彼女に、昔女性から性的暴行を受けたことを告白してみた

生出合里主人

彼女に、昔女性から性的暴行を受けたことを告白してみた

 僕は二十三歳になって初めてデートをした。

 映画を見て、お茶をして、買い物をして、食事をした。

 太陽の光が完全に消え失せると、僕は彼女を大きな公園に誘った。


 怪しげな三日月のもと、僕たちは黙ったまま歩いていく。

 公園には夜になってもたくさんの人がいたけれど、奥の方まで進めば人影はまばらだ。


 周囲に人がいないことを確認して、僕は彼女に告白した。

 僕が昔、女性たちにレイプされたことを。




 当時僕は、中高一貫校に通う中学一年生だった。

 学校の帰り道、僕はガード下で五人の女子高生に取り囲まれる。


「ねえ僕」

「え?」

「お姉さんたちと遊ばない?」

「でも僕、家に帰りたいんですけど」

「そんなこと言わないで付き合ってよ。いいことしてあげるから」

「でも……あっ」


 そいつらは、胸元のバッジから高等部の三年生だとわかった。

 数ヶ月前まで小学生だった僕にとって、そいつらはじゅうぶん大人に見えた。

 僕の腕をつかむ手には力があったし、僕をにらむ目は怖かった。

 いきなり耳元でわめき散らされて、僕は頭が真っ白になっていた。


 そんな僕が強引に連れ込まれたのは、町外れにある廃墟だった。


「うわっ」


 窓が月明かりでぼんやりと光っている部屋に入ると、そいつらは僕を押し倒した。

 手足を押さえつけられ、口を押えられる。

 そして制服のズボンを脱がされ、続いてパンツも奪い取られた。


「や~っ、ちっちゃ~い!」

「これって包茎ってやつぅ~?」

「まだ毛も生えてないじゃ~ん」


 僕の目から涙があふれそうになった。

 でも泣いちゃダメだ。

 女に泣かされるなんて、男の恥。

 僕が考えていたのは、そんなつまんないことだった。


「もう、やっちゃうしかないよ」

「なんであたしなのよ~」

「浮気した彼氏に仕返ししたいって言ってたじゃーん」

「でもいやだよこんなガキ~っ」

「じゃあとりあえず口でしてあげれば?」

「え~っ、じゃあせめて手で許してよぉ」


 一人の女が僕の脚に座り、僕の大事なところを素手でつかんだ。

 これは信じてほしいんだけど、僕は決して嬉しかったわけじゃない。

 でも僕の大事なところは、勝手に大きくなっていった。


「キャ~ッ」

「見て見て、みるみる大きくなっていくよぉ~」

「彼氏に何度もやらされたからねー」

「すっごーい」

「でも皮むけてないよ~」

「ちょっと先っぽだけ出てきたけどね」

「気持ち悪っ」

「もうイッちゃうんじゃないのぉ?」

「僕、イッちゃいそう?」


 僕は敏感なところをいじられて、すごく変な気分になっていた。

 気持ちいいんだか、恥ずかしいんだか、辛いんだか。

 頭の中はゴミ捨て場みたいにグチャグチャだった。


「やっぱやっちゃいなってっ」

「ムリだって~っ」

「でもぉ、みんなも見たいよねぇ?」

「見たい見たい」

「見たい、です……」

「ほら、みんな見たいって言ってるっ」

「マジかよーっ」

「ほらぁ、やーれっ、やーれっ」

「やーれ、やーれ」

「ったく、しょうがねーな~」


 腰を浮かせた女は、スカートの中で自分の下着を下ろしたみたいだった。

 でもその女は、いったんそこで止まる。


「ヤベッ、生でしたら赤ちゃんできちゃうじゃん」

「誰かぁ、ゴム持ってないのぉ?」

「持ってるし~」

「なんで持ってんだよー」

「やーる~っ」

「一応ね~」

「もうやるしかないじゃーん」

「やーれっ、やーれっ、やーれっ」

「やーれ、やーれ、やーれ」


 女は僕の大事なところを自分の脚と脚の間に当てて、首をかしげながら何度か位置を変えた。

 そして一瞬動きを止めると、一気に腰を下げていった。


 僕の体の一部が、えたいの知れないところに飲み込まれていく。

 女は少し痛そうにあえぎながら、上下に腰を振った。

 女たちが叫んだり笑ったりしているのが、遠くのほうから聞こえた。


 物理的な快楽はあったのかもしれない。

 でも僕が抱いた感情は、少なくとも喜びではなかった。

 僕の心の中は気色悪くモヤモヤしていて、すべての感情が押し殺されていたように思う。


 未知の感覚が強くなって、僕の大事なところからなにかが飛び出していった。

 僕はそれがなんなのか、その時はわからなかった。

 セックスどころか、一人エッチさえまだ経験していなかったからだ。


「もうイキやがったこのガキ~」

「短小で包茎で早漏ってこと~?」

「うわ最悪~っ」


 そいつらは、笑い声を響かせながら去っていった。

 僕は下半身裸のまま、部屋に取り残される。


「なんかチョロかったよね~」

「男に勝ったって感じがする~」


 廃墟の中は暗く、汚い床は冷たかった。

 その暗さと冷たさが、今でも生々しく思い出される。


 死にたい。

 そう思ったことは一度や二度じゃない。

 でも死なないでいるのは……なんでかな。

 死ぬ勇気がないのか。

 いいこともあるって信じたいのか。

 ただ、ちょっとくやしいだけなのかもしれないね。




 僕の話を聞いていた女性は、瞳に涙を浮かべていた。

 肩がわなわなと震えている。


「僕がなにをされたのか理解できたのは、しばらく後ことだった」


 歩きながら、僕は話を続けた。


「それが犯罪だとは、すぐには思いつかなかった。僕が男で、そいつらが女だったからだ。ただ、無性に腹が立ってきた。自分が汚された気がした。男なのにそんなことを考えるのは、おかしいかな」


 僕が振り返ると、女性は慌てたように首を横に振った。


「あれから十年経ったけど、あのことを忘れられた日は一日もない。犯される夢で目覚めて、朝まで眠れないことが数えきれないほどあった。僕を選んでくれる女性が何人かいたけど、僕は誰とも付き合うことができなかった」


 僕の横を歩いていた女性は、少し歩みが遅くなってきた。


「友達だと信じていたやつに、この話をしたことがある。大学の同期は、そんなことあるはずがないって、信じてくれなかった。会社の同僚は、本当は気持ちよかったんだろって、おもしろそうに笑った。僕は、この話はしてもむだなんだって悟ったよ」


 ここで僕は足を止める。

 そして顔の筋肉を最大限に使い、女性に向かってニヤリと笑ってみせる。


「男なんだから気にすることないって、そう思うようにした。男なのになんで抵抗できなかったんだって、自分を責める時もある。だから忘れようと思ったけど、どうしても忘れられない。それで最近ね、自分の頭の中でなにかがプチッと切れちゃったんだ。それで決めた。復讐しようって。そいつらに復讐しないと、僕は前に進めない」


 女性が下を向いている。

 緊張が僕にも伝わってくる。


「僕は僕を襲ったやつらを探した。探偵も使って。知り合いではなかったけど同じ学校だったから、身元はすぐにわかったよ。僕はそいつらのことを徹底的に調べた。そしたら出るわ出るわ、そいつらがその後も悪人だったっていう事実がね」


「だから、あんなことしたの?」


 女性の声が震えていた。

 彼女の全身をむしばむ感情、それは恐怖だ。



「僕の上に乗っていた女は、よりにもよって中学の教師になって、教え子に手を出していた。僕を襲ってから、感覚がおかしくなったのかもしれないね。このままじゃ被害者が増えると思ったから、情報をばらまいてやったよ。そいつは警察に捕まって、教師を首になった。ニュースになったの見たでしょ?」


「見たわ」


「次に僕の右手を押さえていた女。その女がしつこくはやし立てて、友達にむりやりあんなことをやらせた。事実上の主犯だと言えるよね。そいつは若いホストに貢ぐために会社の金を横領してた。僕はもちろん、その会社に密告してやったよ。おかげでそいつも刑務所行きだ。そのことも知ってるんでしょ?」


「知ってる」


「それから僕の左手を押さえていた女。自分ではなにもできないくせに、人がやることに便乗して楽しむようなやつだ。そいつは自称ミュージシャンを養うために、ネズミ講でかせいでいた。その実態を公表したら会社は倒産、収入のなくなった女は男に捨てられた。しかもカード破産して、今じゃ生活保護を受けているらしいね」


「そうらしいわね」


「そして僕の右足を押さえていた女。そいつは積極的にかかわろうとしたわけじゃない。でも仲間外れにされるのがこわくて逆らえなかった。保身のことしか頭にないんだろうね。そいつはうまく玉の輿に乗ったけど、近所の大学生と不倫してた。不倫は犯罪じゃないけど、だんながかわいそうだから教えてあげたよ。たちまち離婚されて、今は一人で細々と暮らしているそうだ」


「よく、そこまで調べたわね」


「最後の一人は、僕の左足を押さえていた女だ。そいつは自分がしていることがいやだったんだろう。すごく辛そうな顔をしてた。廃墟の入り口に吐いた跡があったけど、たぶんそいつのだろうね。こんなことはいけないと思いながら、どうすることもできなかったってところかな。確かに僕が同じ立場だったら、やっぱりなにもできなかったかもしれない。それでも、僕にとっては犯人の一人であることに変わりはない」


「だからわたしを誘って、こんな人気のない場所まで連れてきたのね」


 女性は震えているようだった。

 立っているのがやっとに見える。


「残念ながらそいつには、世間に訴えられるようなことが何一つなかった。それどころか、男と付き合った形跡もない。地味な仕事をして、孤独に暮らしているだけ。それじゃ復讐したくても、やりようがない」


「だからわたしを、レイプするの?」

「なんで、そう思う」

「性被害の被害者が、加害者になる例もあるってなにかで読んだの」

「へえ、詳しいんだな。だけど僕は、お前たちのようになるつもりはない」

「なら、わたしはどうやってつぐなえばいいの?」


 僕は目をこらして、女性の顔を見つめた。

 暗やみの中に見えた涙の粒が、わずかな明かりを反射して輝いていた。


「せめて僕の苦しみを伝えたいと思った。そして恐怖を味わわせたかった。あの時僕が感じた、言いようのない恐怖をね」


 女性はその場にへたりこんでしまった。

 腰を抜かしたのかもしれない。


「いくら謝っても、どんなことをしても、つぐないきれないんでしょうね」


 僕を見上げる女性の顔を、かすかな月光が照らし出す。


「それで、その傷はどうしたの?」


 女性の左側のほおには、反社にしか見えない大きな傷跡がある。


「わたしはあなたを傷つけてしまった。だからせめて、自分の体を傷つけようと思って」

「けっこう深いね。たぶん一生消えないだろう。それじゃ結婚もできない」

「性的暴行を受けた男性は、性的暴行を受けた女性よりも、PTSDになる割合が高いそうね。わたしの顔の傷より、あなたの心の傷のほうが、もっともっと深いはずだわ。自分がそんな目にあったらって考えたら、思わず包丁を握っていたのよ」


 その悲し気な表情は、僕が彼女を始めて見かけた時の表情に似ていた。

 そう、僕はあの事件の前に、通学路で彼女を見かけている。


「僕があなたに憧れていたことは、気づいてた?」

「えっ?」

「そりゃ気づくはずないよね。遠くから見ていただけだから。ほんの淡い気持ちだよ。でも、僕にとっては初恋だった」


 女性はこの時、一番驚いた顔をしていた。


「あの時僕は体を犯され、心を壊され、そして、初恋を失った」

「ああっ……」


 女性はうめき声をあげて泣いた。

 僕は彼女を責めたくて話したのか、それとも好きだったことを告白したかったのか、自分でもよくわからなかった。


「僕の復讐は終わりました。あの日のことを忘れる努力が、これでようやくできそうな気がしています。だからあなたも、あのことは忘れていいんじゃないでしょうか。そのほおの傷は、整形することをお勧めします」

「いいえ。この傷は一生、このままにしておくつもりです」


 強い決意を示す彼女の表情を見て、僕はそれ以上自分の意見を言えなくなってしまった。


「そうですか……。駅まで送ります」

「ここで結構です」

「送りますから」

「……ありがとう」



 僕と女性は無言のまま駅まで歩いた。

 明るい照明のもとで、泣きはらした彼女の顔がはっきりと見えた。

 ほおの傷跡が生々しい。


「もう連絡はしません。連絡先のデータは消去しておきます。お元気で」

「あなたこそ、どうぞお元気で。どうか、どうか、幸せになってください」


 僕はあなたを幸せにしたい。

 そんな気持ちがなかったわけでもない。


 だけど僕たちがうまくいくはずはない。

 そんなことはわかっている。


 二度と会わないこと。

 僕たちにそれ以外の選択肢はない。


「さよなら」

「さようなら……」


 深々と頭を下げて、女性は人込みの中に消えていった。



 幸せになろう。

 僕たちは幸せになるべきなんだ。






 伝えたいことがあって、書きました。

 不快な思いをされたのなら、大変申し訳ございません。

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