38話 お揃い
「お嬢様、こちらをどうぞ」
すると控えていた氷室が小型冷蔵庫の中を開くと、そこにはホール型のクリスマスケーキが出てきた。
「うおっ、これフランスの高級洋菓子店『ファン・シャルマン』の最高級クリスマスケーキじゃねーか!」
なにそれ、全然知らない。冬矢くんはこういうのに詳しいのだろうか。
「あんた、よく知ってるね」
「あぁ、こういう知識は女を喜ばす為に必要だろ? 当たり前だ」
「はぁ……?」
「ちなみにな『ファン・シャルマン』ってのは、フランス語で可愛い子鹿って意味なんだ。ほら、モチーフの子鹿がケーキの上に乗ってるだろ?」
真空がゴミを見るような目で冬矢くんに視線を送る。
「ふーん……」
「反応悪いな……とりあえず早く食おうぜっ」
「なんであんたが仕切ってるのよ。ここはルーシーか光流くんでしょ」
「それもそうだな。二人に任せるよ」
「なによ……聞き分けがいいわね……」
真空と冬矢くんのやりとりが、なぜか夫婦漫才のように見えてきた。
その後、氷室がケーキを切り分けてくれて、一緒に温かいコーヒーも淹れてくれた。
「せっかくだから、氷室と須崎もどう?」
ケーキは結構大きいので、四人で食べても全然余る。それなら、氷室も須崎も一緒に食べたほうが嬉しい。
「じゃあいただきますか、氷室さん」
「老体に甘いものはつらいので、少しだけなら……」
そうして、リムジンの中のソファの前にあるテーブルにそれぞれケーキとコーヒーが並べられる。
「クリスマスケーキ食べる時に掛け声とかないよね?」
「ない、かも……」
「でもクリスマスといえば、これしかないよね……メリークリスマスっ!」
私がクリスマスの挨拶をすると、それぞれに『メリークリスマス』と復唱してくれた。
「んん〜〜っ! 美味しいっ!!」
真空は目をぎゅっと瞑りながら美味しさを表現する。
「ルーシーこれ凄く美味しいよっ!」
光流も目を見開いて美味しそうな顔をする。
「うっめええええっ! なんだこれ……最高じゃねえか。生クリームだけでも相当うまいぞ」
冬矢くんも満足したようだ。ケーキのブランド名を知ってるくらいだ。それでも美味しいってことは、相当に美味しいのだろう。
それぞれケーキを頬張り、一同に幸せそうな顔をする。
そんな中、真空がゴソゴソとカバンを漁りだす。
「ルーシー。二回目だけど、メリークリスマスっ」
「あっ……用意してくれたの?」
真空がプレゼント用に包装された紙袋を渡してくれた。
「実は言うとね、用意してなかったんだ。クリスマスプレゼントって、私達くらいの年齢になると、男女で贈り合うものかなって思っちゃって……」
「ちょっとわかるかも。家族は別だけど、友達にクリスマスプレゼントって中々イメージつかないかも」
それでも用意してくれたということは、やっぱり真空は優しい。
「昨日、鷹村屋を一緒に見て回ったでしょ? ルーシーがトイレ行ってる間に……ね?」
「そうだったんだ……ありがとう……」
鷹村屋とは商業施設だ。公園の下見に行った後に真空と一緒に寄っていた。
私は真空からもらった小さな紙袋開けてみる。すると――、
「あっ! これクリスマス限定のリップ……!」
真空と一緒に見ていたものだ。『このリップ、デザインとか色も可愛いね』とお互いに言っていたもの。
「これ、欲しかったんだ……! 本当にありがとうっ」
「どういたしましてっ」
真空は、はにかんだ笑顔をくれた。
「実はね……私も昨日まで用意してなかったんだけど……」
「えっ!?」
私も同じく鷹村屋の小さな紙袋を取り出して真空に渡した。
「私にっ!?」
「うんっ」
真空は驚いていた。私も真空にもらえると思ってなかったが、逆に真空ももらえると思っていなかったようだ。
「開けてみるね……」
真空は綺麗に小さな紙袋のテープを剥がして開けていく。
「……えっ……ええっ!? ええええええっ!?」
真空は何度も驚きの声を漏らした。それもそうだ。
「こっ、これ! 私がルーシーにあげたリップと同じやつじゃんっ!!」
「まさか同じものをプレゼントすることになるなんて……私も驚いちゃった」
そう、私も真空がトイレに行っている間に即座にリップを購入した。
真空が言っていた通り、お互いに可愛いねと目をつけていたリップだ。
二人共、互いの言葉を見逃さずに購入したというわけだった。
「ねー、なにこれ! プレゼントもらったこと自体も嬉しいけど、お揃いだなんてもっと嬉しいっ!」
「私も……真空とは性格全然違うのに、こういう所はどこかで通じてるのかもね」
「ルーシーっ!!」
真空は相当嬉しかったのか、私に抱きついてくる。
私も同じく嬉しい。お揃いのものを使える……嬉しいなあ。
「おいおい、光流。どうなってんだよ。ここは天国か? 美少女同士が抱き合ってるぞ……?」
「俺だって、二人が友達だって今日知ったばかりだし。女の子同士って距離感近いらしいから、ありえることなんじゃないか?」
「そうだけどよ……どっちも美少女ってのが中々見られないだろ……」
横で光流と冬矢くんが私達のことを話していた。
そういえば、私と真空はよく抱き合ったりしている。これって実は普通じゃないのかな……?
「はいっ、これ。光流くんにも」
すると抱擁を終えた真空が再びカバンをゴソゴソして、今度は光流に小さな紙袋を渡した。
真空、優しすぎない?
「えっ、俺にも!?」
「今日のことルーシーから聞いてたからね。だから渡せるなら渡そうと思って」
光流は紙袋を開けていく。
「写真……立て……?」
「そうそう、お洒落な感じでいうとフォトフレームね。それでルーシーと撮った写真飾りなよ」
真空が渡したのは、しっかりとしたフォトフレームだった。今やフォトフレームは百円でも購入できるが、真空が渡したのは額縁もしっかりしているように見えた。
「真空……なんかまだ呼び慣れないけど……とにかくありがとうっ! ルーシーとの写真飾るよっ」
「……光流」
そうやって堂々と私との写真を飾るだなんて言われると、さすがに恥ずかしい……。
「お前よくそんなセリフ吐けるな。あちーあちー。暖房効きすぎか?」
「だって……そのための写真立てだし……」
言ったはいいものの、冬矢くんに指摘されて、少しだけ恥ずかしがる光流。
……どんな光流も可愛く見えてしまう。
「ってことはさ、俺にもなんかあるんじゃ!?」
「ないわよっ!!」
光流が真空からプレゼントをもらったことで、冬矢くんは自分ももらえるのではないかと思ったらしいが、言葉を被せるように真空がそれを否定した。
「そもそも今日あんたがここに来るだなんて知らなかったし、用意できるわけないじゃん」
「え……もし来ることがわかってたら、くれたの……?」
「あげるわけないでしょっ!!」
「そんなぁ〜〜〜っ」
冬矢くんはがっかりする。
本当にこの二人を見てると夫婦漫才を見てるかのようだ。なんでこんなにも綺麗にツッコミが決まるのだろう。
「ふふふっ」
「はははっ」
私と光流は同時に笑った。
「おいおい、お前ら笑うなよ。俺は悲しいんだぜ……?」
「じゃあ、あんたはこれでも食べてなさい」
そう言うと真空が切り分けたケーキの上に乗っていた主役フルーツであるイチゴ――ではない小さなキウイをフォークで一つとって、冬矢くんのお皿に置いた。
「あっ……あっ……」
「ふんっ。そんなに嬉しかったか。チョロい男ね……」
冬矢くんが、感動しているのか口元を震わせていた。
それに対して真空はドヤ顔でふんぞり返っていた。
「俺、酸っぱいフルーツ苦手なんだよね……」
「死ねえぇぇぇぇっ!!!!」
「いだぁぁぁぁっ!!!!」
キウイは苦手だったらしい。
思わぬ回答に真空が立ち上がり、冬矢くんの目の前まで移動して怒りの鉄拳をぶつけた。
「ぼう、りょく……おん、な……」
真空のストレートパンチが冬矢くんの頬にめり込んだ結果、ソファの上にダウンした。
私も軽いチョップを真空から食らったりしていたこともあったが、ここまでのパンチを見たのは初めてだった。暴力的なのは良くないし、冬矢くんにも申し訳ないけど――、
「待って……ふふっ……面白すぎるっ……だめっ……まそら……っ」
「ははははっ、冬矢……自業自得だなっ」
あまりにも二人のやりとりが面白すぎて、私も光流も腹を抱えて笑い転げた。
真空と冬矢くん。こうやって喧嘩みたいにはなってるけど、逆に相性が良いのかなと思ってしまった。
「氷室さん……皆さん楽しそうですね」
「ああ、お嬢様にここまで笑い合えるほどのお友達ができるなんて……」
ソファの端でケーキを頬張っていた須崎と氷室が、四人の様子を温かい目で見守っていた。
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