29話 日本へ

「結局はパスポートチェックの時に顔見られちゃうんだよなぁ……」


 これ以上、光流に顔を見せる前に、他の誰かに顔を見せることはしたくなかった。

 しかしパスポート更新時と飛行機に乗る際のパスポートチェックでは顔を見せなければいけなかった。


「ルーシー、忘れ物はないか?」

「あなた。ルーシーはもう十五歳なのよ」

「うん、大丈夫!」


 結局、両親も一緒に日本へ行くことになった。

 そもそもアメリカにいた理由も私の通院と学校のためだし、せっかく年越しするなら、兄達も一緒にいる実家の方が良いとのことで、家族揃って日本に行くことになった。


 アメリカのボディガードだけ残して、須崎と宮本、お手伝いさんも一緒に日本へ向かう。


「お世話になる皆さんにちゃんとご挨拶するんだぞ」

「真空、気をつけてね」

「お姉ちゃん、お土産ー!」

「みんな見送りありがと! おばあちゃんの家に行けたら顔見せてくるねっ」


 真空の家族も揃って見送りに来ていた。

 真空は日本には友達はいないそうだが、両親が日本人なので祖父母や親戚もいる。

 最近はあまり顔を出していなかったそうだが、この機会に会いに行くかもしれないと話していた。


「じゃあ行こっか」


 私達家族は真空の家族に一礼して、航空会社のカウンターへ進んでいく。

 今日は私は包帯を巻いていなかった。ハットにサングラスとマスクだ。


「――――」


 私はカウンターの受付の人に顔を見せた。

 問題なく出国手続きが完了した。


「ああ〜。パスポートのこと頭になかった……」

「光流くんと私の前に外国人とはいえ、ルーシーの顔を見せることになるなんてねっ」


 見せてしまったものはしょうがない。

 日本の入国では自動化されているので、パスポートの顔は見せることになるが、実際の顔は見せなくてもいいらしい。


 そうして、私達の飛行機は日本へ飛び立った。




 日本へ向かう飛行機の機内にて。


「ルーシーの包帯じゃない姿、初めて見た」

「親友なのに、今までごめんね」

「そんなのいいって! マスクじゃ隠しきれてない部分だけ見ても、ルーシーの綺麗さがわかるよ」

「ふふっ……触る?」

「いいのっ!?」


 今となっては、自分の肌に凄い自信がある。母譲りのものだろうけど、今では凄く強い肌に育ったように感じている。


 真空はぷにぷにと私の頬を触った。


「うわぁ〜、凄い。ツヤツヤでぷにぷにで綺麗……」

「真空だって凄い綺麗な肌だよ」


 私も真空の頬に指を当てて、ぷにぷにと触る。


「あんた達ね……まだ十五歳なんだから、皆綺麗なの! 肌の綺麗さを話すならもうちょっと年齢重ねてから言いなさい」


 四十歳の母が、羨ましい目でこちらを見てくる。


「お母さんだって、凄い綺麗じゃんっ!」

「私はね、半分はお金の力なの。高い化粧品とか美容医療ばっかり。私もルーシーくらいの歳はナチュラルに綺麗な肌してたわ」


 美容医療についてはよくわからないけど、毛穴を小さくする為にとか、赤みをなくす為にとか、ニキビをできないようにする為にとか色々な話を聞いたことがあった。


「久しぶりの日本……」

「ルーシーほどじゃないけど、私も久しぶり……」


 私が戻る東京は、雪が降っていないらしいが、ちょうどクリスマスの時には雪が降る予報になっているそうだ。


「ホワイトクリスマスになるのかな」

「なったらいいね」


 アメリカでも五年間で嫌というほど雪を見てきたけど、日本の雪はしばらく見ていない。

 今回からの雪は、見え方が違えば良いなと思う。




 ◇ ◇ ◇




 十二月二十二日、午後四時。ついに日本に到着した。

 ここからまた一時間ほどかけて実家に向かうことになる。


「本当に日本に来ちゃったんだ、私……」

「わ〜日本だ! 文字が日本語ばっかり!」


 手荷物まで回収し、ゲートを潜って空港の中を見渡すと、たくさんの日本人、複数のお土産屋が立ち並んでいた。


 本当に久しぶりだ。

 そもそも私は当時意識がなく、日本からアメリカに渡った記憶すらなかった。

 いきなりアメリカで目が覚めたから、日本を出たという感覚はなかった。


 実感を持ったのは、日本人が全然いないこと、周囲の人が英語しか話していなかったのを確認してからだ。


 空港からは電車ではなく、家から手配された二台の車で移動することになった。

 そこで待っていたのは――、


「――お嬢様」


 五年経過して、さらに老けただろうか。元々老けてはいたけど、五年は大きいようだ。

 けれど、その姿は何度も一緒に過ごしてきた懐かしく、年季の入った皺が美しく刻まれている顔。


「氷室……」

「ずっと待っておりました……よく、お元気で……」


 私がアメリカへ行っている間、氷室は家のことをまとめ役として任されていた。 

 光流との特別な一週間で、特に仲良くなったのは氷室と須崎だった。


 それまで私は家の人であっても、仲良くなろうとは思っていなかった。

 でも光流のおかげで、氷室も須崎も好きになっていった。


「氷室……ごめんね。ありがとう……」


 私は氷室の場所まで走っていき、ギュッと抱き締めた。

 懐かしい氷室の渋い匂いを感じながら、私の目に涙が溜まった。


「お嬢様……あんなに小さかったのに、こんなに大きくなられて……もう超されてしまいますな……」

「ははっ……氷室がちっちゃくなったんじゃ、ないのね……っ」


 私の身長は百六十五センチまで成長していた。

 父は百八十五センチ、母が百七十二センチ。そのせいもあって、中学三年生にして私も身長が高かった。

 氷室と私の身長を比べると私とほぼ同じくらいに見える。


「さあ、お家に行きましょう。皆さん待っておられますよ」

「うん……その前に……」


私は真空のところまで行き、手を握って氷室の前まで連れてくる。


「この子、来年からうちで一緒に住むことになる朝比奈真空!」

「はじめまして、朝比奈真空です。ルーシーと同級生です。今日からも一時的にお世話になります!」


 氷室に真空を紹介した。

 真空は氷室に一礼して、自己紹介する。


「はじめまして。私は宝条家で執事をしている氷室と申します。朝比奈様のことは聞いていますよ。お嬢様の大切なお友達だと。こちらこそよろしくお願いいたします」


 丁寧に氷室が挨拶をした。

 真空はぺこぺことお辞儀を繰り返した。


 そして、車に乗り込み、移動を開始する。


 車に乗り込む時、須崎が氷室と握手をしていた。


『氷室さん、老けたなあ……』

『須崎……お前は何も変わっていないようで安心したよ』


 互いをディスったような言葉を交わしたが、表情は二人とも笑顔だった。

 この二人も五年ぶりの再会だ。


 いつも私を送り迎えしてくれていた二人。そして光流と仲良くなっていくところも見ていた二人。

 私にとって家族以外では、特に特別な人達だ。


 この二人の再会は私にとっても嬉しかった。



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