第3話 奇妙な会社

 2027年7月2日 金曜日



 翌日は雨も降らず風も吹かず、ひたすら熱い一日だった。


 夜八時、歩夢はスマホで地図を確認しながら、高層ビルがひしめく丸の内を歩いていた。

 株式会社マザーリリスの本社は、皇居や国会議事堂、官庁街などを一望できる超高層ビルだ。


 おいおい、最近まで無名だったベンチャー企業が、いきなり都心にこんなバカでかいビル建てるか普通。

 それにしても、窓が一つもないんだな。

 出入りする人間が一人もいないっていうのも変だし。

 ネットの記事に謎が多い会社だって書かれていたけど、本当に奇妙な会社だな。



 歩夢はガラス張りのエントランスを通り、空港にあるような金属探知機をくぐってから、ホテルのVIPルームのようなラウンジに入った。

 洗礼されたデザインではあるが、どことなく落ち着かない雰囲気。

 見回しても人の気配がなく、奥の受付に女性が一人座っているだけだ。


「ようこそ、マザーリリスへ」


 うわー、さすがは大企業、受付嬢のレベルが超絶たけえ。

 上品な顔立ち、それでいて愛想の良い笑顔。

 昔人気があった女子アナで、こんな感じの人がいたような気がするな。


「あの、日比野歩夢と申します。ロボット部アンドロイド課の谷中さんと約束しているんですが」

「日比野歩夢様、谷中より承っております。ただいまお呼びいたしますので、そちらのソファにかけてお待ちください」


 受付嬢が極上の笑顔を放ってくる。

 歩夢は何度も受付に振り返りながら、ゆっくりとソファに座った。



 座り心地が良すぎてウトウトし始めた歩夢は、甲高い声に話しかけられて我に返る。


「お客様、お飲み物はいかがですか?」


 話しかけてきたのは、自動販売機くらいの大きさがあるロボットだった。

 箱形の胴体の上に目玉がクリクリしたマンガっぽい顔があり、八個の車輪で移動している。


「これが噂のドリングロボ、『どりん君』か。じゃあコーヒーを。砂糖なし。ミルク多めで」

「かしこまりました」


 細かい注文は、ちょっとした意地悪のつもりだった。

 しかしどりん君は体内からカチッ、プッシューッ、ジュー、という音を響かせると、滑らかに動くマジックハンドでテーブルにコーヒーと多めのミルクを置き、「ごゆっくりどうぞ」と言い残して去っていった。



「日比野さん、お待たせいたしました」


 意外と本格的なコーヒーを飲み終えた頃、谷中は現れた。

 白衣を着ているが胸元が大きくはだけていて、頭を下げると胸の谷間がくっきりと見える。


「あっ、どっ、どうも……」


 白衣ってことは、いわゆるリケジョってやつか。

 三十代半ばってところかな。

 でも結構きれいだし、なんか妙にエロい。

 ウネウネパーマは好みじゃないけど、丸顔で鼻が低いのがいい。


「お忙しい中ご来社いただき、ありがとうございます。応接室へご案内いたします」


 歩夢は受付嬢の横を通る時、軽く会釈した。

 受付嬢が再びにこやかな笑顔を作る。


「お気づきですか? 彼女も弊社が開発したアンドロイドなんですよ」

「えっ、マジで?」


 歩夢は思わず受付嬢に近寄って顔をのぞき込んだ。

 きめの細かい肌は弾力がありそうで、若い女性の肌としか思えない。


「こんな感じのハイスペックなアンドロイドが、ご自分の所有物になるんですよ」


 悪くないな。

 スカート短っ。足細っ。

 いろんなこと考えちまうじゃねえかよ。



 自動ドアが開き、駅の自動改札のようなセキュリティゲートが現れる。

 谷中がIDカードをかざし、赤ランプが緑ランプに変わる。


 両側に警備員……いや、警備用のロボットだな。

 名前は確か「ミスターケイビー」。

 下半身が車輪だってこと以外は、人間そっくりだ。

 なんか、今にも取り押さえられそう……。


「ちなみに谷中さんは、アンドロイドじゃないですよね?」

「ウフフッ、どっちだと思います?」

「えっ、まさか……」


「残念ながら、本物の人間です。アンドロイドなら、もっと若い女性の姿にしますよ。男の人って、とにかく若い子がお好きでしょ。ごめんなさいね、こんなオバサンで」

「いやっ、そんなことないですよ。とてもきれい、だと思います」

「ごめんなさいね、気をつかわせてしまって。でも、どれが人間でどれがアンドロイドか迷うくらい、弊社の商品はレベルが高いってことなんですよ」



 二人は小さな部屋に入り、歩夢は勧められた席に座った。

 谷中も面前に腰を下ろしたが、机の奥行きが短く、やけに距離が近い。

 豊満なバストが目と鼻の先にある。


「さて、このたびはご当選、おめでとうございます」

「あの、カード会社のサイトを確認したら、当選者が発表されていなかったんですけど」


「あー、個人情報を守るため、担当が直接ご連絡を差し上げております。なにしろ高額な商品じゃないですかぁ。専門の窃盗グループもいて、すでに所有者が二人、殺害されているんですよ」

「えっ、殺された? あ、そういえば今年の初めくらいに、そんな報道があったような……」


 谷中が書類を見るたびに胸元がチラチラして、歩夢は気が散る。



「えーと、それで、僕がもらえる物はどこにあるんですか?」

「申し訳ありませんが、今日はお話だけうかがって、商品は後日お届けします。と言うのも、今回ご当選されたマイドールATZ108は、『レプリカアンドロイド』という種類の商品です」

「レプリカ?」


「弊社独自の技術により、特定の誰かにそっくりな姿に、カスタマイズできるんですよ」

「誰かに、そっくりに?」


 歩夢の表情が硬直した。

 意識がどこか遠くへ飛んでいってしまったようだった。


「写真や動画のデータをご提供いただければ、それを3Dデータに変換して、骨格や人工筋肉、人工皮膚などの形成に反映させます。弊社はこの方法で、先ほどご覧になったような、本物と見分けがつかないほど人間に近いアンドロイドの製造に成功したんです」

「誰かに、そっくりに……」


「自然な動きや肌の質感には自信があります。印象としては、アンドロイドというよりもクローンといったところですよ。具体的に言えば、触れた時にこそ、その実力が伝わるんです。マイドールと裸で抱き合うと、柔らかな弾力がたまらないんですよ~」

「えっ、今なんて?」


「普段見える部分だけじゃなくて、例えば陰部なんかも極めて精巧に作っています。男性型のマイドールなら陰茎があるし、女性型のマイドールには、ちゃんと膣もあるんですよ」

「チ、ツ? チツ、チツ……」

「あらー、日比野さーん、帰ってこーい」


 誰かにそっくりで、恥ずかしいところまで本物みたいで、触ると気持ちがいいって……。

 この会社、いったいなにがしたいんだ?

 この俺に、なにをさせたいんだよーっ!

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