86話 中学二年生 文化祭その2

 ――文化祭二日目が始まった。


 今日は、学校側が用意した行事ではなく、生徒がメインで行われる行事だ。


 という俺は、今回やることはない。

 クラスメイトの数人が、出来上がった『超巨大ウィーリーを探せ』の模造紙を所定の場所に移動させ、クイズを出すだけだ。


 俺のクラスがやったようなクイズ形式のものや展示物は午前中。

 ダンスや劇など舞台上でやる出し物は午後となる。


 スケジュールが決められているものと自由時間に分かれる。

 俺のクラスの出し物はスケジュールに組み込まれた。


 滞りなく行事は進んでいき、午前中のお昼の時間になった。


 俺は冬矢と陸と一緒に展示物を回ることになった。


 まず、来たのはしずはのクラスの出し物だった。

 校庭にずらっと五体のアニメキャラのダンボール工作が置かれてあった。


 装着したい人は装着できるらしい。

 俺達の前にいる見物人はそれを装着すると、記念写真を撮っていた。


 しずはの話を聞いているだけで面白かったけど、実際に見ると意外とクオリティが良く、かなり当たりの展示物だと思った。


「なぁ、三人で被って写真撮ってもらおうぜ」


 冬矢の提案だった。


「オッケー、じゃあ俺クワービィな!」

「じゃあ俺はプカチュウ〜!」


 陸がクワービィで冬矢がプカチュウに素早く決めた。

 俺は残った三体を見比べる。


「じゃあ俺は、くまのポーさんにする」


 黄色と赤のデザインで手元にはツボに大量のさつまいもが入っている。

 もちろんダンボールで作られたものだ。


 しずはのクラスの担当者に俺達はそれぞれ装着を手伝ってもらう。

 まずは胴体に体を通して、次に頭。そして手、足と装着していく。


「はははっ、陸、お前なんだよそれ。デカすぎだろ」


 クワービィは一見小さく見えるキャラなのだが、陸が被ったものは人間サイズに作られているので、相当大きい。


「うるせー、お前だってデカいだろうが」


 同じく冬矢が被ったプカチュウもだ。元々は本当に肩に乗るほど小さなキャラなのだが、こちらも人間サイズに作られている。


「……光柳はなんかそのままって感じだな」

「太ったな」


 俺のくまのポーさんは、人間に近い感じの体格。だからは少し体型はふくよかだが、大きさはそれほど変わらない。

 ちなみに頭の部分が目だけ穴が開いていて、そこから視覚を確保できるようになっていた。


「じゃあ撮りますねー!」


 俺達は適当なポーズをして固まった。

 カシャカシャっという音が鳴り、何度か写真を撮られた。


「はい撮りましたー!」


 写真撮影が終わると、俺達は被り物を脱いで次の展示物を回ることにした。




 ◇ ◇ ◇




「光流、うちのクラスの見に来たんだ」

「行かなくて良かったの?」


 私は少し遠目で光流達の様子を見ていた。

 光流たち同様に特に現場対応はなかったので自由時間だった。


 横にはしずはも一緒にいて、少し心配をしてくれる。


「うん、会うのは今じゃないから」

「――あんた、やけに今日は良い顔してるわね」

「そう見える?」

「そんな感じがする」


 私は用具室の前で光流に言われた言葉を受け入れて、今日という日を清々しく迎えた。

 今までの自分のしてきた努力を肯定し、自信を持って光流に気持ちをぶつける。

 本当の覚悟ができていた。


「合ってると思う……今度こそ覚悟できてるから」

「そう。ならいいわ。私から言うことはない」

「心配ありがとね……」

「…………」


 いつもならここで『ふんっ』というはずの深月。

 今日は何も言わなかった。


「深月、どうかしたの……?」

「こっちが緊張してくるわよ……」

「珍しいの。緊張なんかしたことなさそうなのに」

「まぁそれはしたことないけど……」


 深月は私のことが心配なんだ。

 彼女と関わる度に、良い点が見えてくる。

 これは仲が良いという人限定かもしれないけど。


「ありがとね。近くに深月がいたからここまでこれたよ」

「……なら、絶対に後悔がないように全部出しきりなさいよ」

「うんっ! わかってる!」


 私の中で高校に入ってからはちーちゃんよりも深月の方が親友になっていた。

 関わる頻度が違うからこうなるのは自然なことだったかもしれないけど、それでもいつも一緒にいてくれるということは、本当に心の拠り所となっている。


「ほら……パワーほしいんでしょ」


 横にいた深月が右手を差し出してきた。

 自らこういうことをしてくるなんて……。


「嬉しい……深月大好きっ」

「あんたね……それ私に言う事じゃないでしょ」


 それはそうかもしれないけど、これは友情として。


「本当のことだもん。本当にそう思ってるから。深月は私のことどう思ってるの?」


 左手で深月の右手を握りながら、私は深月に質問をした。


「嫌いではないけど……」

「けど……?」

「その先はない!」

「もう……いつまでたってもツンデレさんだなぁ……」


 好きとは言ってくれない深月。

 素直じゃないなぁ……。


 そう深月と会話している時だった――、


「――やっと見つけたっ!!」


 後ろから声がした。

 私達は二人して振り返った。


「ち、ちーちゃん?」


 そこにいたのは千彩都……ちーちゃんだった。


「はぁ……はぁ……もう〜校庭が広いっ!」

「探しにきてくれたの?」


 ちーちゃんは息を切らしながら、膝に手をついていた。

 周りには誰もいない……ちーちゃん一人だった。


「しーちゃんごめん……! 今まで全然時間作れなくて! 今のこの時間しかないと思って!」

「ううん、良いの。ちーちゃんだってバスケ頑張ってるもんね」


 二年に上がってからの半年間。

 数ヶ月に一回ちーちゃんに会えればいいレベルだった。


 メッセージでのやりとりはずっとしていた。

 でもなかなか会えずにいた。


「いや……作り出せばいくらでも時間はあったはずなのに……私が作れなかった!」

「開渡だっているしさ、ちーちゃんはちーちゃんの時間も大事にしてほしい……」

「もう……あんたは大人になっちゃって……」


 吐息を吐き出しながら、ちーちゃんは私の隣に並んでくる。


「ちょっとあそこの壁際まで行こう。五分だけでいいから」

「深月? いいよね?」

「……いいわよ」


 そうして私達は、校舎の建物の壁際へ歩いていった。




 …………




「――しーちゃん……覚悟、できたのね?」

「うん。言った通り、今日……」


 ちーちゃんの目的は、光流についての話をすることだった。


「今までよく頑張ったねっ……」


 ちーちゃんがその場で私を抱き締める。

 彼女の体は震えていて、その体から気持ちが伝わってくる。


「ふふ。まだ早いよ。これからなんだから」

「そうだねっ……そうだねっ……」


 中学二年生に上がってからは、なかなか会えずにいたちーちゃん。

 もう遠くに行ってしまったと思っていたけど、違ったみたいだ。


「――ほら、あんたもパワー送ってあげなさいよ」

「えっ……?」


 深月がさっき私にしてくれたこと。

 ちーちゃんにも同じようにと話す。


「あの深月ちゃんがこんなこと言うなんて……」

「深月も成長してるんだよ」


 ちーちゃんの驚いたような顔をしてつぶやく。


「じゃあ……」

「うん」


 ちーちゃんが右手を差し出してくる。

 私も右手を差し出して手を握った。


「ほら、パワー送ったよ。あの時みたいに……」

「あの時……」


 ちーちゃんが言うあの時。

 私が光流の為に努力してピアノを頑張った時。

 それぞれ四人に握手してもらってパワーを送ってもらった時のことだ。


 私の手が強く握られる。

 ちーちゃんの手の温かさと力強さが私に力を与えてくれる。


「……ありがとう……パワー、届いた」

「じゃあ、全部ぶつけてくるんだよっ!!」

「うんっ!!」


 握っていた手を放すと、ちーちゃんはそのままこの場所を離れていった。



 私は校舎の上に設置されている巨大な時計の針が動く度に、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。


 あとは時間が過ぎるのを待つだけ。




 ――今までの全部をぶつけるんだ。



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