第22話 イヅノちゃん雪遊びをする
あったか手袋、長靴、そして頭まですっぽりフードを覆わせると、ずうっとそわそわしっぱなしだったイヅノがついに駆けだした。
玄関の外は見事なまでの雪一色であり、尚もしんしんと音も立てずに降り続けている。すでに十センチ以上の厚さとなっているが、この調子ではまだまだ積もりそうだ。
「きゃああっ、真っ白! 真っ白ですー!」
あらー、両手でバンザイしちゃって可愛いったらないね。田舎のお孫さんを眺めている気分だし、俺と同い年だということをすっかり忘れちゃうな。
見慣れた景色が白く染まるというのは、俺だってとても楽しい。なぜか胸がすっきりするし、もっとたくさん降って欲しいとさえ思う。
しかしだな、きゃいきゃいと浮かれているイヅノちゃんと違い、俺は倉庫からスコップや軍手などを取り出して、着々と準備し始めなければならない。
「誠一郎さん、どうしたのです? まるで仕事みたいな雰囲気ですよ。ほら、一緒に遊びましょう。駆けっこして、どっちが早いか競いましょう」
ねえねえと腕を引かれると俺も弱い。一緒に遊んでやりたいという気持ちにもなる。だが、しかし、しかしだな、雪かきが終わらないと俺は遊べないんだよー! うおおーん!
そう苦悩する俺だったが、とある名案を思いついた。
「イヅノ、高いところは好きか?」
そう爽やかな笑顔で問いかけると、ゆっくりと彼女の顔は斜めに傾げてゆく。その頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいてもおかしくなさそうだった。
どどどどーっと屋根から大量の雪が落ちてくる。ものすごい勢いであり、大型機械であろうとここまで早くはこなせないだろうなと俺は思った。
ぴょこんと屋根から覗いてくるのは可愛らしいイヅノの顔で、目が赤いからまるで兎さんみたいだ。上出来だと手でサインして見せると彼女は喜色を浮かべた。
「誠一郎さーん、どんどんいきますねー!」
「おう、頼む。落っこちないように注意しろよー」
うんせ、ほいせ、という愛らしいかけ声にも関わらず、運動神経とバランス感覚が飛びぬけているイヅノの雪かきはすごい。びっくりした鶏たちがコケコケ鳴くくらいだし、なによりも楽ちんなのが素晴らしいったらないね。
だけど、よっというかけ声と共に飛び降りてくるのはだね、俺の心臓にあまり良くないからやめて欲しいなぁ。やはりというか、俺の心配などそっちのけで彼女は見事に着地した。
「ふふーっ、見ましたか、私の華麗なるスコップさばきを」
「見たけどさ、ケガだけは気をつけろよな。あとさっきので鶏小屋が埋まった。早く救助してやれ」
「わああーっ、私の美味しい卵と鶏肉が! いま助け出しますよー!」
平屋建てで良かったな。まあ、こいつなら二階でも三階でも、ぴょんぴょん跳ねて雪かきしそうだが。そう思いつつ俺はスコップ片手に空を見上げた。
雪はしんしん降り積もる。音が消えて、覆いかぶさられて、どんどん景色が見えなくなっていく。
もぎゅ、もぎゅ、と足音を立てて近づいてきたのはイヅノで、ぼんやりと風景を見ていた俺の隣に立ち、そっとしがみついてきた。
「いいですね、雪って」
「うん、よく分からんけど、いい」
顔は冷たいし、手足はどんどん冷えてゆくし、鼻水も出てしまうが、いいものはいい。たまには冬ならではの景色を俺は見たいのだ。
翌朝、がたっ、ごとーっと雨戸を開くと、まぶしいくらいの陽光が差し込んでくる。見事なまでの青空に照らされる景色は、昨日とは大きく異なる印象があった。
「よっこら、せいっ!」
となると当然のようにプラスチック製のソリで滑ってゆくのはイヅノだ。あったかニットの帽子をかぶり、笑顔でぐんぐん加速してゆく様子はガキみたいだなって思う。
「負けるかああっ!」
しかし俺の精神年齢もあいつと大して変わらないようだ。
段差で軽くバウンドしつつも、的確なコースで一気にまくる。背後から「ああーっ!」という悲鳴が聞こえてきて気分がいいなぁ。わっはっは!
冬のレジャーといえば雪ソリ、そしてスノボも欠かせない。がちッ、がちッと足元の金具をはめてやるあいだ、イヅノはまじまじと見つめていた。
「これが大人のソリですか……!」
「ああ、速度が出るし、熟練者だったら宙返りもできる。危ないから絶対にやるなよ?」
「それは前フリ的なアレですね? 押すなと言われたら押す。それこそが和の心だとテレビで習いました」
絶対に真似しないでくださいね、というテロップは見なかったの? 最近のテレビも教育としては悪影響があるかもな。などとしつけに厳しい親みたいなことを思ってしまった。
「いやっ、はああーーっ! 見ましたか、見ましたか誠一郎さんっ! 写真に撮りましたか!?」
だがやはり、残念なことにイヅノはしっかりと言いつけを破った。
雪煙を巻き上げつつ、両手をつき上げながら彼女はみるみるうちに遠ざかる。分かってはいたが、身体能力と覚えの速さは異常なほどであり、ざうっ、ざうっ、と華麗なカーブを描いていた。
え、俺? 俺はやんないよ。だって危ないし。両足が固定されるだなんて冗談じゃないよ。おーこわ。
もちろんフォークリフトなどという気の利くものはないので、ボードをかついだイヅノは、えっほえっほと急斜面を駆けてくる。普段の山登りよりもよっぽどキツいだろうに、近づくごとに彼女の笑みが深まっていった。
「すっごい気持ち良かったですよ!」
「ああ、なら良かった。倉庫から引っぱり出して、手入れした甲斐もある」
ちょいちょいと招き寄せて、形の良い鼻にハンカチを当ててやる。ブピィっと彼女は鼻を鳴らして、長い黒髪をふわりと浮き上がらせた。
「冷えただろう。近くにちょっとした温泉地があるけど寄っていくか?」
俺としては軽い提案のつもりだった。温泉といっても放置されている施設だし、たまに俺が掃除するくらいだ。期待するほどじゃないぞ、とつけ足したのもそのせいだったりする。
しかし赤い瞳はきらきらに輝いて、ふっくらとした唇が「温泉」とつぶやく。なんだか嫌な予感がするなぁとこのときの俺は思った。
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