177話 飴細工
――バレンタインから約一週間前に遡る。
私と真空は家のキッチンでチョコ作りに励んでいた。
光流と再会できてからというもの、一つのイベントも見逃したくなかった。
初めてクリスマスを一緒に過ごし、そして次にやってきたイベントがバレンタインだった。
私の推薦入試も終わり、バレンタインの日には光流の一般入試も終わっている。
時期的にもちょうど邪魔にならない時期でもあった。
だから光流には『受験終わったらご褒美あげるね』と言ったのだ。
今回は、お疲れ様の意味も込めて美味しくて心のこもったチョコを作る必要があった。
広いキッチンとテーブルの上に広がるのは、数々の種類のチョコとコーティングやトッピングに使う材料。
私と母のスペースはそれほど汚くはない。一方の真空のスペースは大変なことになっていた。
「あ゙〜ゴムベラ回すだけで疲れる〜っ」
チョコを湯煎で溶かす作業をゴムベラを使ってしているのだが、真空は思った通りのチョコがなかなかできずに何度もチョコをダメにしていた。
なので、この湯煎でチョコを溶かす作業を繰り返していて、腕に疲れが溜まっていた。
「チョコの難易度で失敗する回数も増えるからね。もうちょっと簡単なのにしたら?」
「だってぇ、せっかく作るなら頑張りたいじゃん。本命じゃないにしろ私もここまでするの初めてなんだよ?」
真空は私と違って、光流みたいな本命に渡すわけではない。
けど、ここまで手作りでチョコを作るのは初めてだそうだ。良い物を作りたいという気持ちもわかる。
一応、家でも父や弟に作ったことはあるらしいのだが、本当に簡単なものしか作ったことはなく、そのほとんどが母に手伝ってもらっていたらしい。
「なら、文句言わないで頑張って!」
「はぁ〜い」
これがもし、本気で好きな相手のためだと思うなら、いくらでも頑張れるだろう。
いつか真空にもそんな相手ができるだろうか。
「あ、ジュード兄にはあげないの? 少し仲良くなったみたいだけど」
「お世話になったし……あげようかな。というかルーシーの家族とか使用人さんたち全員あげないと申し訳ない気がする!」
「そこまでは気にしなくていいのに」
でも、私が真空の立場でもそうするかもしれない。
三月末から日本で一緒に暮らすとなれば、尚更だ。
…………
「やっとできたぁ〜」
数時間後、やっと真空のチョコが完成した。
私と母のチョコは既に完成しており、真空のを手伝う形で完成させた。
「お疲れ様。初めてなのに、良い感じだねっ」
「今度は自分だけで作れるようになりたい」
「普段から料理とかお菓子作りとかしたら慣れていくかもね」
「日本に行ったらルーシーに普段から色々教えてもらうから〜」
滑り止めの高校も一応受けているとはいえ、今のところ日本に行くことは確定している。
そのことを考えるだけでも楽しみだ。
「それにしても……」
「ん?」
「なにそのルーシーとオリヴィアさんのチョコ! おかしいでしょ!!」
真空のチョコの横に並べられている、私と母のチョコ。
私がいうのもなんだが、お店で買いましたと言っても良いくらいの出来になったと思っている。
さすがに母のレベルには勝てないけど、渾身の作品だ。
だって、一個一年分の想いを込めて作ったんだから。
「ちょっと写真撮らせて! 絵になりすぎる!」
そう言って真空はスマホで私と母のチョコを写真撮影しはじめた。
「ルーシーのチョコ、金色のやつすごすぎない? これいくらかかってんの?」
「さぁ……材料はお母さんが買ってきたし……」
「これだから富豪は……」
真空にとってはもう私の家がお金持ちなことに関してはネタとして使っている。
そんな彼女が口に出したチョコは星型の形に作った金箔でコーティングしたチョコだ。
苺とラズベリーのドライフルーツを細かく刻んだもの、さらにチョコを小さく球状に加工した粒が上に乗せてあるもの。
一つ一つピンセットでチョコの上に乗せていったのだが、これが本当に繊細な作業で大変だった。
ただ上に乗せるだけではなく、お洒落に見えるように流れ星の形にしている。つまり星の上にもう一つ流れ星があるのだ。
ちなみにこの流れ星は光流だ。流という漢字に光を表す星。我ながら素晴らしいイメージだと思う。
「そういやルーシーって星とか宇宙好きなの? 一番最初の歌だってそういうワード入れてたし」
「自分ではあんまり気づいていなかったけど、今になって思えば好きなのかも」
宇宙とか星って、その名前だけでなんだが幻想的だ。
そんな宇宙には『ルーシー』と名付けられた星があるそうだ。
それは、地球からケンタウルス座の方向に約五十光年離れた場所にある星。
地球から見ると星の明るさが変化するようで、明るい今と暗かった過去のある私みたいだと思った。
さらに、この星の大部分がダイヤモンドで構成された星なんだとか。
調べれば調べるほど、このルーシーという名前には、何かを感じずにはいられない。
「あなたたち、喋ってないで箱の方も作るわよ」
すると、母がテーブルの上にいくつかのチョコ用の箱とリボン、そしてメッセージカードを広げてくれていた。
毎年ではないが、今回は箱も既成ではなく手作りだ。
心を込めて作ったチョコ。
光流、喜んでくれるかなぁ。
◇ ◇ ◇
「うめぇ〜っ!!」
俺は星型のチョコをパクっと口に入れて、半分ほどを食べた。
あまりの美味しさに感動した。
口に含むと金色でコーティングされた部分が舌に触れ、それが溶けていく。
すると出てきたのはサクッとしたミルフィーユ生地。
歯に当たると心地よい音が響いて、その中心へと辿り着く。
辿り着いた先には、柔らかい舌触りのとろけたチョコ。ほんのり何かのお酒の香りがして、大人っぽさを感じた。
金箔のチョココーティング、ミルフィーユ生地、中の柔らかいとろっとしたファウンテンのようなチョコ。
食べるまでわからなかったが、なんと三層構造になっていた。
「こんなに凄いのどうやって作ってるんだよ……」
驚きのあまり、俺は忘れていた。
「あ、食べる前に写真撮れば良かった……」
せっかくルーシーからチョコをもらったのに写真で撮らないなんて。
俺はとりあえず残った四つのチョコを写真に収めた。
そうして一旦ルーシーのチョコの箱を閉じて次に手を付けたのはしずはのチョコだ。
彼女は自信満々だったようだが、どのようなチョコなのだろうか。
ゆっくりとしずはのチョコの箱を開けると出てきたのは――、
「えええっ!? すげぇ!! ギターじゃんっ」
なんと、精巧に作られたギターの形をしたチョコだった。
俺が透柳さんから借りているギターそっくりのデザイン。木目ボディの模様や白いピックガードがチョコで再現されており、目を見張ったのは、弦の部分。
「これ、飴細工か……?」
最初はルーシーのように金色の何かを使っているのかと思ったが、よく見ると少し透明度があった。
金色に近い色で再現された、飴細工がギターの弦の部分を光り輝かせていた。
「やばすぎだろ……」
デザイン性で言えばルーシーとしずは、甲乙つけ難いような見た目だった。
しずはのお菓子作りの成長は本当に凄い。
正直、ここまでの完成度だと、口にするのも勿体ないと感じる。
俺は食べる前に写真に撮っておいた。
食べないわけにも行かないで、俺はギターの形をしたチョコを優しく手にとってネックとヘッドの方から口に入れた。
「うめぇ〜」
幸せすぎた。
うまいチョコは本当にうまい。
飴細工をかじる時、パキッとした音が響いてちょっと噛み砕くのが申し訳なくなったが、味自体はとても美味しかった。
そして断面を見ると、二層構造になっていた。
全てがチョコではなく、サクサクの生地の上にチョコがコーティングされていたようだった。
「ルーシーが三層でしずはは二層か。でもデザイン性はしずはで複雑さはルーシー……」
どっちがどうとかを決めきれないくらい、どちらも素敵なチョコだった。
「じゃあ次は深月のをいただくか……」
俺は先ほどの二人とは別な、軽い気持ちで深月の箱をパカッと開けた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
俺は腰を抜かした。
「神の領域かよ。中学生でこんなの作れんの?」
言い換えれば、一級建築士。そんな人物が超精巧な一軒家の模型を作ったようなイメージ。
深月のチョコはとんでもないレベルのデザインだった……ルーシーやしずはよりも……。
深月は確かにお菓子作りが趣味だけどさ、こんなのパティシエでもそう簡単に作れないだろ。
とりあえず写真撮影して、一旦落ち着く。
「飴細工……」
しずはと同じ飴細工が使われていた。
つまり、一緒に作ったのだとここで理解した。しかし、しずはの飴細工は直線的な弦を表現していたのだが、深月のは違った。
空中に浮かんでいる飴細工は、複雑な形に曲がっており、まさに白鳥のように踊るバレエダンサーのようだった。
しかもしずはの飴細工は一種類でカラメルっぽい感じだったが、深月のは複数の色が使われていた。
「黄色に緑、土台がチョコ……花か?」
所謂見た目は花っぽい感じだった。しかし俺はこの花がなんなのか全くわからなかった。
そして、よく見ると深月の箱に付随していたものがあった。
「カモミールティー?」
カモミールティーのティーバッグが添えられてあったのだ。
じゃあこの花のチョコはカモミールかと思い調べてみると、全然見た目が違った。
すると検索画面に目に入ったのは、カモミールは二月十四日が誕生花ということ。
そして二月十四日には、誕生花が他にもいくつかあるようだった。
なので、それらの花を画像検索してみると――、
「ミモザだ……」
まさに目の前にあるチョコはミモザだった。
白い陶器のようなホワイトチョコの中に黒いチョコがあり、それが花の土台になっており、その上に幹が伸びていて、緑の草と黄色の花の飴細工が広がっていた。
よく見ると、形が崩れないように土台が固定されていた。
さらにミモザの花言葉も調べてみると……、
「感謝、友情、密かな愛か……」
深月がどう思ってこの花のチョコを俺にくれたのかはわからない。
冬矢のことを言っているのか、それともルーシーのことなのか。
深月自身と俺はそれほど関わりがない。けど、何かを伝えようとしているのだろうか。
俺たちには結構口下手だから、深月の内心はよくわからないけど、彼女がとても良い子なのはよく知っている。
しずは以上に食べるのが恐ろしい一品だが、俺は飴細工の部分から食べてみることにした。
「どうやって食べるんだ?」
全くわからない。先っぽだけでもつまもうものなら、パキッと壊れてしまいそうな印象。
数十秒食べ方を悩んでから、飴細工を口に入れた。
「おお〜〜飴だ」
それもそうか。
飴自体は飴っぽい味しかしなかった。見た目通りだ。
なら土台だ。
パクっと陶器のような土台を口に含んだ。
「うめぇぇぇぇぇっ!!!」
ただのチョコではない。なんだろう。
「あ、コーヒーっぽいんだ」
俺が好きなコーヒーの風味がつけてあったチョコだった。
深月も結構人を見てるんだなぁ。
俺でこのレベルなら、冬矢には何を渡したんだよ……。
いや、逆に変なのを渡したりしてないだろうか。ツンツンツンツンデレないし。
その後、千彩都と真空のチョコも食べた。
彼女たちのチョコは、他の三人と比べると可愛いデザインだったが、普通に美味しかった。
一周回って普通のチョコも良いなと思ってしまったのは内緒だ。
だって、見た目が凄すぎて食べるのが勿体ないんだもん。
そんな中、ルーシーたちのチョコが入っていた紙袋を再度見てみると、まだ複数の小さな箱が残っており、そこにもメッセージカードが挿し込まれていた。
「しずはたちにもあげておいて、か」
なら明日にでも渡すか。
ルーシーの星と流れ星のチョコ、しずはのギターのチョコ、深月の一級建築士のようなミモザのチョコ。
正直見た目で言えダントツ深月のチョコがすごかった。ルーシーとしずはは甲乙つけ難い。
しずはは勝負したかったみたいだけど、勝敗をつけるのはよくない……よね?
俺は一階に降りて、水とコーヒーを持ってきて、他のチョコも食べることにした。
―▽―▽―▽―
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよければ、今後も執筆を頑張っていきますので、ぜひトップの★評価やブクマ登録などの応援をよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます