179話 合格発表 その1

 二月二十日。


 エルアールの四曲目が動画サイトにアップされた。


 俺は事前にルーシーからアップされる日を聞いていたが、音源はあえてもらっていない。

 一人のファンとして曲を聴きたかったのだ。


 エルアールの動画がアップされる日は、いつも教室がざわざわしている。

 先週のバレンタインの時と似た雰囲気で生徒たちがエルアールの話題を口にして、一同にイヤホンをつける。


 アップされたのはちょうど昼休みの時だった。

 一人のクラスメイトがエルアールの曲アップされていると声に出したので、そこから皆、弁当や売店で買ったご飯を食べながら曲を聴きはじめた。


 俺、しずは、千彩都も同様だった。


「『雪解けの街』かぁ。私たちが会った時はまだ雪降ってたのに、雪がとけてる歌なんだね」


 アップされた曲のタイトルを確認すると千彩都がそう呟いた。


 タイトルからして、日本での出来事を歌にしたような内容だろうと想像がついた。

 エルアールの正体を知っている数少ない人物、それがこの場にいる俺たち三人。


 それぞれ耳にイヤホンをつけて、サムネイルをタップ。動画を再生した。




 …………




「なんか………体がむず痒い……」


 曲を聴き終わった千彩都が一言。


「私たちが聴いてるってわかってるのに、よくこんな歌詞書けるわね……」


 しずはもぶるっと体を震わせながら、ルーシーが書いたであろう歌詞についての感想を言った。


 そう言われると、俺も曲作った時はルーシーのこと考えて作ったんだけど……と思ったが、それとはまた別らしい。


 今回のエルアールの曲を説明すると、二曲目の『Only Photo』と同じバラード系の曲だった。

 そして、俺とのデートについて、友達との出会いについての物語が描かれたような曲だった。

 直接的すぎる表現はないが、それを知っている自分からすれば、どの歌詞がどの出来事だったかなど思い浮かんでしまう。


 しずはだって、俺とルーシーのことが組み込まれているとわかったはずだ。

 そして、ある歌詞の部分では、自分のことだと理解しただろう。


「曲も歌もすっごい良いけどね。内情知ってるとこれだけ受け取り方が違うんだね」

「やっぱあの子おかしいよ」

「俺はめっちゃ良いと思うけど!」

「そりゃ光流はそうだろうね」


 このように身近な人が実際にあった出来事を歌詞にして、それを歌にしている。

 その歌が日本中の人が聴いていると考えると、不思議な気持ちだ。


「それにしても、やっぱバックに凄いスタッフいるよこれ」


 ふと、しずはがアーティスト的な視点で話す。


「あぁ、それね。事務所には所属してないらしいけど、アメリカの大手の事務所が無償で手伝ってくれてるらしいって聞いたよ」

「だろうね」


 このニヶ月の間のやりとりで、ルーシーからそんな話も聞いていた。

 アメリカの事務所事情はわからないが、それだけ当初から注目されていたということだろう。

 事務所と契約するのは時間の問題だ。


「もし、事務所と契約なんかしちゃったら、学校どころじゃなくなるかもね」

「……それはさ、俺も少し考えてた。でも、ルーシーのやりたいようにやるのが一番だよ」

「それでいいの? そういう小さな部分から、離れていくかもしれないのに」


 しずはの少し痛い言葉。

 ただ、それは実際に起こり得るかもしれない未来。


 本当にそうなったら俺はどうするのだろう。


 ルーシーは既に才能を発揮している。バンド……そして学校も通うどころではなくなったら。


 会える時間も少なくなる。もう、離れたくないのに。




 ◇ ◇ ◇




 今日は光流たちより一週間ほど早い推薦入試の合格発表の日。


 午前九時に秋皇学園の合否確認サイトにて、受験番号であるIDと出願時に設定したパスワードでログインをして、合否の確認をすることになる。


 今、家のリビングでは、父、母、須崎と牧野さんが私がテーブルの上に置いたノートPCの前に座っている様子をソファの方から見つめていた。


 ただ、それほど心配したような表情ではない。

 私が受かると思っているのだろうか。


 それはそれで嬉しいけど、合否は結果を見るまでわからない。



「…………」



 PCの右上に表示されているデジタル時計。

 その時計の下二桁がゼロと表示された。


 現在こちらの時間は十六時。時差の関係で今が日本での九時となる。


 私は、IDとパスワードを入力し、合否確認サイトにログイン。



「ゼロサンヨン……ゼロサンヨン……」



 私は、自分の受験番号を呟きながら、ゆっくりとマウスを下にスクロールしていく。


 小さい数字から上から順に表示されていく。

 推薦入試の人の数はそれほど多くないのか、それほどスクロールせずとも自分の番号が近づいていった。



「ゼロイチハチ……ゼロニゴ……ゼロサンゼロ……」



 ゴクリと口の中を唾液を呑み込んだ。



「――ゼロ、サン、ヨン……」



 そのに表示されていた数字。

 〇三四、私の受験番号だった。



「あった……あった! ……あった!!」



 私は椅子から立ち上がり、大きな声で合格したと家族に知らせた。



「あったよ! お父さんっ、お母さんっ!」

「ルーシー、おめでとう」

「よくやったな」



 私は二人が座るソファまで小走りで近づいて、ダイブするように抱きついた。

 すると私の頭に手をおいて撫でてくれた。



「お嬢様、おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「須崎……牧野さん……ありがとう……あっ」



 二人にもお祝いの言葉を贈られたので、両親への抱擁を解いて、振り返った。

 すると、牧野さんの手には、花束。須崎の手にはプレゼントの箱のようなものがあった。


「こちら、旦那様と奥様からのプレゼントです。ちなみに花束は私と牧野からのプレゼントですよ」

「あ……嬉しい……」


 私は少し涙ぐみながら、花束とプレゼントを受け取った。



『ブルルルル』



 すると、テーブルの上に置いておいたスマホのバイブ音が鳴った。

 私は一旦、須崎と牧野さんにプレゼントを返して、スマホの下へと向かった。


 着信画面に表示されていた名前を見ると、すぐに通話ボタンを押した。



「真空っ!?」

「受かった! 受かったよルーシーっ!!」

「私もっ! 良かった……良かった……!」



 興奮したような真空の声。

 私も興奮していた。


 自分の合格と共に、真空の合格も知った。


「これでまた一緒に学校で過ごせるねっ!」

「うんっ! ……お家でも、よろしくね。真空っ」

「もちろん! こちらこそよろしくね!」



 私は簡単な合格の報告を電話で済ませて、通話終了ボタンを押した。


「真空ちゃん、合格したのね?」


 母が私の電話の内容を理解していたようにそう言った。


「うん! 良かったぁ……」

「ふふ。じゃあ三月からが楽しみね」

「楽しみっ!」



 アメリカではない日本。

 やっと日本の学校に通えるんだ。


 そして、本当に真空と一緒にお家で過ごせる。

 こんなに楽しいことはない。


 一時帰国した時、十日間一緒に過ごしただけでも毎晩楽しかったのに、それがこれから長く続く。

 興奮が止まらない。



「なら、あとは光流くんだな」

「お父さん、光流は絶対合格するよ。だって、光流はすごいんだから」


 根拠があるわけではない。

 でも、信頼している。


 勉強を頑張っていることは教えてもらった。

 もしかしたら、私より勉強ができるようになっている可能性だってある。


 ただ、光流以外の友達の成績はあまりわからない。

 せめて、あの初詣に会った皆も全員一緒に行けたら良いな……。




 ◇ ◇ ◇




「――光流! 受かったよ! 私も真空もっ!」


 ビデオ通話越しに見えるルーシーの笑顔。満面の笑みで合格したことを報告してくれた。


「いえーい! 光流くん、ちゃんと受かるんだよ」


 その隣にいたのは真空。

 彼女も余裕の表情で、合格したことに息を巻いていた。


 現在、互いの家の中同士でビデオ通話している。

 アメリカの家――ルーシーの自室だと思われる場所だ。


 真空が前に言っていた通り、初めて見るアメリカのルーシーの部屋は少し女の子らしかった。

 白が中心だがピンク色が入っていたり、見ているだけで良い匂いがしそうな部屋だった。


「二人ともおめでとう」


 俺は画面越しに二人の合格を称えた。


 二人共英語ができるし、成績も上位だと聞いている。

 帰国子女枠の推薦が他にあったのははわからないが、俺には落ちるイメージが湧かなかった。


「ありがとう。光流も受かるって信じてるよ」

「うん。ルーシーたちはネットで結果見たんだよね?」

「そうだよ。光流は違うの?」

「俺たちは学校に番号が張り出されるのとネットで見れるの二パターンがあるんだよね」

「ってことは、直接見に行くとか?」

「そう。皆で見に行く予定」


 一週間後の合格発表。

 俺たちは皆で集まって、秋皇学園の校舎の前に張り出される掲示板を見に行く。


 全員の分岐点がここで一つ決まるだろう。



「あ、そうだ。新曲聴いたよ。すごく良かった! ……こっちに戻ってきた時のこと、なんだよね?」


 まだ新曲の感想を言ってなかったので、ここで伝えることにした。


「うん。やっぱりわかるよね?」

「千彩都もしずはも言ってたよ。むず痒いって」

「あははははっ! ほら、だから言ったじゃん」


 そんな会話をするとルーシーの横で真空が笑っていた。


「だってこれが一番心込めて歌える内容だったんだもん」

「ちゃんと伝わったよ。まさかデートの話がたくさん盛り込まれてるとは思わなかったけど……」

「それが一番印象に残ったんだもん」


 普通に歌だけを聴いている人は全くわからないだろう。

 それが実際に起きていた出来事だなんて。


「わかってるって。ルーシーは光流くんに関することなら、いくらでも歌詞書けるもんね?」

「もう、光流の前で何言ってるのよ……」


 真空がルーシーを茶化しはじめた。

 俺だって、ルーシーのことでなら、いくらでも歌詞を書ける気がする。


「あ、そうだ。せっかくだし、ルーシーの部屋見学でもする?」

「ええっ!?」

「いいのって!?」


 真空の提案にルーシーが驚きの表情を見せる。

 俺はぜひとも見たかった。


「じゃあスマホ移動させまーす」

「真空っ!?」


 ルーシーの同意を得る前に、画面が動く。

 真空がスマホを持ったことで、画面が揺れて、視界が切り替わった。


「はーい、光流くん見えるー?」

「見えるよ!」

「ここがルーシーの下着が入ってるチェストでーす!」

「ちょっとお!?」


 ルーシーの焦る声が聞こえた。

 俺もゴクリを息を呑み、画面を見つめる。


「うそうそ。さすがに中身は見せられませーん。光流くん、期待した?」

「…………しない男はいないでしょ」

「光流〜〜っ!?」


 真空の暴走にルーシーが頭を抱えているのが見て取れた。


「じゃあ、ルーシー横になって」

「何言ってるの……? きゃあ!?」


 すると、またスマホの画面が揺れた。

 ブレてよくわからない画面。しかし次の瞬間には、ルーシーがベッドに横になっている姿が映し出された。


「ね、ねぇ? 何したいの?」


 画面越しのルーシーが戸惑いの表情を見せていた。


「良いから良いから」


 すると、カメラの動きとともに、真空も一緒にベッドに横になったように見えた。


 インカメでルーシーと真空が一緒に映し出され、なんだかいけない映像を見ている気分になる。


「どう? 光流くん。羨ましいでしょ〜」


 すると、真空がルーシーを後ろから抱き締めるようにしてくっついていた。

 前に手を伸ばしてカメラを自分たちの方へ向けている真空の顔は、ルーシーの顔のすぐ横にあった。


「…………」



 なんと返事をすればよいかわからなかった。



「あーでも、もう二人がぎゅーし合ったんだっけ? なら羨ましくないか〜」

「もう恥ずかしいよ。その変にして!?」

「もうちょっとそのままで……」

「ひかる〜〜〜っ!?」



 そんなイケナイ映像をしばらく見ながら、最後には少し髪型が乱れた二人の姿を見て、通話は終了した。



 ルーシーは受験に合格した。

 なら、一緒の高校生活を過ごすためにも、絶対に合格したい。



 その後一週間、学校で授業を受けつつ、いつもと変わらない時間を過ごした。



 そして、ついに俺たちの合格発表の日がやってきた。






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