105話 歌詞の書き方
――バンドの曲が二曲決まった翌日。
学校に松崎さんが来ていた。
風邪は治ったようだ。
俺は教室で松崎さんの姿を見つけるなり、他の机の間をすり抜けて彼女の机の前まで向かった。
「――松崎さん、ちょっといい?」
「く、九藤くん!?」
少し驚きすぎなような気もしたが、気にせずいこう。
「もしかして……あの時のこと……?」
「うん。ちょっと、教室の外に出よう?」
「あ……うん」
俺は松崎さんを教室の外まで連れ出した。
と言っても、生徒が多数通っている廊下だ。
わざわざ歩いている最中に聞き耳を立てるやつはいないだろう。
「――松崎さん、カラオケ屋の前で俺とくっついてた人、俺の彼女だと思ってるでしょ?」
単刀直入に聞いた。
「そうだよ? だってあんなに腕を……」
普段ならもっと快活に会話する松崎さんは、なぜかこういう話になると少しオドオドしていた。
「あれ、本当に姉なんだよね。リアルに」
しつこく強調する。
「……え?」
俺はスマホを開き、写真を見せた。
四人と一匹の家族写真だ。
「よく見れば、俺の母さんと似てると思うんだけど」
「…………」
松崎さんは、俺のスマホの写真をじーっと見つめた。
「……ほんと?」
「ほんとのほんと」
「…………」
少しだけ静寂が流れた。
「ごっ、ごめんなさい! 変な勘違いしてて!」
「誤解が解けたならよかった。俺、今彼女本当にいないから……」
松崎さんはちゃんと姉だと理解してくれたようだ。
「できれば、友達に言ったことも訂正して回ってくれると嬉しいんだけど……」
「――!?」
驚く松崎さん。
「俺の友達経由で彼女と歩いてたって聞かされたからさ」
「あ……ごめんなさいっ!」
「それだけはお願いね」
「うん。わかった……」
よし、これで色々と大丈夫なはずだ。
ただ、一度広がってしまった噂は止まらないっていうし、少しだけ心配になる。
「じゃあ教室戻ろっか」
「うん。……バンドの事については何でも言ってね!」
「あ、そうだ。連絡先交換しよう。そのことについても相談する時あるかもしれないしさ」
「うん!」
こうして俺と松崎さんは連絡先を交換した。
ただ、このあと教室に戻ると、俺が松崎さんを呼び出したために、しばらく変な噂が立った。
しかし俺も松崎さんも否定したことから、数日後にはその変な噂も鳴りを潜めた。
◇ ◇ ◇
――放課後。
今日は事前に連絡していた透柳さんにバンドのことについて相談する日だ。
俺はもう行き慣れたしずはの家へ道のりを、スマホの地図も見ずに歩いていく。
そうして到着すると、透柳さんが家に招き入れてくれた。
その後、ギター部屋に通され二人きりになった。
「――バンドするんだって?」
「はい」
バンドを組んだことはチャットで予め言っていた。
「良いじゃないか。やっぱギターやるならバンドが良い。そもそもエレキを渡したのもいずれそうしてほしいと思ってのことだからな」
「そうなんですか?」
「あぁ。一人で歌ったり弾いたりするのは大抵アコギだしな」
「そう言われればそうかもしれません」
全く気づいてはいなかったが、確かにアコギを使っているバンドはなかなか思いつかない。
「それで、聞きたいことはなんだ?」
「はい。今まで練習してきた曲あったじゃないですか。でも文化祭に向けて三曲も演奏することになったので、そっちの曲を練習しようと思っていて」
せっかく教えてもらっているのだから、ちゃんと報告しておきたかった。
「そんなことか。それならもちろん曲を切り替えても良いぞ」
「ありがとうございます。それで……しずはからは聞いていますか?」
「んん? 何がだ?」
あれ。もしかして……言ってない?
「今回の文化祭だけ、しずはがうちのバンドでキーボードやってくれるって言ってて」
「なにっ!? ほんとか!!」
「はい」
座っていた椅子から飛び上がり、驚く透柳さん。
「ええと。どういうことだ。しずはがバンド? いや……大変だ! はな! はなーっ!!!」
立ち上がったと思ったら、俺を一人を置いて、ギター部屋を飛び出しリビングに向かった透柳さん。
「…………」
「はな! 知ってるか! しずはがバンドやるらしいぞ!!」
「あら、聞いてなかったのね。そうよ」
扉が開けっ放しだったので、少し遠くからではあるが、二人の会話が聞こえてきた。
「なんだよ〜教えてくれよ」
「ふふ。準備期間も長いし、ピアノの練習にはさほど影響はないと思って許可したわ」
そういえば、しずはのあの判断は、既に花理さんに許可をとっていたのだろうか。
それとも、ファミレスでの突発的な発言だったのだろうか。
自分のピアノのコンクールもあるだろうし。
「なぁ、もちろん観に行くよな!」
「…………うちの中学の文化祭は外部の人は参加できないのよ」
「ええええ〜〜!!!! なんだよ! 家族なのにか!? どういうことだよ!!」
「透柳ちゃんの中学もそうだったでしょう……」
「昔過ぎて覚えてないよ!」
微笑ましい会話が繰り広げられていた。
しばらくすると透柳さんが、ギター部屋にトボトボと戻ってきた。
「はぁ……」
「ええと。ビデオで撮る予定なので……いります?」
「ほんとか! 光流くん! ぜひもらえるかっ!?」
「もちろんです」
……いいよな、しずは?
あいつは父に見られるのは嫌がりそうだけど。
「本当ならライブで見たかったんだけどなぁ」
「そうですよね。僕もできれば家族とかに見て欲しかったかもです」
「そういう行事なら仕方ないか」
「仕方ないですね……」
高校生の文化祭と違い、ほとんどの生徒が同じ場所でゲームや競技に取り組むことになる。
正直あの密集地帯に保護者や外部の客が来てしまえば、あまりにもカオスな状況になるだろう。
高校の文化祭は様々な場所に人が分散されるからな。
「それで? 曲は何をやるんだ? もう決まってるのか?」
「あ、はい。実はもう決まっていて――」
俺は既に決まっている二つの曲を話し、さらに一つはオリジナル曲だと説明した。
「中学生でオリジナルか〜。レベル高いなー!」
「そうなんですか?」
「あまり聞いたことないな。そもそもパソコンも使えないと曲作れないしな」
そういえば、冬矢は打ち込みとかしてくれるなどと言っていたけど、どうするんだろうか。
「多分それしずはに協力してもらったほう早いぞ。ピアノで良い感じに作ってくれるはずだ」
「それ、迷惑じゃないですかね?」
「ん〜。文化祭まで十ヶ月もあるし、大丈夫だろう」
「確かにしずはに任せれば良い曲ができそうですね」
「だろ? あいつは天才だからな」
親バカだ。
でも俺も透柳さんの立場だったら、しずはをとことん可愛がるんだろうなとは思ってしまう。
「ちょっとしずはに相談してみますね」
「そうしたほうが良い」
「それと……歌詞を考えないといけなくて。どんな感じで作ればいいんでしょうか?」
これが今回一番聞きたかった質問だった。
そこで透柳さんのなりの考えを聞くことができた。
「――俺は歌詞ってのは感情だと思ってる。誰のためなのか、誰への想いなのか。……心の中で思ってることをぶつけるのが歌詞だ」
「感情、ですか……」
俺の中にある感情。どんなものなんだろう。
「世の中には意味のわからない歌詞だってたくさんあるだろ? でもそいつにとっては意味のある言葉なんだよ。怒りのままに書いてるやつもいるだろうさ『うるせえ』とか『ムカつく』とかな」
「そういう歌詞の歌も結構ありますもんね」
特に激しめのロックバンドやアーティストの歌にはこういった感情的な歌詞が多い気がする。
「俺が高校の文化祭で、はなに歌った歌。もちろんあいつに向けての曲だ」
段々と透柳さんの言いたいことがわかってきた。
「だから光流くんも、その誰かに向けてどんな感情を持ってるか考えてみればいい。そいつとの思い出を振り返るのもいい」
「思い出、ですか……」
ルーシーとの思い出はかなり少ない。一週間と病院で一緒にいた一ヶ月。
でも、ルーシーへの想いはいくらでも出てきそうな気がしていた。
「思いついた単語からでもいい。思い出の場所に足を運んでみてもいい。一つだけいうとな、歌は自由だ」
「自由、ですか?」
「まぁ、プロになると売れそうな曲を書けだの面倒事を言われることも多いが、光流くんの今の立場は違う。これを書いたらだめってのはない」
お金が絡むプロならそういうこともあるだろう。
でも今はただの学生。そもそもプロなんて考えたこともない。
だから自由に書いて良いのか。
「ひとまず周りの目は気にしないで書いてみろ」
「はい……」
「といっても、最終的にはちゃんと曲にならないといけないから、歌詞ができたら俺にも見せてくれ」
「わかりました」
確かに曲というのはメロがあったりサビがあったりする。
ごちゃごちゃでは、曲としては完成しないだろう。
まずは自由に歌詞を考えて、あとで透柳さんに校正してもらおう。
「よし。なら、せっかくだし今まで練習してた曲、ちょっと弾いてみてくれるか?」
「あっ……わかりました!」
『Mr.Olderen』の『名がない詩』。
とりあえず前半部分はなんとか弾けるようになっていたので、それを披露することにした。
「――――」
「――とりあえず、ここまでくらいしか弾けないですけど……」
俺は今弾けるところまでを透柳さんに弾いて見せた。
「光流くん、ギター初めてどのくらいだっけ?」
「文化祭のあとからなので、二ヶ月くらいだと思います」
透柳さんは顎に手をあて、少し考え込む。
「ふむ……確かに最後までは弾けてないけど、今弾いてもらったところまではほぼ完璧だね……(普通二ヶ月でここまで弾けるもんだっけ……?)」
「ありがとうございますっ!」
プロにそう言われると、嘘だとしても嬉しい。
「ここまで弾けてるから曲も最後まで練習してほしいけど、今はしょうがないな。文化祭終わってからだな」
「そうですね」
やることが増えた今、色々することがある。
できれば集中したいからな。
「そういや皆で練習する時に、演奏する場所困ったら言ってくれ。最悪うち使ってもいいぞ」
「ありがとうございます。でも、ドラムは……」
「あぁ、そうだったな。それなら適当に誰かから借りておくよ」
「何から何まですみません……」
「しずはの演奏を家で見たいってのもあるけどな」
そっちが本心か。
けど、しずはなら見せることを拒否しそうだ……。
「じゃあ、また困ったことがあったら何でも聞いてくれ。バンドの練習曲もギターソロあるだろうしな」
「はいっ! ぜひお願いします!」
こうして、透柳さんへの相談を終え、俺は家へと帰宅した。
一つ、歌詞を考えるためにやるべきことが決まった。
最近はあまり行けてはいなかったが、ルーシーとの思い出の地を巡ろう。
その地を巡りながら、俺がどんな感情を持っているのか、どんな単語が思い浮かぶのか。
感じたままにメモしていこうと決めた。
ー☆ー☆ー☆ー
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