158話 スマートに
――光流の五年間の話を聞いた。
私が想像した以上に、たくさんのことを経験していた。
まず、私のことをずっと考えてくれていたこと。
連絡しようかどうか悩んでいたことを誰かに相談したり、私のためにって勉強や筋トレなどを頑張ってきたこと。
光流はその中で、私のことを考えていたらいくらでも力が湧いてきて、頑張ることができたと言っていた。
それは私も一緒だった。
光流が私にくれたものが多すぎて、今までできなかったことをできるだけたくさんチャレンジした。
勉強の他にもスポーツだってしたし、その中で好きになったのが歌だった。
光流が前を向かせてくれなかったから、絶対にそんなことチャレンジなんてしていなかった。
歌だって、ちゃんと歌っていなかっただろう。小さい声のまま、時間が過ぎるのを待っていただけかもしれなかった。
光流のパワーの源になれていて嬉しかった。
嬉しいに決まってるよ。
見えないところで光流の力になっていたんだから。
――そして、藤間しずはちゃん。
やっぱり、やっぱりそうだったんだ。
そう、思った。
光流はこんなに凄くて、優しくて、かっこいい。
だから、彼のことを好きになる人は、一人や二人じゃないと思っていた。
でも、私の光流への想いには誰も勝てるはずがないとも思っていた。
そんな中、しずはちゃんの話を聞いて、同じくらい光流への想いが強いことを理解してしまった。
それは、一週間しか光流と過ごした記憶がない私とは全く違うもの。
実際に光流と五年間も一緒に過ごしてきての強い想いだとわかった。
しずはちゃんのことを語る光流の顔、恋愛……とは少し違ったけど、どこまでも尊敬していて、話してくれた言葉通りに大切な友達なんだと私に伝わってきた。
だから、そんな女の子の告白を断った話を聞いた時、なぜか自分のことのように泣いてしまった。
強く光流のことを想っていたのは、私も同じだから。
親近感とはまた違う、同じ気持ちを持っているライバルのように思ったからかもしれない。
光流はどんなふうに告白されたかは話さなかった。
多分その内容は、しずはちゃんにとっての大切な記憶なんだ。
光流もそれをわかってて言わなかったんだと思う。
そんなしずはちゃんには私のことが伝わっているらしい。
……どう思われているのだろう。
光流は少なからず私のことを想っている。
だから、私がいなければしずはちゃんの気持ちは届いたかもしれなかった。
好きとか嫌いとか、今はそういうことはいい。
私を邪魔に思っているだろうか。
でも、光流からしずはちゃんの話を聞いて、一つ言えることがあった。
光流のことをこれだけの強い想いがあって好きになった子。
絶対良い子に決まっている。
だから、私は友達になりたいなんて思ってしまった。
邪魔者でしかない私の存在。
どんな子なのか、直接話して知ってみたかった。
なぜ光流のことを好きになったのか、どこが好きになったのか。
通じ合える部分があると思うから。
――最後に、光流の音楽のこと。
ギターを始めたのは、しずはちゃんのお父さんに誘われたかららしい。
しずはちゃんのお家は音楽一家で、光流とは家族のほとんどと顔見知りなんだそう。
少しだけ嫉妬してしまった。
でも、光流は私のために音楽を始めたと言ってくれた。
だから、その話を聞いて嬉しくて泣いてしまった。
いつか私に何かの形で見せるためなのか、何をどうやって伝えようとは決まっていたわけではないけど、ともかく私のためらしい。
私と同じ音楽をやっていたことは、奇跡の一つに感じた。
趣味や特技や部活。色々な選択肢がある中で、同じ音楽というジャンル。
何かの繋がりを感じずにはいられなかった。
そうして文化祭の話を聞いた。
一年くらい前から文化祭に向けて練習してきたとか。
いっぱい、いっぱい努力したんだろうなって思った。
だって、これまでにも勉強とかで努力してきたんだから光流ならそうしてきたってわかる。
筋肉だって凄かった。あれもずっと続けてきた努力の結晶なんだ。
本番前、リハーサルでは声が出なかったらしい。
一年間の努力が水の泡になるかもしれなかった。でも、光流の友達が支えてくれて、本番はちゃんと歌うことができて、最高のライブになったとか。
その話を聞いた時、私の胸が急に熱くなり、光流のライブを見たい、歌を聴きたいと思った。
光流が躓いた時、私も一緒に支えてあげたかった。けど、私がいなくても光流は素敵な友達に囲まれていた。
私が思う光流そのままだった。
しずはちゃんも惹かれていたように、光流には人を惹きつける何かがある。
それは見た目とかカリスマとかそういったものではない。
優しさとか本気とか努力する姿勢とか、そういったものが全部合わさって、人を惹きつけているのだろう。
光流の友達はまだ冬矢くんしか知らない。
一緒の高校に行くことができれば、光流の周りの友達もどんな人なのか知ることができるのだろうか。
友達から聞く光流がどんな人物なのか、これまでの光流にどんなエピソードがあったのかも聞いてみたい。
自分では話せないこと、恥ずかしくて言えないことだってあるはずだから。
今日、光流から話を聞いたことで、彼のことがもっともっと好きになった。
◇ ◇ ◇
ルーシーが俺の家に行きたいという願いを叶えるために、俺は家族のグループチャットにメッセージを送った。
返事が来るまでの間、食後のデザートと温かいコーヒーをいただいた。
「ねぇ、光流ってコーヒーそのまま飲めるの?」
コーヒーを飲む前、ふと、ルーシーが聞いてきた。
「うん。昔からそうだね。特に甘いものを一緒に食べる時はブラックが一番合うって思ってる」
「そうなんだ……」
ルーシーは自分のコーヒーカップの湯気を眺めながら、何か言いたげだった。
「俺の真似しなくても大丈夫だよ? 砂糖ならいくらでも入れて良いと思う。俺の友達も皆砂糖入れてるよ。入れないのは俺くらい」
「そうなの? でもそれなら尚更ブラックの方が……」
「じゃあさ、デザートを口に入れてから、コーヒーを一口飲むって順番でやってみなよ。いきなりコーヒーだと苦み感じるからさ」
俺がそうルーシーに勧めると、目の前にあるフォンダンショコラをフォークで取り、口に入れた。
……めちゃめちゃうまい。
このフォンダンショコラは固めに作られており、食感が最高だった。
一見苦みが強いスイーツではあるが、中のチョコはとろっと控えめな甘さで、添えてあったバニラアイスがそれを甘さと苦みを調和させていた。
そうして次にコーヒーを一口、喉に通す。
「あ〜、おいしっ」
これだからスイーツ×ブラックコーヒーは辞められない。
「俺と同じようにしてみなよ」
ルーシーがブラックを飲みやすいように先に実践して見せた。
「うん」
するとルーシーが自分のフォンダンショコラをフォークで取り、上品な仕草で口に入れた。
お皿や食べ物にかからないよう左手で髪を耳にかける仕草は、あまりにも色っぽくてドキッとした。
「わぁ。これ美味しいねっ」
そう言うと、次にブラックのままのコーヒーに手を伸ばす。
カップを手に取ると、これまた上品な飲み方で、口まで運んだ。
ただ、目は少し閉じていて、苦みを恐れているような表情だった。
「…………んっ」
少し艶っぽい声を発する。
「ひかるぅ……私まだ、だめみたい……っ」
少し舌を出しながら眉を寄せたその表情は、とても愛らしかった。
「徐々に慣れていくしかないね。ブラックで飲みたいなら、家でもコーヒーだけを飲むんじゃなくて、何か甘いものと一緒に飲んだら良いよ」
「うん…………」
「ほら、気にせず砂糖入れなよ」
俺は、砂糖が入ったシュガーポットをルーシーの目の前に持ってきて蓋を外す。
「光流の方が大人だぁ」
そう言いながらルーシーは角砂糖を一つコーヒーに投入し、スプーンで混ぜていく。
「見た目はルーシーの方がずっと大人だよ」
本当に今日のルーシーはメイクも服装も大人だった。
身長からしても、誰もまだ中学生だとは思わないだろう。
「中身も大人になりたいよぉ」
「俺らはまだ中学生だよ。良いじゃん子供でも。大人より子供の時間の方が短いんだから、子供の期間を楽しもうよ」
「光流はポジティブだなぁ」
「全然。俺だってネガティブな時たくさんあるんだから。でもルーシーは本当に明るくなったよね。勇務さんと話してる時に部屋に突入してきたルーシーに驚いちゃったもん」
結局、勇務さんが俺に何を伝えたかったのかよくわからないけど、
「あっ、あれはお父さんが光流を独占してるのが悪いのっ! 昨日は光流と再会できた日なのに……っ!」
「怒ってたもんね。勇務さんと仲良いんだなって思ったよ」
「仲良くなったのも光流のお陰。それまでほとんど会話も避けてたし」
「そっか……なら今は本当に家族関係が良いんだね」
「うん。今は皆が好き。家族だけじゃなくて、執事さんとかお手伝いさんとかも皆好き」
そう思えるようになって本当に良かった。
できれば、家族とは仲が良い方が言いもんな。
もうフォンダンショコラも食べ終わろうとしていた時、スマホに通知が入った。
家族からのメッセージだった。
「ルーシー、明後日なら全員大丈夫だって。夕方前にうちにきて、文化祭のDVDとか見てさ、そのあと夕食一緒に食べない」
「ほんと? なら明後日行く!」
「わかった。家族に言っておくね」
ルーシーが家に来る日程が決まり、イタリアンレストランでの食事を終えた。
「ルーシー、俺ちょっとお手洗い行ってくるね?」
「あ、うん。じゃあ次私行くね」
そう言って、俺はそそくさとトイレを済ませてすぐに戻ってきた。
次にルーシーが席から立ち上がって、トイレに向かった。
その姿が見えなくなると――、
「すいませーん!」
店員を呼ぶ。
「会計お願いできますか? あと、クロークから服もお願いします」
「かしこまりました」
冬矢からスマートに会計を済ませろと言われていたので、ルーシーがトイレに行っている間に支払いを済ませようと思った。
「……じゃあこれでお願いします」
数十秒後、伝票を持ってきた店員に記載されていた金額を渡す。
「こちらちょうどですね。お預かりします。本日はご来店ありがとうございました」
店員がお金を数えて会計が終わり、預けていた俺とルーシーのコートを受け取る。
ルーシーが戻って来る前になんとか会計を済ませることができた。
「――お待たせ」
「じゃあ、行こっか。はい、コート」
「えっ、着させてくれるの?」
ルーシーが戻ってくると俺も席から立ち上がり、彼女にコートを広げて着させようとする動きをとった。
そんな行動に驚くルーシー。
「ほら、腕通して」
「う、うんっ」
動揺していたルーシーは俺に言われるままコートに腕を通した。
マフラーの巻き方はわからなかったのでそのままルーシーに渡し、巻いている間に俺も自分のコートを羽織った。
お互いに準備ができると退店するために出口へとむかった。
「あれ、お支払いは?」
すると、ルーシーが違和感に気づき、それを口にした。
「大丈夫、もう支払済み。ほら、お店でるよっ」
「ええっ!?」
俺は混乱しているルーシーの右手を握り、レストランの出口へと向かった。
「またのご来店、お待ちしております」
店員がこちらに向かって礼をする。
俺は「美味しかったです」と感想を言って、お店を出た。
…………
「光流っ……ええと、お金っ」
お店を出て、一階へ降りる階段に差し掛かる手前、ルーシーがそう言った。
「今日は俺が誘ったんだから、俺に出させて?」
「いい、の……?」
「もちろん!」
ルーシーは眉を寄せながら、うるうるした目で俺を見上げてくる。
「ひかるぅぅぅぅっ」
「わっ」
ルーシーはその行動が嬉しかったのか、握っていた手を解いて、今日会って最初にした時のように俺の腕に絡みついてきた。
「ありがとう。嬉しい……私、こういうの初めて」
「そっか。初めてになれて俺も嬉しいよ」
冬矢に言われた通りにやってみただけだが、めちゃめちゃ効果覿面じゃないか。
彼にはルーシーはお金で手に入るものは多いだろうから、行動で喜ばせろと言われた。
あとは、ルーシーとは関係ないが、奢っても感謝を言わないやつには気をつけろとも言われた。
冬矢の知識の広さに人生何周目なんだよとも思った。
「ルーシー、帰りはどうするの?」
「お迎え呼んだら来ると思う」
スマホで時計の時間を確認すると、もう八時になるところだった。
「なら今日の待ち合わせ場所まで歩かない? ルーシーが歩くのが大丈夫なら」
「うん! 歩くの大丈夫! じゃあ原宿駅に迎えに来てくれるようにメッセージするね」
すると、ルーシーがスマホを取り出し操作をする。
「連絡完了っ」
「じゃあ、行こっか」
そうして、原宿駅まで一緒に歩こうと再びルーシーの手を取ったのだが――、
「…………」
「ルーシー?」
その場から動かず、留まっていた。
「ん…………」
ルーシーが物欲しそうな目をしながら、小さく手を左右に広げた。
ルーシーがしてほしいことはすぐにわかった。
だから俺は周囲を確認した。
レストランの中からは死角になっていて、店員やお客さんには見られる位置ではなかった。
目の前の歩道を行き交う人々は、誰もこちらを見ていない。
「ひかるぅ」
ルーシーが早くしてほしいと言わんばかりに小刻みにジャンプした。
「ルーシーは甘えたさんだね」
俺は一歩前に近づき、ルーシーを優しく抱き締めた。
「ん〜ん〜っ」
ルーシーが俺の胸に顔を埋めて、匂いを嗅ぐようにして顔を押し付ける。
俺の背中に手を回した手はぎゅっとコートの裾を掴んで離さなかった。
一分、いや二分……。
もしかするとそれ以上かもしれない時間、俺たちはその場で抱き締め合っていた。
「――名残惜しいけど、行こっか」
「うん……」
時間が遅くなってルーシーの家族に怒られでもしたら怖い。
ちゃんと車まで送り届けよう。
お店の階段を降りると、現実世界に戻されたように人の波に触れた。
でも、今日は最後までもう離さない。
俺は無言でルーシーの手を握り、そして再び、コートのポケットに入れた。
「これ……やっぱり好き……」
俺のコートのポケットに二人の手が重なった状態で入っている。
少しギュウギュウではあるが、ルーシーにとっては嬉しいことだったようだ。
「ふふ……じゃあ、歩こう」
「うん」
十二月二十五日。クリスマスも、もうすぐ終わりだ。
少しトラブルもあったけど、ルーシーのことをより大切に思えるようになった。
時間の問題で彼女の話は聞けなかったけど、俺のことは少し知ってもらえた。
まだ話していないことも、話せる日に話していきたい。
明後日はルーシーを家に招待する日。
皆、会いたがっていた。
どんな反応をするのか楽しみだ。
――歩きながら、ふと、空を見上げる。
白い雪のカーテンが街灯に照らされ、真っ暗な夜に光を差してくれる。
隣にいるルーシーは、街灯にも雪にも負けないくらい、俺にとっては光に見えた。
ポケットの中の手はルーシーとの繋がりを感じる。
途中、ルーシーが手をモゾモゾさせると、指が絡み合い手遊びが始まる。
ただ、歩いているだけなのにそれだけで楽しかった。
まだ、ルーシーと再会してから二日目なのに、忘れられないような日が続いている。
一つ一つの小さな幸せとルーシーとの大切な時間に感謝しながら、二人で駅へと歩いていった。
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