172話 受験直前
曇り空からちらちらと雪が落ちていくのが見える。
十二月よりも空気は冷たく、険しい寒さを感じるが、寒いというのはそれだけではない。
数日前、ルーシーはアメリカへ戻った。
あの抱き締めた時の温かさ、手の温もり。直接触れていたものが急になくなると、どこか寒さを感じる気がする。
一言では表せない十日間だった。
ルーシーに会えただけで嬉しいのに、デートしたり、家に行ったり、家に来たり、初詣に行ったり。
まさか、いきなりルーシーとしずはが会うことになるなんて思わなかったけど、思いの外、仲良くなったようで安心できた。
あと二ヶ月はルーシーと会えない。だから、必ず受験に合格して同じ高校に行きたい。
そして、約束したルーシーの制服姿を一番に見せてもらう。これは絶対だ。
ただ、俺だけが行ってもしょうがない。できれば、一緒に勉強している皆と行きたい。
正直ルーシーにお守りをあげたしずはだってまだまだ危ない。
だから、今日から勉強会は再開だ。
◇ ◇ ◇
冬休みが明けて三学期。
学校が始まった。
「光流おはよー!」
「おはよう、千彩都」
教室に入ると先に来ていた千彩都と挨拶を交わす。「あんまり久しぶりじゃないね」と呟きながら、俺の前の席でいつも通りにポニーテールを揺らす。
彼女の言う通り、初詣振りなのでそれほど時間は経っていない。
続々と約二週間振りに顔を見せるクラスメイトたちを眺めていると、いつも教室に入ってくるだけで男子の視線を釘付けする人物がやってくる。――その名を藤間しずはという。
学校一の美人と言われる彼女は、自分の席にカバンを置くと、すぐさま俺と千彩都の下へ来る。
大体は俺の隣の女子の席を借りるのだが、どうぞ座ってと、いつの間にかしずはの姿を見るなり自ら席を明け渡すようになっている。彼女も彼女でしずはに座られるということに価値を見出しているようだった。
「二人ともおはよ」
しずはが挨拶をすると俺と千彩都が同時に挨拶を返す。
彼女の顔も最近見たばかりだ。
ただ、今日はどこか清々しい顔をしていた。
「しーちゃんなんか機嫌良い?」
それに気づいた千彩都が問いかけると、隣の席に腰を下ろしながらしずはが答えた。
「もう日本にルーシーはいないからねっ」
「ブホッ」
何も飲んではいないが、むせたように何かを吹き出してしまった。
それを千彩都に笑われると、同じくしずはも笑っていた。
冗談なのか冗談じゃないのかわからない発言はやめて欲しい。
「それにしても本当に綺麗な子だったね〜。化粧品何使ってるんだろ。聞けば良かったかなぁ?」
「家がお金持ちなんだから、全部高級品に決まってるでしょ」
「そういうしーちゃんだって、中学生のくせに良いの使ってるじゃん」
「自分で稼いだお金だから良いの」
女子としては、そういう部分が気になるらしい。
俺もルーシーとデートに行く前に姉に少し言われたので、多少気になりはするが、ルーシーの化粧品が自分の参考になるとは思えなかった。
男子と女子ではケアする化粧品が違うのではないかと思っている。
「私なんか未印なのに〜」
「皆使ってるよね。あとは高級品を使ってた人も初心に戻るというか、回り回って良いって言う人もいるよね。別にダメなわけじゃないと思うけど」
「少ない選択肢から選ぶっていうのも大変なんだぞ〜」
「なら今度貸してあげようか?」
「いいのっ!? ってその時はいいけど、結局買えないんじゃ意味ないじゃん」
「使ってみて何か感じることがあるかもしれないよ?」
女子トークが始まると俺は無心になる。
スマホを取り出して音楽を聴く、もしくは勉強道具を出して少しでも受験勉強をするでも良いのだが、何か別のことをしようとすると、二人は怒りだすので、いつも何もできない。
これが理不尽というやつだ。それなら俺にもわかる話題にしてほしい。
◇ ◇ ◇
受験まで残り一ヶ月。
放課後、図書室に集まっての勉強会が再開された。
一部の生徒は塾にも通っている。しかしここに残っている生徒は塾には通っておらず自主勉強で頑張っている。
これが功を奏するかどうかはわからないが、姉の中学時代には塾に通わずともずっと一位の成績をキープしていた人もいたらしい。
確かに塾は試験対策としては先人の知恵を借りれるが、結局本人の努力次第だ。
周りにもそれほど成績は上がっていないのに塾に通い続けている人がいる。
おそらくは親に言われて通っているのだろうが、本人に真剣度が足りない為に成績が伸びない。もしくは塾の先生の教え方が悪いか……。
ともかく俺たちは塾に通っていないので、そういったパワーを借りることはできない。自分たちで頑張るだけだ。
「ああーん、わかんない。光流ここ教えて?」
久しぶりに聞く理沙の猫なで声。
俺は言われるままに理沙にわからない部分を教える。
ただ、少し気になったことがある。
「……ねぇ、なんか焼けてない?」
なぜか理沙の顔が黒く焼けているのだ。まさか日サロに行ったわけでもあるまいし、今は夏でもない。不思議な現象だった。
「冬休み中、息抜きにスノボ行って来たんだよね。あ、ちゃんと勉強道具持っていって合間に勉強もしたよ? そこは安心して。それで雪焼けしたっぽいんだよね」
雪で焼けるのか……初耳だった。
スノーボードはやったことがないので少し興味があるが、今は受験勉強だ。
受験が終われば、高校入学まで遊べる時間も増えるだろう。
「なんか山は標高が高いから、地上よりも紫外線が当たりやすいんだって」
そう答えたのは同じく雪焼けしている朱利だった。焼けているだけでギャルが加速している。
「…………」
今まで黙っていたが、よく見ると理帆も焼けているようだった。ただ、いつもはしないメガネをしているあたり、焼けていることを隠したいのだろう。
なぜなら焼けている部分はゴーグルを着けていたと思われる部分以外。つまりパンダのようになっている。
「三人で行ってきたんだね」
「そうそう。ほら〜理帆もメガネなんかしてないで外しなよ〜。どうせ伊達なんでしょ?」
「あっ、やめてっ」
理沙が理帆の伊達メガネをぶんどる。
するとあらわになった理帆の可愛いパンダ顔。
「わあああああっ」
恥ずかしいのか理帆が両手で顔を隠した。その時に大声をだしてしまい――、
「そこっ! 静かに!」
受付にいた図書委員に怒られることになってしまった。
「ほら、真面目にやるよ」
「はーい」
軽く理沙を注意をして、目線を下に向けさせた。
一方、冬矢と深月を見ると、冬休み前と変わらず普通に勉強しているようだ。
いつの間にか仲直りでもしたのだろうか。
深月は眉間に皺を寄せてはいるが、それは問題を解くために悩んでいるため。怒ってはいない……はずだ。
二人は一応同じクラスだが、普段どんな話をしているかは不明だ。
冬矢はいつも女子にも男子にも囲まれているため、深月としてはそこに入っていったりすることはないだろうから、クラスではあまり冬矢とは話していない可能性もある。
クラスのことは置いておいて、ともかく今は普段通りだ。
陸やしずはも真剣な表情だ。
陸は別の学校を目指しているので離れ離れだが、こうやってずっと勉強会に参加してくれている。
しずははルーシーとの再会のためにも頑張っている様子。
ルーシーとの出会いによって、彼女の中の何かを動かした結果、いつも以上に吹っ切れている。
受験もそうだが、この学校で過ごすのもあと二ヶ月。
この図書室の紙いっぱいの匂いも懐かしくなるのだろうか。
学校にはたくさんの思い出が詰まっている。
今では懐かしさを感じて、あんなこともあったなと感傷に浸ることもある。
このメンバーで勉強会をするのことも残りわずか。
俺たちは受験に向けてラストスパートをかけていった。
◇ ◇ ◇
アメリカに到着し、学校が再開された。
残り少ない学校生活だけど、光流よりも先に入試がやってくる。
面接だけではあるが、最後まで勉強や面接対策は怠らない。
「ヘイ! リンナ!? どうしたんだい!?」
私は初めて包帯をせずに学校に登校した。
教室に入るやいなや、クラスメイト全員が私に注目した。
真空と一緒に教室に入ったせいか、私がルーシーだと人目でわかったようだ。
すぐに同級生たちは私の下に来て取り囲んだ。
「包帯外れたのかい? あの姿もクールだったけど、今は超キュートだよ!」
「あなたそんなに綺麗な顔だったの!? びっくりだわ!」
それぞれ私の容姿について褒めてくれた。
彼らは、私の包帯姿を貶したりしなかった。だからその言葉は全て信じられる。
「ほらね、言ったでしょ。こうなるって」
「あはは、そうだね……」
真空が言っていた通りの結果になっていた。
「皆、残り少ない学校生活だけど、よろしくね」
「オーケー! 何かあったら何でも言ってくれ!」
もちろん人にはよるが、やはり外国人は感情表現が大きいしオープンだ。
ひとまず顔見せは終わり、授業もいつも通りつつがなく進んでいった。
いつもより人に囲まれる学校生活のスタートとなってしまったが、ここでの生活も残りわずか。
日本に戻るからといって、ここでの学校生活がなかったことになるわけではない。
真空ほど仲の良い友達はできなかったが、それでも皆仲良くしていくれていたことには変わりない。
学校を卒業しても、いつかこのクラスメイトたちと再会できるだろうか。
アメリカは日本よりもとてつもなく広い。一旦外に出たらすれ違うなんて同じ場所に住んでいない限りはなかなかないだろう。
そのことを思うと少しだけ寂しくなった。
なら、あと二ヶ月間はいつもよりこの学校とクラスメイトたちを深く心に刻み込もう。
そうして、毎日学校に通い、勉強や推薦入試対策を繰り返して数週間後。
ついに私と真空の推薦入試の日がやってくる。
―▽―▽―▽―
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