ」

「じゃあ私があーんで食べさせてあげようか?」

「よし! 教室もどるぞ!」

「なんだ、動けるじゃん」


 しずはのアプローチを躱すためにそうは言ったが、本当に疲れていた。

 結局、俺は五時間目の休み時間を使って弁当を食べた。




 ◇ ◇ ◇




 学校に帰ってからルーシーとテレビ通話をした。



「光流のクッキーすっごい可愛かった!」

「ありがとう」

「もったいなすぎてまだ食べてないんだよね……どうしよう?」

「ふふ。大事にしてくれるのは嬉しいけど、食べてほしいな。またいつか作るからさ」



 今は午後四時過ぎ。アメリカはもう夜中だった。

 ルーシーは少し眠たそうにしていて、服装も可愛いナイトウェアだ。


 上半身はぴちっとした袖の短いTシャツに下半身は太ももがバッチリと見えるドルフィンパンツ。

 とにかく露出度が高い。


 最近はテレビ通話にも慣れてきたのか、どんどん無防備になってきていた。



 食べてほしいと勧めると、ルーシーは立ち上がり、俺のクッキーを持ってきてくれた。

 その場で袋を開けて一つ口に入れた。


「…………おいしいっ!」


 重たくなっていた瞼が持ち上がり、ルーシーは感想を言ってくれた。


「それは良かった」

「まさか光流の手作りを食べられる日がくるなんて……」

「俺はルーシーの手作りをもっと食べたいな」

「ふふ、日本に行ったらね。たくさん作ってあげるから」



 あげたクッキーのように少し甘い雰囲気になりながら、テレビ通話を続けた。

 そして俺は一つ披露しようとしていたことがあった。


「ちょっと目が冴えてきたと思うからさ、一つだけホワイトデーのプレゼント追加させてもらっていい?」

「えっ、なになに! いいよ!」


 俺の言葉でルーシーがワクワクしたような表情になる。


「エルアールの『雪解けの街』。あれギターで弾き語りするから、少しだけ聴いてもらえる?」

「ええ〜〜っ!? とっても嬉しい! どうしよう! 興奮して寝られなくなる! てかこの曲少し前にアップしたばかりだよね! もう弾けるの!?」

「ルーシーの曲は全部弾けるよ。今回のもすぐに練習しはじめたから」

「すごいすごい! 光流すごい!」


 エルアールの曲はできる限り、アップされた瞬間から練習するようにしてきた。

 コード譜などはあるわけもないので、自分で耳コピして少しずつ作っていくのだ。


 俺は皆に買ってもらったアコースティックギターを手に取り、スマホの画面前まで持ってくる。


「ルーシー、見える?」

「うんっ」


 画面ヨシ、ルーシーもバッチリ見える。ギターの準備もオッケー。


「じゃあ弾くね」


 ルーシーが画面越しにコクコクと頷いた。



 ――俺はギターを弾きはじめた。



 元々はシンセサイザーが入る部分をギターに置き換えて、指を振る。

 この曲は切なさと優しさが入り混じった曲。


 人によっては感極まってしまう、そんなメロディーラインになっている。


  

「凍えるような冬空の下 時間だけが過ぎてゆくけど ♪」


 俺はギターを弾きながら歌い出す。

 画面越しのルーシーがじっとこちらを見て、静かに聴いてくれていた。



「やっぱり寂しくて 君の名前を呼んだ ♪」


 一番は俺とルーシーが出会った日のことが描かれている。

 俺が遅れたせいで、寂しい想いをしたこと。

 そして抱き締めたこと。


「優しく温めてくれた 僕の体と心 ♪」


 実体験に基づく内容は恥ずかしくもあるが、こうやって歌っているとやっぱり良い曲だとは思う。

 

「ずっと忘れない ここは雪解けの街 ♪」


 一番のサビが終わると、ルーシーが間奏の間に拍手をくれる。


 そして二番はクリスマスに俺とルーシーがデートした時のことだ。


「淡い雪の花が 青の景色と重なり ♪」


 青の洞窟で逸れてしまった時のことが描かれている。

 ルーシーの歌詞は俺が見ていたルーシーと同じ気持ちも描かれていた。

 同じ気持ちだったんだと嬉しくなった。


「綺麗に君の瞳を照らした 宝物の思い出 ♪」


 そしてCメロ。初詣でしずはと出会った時のこと。

 よくよく聞けば、確かにしずはが聞けばむず痒くなるような内容だ。 


「いると思ってた 大切なヒト ♪」


 なぜなら、しずはの俺への気持ちが一部描かれているから。

 人の気持ちを歌で暴露するなんて、とんでもないやつだ、ルーシーは。


「ほら聞こえてきた 好きの大渋滞 ♪」


 ただ、しずははこの歌を聴いた時、怒った様子は少しもなかった。

 互いに気持ちをぶつけ合ったことで、ルーシーとは違った形で理解し合ったはず。


「僕たちにはもう 遠慮なんていらない」


 だって、歌詞にはそう書かれているんだから。


 Cメロのあとには、死ぬほど素晴らしいトランペット。

 この曲を聴いた時に一番感動した部分。


 この部分を作った作曲者は天才だと思った。

 ソロだけで、グッと最後のサビへの気持ちがこみ上げてくる。


 それほど早いソロではないが、とにかく音が良い。

 トランペット部分は、もちろんギターで補った。


 そして三番は最後を締めくくるサビ。


「願いが叶う瞬間まで 全てを込めて ♪」


 優しく口ずさむように、ギターの音に合わせて歌う。


「想いの丈を叫ぶ 決意の感情 ♪」


 最後の部分だから、できるだけ優しく。

 ルーシーの歌だけど、俺の歌のように。ルーシーに届くようにと。


「寒さを吹き飛ばすように」



「優しく温めてくれた 僕の体と心 ♪」



 歌詞の如く、本当にそうしているかのように想像しながら歌う。

 この歌でルーシーの心が温まりますように。


 俺と出会ってくれた、この街を忘れないように。



「一生忘れない ここは雪解けの街 ♪」



 最後もトランペットで締めくくられる。

 ギターでその部分を演奏し『雪解けの街』を弾き終わった。



「うぅ〜〜〜〜〜っ」



 演奏後、ルーシーは泣きながら拍手をくれた。

 何か言葉を話すわけでもなく、子供のようにしばらく泣いた。



 俺はルーシーが話し出すまで、ゆっくり待った。

 その間、BGMのように雪解けの街をギターで小さく弾いた。



「ひかるぅ〜。感動しすぎてどうにかなりそう〜っ」


 声を詰まらせ、ヒクつかせながら、喜んでくれた。


「良いホワイトデーのプレゼントになったかな?」

「なった! なりすぎてる! こんなのズルいよぉ〜」


 多分、この曲のせいもあるだろう。

『包帯ガール』では、おそらくこうはならない。あれはロックな曲だしね。


 でもルーシーの曲は『Only Photo』だって感動する曲だ。

 それは俺が歌詞を書いたのがルーシーだと思って聴いているからかもしれないが、教室でもルーシーの曲を聴いて泣いている女子を見かける。


 今回の『雪解けの街』だって、感動するという声が教室でよく聞こえた。

 

「なら良かった。ルーシーの曲ならどれも弾けるから、聴きたい時にまた言ってね」

「うんっ! 今度は直接聴きたい! てか、光流の部屋でギター弾いてる時に私が歌いたい!」

「あ、それ良いね。俺もルーシーの歌声を直に聴いたことないから、聴いてみたいな」


 ルーシーの地声は知っている。けど歌声はまだ動画を通してしか聴いていない。

 多少なり加工はされていると思うけど、それでも素晴らしい声だろう。


「光流はもうすぐ卒業式だよね?」

「うん、やっとね」

「終わったあと、おめでとう言いたいから、また電話しようね」

「わかった。しよう」


 卒業式はもう数日後。

 学校に通うのもそれで最後。


 何かしらの機会ではまた学校に来る可能性もあるけど、基本的にはないだろう。

 どんな卒業式になるだろうか。



「あぁ〜今日は眠れそうにないよぉ」

「ふふ。お気に召したようで」

「逆に泣いちゃったから眠れるかもしれない」

「泣くのって体力消費するもんね」


 泣きつかれて寝たなんて話はよく聞く。

 ルーシーも今日は逆にすぐ寝られるかもしれない。

 アメリカはもう夜中だしね。


「いつか私も光流を泣かせるくらいの歌、生で歌うから。覚悟してね」

「うん、楽しみにしてる」

「今日は素敵なプレゼントありがとう」

「こちらこそ。お返しできて良かった」

「じゃあ……おやすみ、光流」

「おやすみ、ルーシー」


 こうして、俺たちは通話を切った。



 ルーシーにだけのサプライズは成功したようだった。

 クッキーを渡すという行為は中身は違うがほとんどの人に渡していた。

 だから何か違ったことをしてあげたかった。


 そこで思いついたのは、透柳さんのソロライブの話。

 花理さんの為に一人で歌ったということを思い出し、俺も似たようなことをしてみようと思った。



「ルーシーの歌、かぁ……」



 凄いんだろうな、と思う。

 そもそも最初に聴いた時点で泣いたし。


 生でなくとも泣いたのに、俺のために生で歌ってくれたら、絶対に泣いちゃうじゃん。


 今日は三月十四日。数日後の卒業式が終われば、ルーシーも日本に来る。

 もう少し、あと少し。


 俺はアコギを片付け、一階のリビングへと降りた。

 時間はいつの間にか六時半。ルーシーとは結構通話してしまっていたようだった。


 別に保管していたクッキーを母と姉に渡して、本当に俺のホワイトデーは終わりを告げた。






 ―▽―▽―▽―


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!


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