31話 案内

 家族と真空との食事を終えると、まずは氷室に来年真空が使う予定の部屋に案内された。


 家は二階建てで、横に長い。中央から左右に棟のように分かれていて、私の部屋は正面玄関から見て右側、真空の部屋も同じく右側だった。


 ただ、隣の部屋ではなく、私の部屋から二つ部屋を挟んだ場所が真空の部屋になった。


「こちらが朝比奈様の部屋になります」


 扉を開くとそこには、ベッド、机、テーブル、棚、ソファが既に揃っており、窓にはカーテンなども付いていた。


「ひ、ひろおおおっ!! しかも家具揃ってるなんて! こんなにいい場所使っても良いんですか!?」

「ええ、こちらの部屋は客室としても使っていたものですから。家具やデザインなど、お好きに変えてくださって構いません」


 真空は部屋に入ると、設置してあるものをペタペタと触って確認しながら、物色していった。


「どう? 満足できそう?」

「これで満足できない人なんていないよっ」


 喜んでくれたようでよかった。


「氷室、あとは任せて」

「はい、お嬢様。何かあればスマホで連絡してください」


 そうして、あとは私が家の中を案内することにした。


「ルーシーの部屋見たい!」

「いいよ。というか私も五年ぶりだから、どうなってるかわからないけどね」


 真空の部屋から二部屋移動し、私の部屋に到着。


「五年前のままだ……」


 部屋に入ると見えてきたのは、五年前と変わらない私の部屋だった。

 掃除はされてるようだけど、勝手に模様替えをしたり、物を捨てたりすることはしなかったのか、私の記憶にある部屋だった。


「カバン……」


 机の上にあったのは小学生の時にいつも背負っていった、皮のリュック型カバン。私が使っていたのはランドセルではなく、カバンだった。


「小学生の時のものだからか、置いてあるものが小さいものが多いね」


 真空が部屋を見渡しての感想を話す。

 確かにそうだ。あの頃は闇の時代だったが、それなりに好きなものはあったはずだ。


 子供向けアニメのフィギュアとかキーホルダーとか。お絵描きするためのスケッチブックとか。


 私はクローゼットを開けてみた。


「あっ……」


 幅が広いウォークインクローゼット。そこにあったのは、光流との車デートに着て行った服の数々。

 母が光流に会うならお洒落して行きなさいと言ってくれたので、用意して着た服。光流に褒められたっけ。


「ははっ、もう小さくて着れないね……」


 懐かしの思い出に私は涙ぐむ。

 そして、目に入った一つの白いドレス。洗濯されてある程度綺麗になってはいたが、完全には綺麗に出来なかったのか、赤黒くなっていたり、ほつれていたりしている。


「これ事故の時に着てたドレス……」


 光流との最後の思い出。楽しすぎて、たくさん話して……ぎゅーして。

 光流の体温と匂いを感じたと思ったら、急に私を強く抱き締めてきて、急に意識が飛んで。


 あの時、私を守ろうとしてくれたんだよね。

 だめだ……また、光流への色々な気持ちが溢れてくる。


「ルーシー……」


 真空が後ろから優しく抱き締めてくれた。


「ごめん、真空を案内するはずだったのにね。色々思い出しちゃって、自分の世界入ってた……」

「いいの、ルーシーだって五年振りなんだから。それよりさ……」


 真空が指を差した先。それはベッドだった。


「何あのベッド!? まじでお姫様じゃん! こんなの漫画の世界だけだと思ってたよ!」


 それは壁側に設置されたベッド。大きさはダブルサイズくらいだろうか。子供の頃はとんでもなく大きく思えたが、今では普通くらいに思える。

 そして、天幕が降りていて、これがお姫様が使うベッドのように見えてしまう。


「あぁいうのが昔は好きだったんだろうね。お姫様みたいなベッド」

「ルーシーはお姫様だけどさ、でもほんと驚いた!」


 真空は私のベッドを物珍しそうに見ている。


「……寝てみてもいいよ?」

「ええっ!?」


 真空は驚いたものの、私に言われた通り、ベッドにボフンと寝転がった。


「ふわあああ。これだめだ。何? このマットレスの弾力といい、枕の心地よさといい完璧じゃん……」


 色々最高級のものを私の身体に合わせて作ったもののはずだ。眠り心地はいいだろう。


「ねえ……こっちにいる間、一緒に寝ない?」


 私は一つ真空にお願いした。

 今まで友達とお泊りをしたことがなかった。もちろん真空とも。だからこういうことも楽しみだった。


「いいよ、いいよ! 一緒に寝よ! お部屋広いから私も寂しくなっちゃうもんっ」

「良かった。友達と一緒に寝るの初めて」

「それ、私もだよ」


 あぁ、初めての体験がどんどん増えていく。

 こういう初めてを経験していく度に、光流がくれた贈り物だと思ってしまう。

 全部じゃないにしても、なぜか光流に繋げてしまう。


「じゃあ、他の部屋も回ろう」

「うんっ」


 そうして、本格的に家の案内が始まった。


「まずお風呂場だけど、三箇所あるの。二階のは家族用で右の棟は女性用、左の棟は男性用。一階のは家族以外のお手伝いさんとか執事用ね。真空は二階の女性用の使えば良いと思う」

「お風呂って三つもあるものなんだ……」


 真空を女性用の風呂場に案内する。


「あっ、牧野まきのさん」

「あら、お嬢様方」


 そこにいたのは、アメリカでも一緒だったお手伝いの牧野さんだった。牧野さんは三十代の人で料理も掃除もなんでもできる完璧超人だ。


 須崎同様ずっとこの家で働いているので、結婚しないのかな……など心配ではあるが、融通が利く家なので、恋愛も多少なりしているらしい。牧野さんは凄く美人。うちに置いておくにはもったいないくらいだ。


 年齢が近いからなのか、何度か須崎と話している所を見かけいる。まさか……とは思っているが、真相はわからない。強面だけど面倒見がよく気が遣える須崎。美人で完璧超人の牧野さん。傍から見た感じだとお似合いに見えた。


 牧野さんも久々に家に戻って来たので、色々な部屋の備品チェックをしていたらしい。


「真空を案内してたの」

「そうでしたか。朝比奈様、このお家のお風呂はとても広いので、お二人でもゆっくりと寛げますよ」


 牧野さんの言った通りだ。特に母がお風呂好きなので、色々と注文し改造していったらしい。

 大浴場とまでいかないが、浴槽が二つある。


 一つは大理石でできた綺麗な浴槽。もう一つは檜風呂だ。この檜風呂がとても気持ちいい。


「すっごぉぉ。檜風呂なんて、温泉旅館にしかないものだと思ってた!」


 通常ほとんどの家が二畳ほどの風呂場らしいが、母の要望で二十畳ほどある。十倍の大きさだ。


「しかも、テーブルと椅子もあるし。あと奥にあるのってベランダ!?」


 風呂場からは外に通じているガラスの扉があり、そこから出るとテラスで外気浴できるようになっている。同じようにテーブルと椅子三脚がある。なので、内外合わせてテーブルが二つ、椅子が六脚ある。


「お母さんはよくここでお酒飲んだりしてるから、ずっと出てこない時あるよ」

「もう旅館じゃんっ」


 母は日本に来て一番感動したのがお風呂だったらしい。だから色々な温泉に旅行しに行ったとか。


「それで、こっちがサウナ」

「ええっ!?」


 私は当時小学生だったのであまり使ったことはないが、六人ほどは入れる自宅用サウナもすぐ横に設置してある。


「もう、どうなってるのこの家……でもお風呂が毎日楽しくなりそう」

「ベッドもそうだけど、お風呂も一緒に入ろっ」

「入る! わ〜楽しみ〜っ!」


 この後、キッチン、書斎、和室、客室、中庭、ガレージ、シアタールーム、トレーニングルーム、プール、バー、使用人たちの部屋や休憩室、客室とは別で外に建てられた客人用の家、中には入ってないが両親や兄達の部屋なども案内した。全部で三十以上は部屋があるだろう。


 そして、最後に……


「ここが地下室。今はちょっと色々荷物置いてるけど、バンドの練習もここでできると思う!」

「うわぁ〜! すごいすごい! というかピアノあるし……」


 地下室もある程度広い。五十人ほど呼べるホームパーティーとかもできてしまうだろう。

 ピアノは家にピアニストを呼んで演奏会をやっていた時もあったので、その名残だろう。一階にもピアノのある部屋はあるし。


「あ〜、ほんとにとんでもない子と友達になっちゃったなぁ〜」

「引いちゃった?」

「まさかっ。私はルーシーが好きなんだから、その家がどうであっても変わらないよ。最初は色々迷いそうだけど」

「ふふ、ありがと。自分の家のように使っていいからね」


 こうして一時間に渡る家の案内が終わった。

 自分の家だが、案内するだけでかなり疲れた。飛行機や車移動で既に疲れているのに、さらに疲労が溜まった。


 疲労が溜まったということは――、


「じゃあ、お風呂入ろっか!」

「入る! 早く入りたかったんだー!」


 もう夜遅くになってしまっていた。

 ということで真空が楽しみにしていたお風呂に入ることにした。



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