132話 断れない

 振替休日が明けて水曜日。

 学校が再開された。


 文化祭の出し物の一部が、廊下の多目的フロアに展示されている中、俺たちがバンド演奏したという証拠は学校では形に残らない。


 ただ、もしかすると卒業アルバムの写真として生徒会や文化祭実行委員が写真を撮っていた可能性はある。


 それとは別にCDとDVDを作ることは決まったので、一部の人には形として思い出には残っていくだろう。


 ということで、振替休日明けの今日。

 まずは金銭授受をして良いかの話を担任の牛窪先生に相談することにした。


 お昼休みに職員室へ向かうと、牛窪先生が自分の机の椅子に座っているのを発見。パツパツになっている服とそのガタイの良さから、椅子が小さく見える。

 昼食としてコンビニで購入したと思われるサラダチキンを頬張っており、食事も筋肉に気を遣っていることが伺えた。


 そうして俺は牛窪先生に今回の話をした。


「――CDとDVDで一人百円か。そうだな……焼き増しの費用としてその程度なら問題ないだろう。一応、職員会議で確認をとってみるから明日の朝まで待ってくれ」

「わかりました」


 腕を組みながら一時的に難しい顔はしたものの、前向きに検討してくれそうな雰囲気だった。

 三者面談の時から評価は良かったので先生も協力的に接してくれている感じがした。


「それにしても九藤たちの演奏凄かったな」


 話題を変えた先生が俺たちの文化祭の演奏について褒めてくれた。


「ありがとうございます。見ててくれたんですか?」

「あぁ、端っこでな」


 人が多すぎたので誰が見に来ていたかは一部しか把握できていない。

 先生たちも少しは見に来てくれていたのだろう。


「しずは以外は初心者なので、拙い演奏だったかもしれませんけど」

「いいや、気持ちの入った良い演奏だったぞ」

「そうですか……先生にそう言ってもらえて良かったです」


 同じ学生だけでなく、先生に褒めてもらえるとまた違った嬉しさが込み上げてくる。

 ちなみに先生は俺と同じくしずはの担任でもあるので、彼女の実力は知っているし母親の凄さも知っている。




 ◇ ◇ ◇




「九藤せんぱーいっ!」


 昼休みの途中、トイレのために廊下に出ると声をかけられた。

 やってきたのは二年の水野春瑠――春瑠ちゃん。音源のことについて休み明けにまた話しかけてと言った通り、俺のところまできてくれたようだ。


 そこには同じく二年の陽真莉ちゃんと伊世ちゃんも一緒にいた。


「春瑠ちゃんたち……こんにちは」


 軽く笑顔を見せて三人に挨拶した。


「こんにちはっ。それで、音源のことなんですけど……」

「うん。とりあえずCDとDVDにして焼き増しすることが決まったよ。欲しい人のために名簿作るからさ、それが手元に回ってきたら記入してもらえる?」


 予想通りの質問に俺は一昨日決まったことを話した。


「そうなんですかっ! 良かったです!」


 嬉しそうに飛び跳ねる春瑠ちゃん。


「ただ、CDとDVDを買う費用もあるから、一人当たり百円もらうことになりそうなんだけど良いかな?」

「百円くらい全然です! というか安すぎますよ!」


 そう言ってくれると嬉しい。価値を感じてくれているということなんだから。


「一応校内での話だから利益目的でやるわけにもいかないと思う。俺たちもそんなつもりはないし。今先生に聞いてる途中だから、明日金額は確定すると思う」

「あ〜、確かに。金銭の授受って人が多いと校内では色々言われそうですもんね」


 理解が早くて助かる。

 春瑠ちゃんは頭の回転が早そうだ。


「あと、音源はちゃんと収録してトラック分けしたものを渡す予定だから、少しだけ時間もらうね?」

「ええっ! 収録ですか!? も、もしかして私があんなこと言ったからわざわざお手を煩わせることに!?」


 収録する話をすると春瑠ちゃんが自分のせいで手間をかけさせたのではないかと申し訳なくなったようだ。


「ううん。なんか他にも欲しい人がいたから、春瑠ちゃんのせいってわけじゃないよ。総合的な意見でこうなったからさ」

「そ、そうですか……なら良かったですけど。でもクリアな音で聴けるんですねっ!」

「うん。そうなると思う」


 クリアな音か。

 今思うと、はっきりと俺の歌声を入れるんだよな。下手な歌にできないな……。


「嬉しいな〜。じゃあ名簿が回ってくるの待ってますね!」

「うん。待っててね」


 少しだけ収録することに対して不安を残しながらも、ひとまず春瑠ちゃんたちに連絡は済んだ。



 そして、この日。

 俺に話しかけてきたのは、春瑠ちゃんたちだけではなかった。



「――あの、九藤先輩ですよね?」



 同じくお昼休みの途中のことだった。

 教室で弁当を食べた後に廊下に出ると俺が一人になるのを見計らったかのように知らない二人組の女子生徒から話しかけられた。


 先輩、というからには一年生か二年生だろう。

 ただ、見た目の幼さと背の低さから一年生に見えた。

 

「そうだけど、何かあった?」


 なんとなく、春瑠ちゃんたちのようにDVDのことを聞いてくるのだろうと思ったのだが、今回は予想が外れた。


「私、先輩のファンになりましたっ! あの、良ければ連絡先交換してくれませんかっ!?」

「えええっ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は心臓の鼓動が早まり少し顔が熱くなった気がした。

 目の前の女子生徒も顔が赤くなっているのが見て取れた。


 ただ、これはどういった意味で、言っているのだろう。

 早とちりはいけない。


 俺はルーシー以外の人と色恋をするつもりはない。

 もしこの女子生徒がそういう気が少しでもあるなら連絡はとらない方が良いとは思ったのだが、正直連絡先くらいで断るのもどうかとは思っている。


 でもファンと言っていたので、バンドとしてのファンかもしれない。

 うーん。結局よくわからない。


「一応聞いておきたいんだけど、なんで連絡先交換したいの?」


 この聞き方はデリカシーがなかったかもしれない。

 でも、この先間違えないために聞いておきたかった。


「ええと……ええと……」

澄実すみちゃんがんばっ」


 俺に連絡先を聞いてきた子がうまく言葉にできない様子を見て、もう一人の女子生徒がその子を応援する。

 二人は仲の良い友達なんだろうな。


「――もしどこかでライブやる時は教えてほしいからですっ!」


 すると澄実ちゃんと呼ばれた子が、ついに口を開いた。

 その答えは俺の予想したものとは違ったが、どこか安心した自分がいた。


「澄実ちゃん……もうっ」


 ただ、言いたいことを言ったはずなのに隣の子の反応が微妙だった。

 もしかして本心ではなかったのだろうか。


 あぁ、だめだ。こういう真剣に頑張って行動してくれている人を見ると、無下にできない自分がいる。

 告白を断るのとは違うけど、でもそれくらい真面目に考えてしまう。

 冬矢なら、とりあえず連絡先くらいポンっと交換してしまうんだろうけど、俺は気軽にできなくなっている。


「……俺さ、連絡くれても返せないかもしれないよ?」


 ちょっと残酷な言い方だったかもしれない。


「ぜ、全然良いですっ! ライブある時とかだけで良いので!」

「そ、そっか……」


 良いのか。それで連絡先を交換して良かったと思えるのだろうか。


「はいっ! だから……どうでしょうか?」

「うーーん。あんまり返事に期待しないでいてくれたら……」

「ほんとですかっ! やったやった!」


 俺は渋々ながらも連絡先を交換することにした。

 するとその子がパッと笑顔になって喜んだ。


「あ、ついでに私もお願いします」

「ついで、か……」


 なんかこの子は少し軽いけど、面倒くさいことにはならなそうなので連絡先を交換しておいた。


「ありがとうございます。ちなみに私は千波優季せんばゆうきで、この子が双葉澄実ふたばすみ。二人とも一年です」


 最初に連絡先を交換してほしいと言った子は双葉さん。そして"ついでに"と言った子が千波さんだ。


「一年生か。千波さんに双葉さんね」

「先輩、下級生の名前にさん付けするんですね。珍しい」

「初対面だし普通……じゃないのかな?」

「私が知ってる男の先輩はさん付けする人いないけどなぁ」


 そういうものなのか。

 ……いや、俺みたいなやつもたくさんいるだろ。たまたまそういう先輩と話したことがあるだけだと思う。


「――ちなみに九藤先輩って彼女さんいるんですか?」

「!?」


 千波さん、いきなり突っ込んで聞きすぎだ。

 やっぱり双葉さんって、その為に連絡先を聞いてきたのだろうか。


「彼女はいない、けど……」

「"けど"ですか」


 俺の言い回しが気になったのか、千波さんが何かを感じ取った言い方をした。


「まぁ、大抵の人は一人くらいは好きな人いますしね」

「なんだか冷静な言い方だね。千波さんは好きな人いるの?」


 聞かれたので、俺も聞き返してもいいだろう。


「さぁどうでしょう? これから九藤先輩のこと、好きになるかもしれませんね?」

「優季ちゃんっ!?」

「ふふ、嘘だって澄実ちゃん。安心して」


 いや、さすがにこの会話の言い回し的にやっぱり……。

 連絡先を交換して良かったのかと思い始めてきた。


「まぁ重く捉えないでくださいよ。世の中には男なんてたくさんいるんですからっ」


 そうは言うけど今の俺にはそういう対象はルーシーしかいない。

 でも、彼女たちは俺とは違うし、すぐに次の男へと切り替えられるのかもしれない。


「そうだね。俺よりも冬矢ほうがかっこいいし」

「……え? 本当にそう思ってます?」

「え?」


 いや、どういうこと。

 千波さんが少し真面目な顔をして、俺の顔を見上げてくる。


「歌ってギターも弾いて、あれだけ盛り上げて。池橋先輩より注目されてるに決まってるじゃないですか。(一番頑張ってるようにも見えたし……)」

「まじ……?」


 冬矢もボーカルが一番目立つとは言っていたけど。

 それでもまさかとは思っていた。


「澄実ちゃんだけじゃないですよ。九藤先輩のことかっこいいって言ってる子」

「――――っ」


 今の言葉で恥ずかしさが込み上げてきたのか体の内側が熱くなった。

 文化祭の後片付けをしている時も色々な人から視線は感じていたけど、まさかそんなことになっているなんて。


「優季ちゃん私かっこいいなんて言ってない! あっ……すみません。かっこよくないってわけじゃなくて……って、かっこいいって言ってるようなものじゃん! あ〜わたしっ!」

「澄実ちゃんごめん。話の流れでつい……」


 双葉さんの心の内が、いつの間にか暴露されてしまっていた。


「とにかく! 自覚ないようですから言っておきますけど、九藤先輩はかっこいいんです! ……あ、ちなみに私はそうは思ってないですよ?」


 嬉しくは思うけど、この子は少し失礼だな。


「とりあえず、今言ったことは心に留めておくよ」

「わかったならそれで良しですっ」


 やっぱり後輩って似たタイプ多くない?

 いつの間にか立場逆転してるんだけど。


「でも……声かけてくれてありがとうね。三年生に声かけるのなんて、凄い勇気が必要だったと思うし」

「あっ、いいえ。そんなことっ」

「そうです。この階にいること自体恐怖なんですから……でも、そういう気遣いできる人なんですね。少し見直しました」


 双葉さんは否定したが、千波さんは逆のことを言う。

 俺だって一年の頃、上級生がいる階なんて怖かった。用事がなかったということもあるけど近づこうとは全く思わなかったな。


「九藤せんぱいっ。お昼休み中にお時間とらせてしまってすみません。連絡先、ありがとうございましたっ」


 最後にぺこりと双葉さんが軽く頭を下げる。


「ううん、大丈夫だよ。またね」

「はいっ、また!」


 こうして俺は二人の後輩と連絡先を交換することとなり、二人と別れた。




 ――そしてこのことは、二人だけで終わらなかった。


 教室でも連絡先を知らなかったクラスメイトとも連絡先を交換することになったり、放課後帰る時も他のクラスの同級生や後輩に連絡先を聞かれたりした。


 結果から言うと俺は全て断れなかった。

 クラスメイトは置いておいて、他のクラスの子は皆真剣に言ってくるものだから、どうしても無下にできなかった。


 連絡先が増えても連絡を取り合わなければそこまで意味はないのに。ただ登録件数だけが増えていった。


 このことを後で冬矢に相談したら笑いながら「ならその連絡先俺に回せ」と言ってきた。

 それはなんとなく嫌だったので、拒否しておいた。


 この件は冬矢に相談することではなかったのかもしれない。




 ◇ ◇ ◇




 そんな翌日、理帆が名簿を用意してくれた。


「こんな感じでどうかなっ?」


 朝、ホームルーム前にメッセージで連絡を受けたので、廊下で理帆と合流。

 そこで名前、学年クラス、お金を徴収したかどうかのチェックが並んだ表が描かれたプリント用紙を見せてくれた。


「うん。多分問題ないと思う! 作ってくれてありがとう」

「良かった。ならこれコピーして皆に回すね」


 理帆の気遣いと手際の良さには頭が上がらない。


「あ、でもこれ期限決めたほう良いと思う」

「確かに。収録次第だけど……とりあえず二週間後の十七日にしておこうか」

「わかった! なら期限追加したものをコピーするね!」

「オッケー、それで行こう!」


 これで、ひとまず名簿については安心だ。

 あとは収録か。


 収録日だが皆との相談の結果、今週末の休日に決まった。

 つまり今日は木曜日なので二日後の土曜日だ。

 話がポンポンと進んだため、またすぐに集まることとなった。




 …………




 朝のホームルームが終わると、牛窪先生に廊下まで呼び出された。


「職員会議で話したけどな、利益目的でもないようだし問題ないということになったぞ」

「そうですか! ありがとうございます!」


 さすがにこのくらいは認めてくれないと困るが、ともかく安心した。


「ちなみに学校用に一つもらっても良いか?」


 まさかの話に少し驚く。

 欲しいのは生徒だけだと思っていたのに。


「学校用ですか?」

「一応れっきとした学校行事の映像だしな。学校側も保存しておきたいんだろう。もちろんお金も渡す」

「そうですか。ならできた時にお渡ししますね」

「おう、頼んだぞ」


 まさかの学校用にも作ることになった。

 学校の分は俺が直接手渡すとして、名簿には俺が記入しておこう。



 ――そうして土曜日を迎え、CD用音源の収録日となった。






 ―▽―▽―▽―


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!


皆様のお陰で30万PVを達成しました。近況ノートにもお礼の言葉を記載しています。

小説家になろうの方も同タイトルで投稿していますが、そちらの方は90万PVでもう少しで100万PVに届きそうです。


なろうではほとんどコメントがないのですが、カクヨムでは皆様がたくさんのコメントを残してくれていて、嬉しい限りです。


もしよろしければ、『小説トップの★評価やブックマーク登録』などで応援をしていただけると嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る