第2話

 英里を迎える準備は当初、順調に進んだ。


 秀真イルミネーションは、私の住む忌部市の秀真地区で毎年開催される恒例イベントだ。農業公園に数々のイルミネーションが輝き、近郊から多くの人がやってくる。


 このイベントを主催する実行委員会の委員長が市長で、多額の補助金も入っている関係から、行政のお願いは柔軟に対応してもらえる。


 点灯式が始まる直前に15分の時間をもらい、ステージに市長と英里が登壇することになった。

 手短かに英里の紹介と観光大使の委嘱式を執り行った後、トークショーをして、そのまま点灯式を執り行うというものだ。


 しかし、私には試練が待ち受けていた。それは、イベントが開催される3日前のこと。課長の東松と私は市長室のソファに座り、当日の流れを市長の日置に説明していた。


「このように、概ね15分くらいの登壇となります。それで……」

「はい、もういいよ。十分わかった。それよりさ」

 東松の説明を遮って、日置市長が切り出した。


 市長は、もう首長を4期もしているベテランだ。筋力トレーニングを趣味とする60代の男性で、実年齢より10歳は若く見える。


「東松くん、この委嘱式とトークショーの司会は誰がやるか、決まってる?」

 斬新なことをするのが好きな市長は、何かを企んでいる。また、嫌な予感がした。


「はい。恥ずかしながら、課長という立場もありますので、私がしようかと考えております」

「若いEllyさんをおじさん二人が囲んでいるのは、見ていて変じゃないか?」

「ええ、……確かに」


 東松は、市長の言うことを何でも受け入れようとする。ますます、不安になる。しかも、市長が私を一瞥したから、恐れおののいた。


「月香さん、司会をやってよ」

 市長が無情なことを言い出す。また、予感が的中してしまった。

「なるほど! それはいいですね」と東松も無責任に調子を合わせる。


「無理です、無理無理。私には、大勢の人前で話せる力量はまったくないです」

「Ellyさんと、友だちだよね? 本人が言ってたよ」

 市長は圧をかけてくる。


「友だちであろうと、なかろうと関係ありません。私は英里のようにステージに立つプロではありません」

「別に私も東松くんもステージに立つプロじゃないさ。だからそんなのは関係ないよ。力量があるかないかより、心をつかめるかどうかだ」

 市長は市役所に常勤する人たちの中で唯一選挙で上がっている「政治家」だから、私たち吏官と違って、ホント勝手だ。


「なおさら、私には無理です。これは職務命令に反発しているのではなく、できるできないという能力的な問題です」

「月香さんは私や東松くんとは違って、若さがある。若さは諸刃ではあるが、うまく転ぶと素晴らしい輝きを放つもんだ。私はそれにかけたい」


「英里と違って、何の取柄もないんですよ、私は! 英里が太陽なら、私は不気味で犬に吠えられる月みたいなものです。英里みたいに、かわいくないし、輝くような笑顔もできないし、人前で話せないし、……何にもないです。……英里の隣にいて比べられるくらいなら、消えてしまいたい」


 市長と東松はしばらくの間、黙ったが、「月は、不気味なもんじゃないよ」と日置市長は的外れなことを言う。


「太陽は生命力を与え素晴らしいものだが、月は月で美しいから、古来から多くの人が愛でるじゃないか。そういうことだ」

 意味も分からず、東松は頷いている。


「観光に携わる職員がそんな卑屈では、まちはダメになる。これはキャリアアップ研修だと思って、司会をやるように」

 そう言って、市長は有無を言わせない。


「そんな……」

「それと今日、Ellyさんは実家に戻っているそうだ」

「そうなんですか?」

「しあさってのイベント当日まで休みらしい。ちょうどいい、会ってきなさい。直接、打ち合わせもできるから。はい! もう行った、行った」

 市長は一方的に説明を打ち切った。


 東松が司会を務める予定だった委嘱式とトークショーの台本は、急遽、差し替えることになり、慌ててイベント業者に連絡など対応をしていると閉庁時間になった。


「もう、早く行きなさい」と東松は言う。

「英里の家に、ですか?」

「そうだ。これは市長の命令だ」

 そう言われると、市役所職員は弱い。頷いて、職場を出た。

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