40話 チケット行使

「ここが、ルーシーの部屋……」


 食事が終わり、四人で私の部屋でお茶することになり、ちょうど部屋のドアを開けたところだった。


「というか俺なんて初対面なのに、いきなり部屋入って大丈夫か?」

「うん、だいじょ――」

「冬矢は廊下ね!」


 冬矢くんが、そう恐縮したので、私は大丈夫と言おうとしたのだが、真空がまたいじわるする。


「まださっきの怒ってんのか〜?」

「さぁねっ」


 ”さっきの”というのは、アーサーに指摘されて相性が良さそうだと言われたことだ。冬矢くんは光流に宥められて真空に対してのいじわるは一時的には止めたようだったが、真空はまだ根に持っているようだった。


「真空……もう、強情ね」

「ルゥシィ〜〜っ」


 真空が甘い声を出しながら、私の背中に隠れる。


「もう……冬矢くん。真空のことは気にしなくていいから、ほら入って」


 そうして、光流と冬矢くんを私の部屋に招き入れた。


「でっっか……」

「すげ〜、お姫様だ」


 お姫様というのは真空と似た感想だ。

 ただ、この部屋は今の私物を全く揃えていないので、ちょっと簡素だ。来年戻る時には、アメリカの部屋にある私物を持ってきて、ちゃんと揃えたい。


「一昨日戻ってきたばかりだから、ちょっと物が少ないけどね」

「そうだぞ〜、アメリカのルーシーの部屋なんかもっと可愛いんだからっ」


 真空が補足してくれる。


「…………」


 光流がどこかを見つめていた。

 私のベッドだった。


「光流……、あんまり、ベッド見られると……ね」

「あっ……ごめん」

「ううんっ、いいの。気になる、よね……男の子なら……」


 部屋の中でもベッドというのは少し神聖な場所に感じる。同性ならまだしも、異性にじっと見つめられると恥ずかしい。

 お手伝いさんが綺麗にしてくれてはいるけど、昨日も私と真空が寝たし、何か残っていそうで、緊張する。


「おいおい光流……ムッツリはよくないぜ。男は堂々としてなきゃ」

「お前は節度がなさすぎるんだよ」


 この会話から、そういう話は光流はまだ恥ずかしいらしい。それは私も同じだ。

 一方冬矢くんは多分よく話すんだろう。真空と似てる……。


「とりあえず、そこ、皆適当に座って?」


 私はL字型ソファの前にあるローテーブルを指差して皆を誘導する。

 私と真空がソファに座り、光流と冬矢くんが、カーペットが敷いてある床に座ることになった。


 数分すると、牧野さんが、お茶類とクリスマス用のお菓子を運んできてくれた。


「ルーシー、料理凄い美味しかったよ!」

「光流……ありがと。お母さんも喜ぶよ」

「えっ!?」


 これは母が作ったとは思っていない顔だ。真空に話した時も驚いてたな。


「お家の料理はね、大抵お母さんがメニューとか決めてて、お手伝いさんは補助役が多いんだ。今日の料理の並びを見ても、多分お母さんがメインで作ってた感じの料理だった」

「うそ……凄すぎ。だって、もうお店で出してもおかしくないくらいだったから、料理人が作ってるのかと思った」

「まじかよ……ルーシーちゃんのお母さんとんでもないな……」


 うちでは料理人だけは雇っていない。母が料理しない時でも、牧野さんのような料理ができる人が食事を作ってくれる。お手伝いさん達は皆、一通り料理ができる。


「そうでしょ。お母さんの料理は何でも美味しいんだっ」

「光流くん、実はね。ルーシーも少し料理するんだよ?」

「そっ、そうなんだ……!」


 真空がお店の販売員のように私という商品をアピールし始める。


「た、たまにね……? 毎日じゃないよ。お母さんみたいに何でもはできないし」

「なーに言ってるの。前だって、私に作ってきてくれたお弁当すっっごい美味しかったじゃん」

「あれくらいは……全然普通だよぉ……」


 お弁当は少し料理できる人なら簡単に作れる。ただ、どこまでこだわるかというだけだ。

 こだわり過ぎたら永遠に完成しないので、一部の料理だけ頑張ったりしている。


「光流くんもいつか、食べられるといいねっ?」

「めっちゃ食べたいっ!!」

「光流……」


 たまにがっついてくる光流もなんか良い。

 一番最初に出会った強引なくらいな光流が、私の中で一番の印象深く残ってる光流の性格だ。

 でも、今度は私からも光流に対して強引になっても良いかなとも思っている。


「そういえばさ、ルーシーからの誕生日プレゼントっ! 光流くんどうするのっ?」


『正月まで私を自由にできる券』だ。


 あげた時は恥ずかしい思いをしたもの。

 でも光流もまさか同じ様なものをプレゼントしてくるとは思ってもいなかった。


「うん。せっかくだし、ルーシーをどこかに連れてってあげたいな。五年前は車の中でしか過ごせなかったから」


 そう、光流との一週間は全て公園で待ち合わせして、そこから車の中で一緒に過ごした。

 だから外でデートなんてものは一度もしたことがなかった。


 私もずっと家に引きこもってばかりだったから、行った場所とすれば母と一緒に行った大きな商業施設くらいだ。

 だから、日本のデートスポットとか、遊ぶ場所とか、ほとんど知らない。


「なになに、光流、お前何もらったんだよ?」

「いや……これは冬矢でも言えないな……」

「なんだよ〜。でもどこかに連れてったあげたいなってことは、物じゃなかったってことだよな?」


 冬矢くんが、私のプレゼントの正体に迫ってくる。


「…………」

「は〜ん。もしやお前と同じプレゼントだったか?」

「――ッ!?」


 冬矢くんは、光流が渡したプレゼントのことは知っていたらしい。ということは、渡すプレゼントを私と同じように迷っていて、相談したのかもしれない。


「ドンピシャか」


 光流と私の表情を読み取ったのか冬矢くんが、勝手にプレゼントの内容を当てた気になっていた。


「あんたね。デリカシー」


 真空が冬矢くんにジト目で指摘する。


「悪い悪い。二人の表情の変化が面白くってよ」


 この人本当にいじわるだ。嫌いではないけど、こういういじわるをちょくちょく入れてくる人なんだ。


『正月まで俺をいつでも呼び出して使える券』。


 それが、光流からのプレゼントだった。私はこれをどう使おう。正月までという期限つきなので、後五日ほどしか時間がない。


「私と冬矢のことは気にしないで、二人で好きな場所行ってきなね」

「前も言ったけど真空一人にさせちゃうし……」

「いーいー、このお家って色んな人がいるでしょ? 会話したり、私も何か手伝ったり、いくらでも予定作れるよ」

「そう……?」


 真空なりの気遣いだ。光流と二人でとにかくデートに行ってきなさいと。

 私もデートに行きたい。二人っきりで過ごして、二人だけでしかできない話をしたい。


 あの公園でも話した、私達の五年間を。


「うん……わかった。光流、いつ空いてる?」

「俺は全部空いてるよ。というか空けてるし、空ける。だから明日とか空いてるなら、明日でも」


 これは私の為に時間を作っていてくれたということなのだろうか。

 いつ帰るという日にちは手紙では言っていなかったはず。でも一応空けておいてくれたのかもしれない。


「いいよ。明日空いてる」

「それなら明日の朝までに細かい事決めるからさ。また夕方くらいからどうかな?」

「うん。光流に合わせる……ありがとう」


 あっさり予定が決まった。明日、二人っきりで、デート。

 これ、デートで良いんだよね?


「いっやぁ光流も大概だけどさ、ルーシーちゃんもルーシーちゃんだよな」

「えっ……なんかおかしかったかな?」


 冬矢くんから見たら、何か気になる点があったらしい。


「他人がいる目の前で堂々とデートの予定決めてるとこなんて初めて見たよ」

「あっ……そう、なんだ……全然知らなかった……」

「ルーシーにはルーシーの価値観があるから、気にしなくてもいいよっ」


 人との関わりが薄かった私は、こういうことにも疎かった。

 確かに真空から借りた漫画でも、デートを誘う時は二人っきりの時とか、メッセージ上でだったかもしれない。


「うん……これからは二人の時にこういう話、する……」

「ルーシーちゃん、ごめんごめん。全然してくれてオッケーだから気にしないで!」

「冬矢、それはもう難しいだろ……」


 私は少しずつこうやって常識を知っていくんだろう。真空はこういうことに詳しいからわかっていたはずだけど。


「というかグループチャット作らない? 皆でお話ししようよっ」

「うんっ、したい!」


 こうして、私達四人はチャットアプリで繋がった。

 これなら、アメリカ戻っても、皆で楽しくメッセージし合えそうだ。


 その後、小一時間他愛のない会話をした。


「じゃあもう良い時間だし、俺達帰るよ」


 光流がそう切り出した。時間は九時を過ぎていた。中学生がこの時間まで外に出ているのはさすがに遅い。


「それじゃあ、うちの車で送るよ」

「大丈夫大丈夫、冬矢とも家近いからさ。一緒に帰るから」

「親が怒ったりしない? 車の方早いかもよ?」

「まぁ……それは一理あるけど……」

「それなら、須崎にお願いするからさ」

「あ〜。じゃあ、申し訳ないけどお願いしようかな……」


 そうして、光流と冬矢くんがうちの車で帰宅することになった。




「それじゃ……明日ね、光流っ!」

「うん。メッセージするね!」

「冬矢くんも今日はありがとっ! 楽しかった!」

「こっちこそ、初対面なのに仲良くしてくれてありがとな」


 玄関で二人を見送る。


「じゃあ光流くん、冬矢、またね」

「真空も今日はありがとう」 

「真空、じゃーな」


 真空もそれぞれに挨拶をした。帰り際は特に冬矢くんと喧嘩はしなかった。


 別れの挨拶を済ませ、車の中の彼らの背中が遠くなっていく。


「行っちゃったね」

「うん……」


 怒涛の一日だった。今、光流たちが帰るまで、正直ドキドキは続いていた。光流に再会できた瞬間ほどではないけど、ずっと変な汗を掻いていた気がする。


「ねぇ、真空。私臭くなかったかな?」

「ん〜〜スンスン。ぜんっぜん。むしろ良い匂い」

「そっか、なら良かった……」


 なんとなく気になった。臭くないなら良かったけど。


「光流くん、ほんと良い子だったね」

「うん……そうだね」


 五年振りの光流は、優しかった。


「あ〜、光流の目見て話す時、毎回緊張しちゃった」

「気づいてた。なんかもじもじしてたもんね」

「だって〜、しょうがないよ」

「でもルーシー可愛かったよ」


 光流は私と話していた時はどんな気持ちだったんだろう。

 再会できて、いきなりお家に招待して、食事も一緒にして、私の部屋まで一緒に過ごして。


 二人っきりではなかったけど、これまでの人生で最高のクリスマスだった。


「明日、真空ごめんね」

「だからいいって。私だってルーシーと光流くんを二人きりにさせたいんだもん」

「ありがと」

「でも、どんなことあったのかは、また教えてね」

「うん……わかった」


 私達は、この後お風呂に入って、また一緒のベッドで就寝した。


 サンタさん。こんな歳になってもたくさんのプレゼントをくれて、ありがとう……。


 


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