ブックエンド
過去のことを思い出すのは、三年前のあの日だけだと思っていた。一生忘れることが無い、そう信じてやまないあの日。死ぬ時だって思い出して死ぬだろうあの日。鮮明に覚えて絶望して、書き綴ったあの日。そんな、最悪の記念日だけだと思っていた。だけど、人生は何が起こるかわからない。何が起こるかわからないから、あんなことも起こってしまった。
そんな、忘れられないあの日がある。
4月14日の金曜日。
あれは、金髪、カラコン、ピアス、指定外制服の男子生徒と登校することに慣れた頃合いだった。慣れて馴れ合っていた頃合い、激臭も嗅ぎ続ければ鼻が曲がって慣れるというものだ。
天丼もあの頃から言われてきた。
1ヶ月も経っていないのに、なんだか懐かしい。
少し前、最近と言ってもいい、
そんなあの日。
「やぁ。朝立ちは済ませたかい?」
伊豆ノットは登校中の俺に、いつも通りの挨拶をした。
「まだ続けんのか、それ……」
この伊豆ノットという男は、このクソみたいな挨拶を恒例にするつもりなのだろうか。
「続けていればいつかは流行るかもしれない、天丼ってやつだよ剣城くん」
それが流行ったら世も末というやつだ。俺は嬉々として厭世家となろう。
「そもそも下ネタに天が合わんと言っとる」
「テンガは合うよ」
「黙らっしゃい」
何を言うとるんじゃおどれは
「針みたいにつんつんしちゃって、その割には
正直10万文字の原稿を渡された時、なんの冗談だと思ったが、読んでしまった。
全然下ネタがなくて途中から怖かった。もしかして俺が気づいていないだけで下ネタが隠されているのか? と思ったが、そういうことでもなかった。
「まぁ、俺好みの設定だったし……」
「
「やればできる子は金髪ピアスカラコンじゃねえだろ」
不良やヤンキー、チンピラと呼ばれる者共が更正できないとは言わないが、やればできる子のイメージと遠いよ。もっとやる気じゃない普通の学生であれよ。
「失礼な」
「ん、もしかしてカラコンじゃないのか?」
「いや、後天的にだけど」
カラコンじゃねえか。
「なんでそうしたんだ……?」
「目の色が変わるほど性に対して興味があるからだよ」
「あっそ」
配色に元ネタがあるかと思ったけど、ただ格好いいからか。
ならマゼンタとシアンの方が金髪と合って良いと思うんだけど、色の三原色みたいで。
「にしてもああいうの、いつ考えてるんだ?」
「降ってくるってやつさ」
「ウザイ」
「直球!?」
ふかしてんのが腹立った。
「いや、実際僕は考えてないんだよ。多少肉付けしてる程度で。オリジナルではあるけど、全部脳内で作った訳じゃない」
「それ、降ってくるってのと何が違うわけよ」
「作家は体験したことしか書けないんだよ」
「……?」
それじゃお前は
「なんだよ、そのカラコンは厨二病か? この力は使いづらいなぁ、とか言って目でも抑えるのか?」
「……ううん」
なんか突っついてしまったらしい。
「ま、いいんじゃないか、楽しむ分には、うん」
「思いっきり引いてるね」
そりゃ引くわ、有り得ねえ。
もしも今の冗談が本当だとしたら、俺はこの世から厭がられている。真の厭世家だ。
いや、そんなもん今更か。
この世がどんなジャンルだろうと、結末に急ぐ人生なのだから。
俺は五月に死ぬつもりだ。
理由はたった一つ、3年前に誘拐されたことから始まる。
地獄は簡単に始まった。
あの五月に、両親は死んだ。
俺が呼んだ厄災なら、俺も死ぬのが道理だろう。
それに、俺も二人と名前を並べたい。
どんな形であろうと。
それが自殺の報道であろうと。
そう決めた日から、俺は今の今までどことなく青色の、名前のないノートを書き綴っている。
自殺日記と呼ぶべきそれは、決して誰にも見せられない。
表紙を見るだけで自殺関連の日記だとわかるほど、書き込んだ。
逆に中身は幸せを詰めた。
あの日以外の解釈を、されては困るからだ。
あの日に俺の世界は終わった。
元々蛇足のような人生だったものが、本当に無意味になった。
もう幸せなゴールなんて望めるわけが無い。
これはあの日の俺が、五月にかけた、
「呪いだな……」
「えっ?」
「いや……まじないって言ったんだ」
盗聴器のスイッチを切って、校門に入る。
今日もいつも通りの日常を送る。
呪い。その通りだ、これは俺がかけた、俺の呪いだ。最低の、自己満足の呪いだ。俺の死を望んでいるのは、俺だけだ。
そんな当たり前のこと、最初から理解している。
理解しているからなんだ? 理解しているからやめろと? やめろって、もう病んでいる。止まれなくなっている。ブレーキはあの日壊した、アクセルは押しっぱなしだ。もう沼から足は離れない、闇の中を逆走中。
誰の望みになくっても、俺が死ぬことは俺の望みだ。
死ぬことでしか俺は終われない。
このまま生きたら、俺は生きていない。
誰に正論で自殺を止められても、もう死ねなくなっても、幸せを感じても、先生の導きの光を見ても、友人の叫びを耳に食らっても、家族の思いを聞いても、両親の優しい言葉を思い出しても、
自殺を諦めたら、そいつは死んでいる。
そう、あの日の俺が言っている。
目を黒くして俺を見ている。
避けることも逃げることも許されない。あの日の俺と綴ったそれが囲んでいる。
心も論理も人格も、破綻している。脳は既に犯された、ぐちゃぐちゃのミキサーだ。痛みを感じてるのかも分からない。いや、これは痛いのか。痛いんだ。ずっと痛いから慣れていた。慣れていたんだ。
両親が居ないことにも慣れていた。穴を埋めようとしていた。あの二人であの二人を埋めようとしていた。死にたい。死にたい。死にたい。俺は俺を殺したい。不甲斐ない。生きててごめんなさい。愚かでごめんなさい。自分を大事にできない人間でごめんなさい。
でも俺は愛せません。これ以上共に生きたくないです。こんな奴、何が面白いんですか。何を思って笑っているんですか、泣いているんですか、怒っているんですか、楽しんでいるんですか、叫んでいるんですか、黙っているんですか。
それともあなたは、嘯いているだけなんですか。
わかってるよ。
でも疲れたら休んでいいだろ。
泣きたくなったら泣いてもいいだろ。
死にたくなったら、死なせてください。
死にたい。
夢になんて出てこなかった。現場を見ていないから、想像でしかないから、意味なんてないから。
お前には何もないから。
お前が憎い。さっさと死んでくれ、お前が憎い。お前が憎い。お前が憎い。なぜ生きているのか、目標も見つけられず、叫び方も泣き方も死に方も知らないお前が憎い。
だからこれ以上、俺は俺を殺したくないから、
飛び方を身につける。
殺したくないから、俺は俺を殺す。
きっと、どこまでも青色の空が、俺を待っている。
どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも。
どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも続く続き続ける変わることない不変の空。
流れ続けるエンドロールを、バッドエンドを、俺は描かなければいけない。
俺には青しか使えない、操れない、他の色は捨てなければいけない。
どうせ血肉は赤くしてくれる。
非行を持って大義を成す。
どこまで飛べるかどこまでも飛べるか、青から赤色の誉は出るのか。
そうさ。
いつも通り、
青春飛行自殺計劃。
原則として、
最大級の自殺を、
最低限の迷惑で。
大人というのは子供を守るものだ。と、子供の俺が言うのはいささか傲慢がすぎると思われる。
しかし、それに準ずる存在だったり、或いは近しいなにかだったり、そういうものを期待してもいいはずだ。
特に教師や両親らに、多少それを望んでも良いはずだ。
実際に俺の両親はそういう人たちだった。
「どうしたの? 剣城」
放課後の俺は今、別に係でもなんでもないというのに、荷物運びを手伝わされていた。
この
「……俺…………手伝うなんて言ってないんすけど……」
「でも帰宅部だよね?」
「えっ、帰宅部の類義語って奴隷なんすか、帰宅部なんだから放課後は帰宅させてくださいよ」
なんなんだろう。本当になんで俺は手伝っているんだろう。なんで係の奴が教室に居たのに頼まなかったんだろう。
「しかも五日連続で!」
毎度毎度頼んでくるけどあんたなんなんだよ!
「なんなんすかこれ……毎回めっちゃ重いし、今度はどこまでなんすか……近い教室にしてくださいよ……階段とか登らないやつ」
「地学準備室」
「学年違うじゃねえかよ!」
しかもしっかり遠いし!
ふざけんな!
「先生……よく嫌われてませんね」
「そりゃあまぁ、顔がいいから」
ウザイ! 若い教師だから尚更それが冗談に聞こえない! いやこの人冗談言わねえかー! うっぜ!!
「というか、剣城くんって眼鏡だけどコンタクトにしないの?」
「なんすか急に、付けんの怖いから嫌なんすよ」
「あー、眼鏡取った方が剣城には似合ってるよ」
ほらと言い、横から強引に眼鏡を取られる。視界が安定せず、ぼやけて見えた。
マジで見えない。
「ちょっ! 勝手にとんなっ、危ない!」
「あ、それ精密機械だから、落とさないでね」
「おまっ、ふざけんなよっ!」
危うく落とすというところで、眼鏡が戻される。
地学の精密機械ってなんだよ!
そらこんな重いわ!
「……はぁっ、もう勝手に取らないでください」
「ごめんごめん、でもやっぱ無い方が似合ってるよ。顔はかなりいい線いってるし、先生には及ばないけど」
「お前マジぶっ殺すぞ!?」
目上の人間にこんな口荒らげたの初めてだわ。
「あはは」
なんで笑えるんだよ。
殺すって言ってんだぞ。
そんなくだらないことを話しながら、安食先生は俺よりもずっと早くすたすたと階段を上がる。
「遅いぞー」
「重いんだよ!」
誰が頼んだと思ってるんだ。
慎重に一歩ずつ歩いて、階段の踊り場に行き着く。
これもう1セットあるんだ……
「あ、剣城、最近伊豆と仲良いじゃん?」
「え? ああ、まあ」
馴れ初めは成り行きだった気もするし、どう出会って友達になったかよく覚えていないけど。
「伊豆にこれ渡しといて」
いきなりなんだと思ったが、プリントだった。
「いや……今俺、荷物持ってるから後で……」
「なんでそんなん持ってんの? 置きなよ」
「精密機器だっつってんだよ」
しかし言われるがまま荷物を置いて、やれやれとスクールバッグを出した。
そういや、すぐ帰宅するつもりだったから持ってたんだよなぁ。
「じゃあほら、下さい」
「はい」
「ちょ、ちょっ!」
触れようとしたプリントが、取る前に話され、ゆらりゆらりと風に身を任せ階段から落ちて行く。
どうにか手に届く範囲にある間に取ろうと手を伸ばすが、素早く落ちて、それも追う俺も不安定に階段を下る。
開いたスクールバッグを持ったまま。
それが良くなかったのだろう。手が届かないまま、足を止められず、勝手に下ってしまって、
下から数えて四段目から、転んでしまった。
「剣城くん?」
スクールバッグの中身は散乱し、プリントは俺を見下ろす誰かが拾った。
その誰かに、名前を呼ばれた。
ノットの声だった。
スクールバッグには、煙草が入っていて、この位置からだと安食先生に見えていないと思う。
でも、ノットには全て見えていた。
タバコも、
「──────あ」
どことなく青色のノートも。
すぐさま片付けて、階段を駆け上がる。
「それ、お前の、プリントだから」
荷物を持って、一足先に階段を上がった。
逃げるように、
憎い、憎い、憎い、憎い。
先生の手伝いを終えて、下校した。
校門には伊豆ノットが居た。
俺を待っていた、と言って、一緒に帰ることになった。
なんの用かはすぐに分かった。
一緒に帰る他なかった。
あのプリントひとつで、俺の心は針の地獄に落とされてしまった。
絶望、絶望、絶望。
ノットが、口火を切る。
「煙草、吸ってるんだね」
絶対に。絶対に。絶対に。絶対に。
絶対に。絶対に。絶対に。絶対に。
絶対に。絶対に。絶対に。絶対に。
伊豆ノットは、知っているはずだ。
死にたいと、死ねと、呪詛の如く自分への言葉を書き続けたそれを、目視しているはずだ。
「ああ……」
憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎い悪い憎々しい憎々しい憎たらしい。
伊豆ノットは、
どことなく青色ノートを知っている。
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