108話 ロシアンルーレット

 ――二月十四日。


 学校に行って気付いたバレンタイン。

 今思えば、姉も数日前にキッチンで何か作っていたな。


 自分の部屋のテーブルの上には、十五個のチョコたち。

 淹れたばかりのコーヒーも用意してある。


 今全部食べると夕食が食べられなくなるので、つまみ食い程度。


 しずは達のチョコを先に食べようと思っていたところだ。


 袋を丁寧に開けてゆく。


 中から出てきたのは、細長い箱。

 パカッと開けてみると、そこには――、


「――生チョコ!?」


 袋が少し重いなと思っていたが、保冷剤が何個か入っていた。

 溶けないようにするためだったようだ。


 その生チョコは八個あり二列に四個ずつ綺麗に並べられていた。

 そして二又になっているデザートフォークも添えられてあった。


 俺はそのフォークを持ち、生チョコを一つとって口に入れた。


「――うんんっっっっま……!」


 とろけるような食感。そして純粋なチョコの味だと思っていたのに、中はストロベリー味だった。

 チョコが二層になっていたのだ。


「いや、すげえなこれ……」


 どうやって二層にしているのかわからないが、とても凝ったチョコだとわかった。


 一口コーヒーを喉に通す。


「うわ〜。この組み合わせ最高〜〜」


 やはり甘い物と苦いものの組み合わせは至福だ。

 コーヒーはもちろんブラック。


 美味しくてもう一つ食べたくなった。


「これ食べたらあとは夕食後にしよう……」


 もう一つ、生チョコにフォークをさして口に移動させる。


 口当たりが良いチョコは、そのまま口の中の温度で、すぐに溶け出す。

 一つ一つ別の味が用意されていると考えた俺は、今度はなんの味かな?と思いながら舌の上でチョコを溶かした。


 しかし――、


「――にっっっっっっが!?」


 苦い。クソ苦い!!!


 カカオが九十パーセント入ってるのではないかというくらい苦かった。

 すぐにコーヒーを口に含むも、コーヒーもブラックなのでなかなか中和されない。


「あいつ……やったなぁ〜〜〜!?」


 しずはがほくそ笑んでいる顔が思い浮かんだ。


 彼女なりの仕返しだろうか。

 それなら甘んじてこのロシアンルーレット生チョコを受け入れようじゃないか。


 しずはの気持ちを考えたら、このくらい軽いさ。




 ◇ ◇ ◇




 夕食の時間になると、母からチョコを受け取った。

 

 姉はといえばニマニマしながら、その場では俺にチョコを渡すことはなかった。


 夕食が終わり、俺が部屋に戻ると姉がやってきた。


「光流〜。これどうぞ――って!? あんた何個チョコもらってんのよ!?」


 開口一番、姉はテーブルの上に置かれていたチョコの数を見て驚いた。


「よくわからないけど、今回はたくさんもらっちゃった」

「どうなってるのよ……」


 姉は混乱したまま、部屋の中へを足を進める。


「とにかく……はい。私から」

「ありがとう。美味しくいただくね」


 すると姉はもう一つ手に持っていた大きめの紙袋を前に出して――、


「それと、こっちも」


 紙袋を渡された。


「……もうわかるでしょ? あの四人からよ」

「ーーあ!」


 謎DGから俺宛てのバレンタインチョコだったようだ。


「姉ちゃんありがと。皆にお礼言っておいて?」

「おっけー!」


 これで合計二十個以上もチョコをもらったことになった。


 全員に返さなきゃならないよね……。

 俺の財産でいけるか?


 もらったは良いが予想外の大きな出費になりそうで、困るかもしれない。


「あー、お返しとかあんまり考えなくていいからね! お返しは本命とか大事な人だけで良いよ」

「そういうものなの?」

「本当なら全員に返したほうが良いと思うんだけど難しいと思うし。なんなら本当に小さいチョコでも良いと思う」

「なんか義理でもらったものもあるけど、それでも手作りだったりするんだよな……」


 もらったチョコの中には透明な袋もあって、既に中身が見えていた。

 義理と言えども明らかに手作りであり、これに対してコンビニで買ったチョコなど返せない気がする。


「もらいすぎたやつなんて返さないことが多いんだから、気にすることないって!」

「そうなのかな」


 まぁ、ホワイトデーまで一ヶ月はあるし、ちょっと考えておこう。



「…………なに?」


 チョコを渡したが、まだ姉がそこにいた。


「光流がどんなチョコもらったかな〜って」

「見るだけなら良いけど」

「おっそわけしてくれないの!?」

「俺にくれたんだから、他に人に食べてほしくないでしょ……」

「は〜、そこ気にする? 相手にとっちゃ誰が食べたかわかんないのに」


 そうかもしれないが、心の問題だ。

 それをすれば俺は後ろめたい気持ちになってしまうとわかっている。


「姉ちゃんだってせっかく渡したチョコを他の人が食べてたら嫌でしょ?」

「嫌だ」

「ほら」


 人が嫌がることを自分ならしていいってことにはならない。


「……一口なら、許すかも」


 そう言いながら、今度は深月からもらったチョコの袋を開けた。


「うわこれなに!? パティシエ!?」


 包装やお店のロゴがないところから手作りだとはわかるのだが、中身は違う。

 冬也がもらったのと同じようにハイクオリティのチョコがそこにはあった。


 冬也のチョコは六つチョコが入っていたが、俺のは四つ。

 色々なデザインのお洒落の小さなチョコがそこにはあった。


 手で一つとって口に含んでみる。


「うめええええ…………」

「えーー!! 食べたいっ!!」


 ほんのりとお酒が含まれたような大人の味。

 甘すぎず、苦すぎず、ちょうど良い味だった。


「コーヒーうめえ」


 深月のチョコはコーヒーとの相性がとても良かった。


「食べたいっ!!」


 食べるのが勿体ない気がしてきた。

 しかも四つだけだからな。大事に食べたい。


「ねぇ、聞いてる!?」


 しずはのなら……。


 言いことを思いついた。


「ひかる〜〜っ!!!!」

「うわあ!? ちょっと!?」


 姉は後ろから俺を羽交い締めにしていて、早く食べさせろと言わんばかりだった。


「こ、これ一つ食べていいから」


 俺はしずはのチョコの箱を見せた。


「生チョコじゃん! すごっ。これガチのやつじゃん」

「だろうな」


 姉が一つチョコをとると俺も一つチョコをとった。

 そして、二人同時に口に含んだ。


 口内の熱ですぐにほろりと溶けてゆく。

 そして外側のコーティングが溶けると、その本性が姿を現す。


「にがあああああっ!?!?」


 姉が叫んだ。


「うめえええ〜〜〜っ」


 俺のは美味しいチョコだった。味から察するにラズベリーのような味だった。

 甘酸っぱいラズベリーが、外側のチョコとよく混ざり合い、甘さと酸っぱさがうまく調和されていた。


「なに!? 光流あんた恨まれてるの!?」

「……そうと言われれば、そうかもしれない」


 恨まれるのは筋違いだけど、このくらい可愛い抵抗だ。


「なんかこれロシアンルーレットになってるみたいで」

「こーひー! こーひーくれ!」


 姉が口を抑えながら要求する。


 テーブルの上にはさっき淹れてきた熱々のコーヒー。

 俺のコップを手に取り姉がそれを飲みだした。


「あぢぢぢぢっ!? ふーふー……ごくっ…………中和されないっ!!」

「そりゃそうだ」


 さっき俺も体験した。苦みは苦みで打ち消せないのだ。


「水! 水ーー!!」


 姉は部屋を飛び出して、リビングに水を飲みに行った。


 八個中、二個が超苦いチョコ。まさか半分が苦いチョコじゃないだろうな。




 その後、鞠也ちゃんや奏ちゃんのチョコも食べた。


 鞠也ちゃんのチョコはどでかいハート型のチョコだった。

 硬くて噛みごたえ抜群だった。歯が欠けるかと思った。


 奏ちゃんのチョコはクッキーで見た目が可愛すぎた。

 後で調べたら、アイシングクッキーというものらしかった。


 ハート型のクッキーにはさらに小さく装飾が施されていて、ハート尽くしだった。

 このハートには意味はないと思うが、奏ちゃんらしい可愛いクッキーだった。

 もちろん味も美味しかった。


 他の義理チョコたちを消費するのに時間がかかりそうだが、手作りのものも多い。

 手作りのものは早めに食べないとよくないと思ったので、それを優先的に食べようと思った。





 ◇ ◇ ◇




 驚きのバレンタインから日にちが経ち、さらに一ヶ月が経過した。


 今日はバンドメンバーで初めて演奏を合わせる日だった。


 俺達はお金を出し合って、スタジオをレンタルした。

 とりあえず二時間だ。


「うわー、まじで俺たち演奏するのか」


 スタジオに入ると、第一声。陸が呟いた。


「ほんとだね。音楽になんて縁がないと思ってたよ」


 人生どうなるかわからないものだ。


「まー、とりあえずやれることはやってきた。やるしかない」


 冬也も陸もちゃんと練習をしてきたようだった。


「私もこういう所くるの初めて。新鮮だな〜」


 そう呟くしずはは自前のキーボードをケースに入れて持ってきていた。


「じゃあ準備すっか」


 冬也の声で、俺達はそれぞれ自分の楽器を取り出し、ケーブルからアンプに繋いでいく。

 各自チューニングをして、音を確かめる。



 まずは、一曲目の練習。『レイナン』の『SISTAR WINDOW』だ。


 俺はマイクの前に立つ。


「じゃあ、陸。頼む」

「オッケー」


 陸がスティック同士をカンカンカンカンと打ち付け、ワンツースリーフォーとカウントを取った。



 ――そうして、俺たちの初めてのバンド練習が始まった。






 ー☆ー☆ー☆ー


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