135話 DVDチェック
翌日の月曜日。
理帆が作ってくれた名簿用紙を配ってくれる人の手に渡り、それが各クラスに回っていくことになった。
そんなお昼休みだった。
俺たちバンドメンバー四人は弁当を持って図書室に集まっていた。この時期の屋上は長時間いると寒いので最近は屋内での昼食がメインになっていた。
図書室は大きな声を出さなければ、お昼休みの間だけ食べ飲みはOKだった。ただ食事中は本を読んではいけないことになっている。もし食べ物などがこぼれた場合、本が汚れてしまうからだ。
「――なぁ、サイン欲しいってやつもいたろ? それなら皆でCDにサイン入れないか?」
そこで、冬矢があのお疲れ様会で言われていたことを口に出す。
「でもさ、特定の人だけ欲しいって人がいるんじゃないかな」
正直奏ちゃんならしずは以外のサインを欲しいなんて思わないと思ってはいる。
「でもこれサインもらってるってことが皆に拡大しちゃったら、面倒くさいことにならない?」
陸の意見はサインする側も苦労するという意味だ。
「それなら最初から全部のCDとDVDにサインをしておいた方が楽ってことか……」
ただ、どのくらい名簿に名前が記入されるかわからない。
もし五十人いたとして、四人でCDとDVD合わせて二枚ずつ。合計百枚のサインを書かなければいけないことになる。
「やっぱり最初から全部にサインを書くって、絶対しんどいよこれ」
欲しいという人には書いてあげたいけど、最初からだとつらい。
月末には期末テストも迫っているために、サインを書くためだけに時間をとられるのも良くない。
「一応サインをするってことは皆OKなんだよな?」
冬矢が他の三人にそう聞くと、俺たちは一同に頷いた。
「じゃあ、サイン欲しいって言う人にだけにする方向が一番良いか……」
冬矢が一番良さそうな意見にまとめる。
これが苦労しない一番の方法なはず。
「うん。それで良いと思うよ。そんなに身近な人以外にサイン求められるとは思えないし」
「光流……それフラグだぞ……」
「いや、まさか……たくさんサイン求められそうなのはしずはくらいでしょ」
確かに最近連絡先とか聞かれたりはしたけど、所詮は中学生バンドだしサインまで求められるとは思えない。
「私はしたい人にしかサインしないかも」
「えっ……なんで?」
「別にアイドルやってるわけでもないし。サインして変に好かれても困るでしょ」
ちょっと冷たいように思われる態度だが、確かにしずはの言う通りかもしれない。
彼女の場合はモテすぎているので、そういう事情がわかっていると思われる。
「女の子なら全員してあげても良いけど、男はダメ」
「きびし〜いっ」
「逆の立場になってみたらわかるって」
確かに同性ならある程度安心はできるか。
「じゃあとりあえずそれで決まりな」
「わかったよ」
ひとまずサインについては決まった。
しかし冬矢の話はまだ終わらなかった。
「――で、俺たちの写真はどうする?」
「それ本気だったの?」
お疲れ様会で少し話が出たが、ジャケット写真とかプロでもないのに俺は必要性を感じていなかった。
「はは、俺たち自身の記念にはなるだろ」
「あ〜、確かに。でもその写真を皆に配るのはちょっと気が引けるかも」
元々そういう方向性でバンドをやったわけじゃないしね。
「私はちょっと嫌かも。さっきの話もあるし」
「じゃあしずは抜きの三人で撮るか?」
「それは仲間外れみたいで嫌なんですけどっ!」
しずはの反対意見に冬矢が別案を出すが、確かにそれは仲間外れだ。
「はは、嘘だって。まぁ、時間に余裕あったら自分たちの記念用にでも撮ろうぜ」
「まぁ、それくらいなら……」
しずはの写真がもしこのCDとDVDに付属してきたら、将来的にとんでもないプレミアが付くのではないかと思っている。
音楽界とはいえ、もっと実績を出して有名になれば芸能人に一歩足を踏み入れることになる。
そんな彼女が中学時代にやっていたバンドの貴重な姿が記録されているとなれば、物凄い価値になりそうだ。
◇ ◇ ◇
放課後、俺たちは再び図書室に集まっていた。
その理由は――、
「ねぇ光流、ここ教えて?」
「あ〜、うん。そこは――」
俺は隣の席にいる理沙に呼びかけられていた。
図書室のひと際大きなテーブル。その席を埋め尽くすように複数人が座っている。
テーブルの上に広げられていたのは本棚から取り出した本ではなく、自分たちで持ち込んだ教科書とノート。
文化祭が終わり、俺たちバンドメンバーは練習に費やしていた分の時間が空いた。
そして期末テストも迫っていたために、前から話していた理沙たちに勉強を教えるという約束を実行していた。
今回集まったメンバーと直近のテストの点数が高かった順番はこうなる。
俺・陸・理帆・冬矢・しずは・深月・朱利・理沙の順だ。
九月の冬矢の誕生日会の時に理沙と朱里が、俺たちが目指している秋皇学園に一緒に行くために勉強を頑張るという話が出ていた。
正直、理沙と朱利の内申点では合格はかなり厳しい。
ただ、当日の点数次第で内申点の低さをカバーできる可能性もあるのだ。
せっかくこうやって行動にして頑張っている。
俺は真剣な人には少しでも協力してあげたい。
ちなみに先生役としては冬矢までの成績上位の四名。しずはから下の四名は教わる立場になっている。
しずはも成績は悪い方ではないのだが、ちょうど真ん中あたり。深月に至っては中の下だ。
先生役をしている俺たちも何か聞かれるまでは自分自身のテスト勉強をしている。
教える側になって初めてわかったが、教える行為によってさらにその問題への理解が深まった。
先生役になることは得だと知ることができた。
「深月〜。手動いてないぞ〜」
「…………」
深月が教科書とにらめっこするばかりでノートには何も書かずにいた。
それを気にした冬矢が声をかけるも反応がなかった。
「深月?」
「あ〜、うるさいっ! 今集中してるの! あ、話しかけられて忘れちゃったじゃない!」
「いや……ずっと手動いてなかったから……」
冬矢が深月に気を遣ったつもりだったのだが、本人はそうは思わなかったらしい。
「もう……深月も成績が良い人からの勉強法教われば良いのに。自己流でやってきたから今の成績なんでしょ」
「それは否定しないけど……」
深月の態度を見たしずはが怒りを収めるように諭す。
「冬矢だってちゃんと勉強教えようとしてるんだから、嫌いでもたまには優しくしてあげたらいいのに」
「別に嫌いってわけじゃ……。まぁ、ほんとに成績上がるなら言う事聞いてやってもいいけど」
一応少しは柔らかい態度にしようと考え直したようだが、上から目線は変わらないようだ。
「……ど、どうすればいいのよ」
「あ、あぁ。ここ覚えるにはノートに書いた方が覚えると思うぞ。教科書ガン見だとすぐに忘れるからな。書くことによって脳みそが記憶しやすくなる」
「そう……」
冬矢の勉強の仕方を聞いた深月が今まで手を付けていなかったノートにペンを持って何かを書き出しはじめた。
勉強する気はちゃんとあるようだ。
少し気になったのは先ほど冬矢が深月に強く言われた時、いつもなら言い返すかと思ったのだが今回は違った。
もしかすると深月にも本気で秋皇学園に受かってほしいと思っているのかもしれない。
◇ ◇ ◇
そうして、放課後の勉強会を続けていき一週間。
CD・DVDの名簿の記入期限となり、紙を回収する日となった。
一旦名簿の制作者である理帆の元へ集めることになり、その後に俺の手元まで名簿用紙が回ってきた。
そうして、勉強会で集まる放課後に皆で名簿の確認をすることになった。
この中学の全校生徒の数は約六百名。そのうち名簿に記入してくれたのは二百七十名ほどだった。
つまりほぼ半数だ。
「いや……やばすぎだろ……」
正直俺は五十名いれば良いなと思っていた。しかし、予想の予想を超えた結果となった。
やはり、しずはパワーなのだろうか。
CDとDVD二枚合わせて百円にしていたので、五十円という端数を出したくなかったこともあり、片方だけの購入はなしにしていた。
しずは目当てならDVDだけの購入が多くなるはずだが、どちらも受け取ることになるので実際の理由はわからない。
「これ、焼き増し二人じゃ大変だろ。手分けしようぜ」
理沙と朱利に任せることになっていたDVDの焼き増し。
あまりの数の多さに冬矢がそう提案する。
「確かにやばいかも。でもCDだって同じだよね?」
驚いた表情のままの理沙がそう言う。
「あ〜、CDもか。なら手伝ってくれる人皆で手分けするしかないか」
少し頭を抱えながら冬矢がそれしかないという案を出す。
「あ、CDは良いよ。こっちでやっておくよ」
「え?」
するとしずはがCDの焼き増しを全て担当するような言い方をする。
「なんかこのことお父さんに話したらコピーするサービス使って一気にやってくれるって言ってた」
「なにそれ、そんなのあるんだ」
スマホを取り出して検索してみる。
すると会社によって値段はまちまちだが、二百八十枚だと一枚五十円でやってくれるところもあるようだ。
「料金はかかるみたいだけど、こっちで持つから良いって言ってたよ」
「太っ腹過ぎるだろ……」
透柳さん様々だ。
「だからDVDだけ皆で焼き増ししよう?」
「俺らもそのサービス使おうって言ってもお金かかるんだもんな。今から料金変えるわけにいかないし」
「そうだね。DVDだけ自分たちでやろう!」
CDの焼き増しをしなくても良くなったので、手分けすれば一人数十枚でいけるだろう。
それならなんとか一日で済みそうだ。
「あ、そうだ。一応皆の分だけ焼き増ししといたからさ、全員分焼き増しする前にチェックしてくれない?」
理沙がそう言って持ってきた袋から薄いシートに入ったDVDを配ってくれた。
「ちなみに二台のカメラで録画したからさ、前半は正面。後半は右から撮影したものの二つの映像入ってるから」
「理沙、朱利。ありがとね」
「うん。ちゃんと映ってるか確認よろしくね」
俺はDVDを受け取るとカバンの中にしまった。
そんな中、俺のスマホのバイブ音が鳴った。
ブレザーのポケットからスマホを取り出してメッセージをチェック。
『光流くん、音源できたから一旦データで送るね』
透柳さんからのメッセージだった。
調整してもらっていた収録音源ができたようだった。
そうするとメッセージに五つのデータが送られてきた。
「あれ……五つ?」
俺は透柳さんに返信した。
『ありがとうございます! あの、最後の一つ多いような気がするんですけど……』
『あぁ、それ俺たち家族でやったセッション。実は録音してたんだよね』
『そうなんですか!?』
確かに透柳さんがセッションする前にミキシングコンソールを触っていたような気もしたけど、まさか録音していたなんて。
『別にCDに入れるとかじゃないけど、せっかくだから送っておくよ』
『僕もまた聴きたいと思ってたので嬉しいです!』
あのセッションをまた聴けるなんて嬉しい。
早く聴きたい。
『問題なさそうだったら教えてくれ。CDに入れるから』
『ありがとうございます。そういえば、焼き増しもしてくれるとしずはから聞いたんですけど』
『うん。いちいち手作業でするのも大変だろ。人数わかったら教えてくれ』
『本当に何から何までありがとうございます』
透柳さんは本当に優しい人だ。
短いやりとりを終え、俺はスマホをポケットに仕舞った。
「光流、どうかしたの?」
すると、俺がスマホを見ていたことが気になったのかしずはに声をかけられる。
「ちょうどCD用の音源ができたらしい」
「あっ、そうなんだ。言ってた通り一週間くらいだったね」
しずははそれほど驚いた様子ではなかった。もしかすると家で進捗状況を聞いていたのかもしれない。
「データもらったから皆に送るね。チェックして問題なさそうならCDに入れるって話だから、家に帰ったら確認お願いできる?」
俺はその場にいた皆に呼びかけた。
ここで言う皆とはバンドメンバーのことだ。
「おおっ、できたのかっ」
「そうか。送ってくれ」
冬矢と陸が反応する。
そして俺は言いたいことがあった。
「ちなみにボーナストラックもあるんだけど聴く?」
「は? お前何言ってんだよ」
そう言うと思ったよ。
「まぁ、送っておくから家に帰ったら聴いてみてよ」
「はぁ……よくわかんねーけど」
冬矢、驚くだろうな。
今から楽しみだ。
◇ ◇ ◇
「はい、これ」
勉強会を終えて家に帰ると俺はまずDVDを母に差し出した。
「まぁ、もしかして文化祭の?」
察しの良い母は、すぐに文化祭のライブの映像だと気づく。
「うん。とりあえずチェック用だけどね。問題なかったらこのまま焼き増ししていくつもり」
「そうなの。そうしたらご飯食べたあとに皆で見ましょ」
「えっ」
皆で見るの?
母の言葉に驚いてしまった。
「恥ずかしいから俺のいないところで見てよ」
「あらあら。ならお父さんと灯莉と一緒に見るわね」
母は微笑みながらも俺の意見に従ってくれた。
今更だが、家族に自分が歌ったり演奏しているところを見られることは凄い恥ずかしいかもしれない。
「じゃあ俺夕食できるまでちょっとDVD確認してるね」
少し時間があるので、まずはDVDをチェックしてみることにした。
…………
「人多いな〜っ」
俺はゲーム機のPN4にDVDのディスクを入れてライブ映像を再生してみた。
まずは中央後方からの映像。
後ろからだと人の多さに圧倒される。
三脚を使っているのでちゃんと壇上まで映ってはいるが、三脚を使わずに手持ちで撮影していた場合、人の頭で前が見えなかったかもしれない。それほど人が多かった。
『――お前らぁぁぁっ!!! 私たちの歌を、聴けぇぇぇぇ〜〜〜っ!!!!』
演奏が始まる直前のしずはの煽りとアドリブ演奏。
「やばっ……」
今映像を見ても鳥肌が立ってしまった。
観客側から見るとこんなふうに感じるのか。
そうして演奏が始まると必死な顔で歌って演奏している自分が見えた。
遠目なのではっきりとは顔が見えないが、自分を見ているとなんだか恥ずかしい。
「もっと姿勢まっすぐにしたほう良かったかな……」
「あっ、ちょっとマイクから少し遠いから一瞬声が小さくなってるじゃん……」
「透柳さんと比べると俺のギターってただ弾いてるだけだな……もっと体も動かした方いいのかな」
客観的に自分を見てみると、改善点がいくつも見つかった。
ライブ映像を見たからと言って、あの時の興奮が全て蘇るわけではなかった。それよりもどうしたらもっと良い演奏ができるのかということを考えてしまっていた。
「――俺はまだまだうまくなりたいってことか」
そんな気持ちが自分にあるのだと認識できた。
『『『ルーシーっ! ルーシーっ! ルーシーっ!』』』
「あははっ。これほんと凄いな……」
まさか体育館でルーシーコールが起きるなんて。
この時の俺は申し訳ないような微妙な顔をしていた。
そうして一通り見終わると、次に流れたのは右からの映像。
「うわっ……こっちは近いな〜っ」
思った以上に近距離からの映像だった。多分手元で調整してズームしてある。
舞台側から見て左側、観客側から見ると右側にカメラを設置してあった。
そしてカメラから一番近い距離にいたのは俺だった。
今回は顔がはっきりと見えていた。
「……この映像を配るの?」
すっごい恥ずかしいんですけど!
さっきの映像より近くなので必死感がより伝わる。頑張っては見えるけど余裕が全くない。
うわ〜恥ずかしい。
二百八十人がこの映像を見るんだよな……。
今になってDVDを配るということを後悔しはじめた。
俺と比べると冬矢としずはは結構余裕があるように見えた。
余裕感というのは結構大事なのかもしれない。
「それにしても歓声凄いな……」
たまに歓声で演奏が聴こえなくなる時があった。
まぁ、やれるだけやったライブだったし、今の俺たちにはこれが最高のパフォーマンスだったということだ。
「あっ……」
そうして最後まで見終わったが、本当の最後の最後に朱利が泣いて鼻を啜ってるような音が聞こえた気がした。
巻き戻してみる。
『…………グスっ』
やっぱり聞こえる。
まぁ、これもライブの醍醐味のようなものだし別にカットしなくても良いか。
誰が撮影したかなんて覚えてる人なんてほとんどいないだろうし、気にする人もいないだろう。
俺はこのままでOKとすることにした。
「光流〜! ご飯よ〜!」
一階から母の声が聞こえてきた。
「よし。降りるか」
俺はPN4からDVDを抜いて、それを手に持ち一階へと降りた。
―▽―▽―▽―
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ、『小説トップの★評価やブックマーク登録』などで応援をしていただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます