102話 曲探し

 ――バンドメンバーでの話し合いをしてから、俺は一人、部屋で色々と考えていた。


 来週もう一度打ち合わせをするので、優先順位としてはバンドで演奏する曲決めだ。


 しかも、三曲のうちの一曲は俺に任せられているからな。


「オタケビノオト……ボロスエ……いや、マイナーかこれは」


 売れてはいるが、知らない人も多いバンド名を呟いてみる。

 マイナー過ぎても盛り上がりにかける。


 それに古い曲はまずない。どちらかと言えば古いバンドの方が好きなのだが、皆がある程度知っているとなれば気にしなくてはいけない。


 いや、古い曲でも誰もが知っているし、カラオケランキング上位に入ってくる曲なら良いのでは?

 そう考えてみるとアリな気もしてきた。


 自分だけで考えるのも微妙な気もしてきた。

 皆が普段聞いているロックバンドはどんなアーティストなんだろう。


 そこで、俺は姉に聞いてみることにした。




 …………




 コンコンっと姉の部屋のドアをノックする。


「姉ちゃん、ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」

「いいよ〜。入ってきな〜」


 俺はドアノブをひねって姉の部屋へと足を踏み入れた。


 姉はベッドを背もたれにして、テーブルの前に座っていた。

 風呂上がりなのでパジャマ姿。ヘアバンドをしていて顔にはシートマスクをつけていた。


 昔より一段と美容に気を遣っているのが伺える。


 俺はテーブルを挟んで向かいに座った。


「なに遠慮してんのよ〜。隣に来なさいよ〜」

「…………」


 まぁ、いいか。


 俺は再び立ち上がり、姉の横に腰を下ろした。


「……光流、最近体はどうなの?」

「調子良いよ」

「そう、ならいいの」


 こうしてたまに俺の体のことも気にしてくれる。

 幸いなことに一つ腎臓がなくなっても普通に生きていけている。


 どちらかと言えば、俺が心配しているのは、他人の腎臓を体に入れているルーシーの体の方だ。

 俺の腎臓はそもそも俺のだったから適合しているしていないもない。

 でもルーシーの体には元々なかった別人の腎臓がある。いくら適合しているとはいえ、それがずっと続いていくかはわからないのだ。


「ねぇ、文化祭でバンドするって言ったでしょ?」

「そうね。私も見に行きたかったなぁ〜。高校でもやってね。絶対行くから」

「はは。未来のことはわかんないよ」


 今はバンドをやることになってはいるけど、高校に入ったらどうなるかはわからない。

 そもそもしずはは今回っきりだし、陸も今回だけ。

 もし高校でやるとなっても、俺と冬矢の二人からのスタートとなる。


「それでさ、文化祭で歌う曲なんだけど、皆が知ってる曲入れたくて。盛り上がるやつ」

「うんうん」

「姉ちゃんとか周りで良く聴いてる曲ってあったりする?」


 すると姉はシートマスクをつけた白い顔のまま「んん〜」と唸り声をあげて思考する。


「……バンドじゃないけど、『ヴェンダリー』は? 曲は『怪物賛歌』とか」

「あー! 別にバンドってこだわらなくても良いのか」


 姉が話した『ヴェンダリー』は、大学在学中にデビューした男性アーティストだ。

 最近ではアニメやドラマ主題歌などにも起用され始め、歌によっては盛り上がる曲もたくさんある。

 知名度も申し分ない。


「友達もカラオケでよく歌ったりするしさ。あとは『ブルラン』……『The Blue La France』とか」

「あー、ブルランも良いね! 『サマーブルース』とかあるね。姉ちゃんすげー良い案出すじゃん!」

「でしょ〜っ」


 良い案出しをした姉は、ニマニマと喜ぶ。


「あと、古くても有名なのは『BAND OF TICKET』とか?」

「『バンチケ』か〜。良い歌しかないくらい良いね。しかもロックバンドだし。ブルランより音程低いから歌いやすさはあるかも」

「光流の声的には『バンチケ』合ってると思うけどな」

「そう……? ちょっと今度カラオケで試してみるよ」


 姉が言うくらいだ。他の人より俺の事をわかっているだろう。 


「なら私と行こうよ! 最近全然遊ばないしさ〜」

「はは。ギターの練習ばっかしてるからね」

「バイトない日あとで送っとくから」

「わかった!」


 姉は姉で忙しい。友達と遊ぶだろうし、バイトもしてる。

 さすがに昔ほど過保護ではなくなったので、弟離れしているけど、そのせいか姉弟としての交流は減った。

 たまには一緒に出かけるのも良いか。


「冬矢の補助もしてるから、家まで送ったあとね」

「あんたって面倒見良いわよね」

「あいつだからだよ」

「……そりゃそうか」


 全員に面倒見が良いわけではない。したい人にしてるだけ。

 こうして、俺は姉とカラオケに行くことになった。




 ◇ ◇ ◇


 


 ――翌日。


 まだ打ち合わせの日ではないが、冬矢と陸は同じクラスなので、少し姉に言われたアーティスト名を話してみた。


「『バンチケ』良いじゃん! なぁ、石井! 折木おりき! お前らも知ってるよな?」


 すると冬矢は突然、近くにいたクラスメイトの女子に話しかけた。

 冬矢にはこういう行動がよくある。


「『バンチケ』? うん。『望遠流星』とか、『BLACK RAY』とか好きだよ」

「私は『故郷の涙』とか『エンジンの唄』とか好きだな〜」

「ほらな。結構みんな知ってる」


 女子でも古い曲は聴くってことか。有名どころだと当たり前になってきてるな。


「なになに〜。歌の話〜? 私も混ぜてよ!」


 松崎理帆まつざきりほさんだ。

 彼女は、文化祭のゲームの時に一緒になったクラスメイト。チームは陸も一緒だった。

 校舎の中庭のベンチの数を数えたけど、結局外れたのを思い出した。


 松崎さんとは、俺も陸もその時から少し話すようになった。

 ついでに冬矢も。


「松崎さんは歌よく聴くの?」

「私めっちゃ聴くからね! てか毎年必ずお姉ちゃんとフェス行くし、ライブも結構行ってる!」


 これは相当音楽好きなようだ。

 せっかくだし、彼女にも聞いてみよう。


「皆が知ってて、盛り上がるバンド……バンドじゃなくても良いけど、そんな曲ってある? あ、高音すぎないやつね」

「良い質問ですね!」


 良い質問ってなんだよ。


 そんな松崎さんは、目をキラキラと輝かせていた。

 好きなことを話す時って興奮するよな。


「『バンチキ』も良いけど、『REDWINGS』とか『オセコン』とかも! 盛り上がる曲もあるよ!」


 松崎さんは前のめりになって話してくれた。


「あ〜。確かに皆知ってるバンドだよね。思いつかなかった」


 やっぱり人に意見を聞いた方が視野が広がるな。 


「――なんで、こんなこと聞いてるの?」


 松崎さんが気になっていることを聞いてくる。


 俺たち三人は顔を見合わせた。

 どうせいつかはわかることだろうし、言っても良いよな。


 三人とも問題ないだろ、とコクコク頷いた。


「俺たち最後の文化祭でバンドやろうとしてるんだ。だからその曲探ししてて」

「えええええええ〜〜〜っ!!! ほんとっ! この三人でっ!?」


 俺の机をバンバン叩きながら、めちゃめちゃ興奮している。


「あ〜、あと一人いるけど……シークレットゲストということで……」


 勝手にしずはの事を言うのもよくないだろう。許可とってないし。

 あいつの人気もあるし、とりあえず当日まで秘密にしておいた方が面白いかもしれない。


「なにそれ〜っ、教えてくれてもいいじゃん〜っ! でもバンドするんだっ! 凄い楽しそう! 私めっちゃ盛り上げるね!」

「応援隊長じゃん」

「するする! フェスとかライブ大好き人間なので!」


 普段はクラスでもおとなしい方な松崎さん。別に陰キャってわけでもなく普通に友達もある程度いる。

 しかしここまで目を輝かせているのを見るのは初めてだった。


 周囲のクラスメイトも松崎さんの声と動きが気になったのか、俺達に視線を向けてきていた。


「まぁ……でも当日まであんま広めないほういいよな? その方面白いだろ」

「……確かにね。なら皆を驚かせてねっ!」


 冬矢が少しだけ釘を刺す。

 松崎さんも理解したようだった。


 でも、そう言われるとハードルが上がる。


「で、ボーカルは誰やるの?」


 まだ聞いてくるのかよ。


「えーと、俺です……」

「ええ〜っ!! 九藤くんやるの!? すごいすごい! 三人の中じゃ一番目立ってなさそうなのに一番目立つポジション! なんか良いっ!」

「……めちゃめちゃ悪口言ってるの理解してる?」


 確かに冬矢とか陸に比べて俺は目立たないほうだけどさ。

 言い方ってもんがあるだろ!


「ははっ。松崎、お前見とけよ。光流のギター」

「九藤くんギターもやるの!? じゃあギタボじゃん! うわーかっこいい!」


 冬矢も俺のハードルを上げてくる。これ以上はやめてくれ。

 かっこいいと言われるのは嬉しいけど。


「一年近くあるからね。さすがにうまくなってないと」


 これでうまくならないやつは絶対練習していないやつだ。

 でも歌いながらギターを弾くという試みにも少し不安がある。

 同時に二つのことをやるなんて大変だろう。


「私、できることなら協力するから! なんでも言ってね!」

「それは助かる。当日は機材運んだり、チェックしたりとかもするだろうしな。今見えない何かもたくさんあるだろうな」

「松崎さんありがとう。何かあったら言うね」


 思いも寄らないところで協力者ができた。

 そっか。世の中には音楽ファンっているもんな。


 俺も毎日のように歌はスマホで聴いているが、松崎さんほど熱はないだろう。


 まさか、自分が聴く側じゃなくて、弾く側・歌う側になるとはな。

 人生何があるかわからないな。



 ――可能なら、ルーシーに見せたかったな。



 せめて動画にでも撮っておこう。

 多分、見せる機会がきたら、とても恥ずかしくなるだろう。


 そんな気持ちを想像しながら、バンドで演奏する曲を絞っていった。




 ー☆ー☆ー☆ー


この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!

もしよろしければ小説トップの★レビューやブックマーク登録などの応援をしていただけると嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る