36話 再会記念日
時は遡り、五時三十五分頃。
光流が公園に到着し、ルーシーのいるドーム型遊具の中へ向かった頃。
私は、車の外に出てルーシーの行く末を見守った。
「ルーシー……頑張って……」
ぎゅっと手汗を掻いている手を握り込む。
「はぁっ……はぁっ……ったく、あいつ……」
そのまま外で数分見守っていると、誰かが公園の入口――私の近くまで走ってきた。その男は膝に手を置いて、息を切らしていた。
「「ん?」」
走ってきた男が、私の方を見る。私もその男を見返した。
「……なんだよあんた……って、すげえ美人だな」
「なに? いきなり喋りかけないで。今大事なとこなの」
茶髪で、男なのに肩まで届くかどうかの長い髪をしている。
(なんか、こいつ、チャラそう……)
この男を見た瞬間、そう思った。
「なぁ、あんた……もしかして、ルーシーとかいう女の知り合いか?」
「……ッ! お前がっ、その名前を呼ぶなっ!」
「はっ!?」
ルーシーは自分が認めた人しか、ミドルネームの名前を呼ぶことを許可していない。
勝手にそう呼ばれるのは、ルーシーにとっても良くないはずだ。
この条件は……ルーシーと会った人しか知らない、よね。ただ……
「君……もしかして、光流くんの友達……?」
私はぶっきらぼうに聞いた。
「あ? あぁ、そうだ。あいつ……余計……じゃないが、あの性格のせいで約束の時間に遅れやがってよ」
三十五分も光流くんは遅れた。その理由をこの友達は知っていそうだ。
そして、ここまで着いてきたということは、光流くんとは多少なり仲が良いのだろう。
こんな見た目の男と仲が良いということは、もしかして光流くんもチャラい男……なの?
わからない。実際に光流くんとも話してみないと。
「ふ〜ん。で、君誰なの?」
「そういうのは、聞いた方から名乗るもんだぜ? まあいい、俺は
光流くんと同い年らしい。つまり私やルーシーとも同い年だ。
「私は
「そっかそっか、ルー……ええと、名字なんだっけ……とにかくその子大丈夫だったか? こんなに待たせて……」
ルーシーのこと、心配しているらしい。会ったことすらないのに、女の子の心配はできるんだ。
「三十分以上も、あのドームの中で一人で待ってたよ……」
「光流のやつ……っ。まぁしょうがねぇ。あとは二人がなるようにしかならないか……」
この男はどこまで二人の関係を知っているのだろう。私がルーシーから聞かされていたように、この男も光流くんからルーシーのことを聞いていたのだろうか。
「それで、なんで遅れたわけ……?」
「それがよぉ……」
◇ ◇ ◇
「あれ、光流の服……汚れてる」
「あ、あぁ。これ遅れちゃった理由なんだ……」
私と光流はドーム型遊具の穴から出た。もう外は真っ暗。冬はこの時間でも、日が落ちるのが早い。
公園の脇の電灯、そして歩道に立ち並んでいる小さな街灯だけが、私達を照らしていた。
体も十分に温められたので、光流にダウンジャケットを返したが、その時に汚れに気づいた。
「怪我とかしてないの……?」
「うん、それは大丈夫だった」
光流の服はダウンの右腕側が汚れていて、ズボンも膝の横の部分が擦り切れていて、少し雪泥がついていた。
「公園に向かってる途中でさ、横断歩道に通行人のおばあちゃんがいたんだけど、そこに雪でブレーキが効かなかったのか、トラックが突っ込んできそうになって……」
「トラック……」
トラックという単語、私と光流にとって、避けては通れないあの事故の思い出。
「ぶつかると思って俺、咄嗟におばあちゃん抱えて一生懸命走ったんだ。その時にちょっと転んじゃって。それで最後にはトラックがハンドル切って横に逸れてくれたお陰で助かったんだ」
「はぁ……良かった……」
転んだだけなら、そこまで酷くはないだろうけど。そのおばあちゃんも大丈夫だったのだろうか。
「うん。俺は元気だったんだけど、おばあちゃんがちょっと腰悪くしちゃったみたいで。一人で動けないっていうから、どうしようかと思ってたんだけど、ルーシーとの約束もあるし……」
それは、確かにどうしようもない。ここでおばあちゃんを放っておくのは、光流っぽくないし。
「それで冬矢を呼んだんだ。あ、冬矢ってのは俺の友達で、電話してみたら十分くらいで到着する所にいるっていうから、それまでおばあちゃんと一緒に待ってたんだ」
光流の友達か……。私にも真空がいるけど、光流にもたくさん友達がいるんだろうな。
「冬矢が来るまでにおばあちゃんから家族の電話番号聞いて、そこに電話して迎えに来るように言ったんだ。後は冬矢が来たからバトンタッチして、おばあちゃん任せてここまで走ってきた」
なんだか、壮絶だ。私と会う日にそんなことが起きてたなんて。
でも、おばあちゃんを見捨てずにいた光流……やっぱり優しい。私の記憶の中の光流と同じだ。
「その冬矢くん……? も良い人なんだね。仲良いんだ?」
「あぁ……腐れ縁みたいなやつだよ。ちょっとチャラついてるけど、根は良いやつなんだ。何かと俺のこと気にかけてくれるし……」
「光流、優しいもんね。そういう友達いてもおかしくない」
「そう、かな? でも……ありがと」
私達は手を繋ぎながらゆっくりと公園の入口に向かって歩き出した。
そんな時――、
「ねぇ、ルーシー。写真撮らない?」
「あっ……」
あの時も撮った写真。ずっと持っていた写真。
「撮るっ!!」
私は食い入るように光流に写真を撮って欲しいとアピールをする。
「じゃあ今度は俺のスマホで撮るね」
覚えてるんだ。あの時、私のスマホで撮ったこと。
「うん……」
「じゃあ撮るよ……」
「きゃっ……」
光流は恋人繋ぎをしていた手を放し、私の肩を抱き寄せる。
いきなりだったので、また変な声を上げてしまった。
あれ、昔写真を撮った時もこんな感じに強引じゃなかったっけ……?
「はい、撮るよ〜」
『パシャッ』
私は、今度こそ、包帯のない顔で笑顔を作って写真に収まった。
「見せて……?」
光流が撮った写真を確認する。
私は笑顔だった。光流も満面の笑みをしていた。ドームから外に出てそんなに時間は経っていないはずだが、次々と降ってくる雪が二人の頭や肩の上に乗っかっていた。
「今日は再会の記念日、だね……!」
「記念……日……うんっ」
全部、覚えてるんだ……。忘れていないんだ。
あの時も友達になった記念日として、一緒に写真を撮った。
「ねぇ、その写真、私にもちょうだい?」
「もちろんっ!」
私と光流は、連絡先を交換した。
手紙でも何でも早く送っていれば、いつでもスマホでやりとり出来たはずだけど、こんなに時間がかかってしまった。
ピコンと私にメッセージ通知が鳴り、そこにはさっきの写真が送られてきていた。
私は光流に返事のメッセージを送った。
「えっ……これ……あの時の、写真……」
私が送ったのは、初めて会った時に二人で撮った写真。あの頃はまだ光流はスマホを持っていなくて、私のスマホで撮影した。
事故の影響でスマホはどこかに行ってしまったかと思ったが、ちゃんと回収されて、中のデータも奇跡的に残っていた。そのデータは新しいスマホに移動させたり、現像して写真立てに入れたりしていた。
「データ残ってたんだ。だから新しいスマホにも送って……五年間、毎日毎日これ見て、頑張ってた……」
「そうだった、のか……いいなぁ。俺もこれ欲しかったなぁ……」
そうだ、光流は私の写真も何も持っていなくて、私の姿を思い出せる物品は何もなかったんだ。
私にはこの写真があったのに、光流にはなかったんだ。なのに五年間ずっと私のことを……。
「ごめん、これ送っておけばよかったね……」
「ううん。今、手に入ったから十分。懐かしいなぁ……俺もルーシーも小さい……」
「そうだね、ほんと小さいね……」
二人で感慨に耽る。
立ちながら写真を撮ったことで、気づいた。
光流は私よりも少しだけ大きい。
私の身長は百六十五センチ。今はブーツを履いてるので、少しだけ盛られているが、それでも少しだけ光流の身長が高い。私より五センチ? それよりもうちょっとだけ? でも、なんとなく女の子としては、自分より身長が高いというのは嬉しかった。
「光流、やっぱり大きくなったんだね」
「そうだね……あの時は俺達、身長ほぼ同じだったもんね」
「うん……」
大きい光流……かっこいい。
そうして、写真を撮った私達は、今度こそ公園の入口に向かう。
「あ、あれ……氷室……さん?」
公園の入口に到着すると、そこで待っていたのは氷室だった。
光流が動揺したような声を漏らした。
「光流坊っちゃん……」
「ぁ……ぁ……おひさし、ぶりです……」
光流は、優しくこちらに眼差しを向ける氷室を見て、少し涙ぐむ。
「お元気でしたか?」
「はい……お陰様で……氷室さんも、お元気そうで……」
「私はもう老いぼれてきてますので、元気と言えるかどうかは微妙ですがな……はっはっは」
そういう氷室は、まだどこか覇気――オーラのようなものがあるようにも見える。
このくらい良い歳の取り方をしてくると、何かそういうものを纏えるのかもしれない。
そして、氷室は私の方を見つめて――、
「お嬢様……お顔が……」
今度は氷室が口元を震わせて涙ぐむ。
「氷室……私、どうっ?」
元気よく、私は氷室にニッと満面の笑顔を見せた。
「本当にお綺麗で……ご病気が……治って……本当に……本当に……っ」
氷室は、片手で目を覆い、泣いて喜んだ。
真空より先に見せちゃったけど、氷室なら……いい。
「どうぞ、中でお待ちですよ……」
氷室がリムジンのドアを開ける。
「光流、私にも大切なお友達できたの……紹介していい?」
「うん、もちろん……!」
私と光流はリムジンに乗り込んだ。
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