142話 三者面談と学年順位

 冬の冷たい空気をひしひしと感じ始める季節。

 学校にマフラーをつけて登校してくる女子生徒もちらほら見かけるようになった。


 十二月に突入し今日はついに三者面談の日。

 学年順位が記載された紙が先生から渡される日でもあった。



「――次、九藤さんどうぞ」



 教室外の廊下に並ぶ数席の椅子に座っていた俺と母。

 担任の牛窪先生に呼ばれ、俺たちは教室の中へと入った。


 机を三台合わせた席が用意されており、俺と母は先生の向かい側に座る。



「――とりあえず、二学期お疲れ様」

「ありがとうございます」


 二学期が終わるまであと数週間残されてはいるが、三者面談というある種の節目のイベントでもあるので先生はそう声をかけてくれたと感じた。


「残り一学期を残して卒業となるが、今までの学校生活はどうだった?」


 成績に関しての話題になる前に、ジャブとして質問を投げかける先生。


「そうですね。すごい濃かったと思います。でも今思えば一瞬だったなとも思います」


 今まで数え切れないほどのイベント・出来事――そして出会いがあった。

 その全てとは言わないが、自分を成長させてくれたものが多かったと思う。


「そうか。俺も九藤の担任になるまでは正直そこまで印象に残るような生徒ではなかったが、三年生で初めて担任になって、九藤の凄さを感じたよ」


 ムキムキムチムチの腕を机の上に置き、俺についての記憶を思い出すように先生が語る。


「特に文化祭は凄かったな。俺は音楽のライブには行ったことがないんだが、ああいうのに熱狂する人の気持ちが少しわかった気がするよ」

「まさかあそこまで盛り上がるとは思いませんでしたけどね」


 先生が「はは、そうだよな」と白い歯を見せながら俺の意見に同意する。


「成績の方では元々目立ってはいたがな。別の方面でも目立ち始めるとは思いもしなかったよ」

「それは僕自身そう思っています」


 人生、いつ何が起きるのかわからない。

 それを体現したような中学校生活の終盤だった。


「――年が明けたら、志望校へ願書を出すことになる。九藤は秋皇学園だったな。意思は変わっていないか?」

「はい、変わっていません」


 これは前回の三者面談よりさらに前、一年前に冬矢に誘われた時から変わっていない。


「そうか。今のままなら問題なく送り出せる。このまま受験勉強頑張ってくれ」

「はい!」


 先生にお墨付きをもらった。



「――じゃあ学年順位の紙を渡そう」



 そうして、先生がファイルから俺の学年順位が記載されている紙を取り出す。


 俺はそれを受け取り、目を通した。

 今回のテストでの五教科の点数と平均点、教科ごとの学年順位、そして五教科総合しての順位が記載されていた。


 俺の五教科それぞれの点数と教科ごとの学年順位はこうだ。



 国語:100点 学年順位:1位

 数学: 93点 学年順位:5位

 英語: 96点 学年順位:4位

 理科: 98点 学年順位:2位

 社会:100点 学年順位:1位



 そして、五教科合計となる学年順位。



 五教科合計:487点 学年順位:3位



「――――っ」



 三位だった。前回のテストから一位上がったが、一位はとれなかった。

 数学の点数の低さが響いたらしい。



「――惜しかったな。他の生徒の具体的な点数を話すことはできないが、本当に僅差だったぞ」


 先生がねぎらいの言葉をくれる。

 僅差か……得点差があるならまだしも僅差で負けるというのは結構悔しい。


 記憶系の教科は得意だが、数学でよくあるような応用問題はどちらかと言えば不得意。

 勉強はしたが答えがわからない部分も出てきてしまった。


 このあと二月の最後には学年末テストもある。

 ただ、受験後のテストになるので、受験に影響は及ぼさない。ほとんどの人が手を抜くであろうと思わる。

 俺も手を抜きはしないが、受験勉強に全てを注ぎたいのでいつもよりは勉強は控えめになるだろう。


「しょうがないですね。これが今の実力ってことですから」


 俺より上にまだ二人もいる。

 それが誰なのかはわからないが、やるだけのことはやった。


「でも九藤の努力は皆わかっていると思うぞ。よくここまで頑張ったな」

「いえ。全然です。僕は努力だと思ってませんでしたから。途中から点数を取ることが楽しいって思えてましたし」


 毎日勉強をしているとそれが普通になり、日課になる。

 勉強をしないと変な気分になるし、高い点数をとった時は普通に嬉しい。

 努力だと思わずに今まで継続できたことは、ルーシーのためにと思ってやってきたから。だから、ルーシーのお陰でもある。


「――お母様の方はどうですか? これまでのお子さんを見てきて」


 すると先生はここで母に質問を投げかけた。


「私の方から言えることは……親バカですけど、誇らしいってことですかね。私がこの子にしてあげられていることってほとんどなくて、あるとすれば毎日お弁当を持たせてることくらいです。良い友達に恵まれたのでこうなったんだと思います」


 母は謙遜に謙遜を重ねたような答えを先生に返す。

 でも誇らしいと言ってくれたことは、これ以上ない嬉しい言葉だ。 


 俺にしてくれていることは少ないということだったが、もちろん俺はそうは思っていない。

 いつも俺の表情の変化を読み取って気を遣ってくれているし、いつだって味方をしてくれている。あまり怒られた記憶がないので、怒って欲しいくらいだ。


「そうですか、それは何よりです。私から見ても自慢の息子さんだと誇って良いと思いますよ」


 先生は笑顔を見せて、俺を褒めちぎった。


「先生、さすがに褒めすぎです」

「折木と石井のことだってクラス担任から聞いてるぞ。九藤のお陰で授業も真面目だし前より勉強を頑張っているってな」


 理沙と朱利の話だ。あの二人は俺のことを担任に話したのだろうか。

 でも先生にもそう言われているということは、評価は上々ということだろう。

 今から頑張っても内申点はそれほど変わるわけではないが、その姿勢が俺は大事だと思っている。


 そういえば、二人のテスト結果も気になるな……。


「そうですか。一応彼女たちも秋皇を目指すって話です。かなり厳しい戦いになると思いますけど、協力はしたいと思っています」

「そうか……。図書室で勉強しているって話も聞いてる。九藤が勉強教えるなら、もしかするかもしれないな」


 秋皇はマンモス校だ。つまり受け入れる生徒の数が多いのだ。

 確かに偏差値が高めの学校ではあるが、チャンスはないわけではない。


「そうですか。なら最後まで足掻かせてみせます」


 あの二人は何かに対して本気で努力をしたこと今までなかったらしい。だから今回のテスト勉強が初めての努力だった。

 なら、その先の受験合格という成功体験も味合わせてあげたい。

 俺が必死にギターと歌を練習し、文化祭でライブがうまくできたと思えたように――。



「お母様の方からは他に何かありますか?」


 最後に先生が母にそう聞いた。


「無事に卒業してくれればそれだけで良いです。最後までうちの子をよろしくお願いします」


 母が軽く頭を下げる。

 先生も頭を下げてそれを受け入れた。


「わかりました。任せてください。では、他になければこれで面談は終わりにします」


「…………」


 俺も母も特に質問はなかった。


「ないようなら、これで終わりです。今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございます」


 そうして三者面談は終了となった。




 …………




「――光流、他の子にも勉強教えてたのね」


 学校からの帰路、軽く夕日を浴びながら母がそう呟いた。

 そういえば、母には図書室で勉強していることは話してはいたが、勉強を教えていることは言っていなかった。


「うん。教える側と教えられる側に分かれて、今回の期末テストは勉強してたんだよね」

「そうなの。いいことじゃない」

「でも学びもあったよ。人に教えることで自分も問題に対してさらに理解が深まったし、二重に勉強してる感じになるから、良いことづくしだった」

「そういうこともあるのね。なら、教えること向いてるのかもね」


 教えることは嫌いではない。むしろ頼られているということが結構心地よかったりする。もしかすると俺は人に頼られることが好きなのかもしれない。


 自信のある分野で頼られたなら、すぐに「任せて!」と言ってしまいそうなくらいに。




 ◇ ◇ ◇




 土日で行われた三者面談。そして、それが明けて月曜日。


 俺たち、図書室勉強会メンバーは、放課後に図書室へと集まっていた。



「――結果を言いたくない人は言わなくていいけど、言えるなら言ってほしい。せっかく一緒に勉強したんだからね。あとは学年順位がいくら上がったか下がったかとかも言える人はお願い」


 一同、俺の言葉に頭を縦に振って認識を合わせる。


 陸以外は皆同じ学校を目指しているとは言え、テストや成績を他人に教えるのはさすがにプライベートな問題。

 なのでその部分は個人に任せて、言える範囲で結果を伝えるということを予め共通認識としておいた。


「オッケー。じゃあ順番に行くか。言えないやつは言えないって言おう。同調圧力みたいのは感じなくていいからな」


 すると冬矢が大事なことを話した。

 この場合の同調圧力は、皆が成績を話したのに自分だけ話していないという状況になった場合、言いたくないのに成績を言うということになる。俺もそれは望んでいない。


「問題なけりゃ、俺から行くぞ――学年順位は四十七位。前回から五位上がった。自分でも初めての順位だから普通に嬉しい」


 一学年が約二百名いるこの学校。その中でこの順位なら良い方だろう。

 図書室なので周囲に迷惑にならないように俺たちは静かに冬矢へと拍手を送った。


「じゃあ次は俺。順位は二十一位だった。前より二位上がったな」


 このメンバーの中では二番目に成績が良い陸。

 上がり幅は少ないがそもそもの順位が良いので上がっただけ素晴らしいと思う。

 同じく拍手を送った。


「じゃあ私。――順位は三十六位で前より八位上がったよ」

「おお、凄いじゃんっ」


 理帆の成績。まさかそこまで順位を上げてくるとは。

 自然と声に出して祝福してしまっていた。


「次、私ね。私は七十一位。前よりは七位上がった」


 しずはの成績も上がっていた。ここまで全員成績が上がっているということは図書室勉強会が本当に効果があったと言っていいのではないだろうか。

 一同拍手をしたあとは、深月の番だった。


「私は――七十四位。前から四十位……上がった……」

「はぁっ!? まじかよやったじゃん深月!!」


 深月の成績の伸びにすぐ反応した冬矢が喜びを爆発させる。深月に対して一番親身になって教えていたのが冬矢だ。

 今までは確か百位を超えたことはないと聞いていた。しかも成績が上がったしずはのテスト結果に迫る勢いだった。


「深月凄いね。あと少しで追い抜かれちゃう」

「ピアノで追い抜けなきゃ意味ないわっ」

「そういうのいいから。普通に喜びなさいよ」


 深月が喜びを表情に見せないので、しずはが肩で小突きながら祝福した。

 なんとなくだが、深月は家に帰った時に喜びまくっていそうなイメージ。


 そして、次からが特に努力をしなければいけない二人。

 最低でも百位以内には入ってほしいが……。


「じゃあ私……。順位は――八十九位。前より五十三位上がった…………」

「うそ……そんなことって、ありえる!? いや、上がりすぎでしょ!」


 朱利の成績は前回の百四十二位から八十九位になっていた。

 さすがに俺も喜びを隠しきれなかった。


「あはは……なんか私、数学だけは九十点だったんだよね。なんか計算得意みたい……」

「すごっ! おめでとうっ!」


 以外な才能だ。俺が数学の点数が九十三点で学年五位だった。つまり、朱利の点数ならベストテン以内には名を連ねているかもしれない。


 そして、なぜか最後に回された俺の前に理沙の番。

 いつもなら朱利の成績に反応しそうなものだったが、終始無言だった。どことなく表情も暗い気がする。


「じゃあ私だね……」


 やはり声も低くていつものとびきりの明るさが見えなかった。

 まさか……と、この時点では感じてしまっていた。


「学年順位は―――八十位……」

「え?」

「前より六十九位上がった…………」



 一瞬理沙が何を言ったのか、誰も理解できなかった。


「…………」


 しかし、暗い表情と声色から紡ぎ出されたのは、今この場にいる誰よりも順位を上げた成績だった。


「うおおおおっ!!」

「理沙すごいっ!!」

「さすがにそれは凄い」


 一同に理沙を褒め称えた。



「――やったぁーっ!!!」



 すると理沙が椅子から立ち上がり、手を上に伸ばしながら大声を上げて喜んだ。

 さっきまでのは演技だったわけか……心配させやがって。



「――静かにっ!!」



 さすがにうるさすぎたので受付に座っていた図書委員からお怒りの声が届いた。


 俺たちは「すみません」と言いながらペコペコと頭を下げた。



「全教科七十点以上だったんだ。社会なんて九十五点だった。私が私じゃないみたいで……テスト用紙返って来た時は漏らすかも思ったもん」

「俺より点数たけーじゃねえか!」

「理沙、私より上じゃん〜っ」


 冬矢の社会のテストより理沙の点数が高かったらしい。

 それにしても上がり幅がエグい。

 朱利よりも前回の成績が低かったのに、今回のテストでは逆転してしまった。


 もしかすると、マジで秋皇への望みがあるかもしれない。



「じゃあ最後に俺ね。学年順位は三位。前より一位上がりました……」


 すらすらと溜めもなく俺は自分のテスト結果を呟いた。

 すると、ぱちぱちぱちと乾いた小さな拍手が俺に向けられた。


「――いや、喜びづらい拍手なんですけど?」

「一位じゃなかったのは残念だけど……なぁ……?」


 冬矢がそう言いながら皆の顔を見渡す。

 するとそれぞれに謎の頷きを見せた。


「いつも通りだね」

「いつも通り」

「変わらない」

「俺だって頑張ったのに! てか一位上がってるし!」


 結局この結果について褒められたのは家族だけだった。

 別に良いけどね! 別に!



 ここにいるメンバーの期末テストの学年順位をまとめるとこうだ。



 俺  :4位→3位(1位UP)

 陸  :23位→21位(2位UP)

 理帆 :44位→36位(8位UP)

 冬矢 :52位→47位(5位UP)

 しずは:78位→71位(7位UP)

 深月 :114位→74位(40位UP)

 朱利 :142位→89位(53位UP)

 理沙 :149位→80位(69位UP)



 全員が前回よりも成績がアップしていた。

 特に深月と朱利と理沙の上がり幅が凄かった。その間にいる生徒をごぼう抜きし過ぎている。



「――本気になれば、皆結果は出せるってことがわかったね」


 俺はこの結果に喜び、全員に向けてそう話した。

 しかし――、


「光流〜、ほんとにそう思ってる?」


 一番成績を上げたはずの理沙がそう言ってきた。


「だって、そういう結果になってるじゃん」


 理沙は何を言いたいのだろう。


「それもそうかもしれないけど、今回は光流とか他の皆に教えてもらったからじゃん。一人で本気になって勉強してもこんな結果にならなかったよ、多分」

「あ…………」


 理沙に納得のいくことを言われ黙ってしまう。


「そもそも勉強の仕方とか、わからないところを教えてもらうとか、一人では解決できないことが勉強会では解決できるじゃん? だから本気になるだけじゃだめだったんだよ私ら」


 理沙に続いて朱利が少し真面目な表情で話す。

 本当に彼女の言う通りかもしれない。


 努力は間違った方向に努力しても結果が出づらい。


 筋肉も同じじゃないか。

 正しい筋トレにタンパク質摂取、食事制限をしないと筋肉はつかない。



「じゃあやっぱりこれって――」



 俺は二人の話を理解して呟く。



「「――みんなのちからだっ!!」」



 俺の言葉に続いて、朱利と理沙が同時にどこかで聞いたことがあるような、ないような決め台詞を右拳を前に突き出して言い放った。




「――じゃあ次は二月まで受験勉強だね」

「テスト終わったばっかなのにまたか〜」



 俺が余韻も残さずすぐに次へ向けての言葉を言うと、理沙が図書室のテーブルの上に寝そべるようにして体を倒した。



「二人は特に頑張らないといけないんだから。悔いを残したくないでしょ?」

「まぁ……」


 中途半端にやって受験に落ちるのと、本気で頑張って受験に落ちるのとでは、全く感じ方がわかるだろう。

 落ちる前提の話は良くはないが、そういう少しの差が合否を分けるのではないかと俺は思っている。


「でも今回でテストで点数とれた時の喜び、味わえたんじゃない? 嬉しかったでしょ」

「めっっっちゃ嬉しかったけど」

「同じく……」


 勉強は面倒くさいとは感じつつも、新たな感覚を覚えてしまった二人。

 一度味わってしまうと、癖になる可能性だってある。

 逆に点数を気にしすぎて、点数が落ちた時には一気にネガティブになる可能性もある感覚の芽生えだが……。


「なら、一緒に頑張ろう」

「なんかいつも以上に光流が優しいような気がする〜」

「そうだそうだ〜なんか変だ〜」


 バレたか。

 俺はルーシーの件があってからずっとこの調子だ。

 人に優しくしたいし、自然とやる気が満ち溢れてくる。


 それを冬矢がニヤニヤした目で見ながら、一方でしずはは目に力を入れて少しだけ睨んでくる。この睨みだけは重くはないものだと思いたい。



「とりあえず、がんばろ〜〜〜っ」

「あ、ぼかした」

「こら、光流。濁すな!」


 俺がそう一人で声に出して気合を入れると朱利と理沙がしつこく突っ込んでくる。


 この後も二人から追求され続けたが、言葉を濁してやり過ごした。


 もし一緒の高校に行けたら、この二人にもルーシーのことを話しても良いかもしれない。

 けど、その時二人は俺とルーシーのことをどう思うだろうか……。






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