145話 運命のイタズラ
ピピピとセットした目覚まし時計のアラーム音が部屋に鳴り響く。
その音で少しずつ覚醒を促され、細く開けた目でベッドから天井を見上げる。
頭の近くにある目覚まし時計を探して上部についてあるボタンを押しアラームを止める。
カーテンの隙間から漏れてきているのは朝の光。
チュンチュンと冬でも聞こえる雀の鳴き声が心地よく耳に入った。
俺はベッドに寝たまま、片手でカーテンに手を伸ばす。
そうして少しだけカーテンを開くと――、
「――雪だ……」
まだベッドに寝ている状態でもはっきりとわかる。
明るい空から大きな粒の雪が無数に降ってきていた。
俺は目を擦り瞼を大きく開けると、上体を起こす。
そうして窓に顔を近づけると、家の前の道路や近所の家の屋根に車、空中に並ぶ電線までもが全て真っ白になっていた。
「ホワイトクリスマスだ……」
十二月二十四日、クリスマスイブ。
ルーシーと再会できる特別な日。
そんな日に雪が降るなんて、それだけで神秘的で幻想的だと思った。
ただ、予報では気温は昨日よりもガクンと低くなり、寒さに拍車がかかっていると思われた。
こんな中、ずっと外に出ている人がいるなら体の底から凍えてしまうだろう。
思いの外、昨日はよく眠れたようだった。
体もスッキリしている。
俺は再びベッドへと寝転がり、肩足を上げて体をひねる。
ベッドの上で軽くストレッチをして、体を伸ばす。
ふと、机の上に視線を向ける。
そこにはクリスマスプレゼントとして渡す予定の封筒――そして白いヘッドホンが置かれていた。
それを見るとやっと頭が冴えてくる。
ベッドから起き上がり、部屋を出て一階へと向かった。
…………
起きてからは、一階で朝食と昼食を兼用して食べた。
その後、約束の時間まで勉強を集中的にやったのだが、全くもって手につかなかった。
自分の部屋にある時計ばかりに目が行き、まだかまだかと秒針を追うばかりだった。
昨日寝る間際には落ち着いたと思われた心臓の鼓動もバクバクと復活していた。
「あ〜〜〜っ!」
逸る気持ちに、叫んでしまった。
気分転換にジョギングでもしようかと考えたのだが、雪道を走るのはなかなかの無謀。
平坦な道でないと足を怪我するかもしれないし、滑って転ぶかもしれない。
この大事な約束の前にリスクはとれなかった。
そんな中、コンコンと部屋のドアからノックの音が聞こえた。
姉ならほとんどノックはしない、ならそこにいるのは――、
「――光流? ちょっといいかしら?」
母の声だった。
俺は返事をして、母を部屋の中に招き入れた。
「母さん、どうかしたの?」
俺がそう言うと母がテーブルの前に座り、小さな白い封筒を取り出す。
その封筒は、俺がクリスマスプレゼントとして渡す予定の封筒よりもずっと小さくて――、
「これ、なに……?」
「開けてみなさい」
質問に答えてもらえず、俺は言われるままに封筒を受け取り、その中身を取り出す。
「あれ、これって……」
「今日は大事な日でしょう? だから光流のために」
――お守りだった。
「……ありがとう」
母の気遣いが嬉しい。俺のことを想ってしてくれる行動が嬉しい。
「少し前にね、お父さんと一緒に神社に行ってきたのよ。そこで買っておいたの」
「そうだったんだ」
母も父も俺に事故が起きてからというもの、とても過保護になっていた。
五年経過した今となっては、その過保護も鳴りを潜めているが、俺に対する心配は変わっていない。
『交通安全』と書かれたそのお守りは、緑色の布に包まれていた。
「ほら、もうそろそろでしょ。早めに行ったほうが良いんじゃない?」
「――あ、そうだね。ありがとう」
結局、一人で色々集中できない時間が続いたものの、既に時計の針は十六時を指していた。
家からはそれほど遠くはない距離に公園があるので、もう少し遅くに行っても良かったのだが、母の言う通り早めに行っても遅れるよりはマシだと思った。
ただ、この判断が光流をトラブルに巻き込むことになるとは、この時はまだ知らずに――。
母が部屋を出ていってから、鏡で自分の姿を確認する。
髪型を確認し、クローゼットに手をかける。
今日はぐっと冷えた気温らしいので温かいダウンジャケットを着ることにした。
そして、母からもらったお守りをダウンジャケットの内ポケットに入れ、スマホとプレゼントである封筒もポケットに。――最後に白いヘッドホンを首にかける。
――うん、完璧だ。
これ以上、やれることはない。
俺は部屋を出て一階へ降りた。
…………
「――光流」
玄関で靴を履いていると後ろから声がかかる。
するとそこに姉が佇んでいた。
「姉ちゃん、どうしたの?」
俺は靴を履いてから立ち上がり、姉の方へと振り返った。
「はい――」
すると姉が俺に近づく、ぎゅっと抱擁をする。
ダウンジャケット越しに少しだけ姉の体温を感じた。
「姉ちゃん……」
しばらくすると姉が抱擁を解く。
すると、その後ろに母もやってきていた。
「光流、気をつけてね」
「うん!」
母の言葉に俺は元気に返した。
「じゃあ、行ってきなさい!」
「うんっ、行ってきます!」
続く姉の言葉にも同じく元気に返事をした。
姉は特に俺に何かを伝えたわけではなかったが、これも母と同じで俺を心配してのことだろう。
ただ、姉の抱擁には"頑張れ"という気持ちが乗っていた気がした。
「ワンっ!」
黒豆柴のノワちゃんも俺を見送ってくれるようだった。
「ノワちゃんも……行ってくるね!」
最後にそう挨拶をして、俺は二人――もとい二人と一匹に見送られながら玄関を出た。
「――光流……行くのか」
玄関を出てすぐ横。
車が置いてある場所に白い息を吐きながらスコップを持つ父がいた。
その父はというと玄関前の雪かきと車の雪を落としていた。
「うん。今から行ってくるね」
俺がそう言うと父がこちらに近づいてくる。
「俺はお前の息子だ。そして――お前の一部を持っているルーシーさんのことも同じように思っている」
初めて聞いた言葉だった。
父も五年前の病室以来、ルーシーとはずっと会っていないはずなのに、俺の臓器がルーシーの中にあるということだけで、本気でそう思っている。
「多分、母さんも灯莉も同じ気持ちだ」
父がそうなら、母も姉も……それはわかる気がする。
俺の家族は皆優しいから。
「大事に、大切にしてあげなさい。光流には余計なことかもしれないけどな」
俺の肩に手を乗せて、そう伝える父。
「ううん、そんなことないよ。でも、ありがとう……」
父も俺の気持ちをちゃんとわかっている。
俺の気持ちを理解しながらも、そう言ってくれた。
「なら、無事に行って、帰ってきなさい」
「わかった」
俺は父に背を向けて、歩き出す。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
その背中に向けて、父が呼びかける。
俺はそのまま手を上に上げて公園への道のりを進んで行った。
◇ ◇ ◇
四時二十分。
目的の時間まで、まだ四十分もあった。
普通に歩けば、五時前には十分に間に合う時間だった。
「ルーシー……もうすぐだよ……」
そうルーシーのことを想いながらいつもの交差点へと差し掛かる。
すると目の前に見えたのは横断歩道をゆっくりと一人で歩く老婆。
高級そうなコートを着て防寒用なのか暖かそうな帽子も被っていた。
腰が悪いのか少し姿勢が悪い。片手には小さなカバンを持ってはいたものの、杖などは持ってはいなかった。
雪のせいなのか歩くスピードが遅く、少し気になりはしたが信号が青に変わったばかりだったので、十分に向かいの歩道まで辿り着くと思われた。
俺もこれから渡ろうと、横断歩道に一歩足を踏み入れた。
――そんな時だった。
右側からキュルキュルと歪な音をさせた何かが近づいてきた。
俺はその音を確かめる為に顔を右へと向けた。
すると、すぐに歪な音の正体が判明する。
――トラックだった。
その瞬間、視界がスローモーションになったような感覚になり、自分の時がゆっくりと進んだ。
そして、五年前の事故がフラッシュバックする。
ルーシーと一緒にいたリムジンの中。抱き締め合っている時に窓から見えたのは、大きなトラックがこちらに近づいてくる光景だった。
次の瞬間には、俺もルーシーも車外に吹き飛ばされ、気付いた時には体中が激しく痛み、意識も朦朧としていて――。
ドクンと心臓の鼓動が跳ね上がる。
右前方に見えるトラック。
そのスピードはそれほど早くはないが、タイヤが回っていないことからもブレーキを踏んでいることが見てとれた。
歪な音の正体は、ブレーキを効かせているにもかかわらず、雪に滑って止まらないタイヤの音だったのだ。
そのトラックは右車線にいた。
そして、その車線上の横断歩道にいたのが、先ほどの老婆だった。
老婆は右からトラックが来ていることに気づいていない。
さらに、どうしてかその老婆の足は先ほどとは違い、全く動いていなかった。
ここに来て腰の痛みが悪化して、動けなくなったのかも知れないと少ない時間の中でそう感じた。
さらにドクンと心臓の鼓動が跳ね上がると――、
俺はいつの間にか走っていた。
「――おばあちゃんっ!!!」
老婆に向かって叫びながら、俺は必死に走った。
止まらないまま横断歩道に侵入してきそうになるトラック。
未だに俺の視界はスローモーションのまま、ゆっくりと時が進んでいく。
死ぬ直前によくある現象だと思った。
しかし、それにはあるものが欠けていた。
五年前の事故はフラッシュバックしたが、その他の走馬灯は全く見えなかったのだ。
俺にはたくさんの大切な思い出がある。しかしそれが思い出されなかった。なら、死ぬのは今じゃない。それに――絶対に死ぬわけにはいかない。
視界に見えるのは老婆の背中だけ。
両足を交互に前へと出し、走りづらい雪道を踏みつけて必死に横断歩道を進んだ。
「――ごめんっ!!」
「――――あぁっ!?」
俺は老婆を抱き抱えると、その老婆が驚いて悲鳴のような声を上げる。
――トラックがもう目の前に迫っていた。
「――――っ」
俺は歯を食いしばりながら、老婆を抱えて最後まで諦めずに前へ前へと進んだ。
筋トレの成果を全て出し切るように、緊張状態の中、火事場の馬鹿力を発揮する。
――ルーシーっ!!
心の中で、世界で一番大切な相手の名前を叫び、最後の力を借りる。
「――――んあぁぁっ!!」
俺は老婆を抱きかかえたまま、ジャンプするように前へと飛んだ。
空中で回転する二人の体。
その老婆を守るように体をひねり、自分が下敷きに――クッションになるようにした。
「く――――っ」
「――きゃあ!?」
右腕側から雪の地面に激突。俺は息を押し殺したような悲鳴を上げる。
同時にその衝撃を受けた老婆も甲高い悲鳴を上げた。
キュルルルという音を出しながら迫るトラック。
そのトラックが直前で急ハンドルを切る。
そして――――、
――俺と老婆の数センチ横、ギリギリを通り過ぎていった。
「――――」
横断歩道を突き抜けていったトラックが、数秒後に交差点の中央で停止した。
「――はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
俺の視界がスローモーションから元通りに時が進んでいく。
流石にやばかった。
本当に死ぬかと思った。
横断歩道の信号が赤に変わる。
しかし、俺たちがまだ横断歩道の中央辺りに座り込んでいたので、周囲の車が停止したままだった。
「――おい、君たち! 大丈夫かっ!?」
すると、歩道から現場を見ていた通行人数名がこちらに近づいてきた。
「――――っ」
心臓がバクバクしていて、まだうまく喋れなかった。
頭に血がのぼり、体が熱くなっている。
老婆も何が起きたのか良くわかっていないような表情をしていた。
「とりあえず、歩道まで移動するぞっ」
通行人の男性の一人がそう声をかけると、数人で俺と老婆の肩を持って立ち上がらせてくれた。
「あいたたたた……」
すると、老婆が腰を押さえながら声を漏らす。
やっぱり腰が悪かったみたいだ。
その後、俺たちは通行人の介助のもと、歩道まで移動することができた。
…………
「――すみませんっ! 大丈夫でしたかっ!?」
走ってこちらまでやって来たのは、トラックの運転手だった。
乗っていたトラックは交差点の中央から既に路肩へと移動させてある。
俺たちが歩道に移動したので、一時停止していた車も動き出しいつも通りに車が行き交っていた。
今、俺たちは並木道に設置されてあったベンチまで移動している。
ちょうど上に背の高い木があるお陰で、雪が少しだけかからない。ただ、枯れ木であり葉っぱは一枚もないので、雪が降ってこないわけではなかった。
「はい……なんとか大丈夫でした」
少し時間を置くと俺も喋れるようになっていた。
ただ実際、右腕が少し痛みズボンも擦り切れていたが、俺はそれを気取られないように我慢していた。
「私も……大丈夫よ」
一方の老婆も落ち着いて喋れるようになっていた。
運転手からの話を聞くと、やはりブレーキを踏んだが雪で滑って止まれなかったとのことだった。
ギリギリでハンドルを切ったことで、事故は避けられたという話だ。
「おばあちゃん、立ち上がれないの?」
俺は老婆にそう聞いた。
「本当にありがとうねぇ……しばらく腰が悪くてね……」
そう語る老婆はとても優しそうな人だった。
喋れるようになってからは、もう何度も俺にお礼を言ってくれていた。
「そうですか……でも、良かったです……」
もし、俺がここにいなかったら……今頃この老婆は……。
トラブルに巻き込まれはしたが、人を助けたと思えば、良かったとも思える。
そういえば、母さんからお守りもらってたな……。
このお陰で、もしかしたら間一髪助かったのかもしれない。
ダウンジャケットの内ポケットに手を入れて、お守りの布地を指で感じる。心の中で母に感謝した。
「とりあえず私の名刺はお渡ししておきます」
するとトラック運転手が、名刺を俺と老婆に渡してくる。
かなり律儀な人のように思えた。
「何か請求するつもりはないわよ?」
「俺も同じです」
すると老婆がもらった名刺を返しながらそう言った。
俺は少し怪我はしたが、大きな事故になったわけではない。これ以上何かを求めるのも違う気がする。俺も老婆と同意見だった。
「――そうですか……本当に申し訳ありませんでした」
すると申し訳無さそうにトラック運転手が深く頭を下げた。
その後、老婆の厚意でトラック運転手は、自分の仕事へと戻っていった。
俺と老婆を助けてくれた通行人たちも今は既にこの場にはいない。
皆それぞれの用事があるのだ。善意だけでここにずっと留まる理由もないだろう。
この場に老婆以外で残ったのは俺一人。
「あなたも良いわよ。私は一人で大丈夫だから……」
「いや……でも……っ」
動けない老人を一人でこんな場所に置いていくなんてできるわけがなかった。
「あなたも用事があったんじゃないかしら?」
「――――ぁ」
老婆に言われてやっと気付いた。
俺には大切な、大切な約束があったことを――。
スマホを取り出し、時間を確認する。
「うそ、だろ…………」
スマホに表示されていた時間。
それは――、
「――――五時、五分……」
ルーシーとの約束の時間を五分も過ぎていた。
「――――っ」
俺の頭が焦りと混乱で支配される。
「ほら、その顔。やっぱり何かあるんでしょう?」
「い、いや…………」
俺は無理に強がった。
しかし、表情は全く隠しきれていなかった。
「と、とりあえず、おばあちゃんの家族とか呼びましょう!」
「本当にごめんなさいねぇ……」
老婆が自分のスマホの連絡先から電話をして欲しい人の名前をタップ。俺は老婆に代わってその親族に電話をかけた。
老婆の状態からも、うまく今回のことを説明できるとは思えなかったので、俺が代わりに電話をかけることにしたのだ。
『――――お母さん!? 今どこにいるのよっ。勝手に一人で出ていって!』
電話が繋がった瞬間、老婆の娘だと思われる人物が、心配したような声音でそう言い放った。
「あ、あのっ! すみませんっ!」
『――え? あなた……誰?』
俺が声を出すと、スマホを持つ本人ではないことに驚いた娘が、何者なのか聞いてくる。
「あのですね――――」
俺は先ほどまでの経緯を話した。
すると、話を聞いた娘が『今からすぐに行きます!』と言ったので、電話を終えた。
二十分ほどで到着するとのことだった。
「何から何までごめんなさいねぇ……」
「いいえ……大丈夫です」
俺がスマホを返すと申し訳無さそうにする老婆。
そこまで言われるとこちらも申し訳なってくる。
スマホの時計を確認すると五時十三分になっていた。
「――――あっ」
そこで、老婆の娘に電話をしたことで思いついた。
俺はスマホで当該の人物を連絡先の中から探し、通話ボタンを押して電話をかけた。
『――どうした? お前、この時間はもう……』
「冬矢っ! 本当にごめんっ! 助けて欲しい! 予定があったんだろうけど……っ! できれば今から送る住所に来てほしい!」
――俺が電話した相手は冬矢だった。
冬矢は今日、予定があると言っていた。
それをわかっていて、彼に電話をかけた。
けど、こんな時に頼れる相手は彼しか思いつかなかった。
『はぁっ!? お前何してんだよ! クソっ……しゃーねえ!』
「本当にっ、本当にごめんっ!! ここだからっ」
俺は電話した状態で現在地の住所とマップ情報をメッセージで送った。
『――ここなら十分くらいで行けそうだ。……待っとけ!』
「ありがとうっ……ありがとうっ……!」
そうして、冬矢とのやりとりを終えて電話を切った。
――俺は最悪の親友なのかもしれない。
自分の願いを優先して、親友の予定を潰す……。
やはり、頼るべきではなかったのではないだろうか。
電話をかけたあとに、罪悪感に苛まれる。
「――――っ」
スマホをポケットに仕舞うと、そのまま握り拳をポケットの中で作りぎゅっと力を込めた。
ルーシーの連絡先を知らないので、トラブルがあって遅れるということさえも伝えることができなかった。
ルーシー…………ごめん……っ。
どこへも動けない中、ただただ心の中でルーシーに謝る。
老婆を助けたものの、一番大切にしなければいけない約束の時間に間に合わず、今もその場所に向かうことができないでいる。
ルーシーのことが大事だ――これ以上ないくらい大切だ。
寒い中、公園で待ってるよね。一人で待ってるよね。
五年ぶりに会えるっていうのに、俺は本当になんてことを――。
ルーシーと老婆を天秤にかけた時、俺は老婆の傍にいることを選んでしまった。
これが良い選択だったのか、悪い選択だったのか、わからない。
でも、でも……
この老婆を一人でここに残すことなんてできなかった。
俺の心がどうしても許さなかった……。
クソっ……クソっ……。
老婆の傍にいることを選び、ルーシーとの約束の時間に遅れ、予定があるはずの冬矢まで巻き込んで――。
老婆が悪いわけではない。ただ、全てにおいて自分が嫌になりそうだった。
――絶え間なく空から雪が降り積もる。
少し前までこの雪は、俺とルーシーの特別な日を祝福してくれる紙吹雪のように思っていた。
でも、今はとてもそうとは思えず――。
これは神様の――運命のイタズラなのだろうか。
俺とルーシーを会わせないように、邪魔しているのだろうか。
ルーシーが元気になって、顔の病気も治って、歌の才能も見せ始めて。
俺だって、大切な友達がたくさんできて、勉強も音楽もできるようになって――。
今思えば、良いことが立て続けに起き過ぎていたのかもしれない。
だから、もうここで幸せは打ち止めということだろうか。
五年だ――五年も会えていない。
色々なことを乗り越えてきて、やっと奇跡的な機会が巡ってきたというのに。
なんで、ここで……。
神様……お願いだから、俺とルーシーを会わせてください。
もう、これ以上ルーシーを待たせるようなこと、しないでください。
会いたい、会いたいよ……。
ルーシー……ルー、シー……。
――――本当に、本当に……ごめん。
時間だけが無常に過ぎていく中、俺は泣きそうになるのをグッと我慢しながら、心の中でルーシーに謝り続けることしかできなかった。
―▽―▽―▽―
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよければ『小説トップの★評価・ブックマーク登録・♡のいいね』などで応援をしていただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます