85話 中学二年生 文化祭その1

 ――文化祭一日目。


 約束の日の前日。


 自信を持って言ったけど、しずはに余計なことを言ってしまったと後からずっと思っていた。


「これだって思ったらなんか変に突っ走っちゃうんだよなぁ……」


 しずはを傷つけていないだろうか。

 でもこれを直接聞けるわけがない。


 彼女だって、もう覚悟ができているんだ。

 正直今日はそのことばかり考えていて、文化祭のことは全然頭に入っていなかった。


 しかしそれでも、文化祭の行事は進んでいって、俺も参加しなくてはいけないものも出てくる。



『謎解き×ダッシュゲーム』。俺が参加するゲームだった。


 一日目は先生方が用意したイベント。

 現在は体育館で行われている。


 このゲームはクラスから三人選出。


 文化祭実行委員が数人並んでいる机の上にある札を一つ引く。

 その札には謎が書かれていて、体育館の片方の扉から廊下に出て走り、走っている間にその謎を三人で考える。

 廊下を一周し、もう片方の扉から体育館へと戻って来る。


 そして、文化祭実行委員に答えを回答し、正解の早さを競うというのがこの『謎解き×ダッシュゲーム』の内容だ。

 謎解きとは言われているが、どんな問題が出されるかは不明らしい。

 


 俺はこのゲームの参加者に選ばれた。


 一緒に参加するのは、二年になって仲良くなった東元陸と普段はあまり話さない女子の松崎理帆さん。


 俺達はスタート位置に着く。



「光流、お前頭いいから今回のは楽勝だな!」

「そうだよ。九藤くん任せるからよろしくね」


 そう二人に言われた。


「いや……これ勉強じゃなくて謎だからな?」

「そういえばそうだった」

「でもこういうのも頭が良い人がすぐ答えがわかるものでしょ?」


 いや、俺はそもそも頭が良いというわけじゃなく、勉強を頑張っているだけ。

 地頭の良さではない。IQとは違う。


「お前たちもちゃんと問題の答え考えろよ」


 松崎さんもあまり話したことがないけど、結構言ってくる人のようだ。


「じゃあ始めるぞー! よーい、スタート!」


 先生の合図で、俺達は机へと駆け出した。


「とりあえずこれだっ!」


 一枚の札を取ってひっくり返す。


「これは……」

「走りながら確認しようっ!」

「そうだった……!」


 今、机の前で問題を確認しても意味がない。

 これはスピード勝負。走りながら考えないと効率が悪いゲームだ。


 俺たち三人は廊下へと走り出した。


 既に先には他のクラスの生徒達が走り出していた。

 今俺達は四番手くらいの順位だ。


 そうして、走りながら問題を読み上げる。

 

『校舎の中庭にあるベンチの数を答えよ』


「謎でもなんでもねーじゃねーか!」

「これ……この廊下の窓から数えられるんじゃね!?」


 俺がツッコミを入れていたところ、陸がそう答えた。


 確かにすぐ横には、広い中庭が広がっている。

 ちょうど逆方面の体育館の入口に繋がっているこの廊下は中庭に沿って走るコースになっていた。


「皆、数えるぞ!」


 俺達はそれぞれに走りながら横目に中庭のベンチの数を数えていった。


 もうすぐ廊下が終盤になりかけた頃、三人で答え合わせをすることにした。


「七つ!」

「八つ!」

「九つ!」


 全員答えが違った。


「どれが正解なんだよ!」

「この場合は一番多いのが正解なんじゃないか?」

「同じベンチの数を数えてるかもしれないよ」


 結局、答えがどれかわからなかった。


 ちなみに回答回数は一回まで。

 失敗するとそのクラスは負けとなり、景品はもらえない。


「どうする! どれにする!?」

「もう九藤の九で良いんじゃね?」

「適当過ぎるでしょ」


 陸の謎の言い分に松崎さんがつっこむ。


 何かヒントはないか……。

 俺は必死に考えた。


 ベンチの配置を考えてみよう。

 学校というのは、大抵等間隔にベンチのようなものは置かれているはず。


 この中庭はちょうど長方形の形をしている。

 長方形の長い部分に三つのベンチが置かれているとすれば、左右で六つ。

 そして、長方形の短い部分が二つだとすれば、反対側を含めて四つ。合計十個になる。


「あれ……十個じゃね!?」

「なんでだよ!」

「九藤くんどういうこと!?」


 もう体育館の扉を抜け、少し走れば机の前になるところまで来ていた。


「光流、どうすんだ!?」

「十個で行く!!」

「よし、まかせた!」


 俺たちは、机の前までやってきて、文化祭実行委員の前に立つ。


 それにしてもしんどい。

 喋りながら走るってかなりきつい。


「はぁっ……はぁっ……これっ!」


 俺は札の問題を文化祭実行委員に見せる。

 そして答えを言う。


「答えは十個!」


 文化祭実行委員は、手に持っていた正解が書かれてあるであろう紙で問題の答えを確認する。


「どうなんだ!?」


 陸が机に両手を置いて急かす。


「――答えは九つですね」

「なんでだぁぁぁっ!」


 俺は叫んだ。


「やっぱ九藤の九で良かったじゃん」


 頬を膨らませていた松崎さんに言われる。


「あ、あのっ! 左右に三つずつ、上下に二つずつで十個じゃないんですか!?」


 俺は自分が考えた計算が間違っていないかを聞きたかった。


「ええと、元々は十個だったらしいですけど、体育館側のベンチが老朽化で現在は一つ撤去されてるみたいです」

「俺の予想は合ってたのに〜〜〜っ!!」


 なんで都合よく撤去されてるんだよ。


「光流、どんまい」

「九藤くん、自分の名字を信じればよかったのに」


 二人に肩を叩かれて、俺達は何も景品がもらえずに自分たちのクラスがいる場所へと戻っていった。



 色々あったが、走ったり考えたり叫んだりした結果、なんか悩みが吹っ飛んだ気がした。

 意外と楽しいな文化祭。


 やっぱり俺、体を動かすことは結構好きみたいだ。

 今日は家に帰ったら少し長めにジョギングしようかな。




 ◇ ◇ ◇




「なんかあいつ、凄い叫んでるわね」

「楽しそうだねっ」


 私は深月と一緒に光流がゲームに取り組んでいる様子を後方から見ていた。


「不正解だったみたい」

「意外とこういうのは得意じゃないのかな」


 光流は勉強の成績は良いけど、このようなゲームの全部ができるわけではないらしい。


「深月、明日……大丈夫?」

「……わかってるわよ」

「うん……本当にありがとう」


 深月には言っていた。


 見守っていてほしいと。


 どんな結果になったとしても、深月にはすぐに知っていて欲しかった。


 一応、ちーちゃんにも連絡している。

 ただ、部活があるので、時間によっては来れるかはわからないそうだ。


「よく音楽室の鍵貸してもらえたわね」

「最初は荷物忘れたとか言おうとしたんだけど、音楽の先生がうちのお母さんのこと知ってたみたいで。勝手に何かを勘違いして、貸してくれることになった」

「ほんと意味わかんない」


 まさかだったけど、母は意外と顔が利くようだった。

 この学校が母校ではなかったとは思うけど。


 ピアノはピアノ業界で狭いから、名前が売れている母のことは知っていたのかもしれない。


「な、なによ……」


 私は深月の手を握っていた。


「少しだけ、パワーちょうだい?」

「ほんとしょうがないわね……」

「深月、ありがとう……」

「まだ明日もあるのに」

「明日もパワーちょうだい」

「欲深い女ね」

「うん。ごめん……」


 深月は意外と優しい。

 意外とというのは失礼だけど、"私には優しい"というのが正しい言い方だろう。




 ◇ ◇ ◇




 ――文化祭一日目が終わった。



 俺は、ゲームで走り回ったのに、まだ体力が有り余っていた。


 だから今日もジョギングをしに、いつものルートを走った。


 あの公園。ルーシーとの思い出の公園に今来ている。


 ドーム型遊具の中に入り、体育座りをして無言で精神統一をする。



「ルーシー……明日だよ……」


 独り言をつぶやく。俺の声がドームの内側で反響した。



「色々と覚悟を決めたけど、ちゃんと向き合えるといいな……」


 しずはにあんなこと言っちゃったけど、強いしずはで会ってくれるだろうか。

 俺は信じてる。あいつはできるやつだ。


 しずはと出会ってから四年か……。


 病室で出会って、何度もお見舞いに来てくれるようになって。

 退院後は家でも遊んで、コンクールに誘ってくれて凄いピアノの演奏を見せてくれて。


 優勝したくせにノーミスでできなかったことに満足いかず最後には泣いて。

 俺が発破をかけることになり、一年半後にノーミスで優勝して。

 いつの間にか海外のコンクールまで出るようになっていて。

 

 俺へのラブレターをくれるようになって。

 バレンタインや誕生日にくれるお菓子は、どんどん上手になっていって。

 手紙の文字からは、ちゃんと心がこもっていることが伝わってきて。


 いくら鈍感な俺でも、努力と本気が嫌と言うほど理解できて。

 そんなの、俺が大好きな部類の人間で……。


「それでも俺は……言わなくちゃいけないんだ」



 一人は俺が四年間ずっと想ってきた相手を思い浮かべながら。

 もう一人は四年間ずっと俺を想ってきたであろう相手を思い浮かべながら。


 俺がどう過ごそうとその時はやってくる。


 ドーム型遊具を出て帰路についた。



 ――そうして、覚悟の文化祭二日目が始まった。



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