第16話 距離が縮まる

 ふと気を抜いて、しまったと思った時には授業が終わっていた。

 チャイムの音が無情に鳴り響くのを聞きながら、俺は手元の真っ白なノート、その上に落とされたよだれを拭き取る。

 科学の授業の板書は、当然ながら全くできていない。


 今までこんなことはなかった。

 催眠誘導音声である世界史の授業で眠ってしまうことはあっても、他の授業はちゃんと真面目に受けてきていた。


 なぜ居眠りしてしまったのか。

 その理由は明白だ。

 寝不足だからだ。


 近頃は毎晩、陽川さんが電話をかけてくるようになった。

 最初はルインのメッセのやり取りをしていたのだが、ある日を境に陽川さんから通話がしたいという打診があった。

 メッセだと返事を待つのがあれだから、直接話そうと。

 何か用件があるわけじゃない。明日の朝になれば忘れるような、泡のようにとりとめのない話を延々と話し続けるだけ。


 通話自体は楽しい。

 とても楽しい――のだが、いかんせんその時間が半端じゃない。

 三時間で終わるなら短い方、長い時は朝まで話し続けることもあった。ちなみに昨日は三時くらいまで通話していた。

 案の定寝不足になり、授業で爆睡をかましてしまった。


 ちなみにこれが初犯じゃない。

 もう何回かやってしまっている。

 おかげで月宮さんにノートを借りさせて貰っていた。

 今のところは呆れ混じりながらも貸してくれているが、そろそろ情状酌量の余地なしと実刑判決を喰らいそうな気もする。

 改めないといけないのは分かってる。途中で通話を切り上げるべきだと。ただ通話中にその流れに持っていこうとすると。

 

『んー。もうちょっとだけ……♪』

『相地くんの声聞いてると、落ち着くんだよね』

『じゃあ話さなくてもいいから。通話状態にだけしといて。そしたら傍にいる感じがして安心して眠れるから』 

 

 何だかんだ言葉巧みに通話を終わらせてくれない。そのままずるずる時間が経ち、気がつけば朝になっている。

 しかし当の陽川さんはと言うと――。


「あははっ。マジ? ウケんね」


 めちゃくちゃ溌剌としていた。

 俺と同じく寝不足なはずなのに、そんなこと微塵も感じさせないくらいに元気だ。まるで太陽みたいなエネルギー量。

 というか、最近は学校でも凄い話しかけてくる。他にも友達がたくさんいるのに、俺にだけ一点集中で接してくる。

 少しでも同じ時間を過ごしたいというように。

 つい最近席替えが行われて、陽川さんが俺の隣の席になったことから、より一層会話する機会が増えたのだった。

 

 ☆

 

 陽川さんの変化はバイト先でも発揮された。

 やたらと同じシフトに入ろうとしてくる。

 俺のシフトを聞いてから、そこに合わせてシフト希望を提出する。そのおかげでここのところは毎回シフトがいっしょだった。


 店長と俺の間には遺恨がある。

 陽川さんにしつこいアプローチをしていた店長に対し、陽川さんと付き合っているから止めろと俺が告げたからだ。

 だから何か仕掛けてくるんじゃないかと警戒していた。

 けれどその後も特に何も起こったりはしなかった。

 なぜだろうと首を傾げていると、ある日答えを教えてくれた。


「相地くん、僕はNTRにはまってしまってね」


 店長は事務室で出勤してきた俺にそう告げてきた。


「君たちがイチャつけばイチャつくほど、僕は陽川さんを取られてしまった哀しみを思い出して興奮するようになったんだよ」


 妙な性癖に目覚めてしまったらしい。


「だから、君たちは大いにいちゃつくといい。それが僕の力となる」


 何か嫌だな。

 そもそも陽川さんと店長は付き合ってないし、俺は陽川さんと寝たわけじゃないんだからNTRではないだろ。


「俺には理解できないですけど」

「そう言うってことは君、素質あるよ」

 ないだろ。


 その後、陽川さんとシフトに入った俺は品出しをしていた。

 店の奥――ペットボトルの飲み物が陳列された冷蔵庫の裏――バックヤードで飲み物の補充をしていた時だった。

 後ろから不意に抱きつかれた。


「陽川さん……!?」

「あはっ。様子が気になったから来ちゃった」

「そしたらレジ誰もいないんじゃ」

「今お客さん一人もいないしへーきへーき」


 膨らみが背中にあたっている。

 良い匂いもする。


「ちょ、ちょっと近すぎないか?」

「あたしたち、店長には付き合ってるって言ってるじゃん? たまにはちゃんとカップルらしい振る舞いもしとかないとね」


 陽川さんは楽しそうに言うと、


「ってことで、ぎゅー♪」


 じゃれ合うように密着してきた。

 しかし、最近の陽川さんとは異様に距離が縮まってる気がする。できるだけ同じ時間を過ごそうとしてくるというか。

 ちょっと執着を感じるくらいに。

 でも向こうは友達として接してきてるんだろうし、勘違いしてこっちから告白して振られるようなことになるのは避けたい。


 ちなみにバックヤードには監視カメラがあり、事務所のモニターからは俺たちの様子を覗き見ることができる。

 店長は十中八九、今の光景も見ている。

 たぶん涙を流して興奮しているに違いない。


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