107話 チョコまみれ
しずはと思い出の地巡りをしてから、数日。
歌詞が完成した。
タイトルは『空想ライティング』。
頭の中で思い描くルーシーを想った曲。
出来た歌詞を透柳さんに見せにいくことにした。
「うん。いいじゃないか。光流くんらしい良い歌詞だと思う」
「ありがとうございます」
「そうしたら、こっちで一旦校正してみるから、一週間くらい待ってもらえる?」
「わかりました」
歌詞は透柳さんに任せて、完成するまで個人練習をすることにした。
◇ ◇ ◇
そうして一週間後。
メッセージで、歌詞を校正したとの連絡があった。
添付された写真から、歌詞を確認。
俺の書いた言葉がほとんど変更されないまま、良い具合に調整された歌詞になっていた。
さすがはプロだ。
ギターだけでなく、音楽関係なら他のことも何でもできるようだった。
その後、しばらくしてしずはからメッセージが入った。
『歌詞見たよ』
とのことだった。
透柳さんからしずはに共有されたらしい。
『そうだったんだ。お願いできる?』
『まぁ、わかってはいたけど。この歌詞の内容……』
普通に考えて、ルーシーのための歌詞をしずはに作曲してもらうだなんて、つらいことないよな。
『ほんとに無理って思ったら全部冬矢に任せていいからね?』
『大丈夫だって。光流の初めてのオリジナル曲だよ? 作曲私ってクレジットしたいじゃん』
そうは言っているものの、歌詞の内容を気にしたことからも、気にしていることは伺える。
でも、自分が作ったというしずはなりの抵抗を見せているのかもしれない。
『なら、良い感じに頼んだ!』
『任せなさい。最高の曲にしてあげる』
『期待してる』
しずはが今まで作曲したかどうかは聞いたことがない。
自分で曲を作ったことはあるのだろうか。
創作ってかなり大変そうだし。
でも、しずはなら良い曲を作ってくれると信じてる。
『とりあえず一ヶ月くらい時間ちょうだい』
『うん。わかった』
一ヶ月後が楽しみだ。
◇ ◇ ◇
朝のホームルーム前。
「――練習の方はどう?」
バンドを結成し、個人練習を開始してから一ヶ月ほどが経過した。
ちなみにまだバンド名は決めかねている。
正直、文化祭だけのバンドなので、個人的にはなくても良いと思っている。
「俺の方はまぁまぁだな。ドラム叩くの結構楽しいぞ」
陸が教室の机でペコペコと手を動かしエアドラムをしながらそう言う。
「俺もまだまだ基礎だな。動画見まくってやってるよ」
でも順調に練習はしているようだ。
今思えば、俺達の中にサボるようなやつはいない気がする。
どんな部活でもサボるやつは出てくる。
向上心の高いやつらで良かった。
「光流はどうなんだよ?」
「俺は順調だよ。皆より早くにギターやり始めてたし。でも歌いながらやるとほとんどうまくいかない」
「同時に二つのことをやるって大変だよな」
せっかくなので小さく口ずさみながら、ギターを弾いているが、これがなかなか大変だ。
歌のスピードに合わせて音を鳴らそうとすると、演奏がおろそかになり、逆に演奏に集中すると歌がおろそかになってしまう。
「とりあえずあと二ヶ月って言ったけど、間に合いそう?」
俺達の一曲目を演奏できるようにする目標は、曲決めをした時から二ヶ月後にしていた。
だからこれも聞いておく必要があった。
「今のままじゃヤバいかも」
「俺も同じだな」
「そっか……なら、伸ばした方が良いのかな」
とすれば、今は二月に入ったので三月か。
「……いや、一旦集まろうぜ。先延ばししても、まだ余裕あるんだってなりそうだし」
冬矢が発破をかけるような発言をする。
「それは言えてる」
陸も同意のようだ。
「わかった。ならあと一ヶ月。できるところまで頑張ろう」
「オーケー」
そんな会話をしていた時だった。
「九藤〜、呼ばれてるぞー!」
廊下に近い席のクラスメイトから、声が飛んできた。
「ん?」
そしてドアのほうを向いてみると――、
「……おいおい藤間さんじゃねーか」
「え? やっぱりあの噂本当だった?」
「学年一美少女の藤間さんが!?」
そんな声がクラスメイトから聞こえたきた。
俺の視線の先には、言うまでもなくしずはがいた。
そして、その後ろには少し隠れてもう一人、深月もいた。
「あ、今日だったのか……」
なんだか朝から男子たちがソワソワしていると思いきや、今日は特別な日だったようだ。
たった今気づいた。
でも深月もいるってことは……。
「冬矢、お前も行くぞ」
「俺も?」
頭にはてなマークを浮かべながらも冬矢も俺と一緒に教室の外へと向かう。
「――今日はなんの日でしょーっ?」
あざとい笑顔と上目遣いでそう聞いてくるしずは。
「バレンタイン、だろ? ……毎年、くれてた」
「あ〜余計なことを……っ! まっ、対面して渡すのは初めてだよね」
俺の余計な言葉に少しだけムッとなったしずはだったが、すぐに切り替える。
今までは手紙と共に渡されていたバレンタインチョコ。
しずはが直接渡してくるのは初めてだった。
「今年も良いのか?」
「うん。しょうがないからあげる! 超自信作っ!」
「はいっ」と言いながらしずはは包装された袋を渡してくれた。
「ありがとう」
「うんっ。感想聞かせてね?」
「……あぁ」
毎年美味しくなっていたお菓子。
今年は何が入っているのだろうか。
「はい、こっちは冬矢の〜」
「ちいっ――」
「なに? 文句でもある?」
するとしずはは、冬矢にも包装された袋を渡した。
ただ、どう見ても俺の袋と比べて小さかった。
「ないです!」
「あとこれ。陸にも渡しておいて?」
――冬矢よりさらに小さい袋だった。
「あぁ。サンキューな」
冬矢は袋を軽く上に上げながらしずはに感謝した。
そして後ろに控えていた人物が、前に出てきて――、
「――ふんっ。ありがたく受け取りなさいよね!」
しずはよりさらに可愛らしい包装がされた袋を、深月が無理矢理に冬矢へと押し付けた。
「うおっ!?」
冬矢はその勢いに驚く。
「あんたはこっち!」
「わっ!?」
俺も深月に無理やり袋を押し付けられた。
ただ、俺と冬矢の袋を見比べてみると、冬矢の袋の方が装飾も綺麗で、少しだけ大きかった。
「じゃあっ!」
「お、おい深月……! ありがとな!!」
「ありがと!」
深月がチョコを渡すな否や、すぐに方向転換。自分の教室へと歩いていった。
「はは。じゃあ二人ともまたねっ」
「おう、深月によろしくな」
「チョコ、ありがと!」
俺達は小走りで深月を追いかけるしずはを見送った。
チョコが入った袋を持ったまま、俺と冬矢が教室の中へと戻ると、男子も女子もざわざわしていた。
「おいおいお前らどういうつもりだよ!」
「藤間さんからチョコだと!? しかもあの若林さんまで!?」
男子から詰め寄られた。
「だから小学校からの友達だって言ったろ?」
「いや、去年まではなかったじゃん……」
確かに。
対面で渡すことはなかったな。
しかも皆に見せつけるように、わざわざ人がたくさんいる前で。
「あいつも心臓強くなったな……」
冬矢がつぶやく。
「はは。だね……」
俺はそれに同意した。
「あ、陸。これしずはから」
「まじ!? ありがと!」
俺はしずはから渡された袋を陸に渡した。
「…………大きさぜんっぜん違うじゃん!」
「そうだね……」
「陸は彼女からもらうから気にすることないでしょ」
誰でも見ればわかるほどの袋の大きさの差だった。
「光流のデカすぎだろっ」
「まぁ……ね」
陸のと比べると三倍くらいも大きさが違った。
あからさまだ。
そうして、しずはと深月のチョコの話をしていたのだが――、
「く、九藤〜!! また人だぞ!!」
「え?」
またもや廊下に近い席のクラスメイトから呼ばれた。
「あ〜〜」
廊下に見えたのは、笑顔で手をブンブンとこちらに向けて振っていた鞠也ちゃんだった。
その後ろには隠れて奏ちゃんもいた。
俺は再度教室の外に出た。
「ひかる〜私からのバレンタイン! もちろん手作りだよっ!」
「鞠也ちゃん……ありがとね」
満面の笑みで袋を渡してくれた鞠也ちゃん。元気いっぱいだなぁ。
「あ、あの九藤先輩っ。これ、よければ……っ」
「奏ちゃんもありがとね。嬉しいよ」
奏ちゃんも恐る恐る、チョコが入っていると思われる袋を渡してくれた。
「あの冬也って人のは用意してないから〜っ」
「はは。そういえばあんまり交流ないもんな」
俺が昔熱を出した時に家で一度は遊んだことがあるとは思うが、チョコを渡すほどの相手ではないらしい。
特してるなぁ、俺。
「ちゃんとお返しするからね」
「ひかる〜、期待してるねっ」
「あ、いえ……お気になさらず……」
本当に対極的な二人だ。
二人を見送って、俺は再び教室へと戻った。
「またお前かよ! どうなってんだよ!」
「まだ朝じゃねーか! もう四つだと!?」
「しかも一年の後輩から!」
さきほどより多くの男子が俺の机の周りに集まってくる。
「だから従姉妹だって前説明したじゃん……」
「いや、それでもチョコ渡してくれてる全員が美少女ってどうなってんだよ……」
「それは俺もわからないよ……」
たまたまなんだから。
「羨まし〜〜〜〜。俺もチョコ! チョコほしいよおお!!!」
クラスの男子が叫ぶ。
それをクラスの女子が引くような目で見つめていた。
チョコをあからさまに欲しがる男子は嫌なんだろうか。
まぁ、俺が女子の立場でもちょっと嫌かもしれない……。
「うっっっっめええええ!! なんだこれ!? お店か!?」
すると冬也の席から、驚く声が響いてきた。
手元を見ると深月のチョコを食べていたようだった。
袋の中には小さな箱が入っており、そこに六つほどのチョコが入っていた。
冬也はその一つを食べたようだったが、残りの五つを見てもお店で売っているようなデザインのチョコになっていた。
やっぱり深月の腕はすごいんだな。
俺は皆に見られながら食べるのは嫌だ。
家に帰ってからゆっくりと食べるのだ。
ここにはコーヒーもないしな。
家で淹れたて熱々のコーヒーと一緒にチョコを楽しみたい。
「冬也。ちゃんと深月に感想言ってあげなよ」
「あぁ、もちろん! とんでもねぇぞこれ。お前も驚くぞ!」
「そうかもな」
深月は何を思って、俺より冬也の袋を大きくしていたのかわからない。
でも、その差はやっぱりそのまま想いの差でもあるんだろう。
「――――はいっ」
ん?
目の前に小さな小さな袋が置かれた。
「九藤くんこれあげるね」
松崎さんだった。
「え? いいの?」
「うん。九藤くんの美人の知り合いには叶わないけどね。義理だよ」
なぜか強調してきた。
「うん。それでも嬉しい。俺甘い物好きだから」
「そうなんだ。ならよかった」
淡々とはしていたが、こうやって面と向かって渡してくれたことはとても嬉しかった。
「――はーい。これ私からも〜」
「え?」
クラスメイトの女子の石井さんだった。
冬也とも仲よさげな女子の一人だ。
俺にチョコを渡し、さらに冬也にも渡していた。
「――渡すつもりなかったけど、私もあげちゃう〜っ」
「うそ? いいの!?」
折木さん。こちらも冬也と仲よさげな女子の一人だった。
まぁ、冬也は大体の女子と仲が良いのだが。
「義理の特別だぞ〜〜」
「どういう意味だよ」
義理なら特別じゃないだろ。
でも、くれるならもらっておく。
なんだか、よくわからない状況になってきた。
人生でこんなにチョコをもらったのは初めてだった。
「九藤ぉぉぉぉ!!! お前だけなんで〜〜〜っ!!!」
男子たちに取り囲まれたまま、俺は怒りの目を向けられていた。
てか、なんで他の男子にはあげないの?
あげてよ。肩身狭いじゃん。
てか俺だけじゃなくて冬也ももらってるじゃん。
「ええと……なんで、だろうね?」
「このやろおおおお〜〜〜〜っ!!!」
男子たちの嘆きが教室の外まで木霊した。
――結局この日、さらに他のクラスメイトの女子からもチョコをもらうことになり、合計十五個もゲットしてしまった。
何かがおかしい。マジでどうなってんの?
去年までは、家族親族を除くとしずは一人だったのに。
こんなことってあるんだな……。
放課後。
俺は家に帰るとコーヒーを準備して、しずはのチョコの袋を開けてみることにした。
ー☆ー☆ー☆ー
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