第二十六話

 余りにも大きなものを失ったブレイズロアだが、幸いにも死者は少なかった。


「おい!しっかりしろ!ネイト!おい!」「……う、うるさい……ギネク……」

「意識はあるか?……よし、無理にしゃべらんで良い。ゆっくり固定してやるから、痛かったら手をあげよ」

「意識あるー?」「無いです……」「オッケー、薬かけるね!」「ゴボッゴボゴボ……」


「……あいつは……」「ごめんなさい。アタシの力不足で……」

「いえ……団長の元で戦えて……おれもあいつも……しあわ…せ……」

「……眠ったのねアレハンドロ。お休みなさい、向こうでドナと仲良くね……」


 プラストロ・ワームの処理に並行して。手の空いた面子で行った捜索により、負傷者を瓦礫などから救助できたのだ。


 死者は取りあえず一か所に並べて安置してある。彼らもダヴルクへ帰還させるのが団長の務めだとラガルトさんは悲しそうに言っていた。


 そうして虚しい勝利の余韻も手短に。砦内部へ派手に撒いた誘引剤で、サークルジェリーが押し寄せる前に、オレ達は持つ者をもって砦から退避した。


「俺達なら援軍が来るまで戦れてたろ……」

「無茶を言うなギネク。儂等だけならともかく、傷ついた仲間と亡骸を守るのは現実的ではないぞ」

「……チッ」「すいやせん、ダンケルさん。こいつも分かっちゃいるんです」

「……キミ、こいつの何なのさ?」


「アイヒルちゃん達、殿をお願いできるかしら……?」

「お任せくださいラガルトさん」

「ワタシ達ならまだまだ動けるよ。心配しないで連れ帰ってあげて」


 風向きの影響か、門を出た時には数匹のジェリーが漂ってきていたので。脱出のタイミングはギリギリだった。


 こちらを捉えて近づいて来た個体には、雷細剣とオリガの剣で死んでもらい。敗残兵もかくやと言う風貌の勝者たち一行は、魔物に警戒しながらゆっくりと轍道を戻っていった。




 しばらく歩いて、やっと見えて来た停留所では。避難を促した人々が、馬車を利用して臨時の拠点を造っていた。


「おおっ!ブレイズロアの!」「傷だらけじゃないか!神官!医者!」

「おーい!戻って来たぞー!」「誰か迎えに!負傷者多数!」

 

 こちらに寄越す援軍を編成している所へ帰ってきたオレ達は。皆、問題なく保護してもらった。


「すまないラガルト!俺達の為にお前の仲間が」

「ギルドにも必ず弔慰金は出させる。これは双方に問題があった」

「皆、ありがとう。気持ちは嬉しいわ。けど、先ずはこの子たちを休ませて頂戴」


 直ぐに来れなかったことを皆謝罪していたが、ラガルトさんを始めブレイズロアのメンバーはギネクを除いてそれを受け入れていた。


「ちっ……何が弔慰金だ……金であいつらが生き返るのかよ」

「ギネク」「あん?」

「皆分かって言っているんだ。それにお金は大事だよ」

「……くそったれ。テメェに言われちゃお終いだ……ぜ……」

 ドサッ

「ぎ、ギネクー!?」「あっ、死んだか?」

「オリガ!そういうの良いから!おーい!しっかりしろー!」


 一人納得のいかないギネクだったが、身体が先に限界を迎えたのか、オレと話をしている時に気絶し。そのまま救護班に引き渡した。


 その後、ギルド職員によって要請された飛行艇の応援が到着。援軍の高位冒険者と、物資によって。負傷者たちは取りあえず回復した。


 護衛対象だった負傷者と非戦闘員を引き取ってもらった冒険者たちは。皆、士気も高らかに砦に取って返し。砦周辺を浮遊していたジェリーたちを全て屠った。


 その時に、もう一匹地下からプラストロ・ワームが顔を出したが。既に手の内が割れた魔物など冒険者の敵ではない。奪還に参加したオレとオリガを中心に。同じく奪還班に加わった、ブレイズロアのメンバーで構成された面々で駆除される。


 こうして短い間に復讐を成し遂げる事により。彼らは、自分たちの旗に着いた汚れを拭い取ったのだった。


「引き上げだっ!」

「「「おおぉ―――――!!!」」」


 これにて間引きは終了。町に帰還した我々は、一部を除いて戦場の疲れも無視して打ち上げを決行。町の一角を弔いの飲み会に沈め、翌日大量の二日酔い患者を出した。


「おい、ちょっとツラかせ」


 その一幕の間で、オレはギネクと二人だけで話をする機会を得る。

 人気のない所を望んだので、ギルドから少し歩いた静かな広場へ。ここからは下にギルド前の広場が見られるのだ。


 石垣に腰かけたオレは。持ってきた飲み物を傾けながら、ゆっくりと零れるギネクの言葉に耳を傾けた。


「俺は、あのクソオヤジに憧れてた」

「所詮はチンピラだ。オヤジに拾われなかったら、今も生きてたかわからねぇ……」

「こんなクズを拾う酔狂なオヤジみたいに……誰かに手を差し伸べてみたかった……」


 彼の独白に答える言葉を持ち合わせていないオレだったが。この世界で生きている一人として、彼の気持ちを否定する気も無かった。


「だが、今回で思い知ったぜ。俺は芯の芯まで厄介者だって事がよ……」


 全身に包帯を巻き、所々に血がにじんでいるコイツは。どうやら自分の行いを自省しているようだ。


「そもそも、俺がお前に絡まなければこんな事にはなっていない。俺の癇癪で死んだ奴らに、俺は何をしてやれる?」

「生きてる奴らも、だれも俺を責めねぇ。恨み言も溢さねぇ。慰めの視線すら向けてきやがる。……俺は……どうすればいいんだ?」


 正直、何も言えないのだが。そもそもオレとギネクはほぼ初対面だし。

 一応、オレは一方的に奴の未来を知っているわけだが。それは先刻思いっきり変えてしまったっぽいので当てにならないし……。


 でも、わざわざ呼び出して自分の弱みを出してきたコイツの事も無下にできないしなぁ……どうしよう?


 沈黙の支配する広場の中で、オレはどうにかここで何らかの答えを返そうと頑張って考えた。

 ギネクは吐き出すだけ吐き出してスッキリしているのか、こっちも見ずに風景となったギルドを見ている。


 全然思いつかないので。もう黙って去ってやろうかとも思ったら。広場に覚えのある気配がやって来た。


「おバカさんねギネク。誰もそんな事望んじゃいないわ」


 ラガルトさんの登場だ。どうやらこっそり着いてきていたらしい。


「……クソオヤジ……」

「アンタのやった事と、あの子たちの終わりは関係ないわ。全てアタシの責任よ」

「理屈の話をしてんじゃねぇ!スジが通らねぇだろ!」

「そっちこそ勘違いしてんじゃないわよ!」


(あれ?これ、オレいる?)


 身内の話に混ざる趣味は無いので。黙ってこっそりと抜け出して、宴の席に紛れて逃げた。

 彼らの話には興味をひかれたが、それを聞く資格はオレにもない。


 周囲の冒険者たちから一杯奢ってもらい。彼らの仲間への献杯を捧げた。




「あー……あったまいてぇ……」

「飲みすぎ?」


 翌日。痛む頭を抱えたオレは、朝一で冒険者ギルドに来ていた。

 昨日先送りにした、依頼の報告を含めた諸々を消化して、報酬を貰うためだ。


 ギルド内部は込み合っている。どうやら、同じく昨日の依頼に参加した冒険者たちが、同じく報告作業でにぎわっているようだ。


 今回の事態は異例の出来事であり。臨時の受付まで出す人の多さの中で。漂う酒の残り香が、二日酔いの身には辛い。

 なのに、そんな苦しむ相棒の姿を見たオリガは、随分とご機嫌な顔。何かいい事でもあったのだろうか?


「……何?何かいいことあった?」

「うん。昨日の騒動で試してみたけど。身体の調子がだいぶ戻った。九分九厘治ってるみたい」

「そりゃよかった。おめでとう」


 普通に良い事だった。仲間の健康はリーダーとしては喜ばしい。当の本人が二日酔いだけどね!


 さて、じゃれているうちに自分たちの番になった。


「どうもおはようです。冒険者証どうぞ」

「おはようございます。確かにお預かりします。……銅杯冒険者のアイヒル・ディクターさんとオリガ・コレリカさんですね。少々お待ちください」


 オレたちの評価点は序盤に狩った三十一のジェリーに加え、ワーム襲撃時の避難誘導、ギネクに任された伝令の助力に、砦内での戦闘に大きな貢献をしたのが加算点だろうか?

 仮に討伐数の出来高制でも、結構な数を倒したのでそこそこ貰えるとは思っていた。


「お二人の報酬金はこちらになります」

「ええっ?」「おおっ!」


 しかし、ギルドから出された額は、その予想をはるかに超えた多額の物だった。


 どうやらダヴルクに所属する複数の有力冒険者を救援した事と、ギルド職員の避難誘導が高く評価され、それに未知の魔物プラストロ・ワームの複数討伐が加算されたのが強かったようだ。


「報酬は口座に加算させていただきました。今後ともよろしくお願いいたします」

「ありがとう、またよろしく頼む」


 礼を言って次の人に順番を譲り、一度ギルドを離れた。

 実はお金大好きな相棒は、ウハウハした顔で喜んでいた。


「ふふふっ、これならしばらくいい宿に泊まれるね」

「へへへ、これだけあれば……」


 かくいうオレも、手元の資金を前に頭の中でソロバンをはじく音がした。


 これなら、前から欲しかったアレに手が届くかもしれない……。




 今日は休みにしたオレ達は、宿で思い思いの時間を過ごしている。

 オレも今は過ごしやすい恰好で鉛筆を握り。紙に色々書き出す作業をしている。


「えーっと……あれがこーで、これがそっちにかかって……」


 作業が完了したオレは、入金された証明とこれまでの貯金を書き出した紙、それといくつか取り寄せた書類を持ってオリガの元に行った。


 そして彼女の部屋に入れてもらい。そこの机に持ってきた物を全て並べる。


「これは?」


 首をかしげる相棒へ、説明を始める。


 「これは飛空船のカタログだよ」と言うと。彼女も腑に落ちた顔で頷く。


「つまりそういうこと?」

「そういうこと」


 前々から、少人数向けの小型船を所有したいと思っていたのだが。今回の収益が予想以上になった事に加え、今後の冒険者活動にも明るい展望が開いたことで。この機会に一度、船を持ってみるのも悪くないと考えたのだ。


「言っておくけど、ワタシの要求は結構高いよ」

「それは勿論考慮する。じゃあ、君はどの船がいい?」


 相棒を説得する為、オレは予め目星をつけていた船のページを開いた。


 これからがオレの本当の闘いだ!

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