143話 閃き

 クリスマスイブまであと二週間となった現在。


 ルーシーとの再会が楽しみすぎて心躍らせる日々が続いていたが、それと同時に悩みがあった。



「――クリスマスプレゼント、全然思いつかない……」



 今まで五年間もルーシーを想ってきたなら、彼女が欲しいと思われるベストなプレゼントを考えつくに決まってる、とも思っていたのだが全く思いつかなかった。


 前回は誕生日プレゼントとしてバングルはプレゼントしたが、その時もルーシーが欲しがっているかどうかはわからなかった。

 重いと思われても良いからとアクセサリーを選びはしたが、ルーシーの情報がなさすぎて、何がほしいのか理解できていないことには変わらなかった。



「ってことで、今日はアイディア出しお願いします」

「任しときなっ」



 俺は今、冬矢と二人でカフェにいた。

 学校終わりにその足で寄ったのだ。



「――悩み多き少年よ。そんな君にはこのスペシャルブレンドがお勧めよ」


 開いていたメニューを指差しながら変な言葉遣いで話しかけてきたのは、そのカフェの店員――もとい姉の灯莉だ。

 今現在、このカフェには俺と冬矢しかいないからか、そんな言葉遣いをしていると思われた。ただ、知り合いがお客さんとして来ていても、他にお客さんがいる場合は丁寧な話し方をしたほうが店員としては好感が持てるだろう。姉もそこら辺はわかっているはずだ。


 ここは以前も来たことがある姉のバイト先である『FOREST BEANS COFFEE』。

 コーヒーと美味しいデザートが特徴的な物静かなカフェ。

 マスターの小山内さんもカウンターの中にいる。


 二人で話すなら静かなところが良いと思って俺が提案したのがこのお店だった。


「灯莉さん、エプロン姿似合ってます!」

「お客様、店員を口説くのはご法度ですよ」


 冬矢が姉のエプロン姿を褒めるも軽く流される。

 姉は私服なのだがその上にこのカフェの制服でもあるエプロンを着ている。

 このエプロンをしているだけで、グッとカフェ店員というイメージが増していた。


「――じゃあ、そのスペシャルブレンドでお願いします」

「俺もそれでっ」

「かしこまりました〜」


 結局姉に勧められたコーヒーを注文し、運ばれてくるまで待つことになった。



「なんかここ落ち着くな〜」



 冬矢が店内を見回しながら呟いた。


 俺がこのお店に来たのはもう半年以上前になる。

 古民家カフェのような古い造りに店内に流れるジャズのBGM。森の中にいるような雰囲気がとても居心地が良い。


「だよね。俺も同じ」



 しばらくすると、俺と冬矢にコーヒーが運ばれてきたを


「――こちら、スペシャルブレンドです」


 姉が丁寧に湯気が立ったカップとソーサーを目の前に置く。

 テーブルの端にあった筒に伝票を差し込むと、ウインクをしたあと「ごゆっくり」と言って姉は奥へと戻って行った。


 冬矢が横にある器から一欠片の角砂糖をとり、コーヒーに投入しスプーンで混ぜる。

 俺はその間にブラックのままコーヒーを一口、喉に通した。


「あ〜〜〜」


 ふと思ったが、コーヒーの最初の一杯は露天風呂に入った感覚に近いような気がする。

「あ〜〜」という声を出すことも同じだ。


 ――いや、やっぱり違うか。

 一人で勝手に突っ込んで脳内でのコントを終わらせる。


 冬矢も角砂糖を入れて甘くなったコーヒーを口に運んだ。

 俺と同じように声を漏らして一休みする。



「――じゃ、クリスマスプレゼントの話か」

「うん」



 冒頭でも話したように、今日はルーシーと再会した時に渡すためのクリスマスプレゼントの話。

 何が良いかわからないので、冬矢にアドバイスをもらおうと思ってのことだった。


「お前がルーシーちゃんの情報ほとんどないのが難しいところだよな」

「そうなんだよね。何もらったら嬉しいのか全然わからない」


 これからルーシーのことを知ってはいきたいが、今知り得ている情報はとても少ない。

 けど、できれば喜ばれるプレゼントを贈りたい。


「でも、ヒントは多少はある」

「手紙、だよね……」


 手紙で判明したこと――それは、ルーシーが歌を好きなこととメイクを始めたということだった。

 

「といっても、歌関連で渡せるプレゼントってのは俺も全く思い浮かばない」

「だよね」

「となればメイク……化粧品とかだな。ただ――」


 化粧品に関してはプレゼントとしてどうなのかという気持ちが少しだけある。


「――五年ぶりに再会するって時には違うと思うんだよな」

「俺もそう思っちゃう」


 冬矢と同意見だった。

 これが、何度もこれまで会ってきた相手ならトレンドのものを渡しても良いとは思うのだが、今回はそうではない。

 五年振りの再会。だから特別なプレゼントにしたかった。


「お前とルーシーちゃんはどちらも会いたいから今回会うってことになってるだろ?」

「そうだと、思う」


 クリスマスイブに会うという誘いはルーシーからだった。

 俺はずっと会いたい気持ちがあった。ならルーシーもずっとそう思ってくれていたかもしれない。


「なら逆に、お前なら何が欲しいか考えてみたらどうだ?」

「俺なら?」

「あぁ、お互いに同じ気持ちなら、欲しいものも案外同じかもしれないぞ」

「冬矢はさすがだね。色んなこと知ってる」

「たまたまな」


 ルーシーが欲しいものではなくて、俺が欲しいものか……。


 俺は多分、物が欲しいわけじゃないと思う。ただ、ルーシーと会ってたくさん話がしたいだけ。

 でも他にあるとすれば、あの時の俺たちは車内でしか会っていなかった。

 だから次はルーシーとどこかに出掛けてみたい。そして色々なことをしてみたい――、



「――――ぁ」



 ルーシーが行きたい場所、ルーシーがしたいこと。

 なら――、




「――――ねえ冬矢! 俺を自由に呼び出して使える券とかどうかなっ!!」




 俺は自分の閃きを自信を込めて冬矢に言い放った。



「――――」



 すると――、




「――だーっはっはっは!! お前っ……ぶふっ……笑わせんなっ……笑い死ぬ……っ!」

「バカ大声出すなって……っ。俺たちしかいないからって……ほら姉ちゃんも睨んでるっ!」



 俺が閃いたプレゼントの内容を冬矢に話した結果、腹を抑えて大爆笑された。

 その笑い声があまりにも大きかったので、俺は声を抑えるように冬矢に語りかける。


 そして、思った通り姉がこちらを睨んできていて、静かにしろと訴えてきていた。

 俺は片手でゴメンとポーズを取り謝った。



「だってよぉ。お前がおかしいこと言い出すから。あーさいこ〜っ」


 冬矢が涙目になりながら必死に笑いを堪える。

 ……なんかムカついてきた。


「結構真面目だったんだけど!?」

「ちょっとそれだけじゃわかんないから、ちゃんと説明してくれよ」


 それはそうか。まだ何も説明していないうちに言ったからな。



「……ルーシーとは車内でしか会ってなかったから、俺だったらルーシーと他の場所にも一緒に遊びに出掛けてみたいなって思って。だからルーシーが行きたい場所もそうだし、俺にしてほしいことを自由にお願いできるものが良いと思ったんだ」

「あ〜、そういうことか。それにしても自由にできる券って……"私がプレゼントです"ってか。それ男が言ってるの聞いたことないぞ」



 冷静に考えればちょっと変態っぽいプレゼントかもしれない。

 もし、ルーシーが自分の体にリボンを巻いて「私がプレゼントっ!」って言ってきたら?

 鼻血を噴射して倒れてしまうかもしれない……。



「――でも、良いんじゃないか? お前がそれもらったら嬉しいんだろ?」

「うん。行きたい所行けるし、やりたいことできるし……」


 先ほどまで大笑いしていた冬矢だが、プレゼントには同意してくれた。

 それでも先ほど冬矢があれだけ笑ったことについては、今でも少しムカついている。


「ならそうしな」

「冬矢が言うなら……」


 結局、『俺を自由に呼び出して使える券』で本当に決まってしまった……。


 プレゼントとしてこれが本当に合ってるのかはわからないけど、俺はルーシーからプレゼントされたら嬉しいものだ。


「あ……でも期限決めないと永遠に有効になっちゃうよね」

「別に永遠でも良いだろ」

「特別感薄れちゃうじゃん」

「それもそうか」


 永遠にしたら、もうそれはクリスマスに渡したという意味もなくなる。

 一年経てばまたクリスマスがやってくるんだし。


「ルーシーちゃんは五年振りにこっち帰ってくるんだろ? なら家族とかにも時間使うだろ。さすがに正月まではいるんじゃないか?」

「どうなんだろう。あっちの学校も冬休みならそうかもしれない」

「なら正月までにしとけば、とりあえずクリスマスイブから一週間くらいは有効だろ」

「そうだね。そうするよ」


 そして冬矢と相談の結果、俺が渡すクリスマスプレゼントは『正月まで俺を自由に呼び出して使える券』になった。

 家に帰ったら封筒と紙を用意して、このチケットを作ろう。


 このあと俺は冬矢にお礼を言い、今日のカフェ代は奢ることにした。




 ◇ ◇ ◇

 



 ――クリスマスイブまで、あと二日となった。



 あっという間に二週間ほどが過ぎていった。


 約束の日が近づく度に、俺はソワソワして落ち着きがなくなっていた。

 ルーシーの手紙の返事を待っていた時や文化祭のライブ前にも似たような症状に陥っていたが、今回はあの時のものとは種類が違った。


 ルーシーに会えるという待ち遠しさ――嬉しさが俺の体を異常なまでにおかしくさせていた。



「光流、貧乏揺すり……」

「あ、わるい」



 授業中や休み時間でも俺の貧乏揺すりが発動してしまい前の席の千彩都に注意される。

 ちなみに現在は授業の合間の休み時間だ。



「もう、いつまでそんな状態なの?」

「……二学期が終わるまで?」

「すぐじゃんっ」



 すぐなのだ。

 クリスマスイブである二十四日は土曜日。そのまま冬休みに突入する予定だ。

 なので明日の二十三日が終業式となる。



「って言っても、先週くらいから始まったそれにずっと耐えてきたから今更なんだけど……」

「それはほんとごめん」

「あと、察しの悪い私でも大体の理由はわかるんだから」



 千彩都にはヘッドホンのことがあってからルーシーのことをある程度は話した。

 だから、俺がこうなっていることには多少なり察しはつくようになっていた。



「今年はクリスマスパーティーやらないみたいじゃない」

「よく知ってるね」

「そりゃ耳には入ってくるから」



 去年のクリスマスは冬矢の家でクリスマスパーティーをした。

 こういうイベントごとがある日は、千彩都と開渡は二人で過ごすことが多いので参加はしなかったが開催されたということは知っていたようだ。


 そして今年はそれがない。

 千彩都は俺と冬矢の仲の良さを十分に理解している。

 つまり、そこから導き出される答えは、俺もしくは冬矢どちらかが都合が合わないから開催されない、ということになる。



「――会うんだ?」



 誰に、とは言わないが、千彩都の言い方からして、それに当てはまる人物は一人しかいない。



「……うん」

「ついに時が進むのね」



 千彩都らしくないちょっとクサいセリフだ。



「そうだと良いな」

「まっ、私はどちらかと言えばしーちゃんの味方だけど、光流の恋を邪魔したいわけじゃない」


 そう言いながら他のクラスメイトと会話しているしずはを見やる千彩都。


「頑張りなよ」

「ありがとう」


 千彩都から今まで聞くことはなかった応援の言葉を贈られた。


 俺と出会うより前から千彩都としずはは友達だった。

 けど、千彩都は俺と出会ってからは、ずっとルーシーを想っていたことも知っている。


 だから俺の気持ちも少なからず理解はしているのだろう。



 最近は体から変な汗が出ることが多い。

 緊張のしすぎで、当日に風邪になることだけは避けたい。緊張で風邪を引くなんて聞いたことはないけど、体調の変化には影響しそうではある。



 外はもう寒さで息を吐くと白い息が出る。

 天気予報ではクリスマスイブの日に雪が降るそうだ。つまり東京では初雪ということになる。


 もし本当に雪が降ることがあれば、どこか神秘的に思う。


 俺とルーシーが出会った時は雨。

 そして、再会する時には雪。


 もしかすると、俺たち二人に特別な出来事がある時には、それを祝福するかのように空から何かが降ってくるのかもしれない。




 ――そうして、十二月二十三日。



 ルーシーとの約束の日、その前日を迎える。







 ―▽―▽―▽―


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