第3話

 まちは紅葉の時期を過ぎ、随分肌寒くなった。気が付くと12月が目の前に来ている。車に乗って家路につくと、遠くの山々が夕日に染まっていた。


 私の住む忌部市は、山脈のふもとに広がる山辺のまち。この北部にある秀真地区は「ヲシテ文字」と呼ばれる日本の神代文字で書かれた秀真伝(ホツマツタヱ)伝説が残る神秘のエリアだ。この地区に英里と私の家がある。


 お互い近所で、昔はよく遊んで、喧嘩もしたものだ。英里の家に行くのは何年ぶりだろうか。

 英里の自宅の玄関に立つと、昔と何も変わっていないから、タイムスリップしたような不思議な感覚になる。


 玄関のチャイムを鳴らすと、これまたまるで変わらない英里の母親が出てきた。

「月香ちゃん、久しぶり! すっかりキレイなお嬢さんになって!」

 英里の母親は、やけにテンションが高い。


「待ってね。英里ー! 月ちゃんだよ!」と母親が大声で呼ぶと、「はーい」という声が聞こえて、英里がやってきた。

「月香! 会いたかったー! 外は寒いから、あがってあがって。私も今夜、月香の家に行こうと思って待ってたの!」

「ホントに?」

「うん、渡したいものがあってね」

 そう言うと、学生の頃のように英里の部屋に入る。


 部屋には、東京から持ち込んだたくさんの荷物があった。

「英里、すごいね。web記事とかテレビとか雑誌で見つけると、嬉しくなるよ」

「ありがとう。でも、本音を言うと大変」

「そっかぁ。でも、私は英里が羨ましい。次々成功して無敵で、自分に自信があって、幸せそう」

「私が? それはただのイメージだよ。実際は、仕事で多くのキレイな人たちといつも比べられて、劣等感でいっぱい」

 英里が意外なことを言い出した。


「英里にも劣等感があるの?」

「当たり前だよ。業界で私の存在なんて小さいし、扱いも下なの。本当はね、私からすると月香の方が羨ましい。公務員って、いい仕事だよ。私と違って安定してるし、すぐ首を切られたりしないし、福利厚生がしっかりしてるから、結婚して子育てしながら続けられるでしょ?」

「そりゃそうだけど」


「でもね、負けないように頑張る。それより、……イルミネーション点灯式のトークショーで司会してくれるんだよね? ごめんね」

「何で、英里が謝るの?」

「私が市長にお願いしたから」


「まあ、急に今日仕事を押し付けられてまいったけど、市長の命令だしね。ところで何で私にしてもらいたかったの?」

「ごめんごめん。月香が隣にいないと、怖いから。友だちだから、許して」


「怖い? 英里が?」

「うん、いつも初めての仕事はビクビクするし、故郷での仕事はなおさらプレッシャーだもん」

「でも、私は英里の隣りにいると、それこそ比べられて嫌だよ。私は英里みたいに可愛くないし、何の取柄もないし」

「そう言うと思った。月香は自分を誤解して卑下してる。昔から、ずっとそう」


「何を」

「月香はかわいいよ。学生の頃から、月香がいいっていう男子の同級生もいっぱいいたのに、自分で気付いていないだけ」

「それ、お世辞とか、慰めるつもりで言ってるんでしょ」

「ほら、そういうところも、昔からそう。違うよ、月香は月香の良さがあるんだよ」


 そう言うと、英里は東京から持ってきた荷物から、キレイに包装された小物を私に差し出した。


「これを、月香に渡したかったの。はい、プレゼント」

「え?」

「開けてみて」

 言われるがままにプレゼントを開けると、中にはネックレスが入っていた。小さな三日月のチャームがついた、オシャレなデザインだ。


「これ、かわいい! いいの?」

「もちろん。月香が昔から、よく言ってたのをおもいだしてね。『私は太陽で、月香は月』なんでしょ? だから、月のネックレス。着けてみて」


 考えてみれば、私はこんな本格的なネックレスを身に着けたことがなくて、変に緊張する。首の後ろで止めて、英里の部屋にあった姿見で自分を見る。すると、胸元にある月のチャームが色っぼくて、自分でもドキドキした。


「月は、太陽とは違う、ミステリアスな美しさがあるんだよ。まさに、月香にぴったり。ちなみに、これ見て」


 英里は、Tシャツの下に隠れていた自分のネックレスを首元に出して見せる。


「わ、それ……太陽?」

「そう! 同じデザイナーがつくった、太陽のネックレス。陰と陽のおそろいだよ。イルミネーションの点灯式の日、一緒にこれを身に着けてステージに出ようね」


 英里の無邪気な笑顔も、何も変わっていなかった。私は頷き、心が晴れる。

 このあと英里と、芸能界の話や言えない恋の話など長居をして、ようやく家に帰った。

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