94話 波乱の誕生日会その1
――今日は俺の十四歳の誕生日。
去年と同じく、家で誕生日会が行われることになっている。
友達を呼ばない誕生日会というのもある意味珍しいかもしれないが、特に呼ぶという話にもならないし、毎年こうだから仕方ない。
「ひかるーっ!」
授業が終わり一人で下校しようと思っていたところ、下駄箱あたりで俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ってみるとそこにいたのは鞠也ちゃんだった。
そしてもう一人、奏ちゃんもそこにいた。
「鞠也ちゃん、どうかしたの?」
笑顔で元気一杯な様子が伺える鞠也ちゃんが俺の方へと近づいてくる。
「今日の誕生日会、奏ちゃんも連れて行っちゃだめ?」
まさかの話だった。今まで家族や親戚だけの誕生日会だったのに、ここに来てそれ以外の人が来るような話になるとは。
「俺は良いよ。母さんには言った?」
「うん、叔母さんにはメッセージしといた!」
「なら、全然OK」
俺は奏ちゃんに向き直ると彼女が一歩前に出る。
「あ、九藤先輩っ。お誕生日、おめでとうございますっ」
すると奏ちゃんが頭を下げながら律儀にお祝いの言葉を述べてくれた。
本当に小動物のようで、お人形さんみたいで可愛い子だ。
守りたくなる子というのは奏ちゃんのような人のことだろう。
「ありがとう。嬉しいよ」
そうして外履きに履き替えて一緒に家に向かおうとしたところ、なぜか鞠也ちゃんがニヤニヤしていた。
「それで〜。まだお願いがあるんだけど〜」
「な、なにさ?」
すると鞠也ちゃんが俺に近づいてくる。
「しずは先輩と深月先輩も誘っちゃった!」
「ええっ!?」
これ良いのか?
てか本人達から全然そんな話聞いてなかったけど。
「お、俺は良いんだけどさ。今まで呼んだことなかったじゃん?」
「だから呼んだの! いっつも家族とばっかじゃん。たまには盛大にやろうよ」
鞠也ちゃんマジ陽キャ。
この子の行動力といい活発さといい、俺ができないような事を普通にしてくる。
血が繋がっているとは思えないほどの性格の違いだ。
「俺のために来てくれるなら、誰でも嬉しいけどさ」
「ならオッケーだね! ちなみに叔母さんにはもうOKもらってるから!」
「行動力っ」
しずはと深月は後から行くという鞠也ちゃんの話だったので、俺と鞠也ちゃんと奏ちゃんの三人で家へと向かうことになった。
◇ ◇ ◇
「ただいま〜」
家に到着し玄関の扉を開けて中に入った。
しかし、その瞬間明らかな違和感が目の前に広がっていた。
「靴が……」
玄関には多数の靴が置いてあったのだ。
めちゃめちゃ嫌な予感がした。
「あれ? お客さんでも来てるの?」
鞠也ちゃんが俺に疑問を投げかけた。
「いや、これは多分……」
なぜなら、その中には姉のものとわかるローファーがあり、似たようなローファーが複数置いてあったからだ。
俺は恐る恐るリビングへと向かい、そこへ続く扉を開けた。
「光流〜! おかえりっ」
リビングへの扉を開けると第一声、元気な声で姉に迎え入れられた。
そして、リビングに広がっていた光景――、
「よーう、少年!」
「光流くん、久しぶりだね」
「わー、男になってる」
「ひかるんおっきい〜」
どこか聞き覚えるのある声。俺の記憶の中の容姿と比べると少し面影もあった。
――謎ダンスガールズだ。
一部はうちの愛犬である黒豆柴のノワちゃんと戯れていた。
「光流の誕生日みんなで祝おうと思って連れて来ちゃった!」
「ま、まじかよ……」
ソファとテーブルの周りでコーヒーを飲みながら駄弁る五人。
姉は俺より三歳年上。俺は今中学二年生なので、彼女達は現在高校二年生ということになる。
全員同じ高校に進学したのか、同じ制服を着ており今風のJKに育っていた。
髪型やメイクもそう、制服の着こなしもお洒落で、完全に四年前よりも垢抜けた四人になっていた。
確か名前は軍団のリーダーっぽい佐知さん、真面目に話をしてくれた風華さん、同じく真面目に話をしてくれた李未さん、ダウナー系のういかさんだったはずだ。
「――お久しぶりです」
俺は頭を軽く下げて挨拶をした。
「いいよいいよ、そんなかしこまらなくて! てか後ろのその子達は!?」
佐知さんが、フランクに話しかけてくる。
以前と変わりないようだ。
「あ、俺の一個下で従姉妹の鞠也ちゃんとその友達の奏ちゃんです」
そうして後ろにいた二人をリビングに通す。
「ひかるの従姉妹の鞠也でーす!」
「鞠也ちゃんの友達、です……」
鞠也ちゃんは謎
「よろしくね! ほらほら、こっち座りなっ」
佐知さんがバンバンとソファの前にあるローテーブルを叩きながら鞠也ちゃんと奏ちゃんを迎え入れる。二人はそのまま謎DGの近くへと座った。
「姉ちゃん、ここからさらに二人増える予定なんだけど……」
「マジ!? 光流〜人望厚くなったねぇ〜」
「いやいやそういうことじゃなくて、絶対狭いでしょ!」
別に俺の家は大きいわけではない。
父と母と姉、さらに謎DGの四人。鞠也ちゃんに奏ちゃんにしずはと深月。
鞠也ちゃん母である希咲さんは来るかわからないが、俺を含めると十三人が一つの家に入ることになる。
「あー、なんとかなるっしょ!」
「姉ちゃんの友達のことは母さんに伝えたの?」
「さっき言った」
「…………」
絶対事後承諾だこれ。
「そういや母さんは?」
「今買い物行ってるー!」
「それ姉ちゃんがこんなに人連れてきたから追加で食べ物買いに行ったんでしょ……」
「いやいや、少し食材持ってこさせたからね!」
「そうなの?」
猪のような姉の行動だが、食糧が足りなることを見越して何か持ってきてるならまだ良いだろう。でも母が買い物に行っているということは結局足りないと思ってのことだろう。
でも、謎DGも俺の誕生日を祝いにきてくれたんだよな……。
俺は謎DGに視線を送る。
すると佐知さんと目が合った。そのまま俺に向けてピースをしてきた。
……いや、やっぱり自分たちが楽しみたいだけだろ!
「まぁ……しょうがないか」
「それで、あと二人は誰くるの?」
「しずはと深月って子……」
「え? 女の子?」
「そうだけど……」
考えればとんでもない状況になっている気がする。
男はどう考えてもこれから増える予定はないし、俺と父の二人だ。
冬矢はまだ入院してるし、絶対に来れない。
「光流ハーレムだねっ」
「し、知らないっ!!」
姉に茶化されたが、とりあえずカバンを置きに自室へと向かった。
…………
「ふぅ〜っ」
俺はカバンを置き、ブレザーを脱いでシャツ姿になるとベッドへとダイブした。
なんだかあの人数を家で見るとドッと疲れた気分になった。
今日の誕生日会は大丈夫だろうか。
ふと、部屋の隅に立てかけてあるギターを見る。
「んんんん〜〜〜♪」
練習中の曲を口ずさむ。
なんだか少し触りたくなってきた。
今日はこれから誕生日会だし触る時間がない。しずはと深月が来るまで少しだけ触っておくか。
俺は透柳さんから借りたタブ譜を開き、それを見ながらギターを弾きはじめた。
まだ序盤も序盤。イントロで苦戦している。
『一万時間の法則』。どこかの学者が提唱した法則らしい。
これは一つの分野でプロレベルになるためには、一万時間の練習を必要とするといったものだ。
俺は学校がある日だと四時間。土日で八時間ほどは練習している。これを一年間、三百六十五日だと計算してみると、約二千時間となる。
この法則に従うとプロレベルになるまでは、約五年が必要だとわかる。
しかし、これ以上は勉強も筋トレなどもあるために時間は増やせない。
俺は限られた時間の中でギターをやるしかなかった。
と言ってもこの一万時間の法則が全てではない。毎日継続してやることが重要なのだ。
「――あ、ひかるギターやってるー!」
ギターを一人で練習していると、いつの間にか部屋の扉が開いていた。
そこには鞠也ちゃんと奏ちゃんがいた。
「どうしたの?」
すると、そのまま二人は俺の部屋の中に入ってきた。
「奏ちゃんがあのお姉さん達に揉みくちゃにされ始めたから逃げてきた!」
奏ちゃんを見てみると、少し涙目になっていて、制服も少し着崩れていた。
何があったんだよ……。
「なら、適当に座りなよ」
「はーい」
「し、失礼します……」
すると二人はテーブルの前に座った。
「…………」
「いや、見られるとめっちゃやりづらいんだけど」
「いいじゃん。見せてよ」
「私も、見たい、ですっ」
鞠也ちゃんはともかく、奏ちゃんに言われたらやるしかない。
なんというか、奏ちゃんのお願いは何でも聞きたくなる。
そうして、俺は練習曲の冒頭を弾き始めていった。
数分すると、奏ちゃんが声を出した。
「あ、あのっ」
「奏ちゃん、どうした?」
すると、もじもじしながら奏ちゃんが立ち上がって、俺に近づいてきた。
「か、勝手にすみませんっ。背筋はこうして、ギターは多分こう持った方が……」
奏ちゃんが俺の背中と肩に触れて、俺の姿勢を正してくれた。
――完全に忘れていた。
そういえば姿勢のこと、しずはに言われてたっけ。
正しい姿勢でやれば長時間の練習でも疲れにくいという話もされた。
俺はいつの間にか姿勢が悪くなっていたようだった。
毎回意識しないと難しいな。
「ありがとう奏ちゃん! めっちゃ助かる!」
「あっ、いえ……ピアノも一緒ですから……」
そういえばこの子、コンクールで深月の次に三位だったんだよな。
それも昔の話だけど。今はどうなんだろう。
「鞠也ちゃんは奏ちゃんのピアノの事知ってたんだっけ?」
俺は間接的に聞いてみることにした。
「知ってるよー! 前にコンクール観に行ったもん!」
「あ、そうなんだ!」
「普通に優勝してたからびっくりしちゃった!」
「えええっ!?」
驚愕だよ。
ということは、しずはとか深月は?
「あっ、しずは先輩と深月先輩は出てないコンクールで……あの人たちはもっと上のコンクールに出たりしてますから……」
「そうなんだ! でも優勝って凄いね!」
「いえっ……! 私なんかまだまだです。しずは先輩の足元に及びません」
そういえば、この子はしずはのファンみたいな感じだったもんな。
ファンでもあり、目標でもあり、尊敬の対象なんだろう。
「あの、そういえば聞きたかったんですけど。――しずは先輩と何かありました……?」
一瞬ドキッとした。
しずはと俺の様子を見て、何か気付いたのだろうか。
奏ちゃんにはさすがに言いにくい話だけど……。
「それ私も聞きたーい。だっていきなり綺麗な髪バッサリ切ってたし!」
髪……そういうので気づくのか?
確かにしずはも女の子は振られた時に切ったりするとは言っていたけど。
でも鞠也ちゃんに聞かせるともっと面倒くさいことになりそうだ。
「なんもない……ことはないけど。聞くならしずはから直接聞いてくれ」
しずはに確認もしてないのに、勝手にあの事を喋るわけにはいかない。
多分、というか確実にデリケートな問題だろうし。
しずはは、あぁやって明るく吹っ切れてはいたけど、裏ではどうかわからないからな。
すると、ピンポーンとチャイム音が鳴った。
母と父は鳴らすわけもないし、鳴らすとしたら希咲さんくらい。
他には――、
「ほら、光流! 迎えにいこっ!」
すると鞠也ちゃんが無理やり俺の腕を掴んで部屋から引っ張りだす。
ギターをその場に置いて、俺は下の階へと向かった。
すると、姉が既に出迎えており玄関の扉が開いていた。そこにいたのはしずはと深月だった。
『お邪魔します』と二人は言い、中に迎え入れられていた。すると姉がこちらを振り返り――、
「光流っ! なにこの子達! めっちゃ可愛いんですけどーっ!!」
深月はともかく、姉はしずはとは会ったことなかったっけ?
うちに来た時には姉がいなかったような……。
この後の展開が面倒くさいことにしかならなそうな未来を想像し、俺は二人を出迎えた。
「しずは、深月。今日は来てくれてありがとう」
――そうして、
ー☆ー☆ー☆ー
最近まで犬を飼っている設定を忘れ過ぎていて全然登場させていないという……。
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