ベストな自殺
5月8日の月曜日。ゴールデンウィークは終わり、連休明けの学生達は鬱々と登校する。天気も雨天であるため、その俺は元々鬱々としているので、いつも通りの日常である。
いつも通りの青いヒビ、煙草も補充した。一本一本が定価よりもずっと高いぼったくり価格のものを二本購入し、合計五本。
この五日は過ごせるというものだ。ゴールデンウィークじゃあ処理もできないしな。
ということで、今日の放課後は喫煙タイムと洒落こもう。と鬱々、
揚々としていれば──────
「やぁ。朝立ちは済ませたかい?」
最低の挨拶、伊豆ノットだった。
「その天丼やめろって」
「天どころか下なんだけど」
俺はノットと待ち合わせしているのではなく、ノットが登校中に合流するのだ。
こいつの家知らないけど、近いのかな? 登校中にランダムで来るけど面倒じゃないの? つうかルート変えたらどうする気なの?
「どうにかするよ」
「思考を読むな、アルミホイル巻くぞ」
「その冗談は剣城くんらしくないな」
と、笑い。
「そっちのネタも好まんよ」
そもそも、俺達は誰にも好まれていない。だから隅っこの異物なんだ。
「好色でないことは知っているよ」
「場合によっては醜悪と言っている」
殴っちゃうぞ
「受け取り方次第さ」
「それをいじめと言うんじゃないのか?」
そういう疑問を後の人間に抱かせないため、自殺日記を書いているんだがな。
「この
むしろ逆効果かな。
「色々言ってくれるが、イロモノなのはお前の方だろうよ」
「よりどりみどり、みだらは結構」
「
「悪い色情魔じゃないよ? 良い色情魔だよ?」
魔だって言ってんじゃねーか色呆け。
「色欲は大罪なんだぞ、ショッキングピンク。染色してこい」
「染色体?」
「関係ない」
「しかし色欲ってのは名の通り、各国で
なんだその艶色反応。なんで色で繋げるんだよこいつ。色彩豊かなのか?
「あーあー、戯れはやめだ」
「
「好色に戻すな、話は進めろ」
「それじゃあ一つ、問いを一つ」
混色となって極彩色の会話に、ノットが区切りをつけるようだ。
そろそろ学校にも着く。
「アメリカじゃポルノ映画をなんて言う?」
「ポルノグラフィティ?」
「いや違うよ、色に関係した問題。あとそれだとバンド」
正解はポルノグラフだと思ってボケたんだが、違うらしい。
「正解はね、Blue filmだよ」
眼鏡に合わせた洒落なのか。
校門を通り過ぎる前に、ポッケに手を入れて、盗聴器のスイッチを切る。
「色、色、色、色──────狂いそうだ」
カラフルな悪い一日が送れそうだと、俺は心底思った。
誰か助けて! と言う台詞を聞いて、真っ先に助けに行けるだろうか。ちなみにこれはヒーロー性を問う質問ではなくて、傍観者効果という存在を最近知ったからしてみた質問だ。
集団心理は恐ろしい。誰か助けて! と言われても助けようとしない。
だから、自分が被害者になった時はそこのあなた! 助けてください! というのがいいらしい。
「ほうほう、それで?」
時間は昼。45分の昼食時間に、俺は献身的にも教師の手伝いをしていた。
実を言うと昼食を食べ終わったあと、普段の態度を評価され、それが禍し、教師に掴まってやらざるを得なかっただけなのだが。
「だから、クラス全体にこの本を知っていますか……? と聞くより……個人個人に聞いた方がいいかなと……思って、本当だったら今日の今頃……に聞くつもりだったんですよ」
五月病を治したい。の捜索を楽に終わらせるため、クラス全員に聞いて回ろうと思っていた。
「そうか、それは残念だったね」
そして俺遣いの荒い先生だ。
昼食を摂る時間に手伝わせるって何事なんだよ。
「あのですね……? 先生?」
「剣城って押せばいけるし」
「最悪な……評価……やめてくださいっ……」
先生が生徒に言うことかよ。
「実際、勤勉でしょ? 頼みは断らないしさ」
態度が良くないと不貞腐れて自殺したと思われるからな。頑張ってるけどさ、勉強は、要領悪いからなぁ。
「にしても……荷物多くないですか……」
理科準備室へ、中身も分からないダンボールを、二人で三つずつ、合わせて六つ運んでいた。
「先生……疲れないんですか」
「教員だからね」
「先生……これ今すぐじゃないとダメなんですか……?」
「昨日やるべきだったんだよね」
叩きたい。手が塞がっているからできないけど、一回本当に叩きたい。今頃最後の一人に聞き終わって、五月病を治したい。の持ち主判明、その後日にノートを七冊抱えて自殺。
だが、予定がズレるのは二度目だ。叩ける手もない。
本当だったら5月1日の月曜日、死ぬ気だった……予定では。
事故やいじめと思われる、と思ったのも事実だ。
吹いた煙が散らばる風、交流の少ない自分。いや、それだけだったら死んでも良かった。
昨晩に眼鏡が割れ、目下が覗けなくなったから、死ねなくなった。巻き添えで死ぬかもしれないなんて、そんなの可哀想だろ。
拍車をかけて最低だ。
「剣城、前向いた方がいいよ。じゃないと」
少し下を向いていた。思い悩む自分に先生が指摘したのは、それだけだった。
だから俺は、毎回手伝うのかもしれない。
そんな風なことを思い、理科準備室へ向かう角を曲がって────
「ぶつかるよ?」
人とぶつかってしまった。
ぶつかった衝撃でダンボールが散らばった。中身は無事だが、それよりも相手が無事か、だ。
ありがたかったのは、ぶつかったのが俺の体ではなく荷物だった点だ。焦らずに済んだ。あっぶねー、パニック起こすとこだったぜ!
「大丈夫か!?」
「あぁ? あ、別に大丈夫だ」
年中長袖のブレザー服、ロングスカート、黒タイツ。加えて低身長。そういえばそんな見た目だったのか、と再認識。
「って、剣城? なんだこのダンボール達、運ばされてんのかぁ? 一人で」
「あぁ……」
「っておい」
先生から突っ込まれてしまった。
ぶつかってしまった九にも手伝ってもらって、もう一度ダンボールを重ねて持つ。
しかし、九が一箱だけ持ってこちらに渡さない。
「九……?」
「ちょっとだけど手伝うぜ剣城、この角曲がるんなら理科準備室だろ?」
この角を曲がった先には、理科準備室と空き教室しかない。それは事実だが、手伝ってもらっていいものか……
「え〜めちゃくそ助かる〜」
教員がクソ緩く肯定したので手伝ってもらった。お前なあ……ないのかぁ? 遠慮とか
「九があの本を見つけたんだよな」
安食先生を省いて、九の近くに寄る。
「あぁ、つうかヤヒロでいいぜ」
「じゃあこっちもコウジで。その時の状況ってどんなんだった?」
もしかしたら、状況によっては人を絞り込めるかもしれない。
「んー、つってもなァ。よく周り見てたわけじゃねえから曖昧だけど、教室の隅っこに本があって、周りには誰もいなかったな」
「……誰も?」
「あぁ、放課後だったからな」
放課後。
何故か教室の隅にあった本。
隅っこに本があるなんて、有り得るのか? どういう状況でそうなるんだ?
誰かが移動したみたいだ。
「それはいつ頃の話だ?」
「ん? だから放課後」
「何月の何日だ?」
「あ〜、4月の28日だったな」
かなり前って訳でもないか。謎な部分が多くて絞れるものも絞れないな。
「誰もいない放課後、教室の隅の本」
全く分からなかった。
頭を捻っても何も出てこない。元々頭の良い方でもないので、そういうのはできなかった。
いくら考えようと揣摩臆測。その域を出ない。
最後までヤヒロに手伝ってもらって、教室へ戻った。
解答がなくとも疑問だけは湧く。
どうしてヤヒロは理科準備室への曲がり角、他は空き教室しかない空間に寄っていたのか。
疑問だ。
しかし教室に戻った俺はしつこく聞くことも無く、席に座る。実を言えばツララ、ヤヒロ、マヒルの三人は2年A組の中心とした人物なのだ。
そう、俺と伊豆ノットとは真反対。きっと色の話なんてしないモノクロで良い一日を過ごしているはず。
別世界の住人とでも表現すれば正しいだろうか、いやそれとも、俺達が世界を間違えたのか。
気づけば放課後になり、久し振りに登校してきたノットと帰ろうと思ったのだが、
「ごめん! このあと用事があってさ」
とのことらしいので、悲しくもぼっち下校をする羽目となった。
屋上の塔屋を監視してもらって、煙草を吸おうと思ったんだけど。
一人は寂しい。
しくしくと校門へ歩を進めると、途中で見知った姿が見えた。
シャツ、ボタン開け、指定外カーディガン、腰巻き、短めスカート。
剣城ミユキ、妹だった。
あちらも俺に気づいたみたいで、気軽に「よっ」と挨拶をされる。
「今帰りか?」
「そっちも? んじゃ帰ろー」
ぼっち下校は免れた。
ありがたき救済。
校門から出て歩きながら盗聴器のスイッチを付けるとき、ふと思った。
「この盗聴器、市販で売ってんのかな」
盗聴器って普通、スイッチとかあるものなのか?
「さぁ? いやどーだろ、聞いて見なきゃわかんない。でも、市販じゃなかったらなに?」
「オーダーメイドとか……? いや、盗聴器のオーダーメイドって存在するのか? 売る方もどうなんだそれ」
「じゃあオーダーじゃなかったら、自分で作ったってこと?」
自作で精密機器を? いや、ありえない話でもないけど。兄にそんなスキルがあるとは知らなんだ。
「まぁ、売ってなかったらそうなるよな」
そこまでする情熱があるのか?
たった一回、攫われたくらいだ。
そう、たった一回。オレが剣城家に来る前に一回。
俺が田中コウジという名前で、剣城家とは遠縁の親戚というだけの、普通の高校生の時に。
あれは三年前の今頃、中学2年生、今のように二人ではなく、一人で下校していた時。
突然、男達に口を押えられ、縛られて、車に乗せられた。
そこまでは良かった。
それから車は発進し、アジトのような所に放られ、どうにか隙をついて返り討ちにした。
その男達の電話も一緒に壊してしまったから、ふらふらと千鳥足で家に帰ったんだ。
火事場の馬鹿力と言うやつだったのか、家が見えてほっとし、前で倒れてしまったまでは覚えている。
しかしその後だ。
触られることがトラウマとなったのは、誘拐されたことが原因では無い。
その後に、何の関係もない別の犯罪者が、家の窓を削って侵入し、強盗をしようと思ったのか、いないと思った俺の家族に出会してしまって、
強盗殺人を犯してしまった。
共働きの両親は俺が誘拐されたことで仕事にも行けず、固定電話のある一階で誘拐犯達からの返事を待っていたそうだ。
その間に俺が倒してしまったせいで、返答は来なかった。
強盗はよくうちの事を調べていたらしく、平日の真昼には誰もいないことを知っていたのだろう。
俺が誘拐されていなければ。
そんな事情があって、一人になった俺は放心状態で、剣城家に引き取られた。剣城の両親は元々引き取るつもりなど無かったのだが、カズユキの一声でそれが決まった。
両親の死はニュースにもならなかった。ローカルで少し取り上げられたくらいだ。
芸能人か何かのめでたいニュースが重なったのだったか、どうだったか。
その二週間後にノートを開いた。
どう自殺すれば報道されるのか。
どう自殺すれば両親の名と共に死ねるのか。
何故自殺したのか捜査された時に、いじめや事故といった他の解答を寄せ付けないよう、ノートは今日あった幸せなことを詰めた。
表紙には自分だけ取り残されたことを悔やんで呪詛の言葉を書き連ねた。と思われるようにした。
俺の目的は数年前から一貫している。
最大級の自殺を、
最低限の迷惑で。
これが俺の、
────最高の自殺計画だ。
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