74話 努力の原点

「ここまでくりゃいいだろ」


 俺たちは皆と別れてからスカイツリー近くのカフェに入っていた。

 この時期の店内はかなり賑わっており、奇跡的に空いた席に座ることができた。


「冬矢、今日はありがとね」

「いいってことよ」


 冬矢がこうやって時間を作ってくれたのでお礼に俺がカフェ代を奢った。


「は〜あったかい」


 俺はココアが入ったカップを持ち、口に注いだ。

 ココアの甘い味が喉へとゆっくり通っていく。


「……じゃあ、その子の話だな?」

「うん。自分の中では断るしかないって思ってはいるんだけど、その子のこと考えると、物凄く申し訳なくて」

「まぁ、それだけお菓子とか手紙をくれたらな。多少なり情は出てくるよな」


 いきなり告白してきたら多分それほど罪悪感はでないと思うのだが、先に色々と与えられてしまうと罪悪感を感じてしまう。

 これが、与えられたら返したい気持ちになる返報性の法則というやつなのかもしれない。


「多分、今年告白してくると思うんだ。できれば傷つけたくない」

「俺はお前が最善の選択ができるやつだと思ってるけどな」

「どういうこと?」


 つまり、心配ないということだろうか。


「俺が思うお前の良いところは、一つ決めたら一直線だってところだ」

「一直線……それって良いところなの? なんか頑固っぽいけど」

「俺が適当に答えた筋トレを今でも続けてるし、勉強もどんどん成績が上がってる。すげぇよ」


 確かに継続はしているけど、それが何か関係あるのだろうか。


「それは冬矢もじゃん」

「違うんだよ。俺はサッカーが全てじゃねえ。今はそうだけどいつか辞める時が来るかもしれない。その時は俺は潔く辞める」

「そうなの? てっきりここまで来たら絶対プロになりたいって思ってるかと」

「まぁ、なれたらな? でも絶対そうじゃなくてもいい。その点お前はそういうブレがない」

「イマイチわかんない」


 冬矢は何の話をしているのだろう。

 話が見えてこない。


「ルーシーちゃんの事だよ」

「……ルーシーの?」

「たった一週間しか会話してない相手の事をもう三年も想い続けてるんだぞ?」

「まぁ……だってそう考えちゃんだもん」


 これは自然現象だ。どうやってもルーシーへの気持ちが消えることはなかった。

 俺はこの気持ちを受け入れてる。


「ルーシーちゃんのことがあって、筋トレもジョギングも勉強も頑張ってるんだろ?」

「そうだね……」

「それは普通じゃない。俺だったらその間に絶対他の奴と付き合ってる」


 冬矢はそうかもしれない。

 一ヶ月前にメッセージで言ってた話か。『俺とお前は違う』っていう。


「そういうものかなぁ」

「それだけ衝撃的な出会いだったからってのもあるかもな」


 それはそうだ。あの一週間、そしてルーシーがアメリカへ行くまでの一ヶ月。

 あまりにも俺には記憶に焼き付き過ぎて、色褪せない。

 

「ともかくな。光流がいくら悩もうと、誰かを振ろうと、お前の気持ちは当初の一つからブレてないんだよ」

「そう、かも……」

「最初から決まってる答えをグダグダ考えてもしょうがない」

「それでも悩んじゃうんだよ」


 俺はこういう性格なんだろうな。考えすぎて軽くはなれない。

 大人になるに連れて余計な知識がどんどん増えていく。


「お前はお前が大切にしてる気持ちを、その相手にも伝えろ」

「俺の大事な気持ち……」

「これで納得しないやつはいない。お前の気持ちは絶対ブレないって伝わる」


「俺はな、正直心配してないんだ。その時になれば、お前は自然と言葉が出てくるタイプだ。多分お前なりの言葉を伝えられるよ」

「そうだと良いな」

「あぁ、長年お前と友達をしてきた俺が言うんだ。安心しろ」


 冬矢の信頼の言葉。嬉しい。

 こういう友達一人いるだけで、本当に見える世界って違うんだろうな。

 ルーシーもこんな感じの友達、できてると良いな。でもあっちは外国人ばかりだからどうなんだろう。


「はは、冬矢はほんと凄いなぁ」

「何言ってんだよ。凄いのはお前だよ。覚えてないかもしれないけど、小学校低学年の時だったかな……」

「なんの話?」


 突然、俺達が仲良くなり始めた時のことを話しだした。


「俺な、スクールでサッカーあんまり上達しなくて悩んでた時あったんだ」

「うん」

「そんな時、お前なんて言ったと思う?」

「……全然覚えてない」


 まじでその時は覚えてない。俺が鮮明に思い出せる記憶はルーシーと出会ってからの記憶。

 それより前はうろ覚えだ。


「お前『なら上手くなればいいじゃん』って言ったんだぞ? そんなのできるならしてるわって思ったね」

「はは。何だよそれ。答えになってないじゃん」

「でな、そのあとに『上手くなるまで練習すればいいじゃん』って言ったんだよ」

「なんか、普通のことじゃない?」


 俺が言った言葉だとしても、特に凄いことは何もない気がするけど。


「アホ。今のお前見てればわかるよ。あの時俺はこう解釈したね。『努力が足りない』って」

「俺、絶対適当に言ってるよそれ」


 小学校低学年が言うことに正解があるはずがない。


「そうかもな。まぁでも俺はそこから努力したんだよ。上手いやつはどんな練習してるとか、どうすれば上手くなれるとか。今までやってこなかった研究をし始めたんだよ。自分のこと撮影したり、動画サイトで上手い人のプレーとか見て」

「それは、冬矢の努力の結果じゃん。俺全然関係ないよ」


 冬矢が自分で頑張ったなら、俺の関与なんて微々たるもの。

 俺が言わなかったら他の人が言ってたくらいのものだ。


「お前がそう言ったから俺は努力したんだよ。あの時のお前に説得力があったわけじゃない。でもなんか俺には的を得てた気がすんだよ」

「なんか、変な感じだね。俺なんてゲームとかで遊んだりしかしてなかったのに」

「さっきも言ったけど、今のお前を見ればわかる。努力の天才なんだよ」

「こんなの誰にだってできるよ」


 だって、筋トレしてジョギングして、勉強してるだけ。

 スポーツもしていなければ、たまにゲームすらやったりしている。


「努力の継続って難しいんだぞ?」

「そういうものかな」

「スクールだって腐るほど辞めてきたやつ見てる。ユースだってそうだ。簡単に落ちて辞めてくよ」


 厳しい環境になればなるほど、その努力の方向もレベルが高くなっていくだろう。

 冬矢は今、そんな環境に身を置いている。


「じゃあ、冬矢の努力は凄いってことだね」

「俺はお前の言葉がなかったら、小学校の時にサッカー辞めてるよ。だから今の俺は、お前の言葉半分、俺の努力半分だと思ってるんだ」

「誇張し過ぎ」

「お前はそう思ってていい。でも俺はお前に感謝してるんだ」

「恥ずかしいこと言うね」

「お前見た目は平凡なくせに、影響力が凄いんだよ」

「めっちゃ貶されてるんけすけど」


 影響力か。俺は別に何かしたつもりはないんだけどな。

 勝手にそう受け取られただけ。


「はは。お前に変えられたやつ、何人いるんだろうな?」

「さ、さぁ……」

「少なくとも三人は確実だろうな」

「誰だよ……」


 冬矢は答えなかった。


「そういやな、俺、ナショナルトレセンに選ばれたんだ」

「えっ……どういうこと……?」

「日本代表じゃないけど、それに近いものだな」

「うそだろ?」


 いやいやいや。ちょっと頭の整理がつかない。

 今の所属チームの代表メンバーじゃなくて? いや、チームの代表はもうなってるか。


「もう相手が世界じゃん」

「国際試合はもう東京トレセン選抜でやった。でもヨーロッパとかが相手じゃないからまだまだだよ」


 まじかよ。夢じゃない?


「これじゃあ、いずれしずはを追い越しちゃうね」

「さぁ、どうだろうな」

「まじで応援してる!!」


 やばい、興奮してきた。

 ってことは、絶対公式ホームページとかに名前載るじゃん。

 てか、もう既に載ってる? あとで検索してみよ。


「お前が適当に言ったと思ってる言葉に影響受けたやつが今やこうなってるんだぜ?」

「そう言われると困るんだけど」

「はは、まぁ応援だけしてくれたらいいよ」

「なんか俺の周りは凄いやつばっかで困るなぁ」


 話がぶっ飛びすぎて、あんまり会話の内容が入ってきていないが、とりあえず凄いことがわかった。

 後でネットで調べたら、日本の有名サッカー選手もU-14の代表に選ばれてきているのを知った。

 冬矢の実力はプロ相当になってきているとわかった。


 冬矢……頑張れ。

 ずっと応援してるからな。




 ◇ ◇ ◇




 俺達はカフェを出て外を歩く。

 カフェの中と違って、外の空気は冷たく息が白い。


「そういや、何お願いした?」


 冬矢にそう聞かれた。


「あー、ええと……」

「何だよ。言えないことか?」


 少し口ごもってしまった。

 俺はルーシーについての事はほとんどの人に言っていない。

 知っているのは家族くらいだ。だってあまりにもデリケートな問題だから。


 冬矢にも詳細は話していなかった。


「冬矢なら、勝手に人に言わないよね」

「まぁ、お前に関することならな」


 そうだ。冬矢はいつも俺について悪い方向へ進む行動はとらない。

 だから俺も安心して色々な話をしてきた。

 逆に今から裏切られたら人間不信になってしまう。


「うん。ルーシーの病気が治りますようにって願った」

「病気……? 初耳だな」


 初めて家族以外に話した。


「うん。これは本当に誰にも言わないでほしい」

「わかった」


 俺は自分がわかっていることだけ話すことにした。


「難病なんだ……顔の。そのせいでずっと顔に包帯巻いててね、だから多分いじめられてたんだ」

「あぁ……あの時のな。そういう理由だったんだな」


 俺は退院してからすぐ冬矢と一緒にルーシーの小学校を見に行った。

 そこで全員がいじめていたわけじゃないと知った。

 でも主犯は八人いて……。


「ルーシーさ、もし病気が治ったらって言ってたんだ……」

「そっか」

「だから、願っちゃった……」


 ルーシーの病気がもし治ったら、俺はどんな気持ちになるのだろう。

 嬉しくて嬉しくて、どうしようもなくなるかもしれない。


 病気の状態でもあんなに綺麗だったのに、病気が治ったら……。


「いじめてた奴らも掌返すんだろうなぁ」

「はんっ。良いじゃねぇか。そういう奴らはいつか絶対しっぺ返しがくる。いつでも手伝うぜ」

「冬矢はもうそういうトラブルに巻き込んじゃいけない人間でしょ」

「まぁ……できればだけど。でも俺はその時したいようにするから」

「ありがとう……」


 もしルーシーの病気が本当にずっと治らなかったら……。

 誰も治してくれないなら。


 俺が治しても、良いのかな。


「お医者さん、か……」

「なんだなんだ? 医者目指すのか?」

「人の病気を治すなら、お医者さんかなって単純に思って」

「光流なら良い医者になれるだろうな」

「ふわっと思っただけだけどね」


 今十三歳。このまま順調に学生生活を送って現役で大学を合格したとしても医者になるのは約十年後。

 しかも最初は研修医だろう。


 そういう病気の研究に取り組めるのはいつになるだろう。

 というか医者って研究してる暇あるの?

 全然わからない。

 そう考えるとあまりにも時間が惜しかった。


 そう言えば、移植手術を担当した天王寺先生はどうしてるかな。元気してるだろうか。

 今はたまに検診で通っているけど別のお医者さんが診てくれている。


 あの時、天王寺先生が手術を完璧に成功させてくれたことで俺も生きてるし、ルーシーも生きている。

 もしあんなお医者さんになれたら、俺もルーシーだけじゃない誰かの役に立つこともできるのだろうか。


「思い詰めんなよ」

「うん。でも今日冬矢に会えて良かったよ。これからどんどん会えなくなるからさ」

「せめて同じクラスになれたらなー」

「二年生のクラス替えはどうなるかな」


 冬矢と話して、とても心が晴れた気がした。


 冬矢は何があっても俺の味方だ。

 なら、俺も何があっても冬矢の味方だ。



 俺達は人混みの中を掻き分けて駅へと向かった。




 ー☆ー☆ー☆ー


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