169話 青春は諦めない

 神社に併設されている駐車場の奥、雪と土が入り混じった地面にほとんど街灯が届かない場所。


 そんな薄暗い木々が立ち並んでいる林道に男性二人、女性一人が意識を失った三人の大学生を見下ろしていた。



「――真護兄さん、ナイスファイト」



 一人の男性が兄と思われる人物を見上げて、ねぎらいの言葉をかけた。


「偵次……ナイスもなにもファイトしてないんだが……」


 真護と呼ばれた男性が嬉しいとは思えない表情で言葉を返す。

 真護は大柄で、三つ子なのに弟――偵次との身長差は約二十センチだ。


「気持ちだよ気持ち。九藤光流が手を出す前に間に合って良かった」

「あの人には秋皇に行ってもらわないと困るからね〜」


 弟の偵次と共に真護に言葉をかけたのが一人の女性。

 彼女は妹で、弟の偵次よりさらに小さい。

 肩まで伸ばした髪はウルフカットで、指でくるくると襟足の毛先をいじりながら、二人の兄を見上げていた。


「そうだな。俺たちの仕事がなくなるところだったからな」


 彼ら――守谷兄弟はルーシーの兄であるアーサーに雇われた三つ子。

 光流たちと同い年であり、たまたま初詣で神社にお参りにきていた。


 そんな折、光流やルーシーの姿を見かけたので、少し遠くから眺めていたのだが、トラブルを察して真護が先行することで、その元凶を始末したのだった。


 そんな彼らに与えられた仕事は、秋皇学園に入学する予定のルーシーと光流を影から守り、支えること。

 だから、ルーシーも光流もどちらも秋皇学園に入学してもらわなければ、仕事が成り立たないのだ。


 今回は真護たちの親を通じて、アーサーがお金を支払う予定だった。

 しかし、片方が秋皇に行けないとなるとその金額も半分。彼らの良しとするところではなかった。


 守谷兄弟の家は、セキュリティ会社や探偵業を営む会社を経営している。

 そしてその会社をまとめるのが、彼らの父親だ。


「私たちの初仕事だもんね。今からワクワクしてたのに水を差すなんて許せないよね」

「千影、お前が一番楽しみにしていたもんな」

「うん。だから、こいつらどうしてやろうか」


 千影と呼ばれた妹。彼女は三人の男を鋭い目で見下ろした。


「って言っても、あの藤間しずはちゃんだっけ? 被害届を出さなければ警察も動くことはないし、これ以上どうしようもないんだよねぇ」

「そうだな。とりあえず二度とマル対に近づけさせないようにしないとな。偵次、何かないか?」


 彼らの役割はハッキリとしていた。


 肉体的に負けることのない兄・真護はターゲットの護衛。所謂ボディガードだ。

 そして弟・偵次は頭脳。集めた情報から真護や千影に指示を出し、任務を遂行するまとめ役。

 最後に妹・千影はターゲットの尾行や盗聴、証拠集めなどの探偵のような裏の仕事。


 だから真護は弟の偵次に対して、捕まえた三人の男の処遇を聞いた。


「とりあえず、身分証の確認から行こうか。彼らにも家族・彼女・大事な人が一人はいるはずだよ。そういった情報集めからだ」


 偵次はニヤリと顔を歪ませながらしゃがみ込み、一人の男のふところをまさぐり始めた。


「契約の開始は高校からだけど、良い予行練習になったんじゃない?」

「さっきのは不足の事態だった。家で色々とやってきてはいたけど、俺たちにはまだまだ実践が足りない。今回のように突発的な出来事にもスムーズに対応できるよう予めたくさんのルールを決めた方が良いね」


 千影の言葉に偵次が男の財布の中身を確認しながらそう返した。


「そうだな、それが良い。俺は頭があまり回らないから、偵次が頼りだ」

「うん、そこは任せといて」


 兄から弟への信頼はとても厚かった。


「……宝条家の護衛だけど、やっぱりルーシーちゃんと真空ちゃんだけが対象ってことだよね」


 ふと、千影が気になっていたことを口に出した。


「そうみたいだな」

「それっぽい人もいたけど、ルーシーちゃんの動きに合わせて移動してたから」

「藤間しずはは対象外ってことか」

「あとは、できるだけ邪魔にならないように距離を保ってるみたい」

「良いのか悪いのかってところだな」

「ルーシーちゃんが藤間しずはと同じ状況になってたら、この男たちはただじゃ済まなかっただろうけど」


 千影が話した通り、宝条家のボディガードはルーシーと真空だけが対象だった。

 なので、ルーシーとしずはが離れた瞬間、追うのはルーシー。さらにはルーシーと真空は別々の場所にいたので、人員も半分に割かれていた。


「俺たちの依頼は基本的にはルーシーちゃんと九藤光流が対象だ。ただ、アーサーさんが言ったのは、二人の学校生活を守ることだ。つまり、他にも目を配らないと今回みたいに関係ないところから影響が出てくるかもしれない」

「なら、彼女らの仲が良い友達も監視しておいた方が良いってことか」

「高校に入ったら誰か協力者を見つけた方が良いかもね」


 ルーシーと光流の生活は、彼ら二人を守るだけでは成立しない。

 それに関わる友達も十分に影響する。

 思った以上に大変なことになりそうだと、守谷家の三人は考えた。


「それにしても、ルーシーちゃん。初めて見たけどとんでもない美人だったね」


 千影も偵次とは別の男の服の中をまさぐりながら、話題を変えた。


「はは。アーサーさんから聞いてはいたけど、本当にあんな子存在しているなんてね」

「アーサーさんって、どう見てもシスコンだからどこか誇張して言ってるのかと思ってたけど、それ以上だった」


 偵次と千影がルーシーの容姿について今でも信じられないというように声を踊らせた。


「学校の中には宝条家のボディガードは入れない。なら俺の護衛対象は恐らく宝条さんが八割、九藤光流が二割ってくらいか」

「比重的にはルーシーちゃんの方が多くなると思う」


 何かあった時に自分の身を守れる力が少ないのは、ルーシーの方だ。

 なら、真護がより近くにいる必要があるのはルーシーだった。


「真護兄ちゃん。ルーシーちゃんに手出したらダメだよ?」

「あぁ。俺にはまだそういう感覚がわからないから大丈夫だ」

「護衛している内に芽生えたりしてな」

「どうだろうか」


 そんな未来の話に花を咲かせながら、三人の兄弟は男たちの財布から身分証を取り上げて、情報を集めていった。




 ◇ ◇ ◇




 ルーシーと朝比奈さんを見送ったあと、残りの皆で家へと歩き出した。



 あの時、本当に終わりだと思った。

 まだ誰にもあげていない、色々な大事なもの。


 できれば、光流で全てを経験したかった。

 ルーシーという存在が光流の傍に戻ってきた今、それは望み薄となったが、あんな男たちに捧げるなんて絶対に嫌だった。


 でも、でも……私のヒーローは、やっぱり駆けつけてくれた。

 いつだって、私を救ってくれるヒーローが彼、九藤光流だった。


 まさか三度も助けられるとは思わなかったけど、いつも一番最初に助けに来るのは彼だった。


 本当に怖かった。でも、男たちが誰かに連れて行かれて、光流と二人きりになった時、私の感情が溢れ出した。

 怖いという感情だけではなく、光流に触れて安心したい、温もりを感じたいと思っていた。


 振られたあの日から、こんな行動はしてはいけないと決めていたのに。

 ちなみに光流の家で灯莉さんに無理やり押されて抱き締められた時はノーカンだ。


 近くにルーシーがいるのに、私は強く光流を抱き締めていた。

 なのに、あの子が目の前まで来ると、なぜか私を抱き締めた。


 よく、わからなかった。


 普通なら、嫉妬して離れてとか言ってもいいのに。あの子は私を優先して、光流と一緒に抱きしめてくれた。


 人生でここまで理解できない相手は初めてだった。

 ベンチで喧嘩した時もそうだったけど、神社の前で別れる時も抱き締めたりして……。


 頭は良いらしいが、どこか考えが幼稚というか、私たちより子供っぽいところがあった。

 それは多分、日本にいる間の生活のせいだとは薄々感じている。

 普通の生活が出来なかったからこそ、他の人より少し子供っぽいのだと感じた。


 あのワガママで頑固な性格を見ていて、私は自分のことが馬鹿らしくなった。

 何を我慢しているんだろうって。


 ルーシーだって、自分で言っていた。この先どうなるかわからないと。

 告白もしていなければ、付き合ってもいない。

 ほぼ結ばれるような二人だけど、このまま何もしないで見ているだけなのは、嫌になった。


 だから私は決めた。


 ――日本にいる残り三年、私は私の青春を諦めたりしないって。




 ◇ ◇ ◇




「ルーシー、本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 黒塗りの高級車に乗り込み、家までの道を車内で過ごす二人。

 静かに今日のことを振り返っていた。


「そう……しずはちゃんと仲良くなったみたいじゃん」

「ふふ。友達にはなれなかったけどね」


 ルーシーのことを心配する真空だったが、ルーシーは満足そうに微笑んでいた。


「てかさ、あの時光流くんはしずはちゃんのこと抱き締めてたんだよ? あれはいいの?」

「いい。だって、私が原因の一つであんなことになったんだもん。それに私はしずはちゃんを抱き締めたかったから。光流と一緒になって抱き締められたことがなんだか嬉しかったんだ」


 ルーシーにとって、光流が他の人と抱き合うような姿は普通ならば見たいわけもない。

 でも、しずはなら良い。ルーシーはあの時そんな感覚だった。


「ルーシーってさ、結構とんでもないことする子だよね」

「しずはにも変だって言われた」

「最初はあんなに緊張してたのに、トイレでの出来事のあとは普通に皆と話せてるんだもん」

「あはは、いつの間にか喧嘩しちゃってたからね。吹っ切れたんだと思う」


 少しだけまだ目元が赤いルーシー。誰が見ても泣いたとわかるほどだったが、涙を流したとは思わせないほど、今は明るい雰囲気を保っていた。


「なんか、私が嫉妬しちゃうよ。すぐにしずはちゃんと仲良くなるんだもん」

「真空は真空だよ。私の二人目の友達なのは変わらない」

「このポジションは誰にも譲らないんだから」


 ルーシーはしずはと仲良くなった。しかし、真空はしずはとは会話すらほとんどしていない。

 真空はルーシーと一番仲が良いのは自分だと思っていたが、たった一日でここまでルーシーと仲良くなったしずはに対して少し嫉妬していた。


「あとさ、気になったことがあったんだけど、あの深月って子」

「うん。あの子も可愛かったよね。しずはちゃんと仲が良いみたい。一緒に肩を貸してあげてたから」


 二人とはしずは以上に会話しなかった深月の存在。

 どんな子なのかすらわからなかったが、真空には気になることがあった。


「あの子、冬矢のこと好きな気がする……」

「ええっ!?」


 真空から思いもよらなかった爆弾が投げ込まれる。


「だって、私と冬矢が話してる時、すっごい目でこっち睨んできたんだよ? あれだけ見られたら気づくって」

「そうだったんだ。私はあの時緊張して周りがよく見えてなかったから気づかなかった……」

「多分合ってると思う」


 それは、確信にも近い感覚だった。

 冬矢と他の人が話していた時には感じなかった深月からの視線。真空と会話している時だけ、それが顕著だった。


「真空は冬矢くんのこと、気にならないの? だってあんなに楽しそうに会話してるじゃん」


 すると、ルーシーは言いたかったことを真空に話した。

 ルーシーは二人のことを結構お似合いだと思っていたからだ。


「あー、あれは楽しそうにってより反射的にムカついちゃうというか。別に冬矢みたいなタイプが好きなわけじゃないし」

「そ、そうなんだ……。私てっきり……」


 しかし、ルーシーの考えとは裏腹に、逆のことを言われる。


「出会ったばかりの人のことが好きになるくらい私は軽くないぞっ」

「ならどんな人が好きなの?」


 せっかくだからとルーシーは少し真空に突っ込んでみることにした。


「ん〜、なんだろうね。あんまり言語化したことはなかったけど、私の知らないことを教えてくれる人、かな……」

「なにそれ、全然イメージつかない」

「だろうね。だから言語化したことないって言ったじゃん。難しいんだよ」

「でも、そういう理想像があるんだね。もしかして実在する人物に何かそう言われたとか?」

「どうだろ。実在していたら良いんだけどね……」


 真空は車の窓から外の景色を見ながら、物憂げに何かを考えていた。


 すると、そんな時、ルーシーのスマホに通知が来る。


「あ、光流だ」


 ルーシーはメッセージを開き、内容を確認する。


「『今年もよろしく』だって。あぁ、日本ではこういう言い方するんだっけ」

「あけましておめでとうは言ってたけど、そういやこの言葉は言ってなかったね」

「『今年もよろしくお願いします』っと……」


 ルーシーは光流にメッセージを返した。


「帰るのはもう明後日かぁ」

「早いね」


 二人がこの一週間のことを思い返す。


「なんだか濃い日本での時間だったね」

「うん。日本に来て、本当に良かった」


 二人にとって、想像以上の出来事がこの短い一週間で体験することができた。


 来年はもっと、色々なことが経験できるのかと未来に気持ちを馳せながらルーシーと真空の正月は終わりを告げた。




 ◇ ◇ ◇




 家までの帰路、途中まで六人で歩いたが、分かれ道で千彩都と開渡が二人で歩いていくことになった。


 そして、女子を一人にさせることはしたくなかったので、俺としずは、冬矢と深月でそれぞれ家まで送っていくことになった。



「しずは……もう、大丈夫?」



 しずはと二人きりになったところで、俺は彼女のことを心配した。



「うん、大丈夫だよ。誰かさんと誰かさんのお陰で」



 俺とルーシーのことだとすぐにわかった。

 強がりかもしれない。でも、今は彼女の言葉を真に受け取ることしかできなかった。


「それは良かった……けど、誰か男が一人でも着いていくべきだった。二度もしずはが怖い経験してるのに、俺……」


 花火大会、プール、そして今回の初詣。

 しずはを一人にすれば、こうなる可能性があるとわかっていたはずなのに。


 俺は、ルーシーが一緒に行ったことで、どこかにいるはずのボディガードがなんとかしてくれるのではないかと思っていた。

 真空だってルーシーを一人で行かせていた。だから少しは安心していたのに。


 多分、あのままルーシーも巻き込まれていれば、ボディガードは出てきたはず。

 しかし、しずはがルーシーを逃がしたことで、それが叶わなくなった。そう思えた。あくまで護衛対象はルーシーなんだから。


「毎回のように光流が私の傍に着いてくるなんて現実的じゃないよ。休みの日に一人で街を歩いてる時だって声かけられることあるんだから。今回みたいな強引なのは本当に稀なんだから」

「そうは言ってもな、今までのことを考えると……」


 しずはは、普通に歩いていても声をかけられるらしい。俺たちと一緒にいない時にもだ。

 それでも目の届く範囲なら近くにいてやるべきだった。


「今回のだってさ、ルーシーと私に仲良くなってほしかったんでしょ?」

「それは……わからない。でも仲が悪くなるよりは仲が良い方が良いとは思ってたけど……」

「多分、自然と私とルーシーを二人きりにさせたほうが良いって思ってたんだよ。だからって光流が悪いとかじゃない」

「そうなのかな……」


 しずははこう言ってくれてはいるが、自分の中ではまだモヤモヤしていた。


「気持ちだけ受け取っておくね」

「今度は、こうならないようにする」

「もう……心配しなくて大丈夫なのに」

「しずはは心配したくなることが人より多いからさ……」

「まぁね。そういう星の下に生まれたのかもね」

「だから、俺がそうしたい時にするから」

「強情だなぁ……」


 遠慮するしずはだったが、俺がそんな答えを返すとどこか嬉しそうな表情をした。


「あと……光流、ありがとう。ちゃんとお礼言ってなかった」

「うん。ほんと助けられて良かった。最後は俺、何もしてないけど……」

「助けに来てくれただけで良い。私、色んな感情がぐちゃぐちゃになってたから、縋れる相手が欲しかったんだと思う」


 かつてないほどのしずはの号泣だった。

 あんな体験、しないほうが絶対良い。


「だから抱き着いちゃってごめんね。しかも、ルーシーの前で……」

「そんなの気にすることじゃないよ。ルーシーだってしずはに抱き着いたんだから。多分、俺のことも怒ってないよ」


 そう。ルーシーはしずはのことが心配で、謝りたくて、そしてしずはを安心させたくて抱き締めた。

 多分、しずは自身もルーシーの気持ちが伝わっていたと思う。



「――あの子、大変な子ね」



 今日、ルーシーと会話してのしずはの感想だった。



「はは、そうだね」



 家柄だけでも大変だ。それに歌もできるし、あの見た目。

 本当にすごいよ。



「あの子、やっぱり煽ってるよ。清々しいくらいにね」

「会わないほうがよかった?」



 多分、想像した通りの言葉が返ってくる。

 だから、俺は質問をした。



「……会ってよかった」



 ほら。しずはの表情がそう答えを出していた。

 ルーシーのことを話す彼女の表情は、嫌いな相手のことを語る時の顔ではなかった。


「あんなの、頭おかしいよあの子。……わかる? トラブルが起きる前に私たち口喧嘩したんだよ? 頑固でワガママで……ほんと、バカだよ……」

「そっか、そうだったんだ。俺の知らないルーシーだなぁ……」


 女の子同士で喧嘩するルーシーを知らない。

 そんなに本気で喧嘩しているルーシーを俺は知らない。


「最初は緊張して、どうしたら良いかわからなくて口を開かなかったみたいだけど、あの子は私に近づいてきた……怖いもの知らずなの?」



 いつの間にか、もうしずはの家の前に着いていた。

 しかし、しずはは話を続ける。



「――私、あの子に負けたつもり、ないから」



 向かい合ったしずはの目は力強かった。



「見た目は……勝てるわけもない。けど、想いは負けない。――絶対に」

「うん……」


 俺はしずはの気持ちを肯定した。

 今は頷くことしかできなかったから。


「光流……絶対に、高校受かろうね」



 しずはには、秋皇に行かなければいけない理由ができたようだった。

 それは俺たちと一緒に学校に行くためだけではない、ルーシーと同じ学校で再会するため、そう聞こえた。



「もちろん!」



 俺もしずはと同じように力強い目で返した。



「じゃあ……今日は本当にありがとうっ」

「わっ……」



 避ける暇もなく、突然しずはが俺の胸に飛び込んできた。

 ルーシーとは違う、しずはから香る良い匂いが鼻腔をくすぐる。



「前、告白した時、言ったよね。もうこういうことしないって」

「うん……」

「気が変わった。あの子見てたら、自分の気持ちを我慢するの馬鹿らしくなった」

「うん……」

「だから私……うるさくなるから」

「うん……」

「嫌だったら、ちゃんと言ってね」

「うん……」

「光流……ずっと好き……」

「うん……」


 俺を見上げるしずはの目は、うるうるとした恋する乙女の目だった。

 まっすぐに俺の目を見つめるしずは。恥ずかしさで俺は目を逸らしたくなった。


 これは二度目の告白なのだろうか。

 でも、俺はちゃんと返事をすることができなかった。


「これで、名実ともに嫌な女になったわね、私……」

「そんなこと……」

「……でも、あの子のせいだよ」

「…………」

「私を焚き付けて、何をしたいのやら……本当に変な子」


 そう言って微笑むしずはは俺の胸をポンと押して離れた。


 家の玄関の扉の前までいくと、俺は彼女に声をかける。


「しずは……言うの忘れてた。――今年もよろしくね」

「うん。今年もよろしく」

「それじゃ」

「うん、またね」


 俺は直接ルーシーにすら言うのを忘れていた言葉をしずはに送った。

 彼女は俺に見送られて家の中へと入っていった。





 夜の街灯だけが静かな雪道を照らす。

 呼吸をするだけで見える真っ白な息が、虚空へと上がっては消えてゆく。


 しずはは感情がぐちゃぐちゃになったと言っていたが、今の俺もどうにかなりそうだった。


 鳴りを潜めていたはずのしずはのアプローチが復活すると、そう宣言されたのだ。

 俺は頷くことしかできなかったが、どうすれば良いというのだ。


 ルーシーのことは大好きだ。

 今日の彼女はかっこよかった。

 まさかあんな状態になっていたしずはを明るくさせるなんて……。


 俺はルーシーに告白するにはまだ早いと思っている。

 だって、さっきのしずはの話でも気づいてしまった。


 ルーシーが口喧嘩するところ、どんな会話をしたのか詳しくはわからない。

 でも、そうやって怒ったルーシーのことを俺は知らない。


 もっともっとルーシーを知りたい。

 知って、それからもっと好きになりたい。


 しずはの気持ちも痛いほどわかる。

 けど、それを止められるわけもない。



「嫌な男は俺の方だよ、しずは……」



 彼女は自分のことを嫌な女だと言った。

 なら、今ルーシーと中途半端な状態でいる俺は、何なのだろうか。


 恋人にならないことで他の女性に入り込む隙を与えているうちは、嫌な男なのではないだろうか。


 はっきりと自信を持ってルーシーと交際したい。

 誰もが認めるくらい、ルーシーに相応しくなりたい。


 家柄ではどうしても釣り合わない。

 だから、他のことで釣り合うように努力しなければいけない。


 なら、一番最初にできることは決まっている。

 絶対に、絶対に、ルーシーを驚かせてやる。


 俺は決意を新たに、新年一日目を静かに終えた。







 ―▽―▽―▽―


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!


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